txt:照山明 構成:編集部
Panasonic LUMIX DC-S1H活用事例
最近、S1Hを現場に持っていく事が増えている。LUMIX GH2/4/5とマイクロフォーサーズマウントのGHシリーズを使い続けてきた筆者にとっては、フルサイズへのアップグレードという部分もあるが、使い慣れた操作性はそのままに、さらにブラッシュアップされた各種機能が便利でならない。また、機動性という意味でも筆者の場合はミラーレス一眼をチョイスする事が多い。そんな中、とある大型サイネージの撮影案件が飛び込んできた。
話を聞くと、大型商業施設の設備系を中心に製造を担っているメーカーが、新設するショールームに大型のサイネージを設置するとの事で、今回はそのコンテンツ撮影を行った。
サイネージに関しては横幅が10m程度、比率が10:3と、かなり横長で、4Kプロジェクターを2台横並びで投影する。この話を聞いた時点で少なくとも4K以上の解像度で撮れるカメラが必要ではないかと判断する。さらに納入事例として、空港や美術館といった、いくつかの商業施設の撮影が発生しそうで、あまり大型の撮影機材は好ましくなく、三脚が立てられない場所もある、というなかなか厳しい条件も出てきた。その時点で、自分の中ではS1H一択になった。
今回は、主に東京、大阪、神戸など、1日単位でもかなりの移動量のある撮影をこなしてきたが、全5日間に渡って撮影してきた中で筆者が感じた、S1Hの圧倒的な機動力、利便性などをレポートしたい。
S1Hでの現場は機材がコンパクトに収まりワンマンでも気軽に移動できる
フルフレーム6K24p 10bitを内部収録可能なS1H
今回、S1Hをチョイスした大きな理由の一つに、6K24p 10bitをSDカードで内部収録可能という部分がある。サンプリングこそ4:2:0だが、自分がこれまで使ってきた限りでは4K 10bit 4:2:2に比べても大きな遜色がない印象で、むしろフルフレームセンサーで読み出される6Kの解像度と14+STOPのダイナミックレンジという部分で、かなり余裕のあるグレーディングが可能であった。
制作側も、できればV-Logで撮っておきたいという意向で、最終が4K納品(正確に言えば、横並びで2K+2Kに分割)であったので、6Kであれば多少なりともバッファがとれる。4K以上の解像度で、かつ10bitの映像を収録するには、外部レコーダーや高価なXQD、C-Fastのシングル収録が多い中、S1HはSDカードで、しかもデュアルで撮れてしまう気軽さがある。これは現場でのリスク回避と同時に大きな機動力にもつながる。カメラ性能と言えば、AF性能やボディの大きさばかりに目が行きがちだが、ここを見落としているユーザーは少なくない。
S1Hなら6K24p 10bitであってもSDカードでデュアルRECが可能だ
実は、当初は機動性含めGH5という選択肢もあった(4Kでもかまわない、という意見があった)。ただ、今回は10mもの大型サイネージという事で、あまり人物を大きく撮ってしまうと、投影したときに違和感が大きいのではないか?という意見があり、どちらかというと広角中心で全体を見渡せる広い画が求められるだろう、という話になった。となると、やはりフルフレームセンサーが絶対的に有利で、さらにS1Hであれば6Kまで撮影できるので編集時のバッファ(トリミング幅)も稼げる。ゆえに筆者は迷わずS1Hを提案した。
動画に特化した充実の表示機能
ただ、実際現場で撮影する際は5.9K24pに落ち着いた。そもそも最終の納品比率が10:3とかなり横長で、映像の上下は編集時に大幅にカットされることになる。現場ではあらかじめ10:3でイメージできるよう、モニターパネルに黒紙をレタボ状に貼り付けてモニタリングしたのだが、6Kに設定すると16:9の比率にならず結果として映像が小さく表示されてしまう。センサーフルの比率のため、16:9環境で見たとしたら当然の事。あくまで表示上は上下クロップして16:9に左右幅をフィットさせるモードなどあったら、現場によっては役立ったかもしれない。
外部モニターに10:3のレタボにカットした黒紙を貼り付けてモニタリングした
5.9Kは、6Kから上下の解像度を少しカットし16:9に合わせたモード。これであれば通常のモニタリング環境と変わらない。ただ、6K同様、録画中はHDMIからの出力はブラックアウトしてしまう。
そこで、10:3のレタボ加工した外部モニターを見て画角を決め込み、録画中はS1Hの液晶モニターのみでフレーミングした。S1Hには動画フレーム表示設定機能が備わっており、シネマスコープやアナモフィックなど、かなり幅広いフレーム設定の中からイメージをモニタリングする事が可能だ。
フレーム表示色の選択やフレーム外側の映像の透過度を選択できるフレームマスク機能も搭載している充実ぶり。確実なフレーミングをしたい場合は、レタボの透過度はハーフより完全に黒く潰して見るのも良いだろう。今回は10:3と特異な比率だったため、中でも上下幅が一番狭い2.39:1を選択し、フレーミングの目安にした。
S1Hには動画フレーム表示設定機能が充実している
GHシリーズの血を受け継ぐS1Hは、各Fnボタンの割り当ても豊富だが、特に筆者の場合、グリップ背面にあるコントロールダイヤルの上下左右に、動画撮影時に役立つ表示機能をアサインしている。上にフォーカスアシスト(ピーキング)、左にベクトルスコープ、右にウェーブフォーム、下に動画フレーム表示(各アスペクト表示)のON/OFFという具合だ。この時点で既にミラーレス一眼の常識を超えている気がする。このアサインは普通にシネマカメラを使っている感覚だ。特にウェーブフォームはV-Log撮影時は頻繁に確認する。
GH5の時は、ベクトル/ウェーブ/非表示と、押すたび3段階に変わる仕様だったが、S1Hはボタン一つでウェーブフォームの表示/非表示を切り替えられるので現場で表示の煩わしさも無い。また表示位置も任意の場所に移動できるなど、かゆい部分にもしっかり対応している。
コントロールダイヤルの上下左右に各種表示機能を割り当てておくと便利
V-log収録時のLUT設定も充実している。液晶モニターおよびビューファインダーで、Vlog_709LUTを当てた状態でモニタリングできるのはもちろんのこと、HDMI出力にもLUTのON/OFFを選択できるので、LUT機能が無い外部モニターであっても問題なくLog運用できる。さらに任意のLUTも読み込めるので、事前に自分で作っておいたLUTを登録して、現場である程度最終形を確認しつつ撮影を進める、という事もS1H単体で可能だ(LUTの読み込み形式は現在のところ.vltのみ。欲を言えば.cubeに対応してほしいところ)。
LUT出力可能なので汎用のモニターを利用できる(ただし正確な色はパネル性能に依存する)
筆者の場合、フォーカスアシストも頻繁に使用する。もちろんS1Hの液晶およびビューファインダーの解像度に不満があるわけではないのだが、パナソニックの業務用カメラを使っていた頃から、エッジを赤く表示するピーキング機能(フォーカスインレッド)に慣れている。
たとえば人物の表情を撮影する際にも、まつ毛の部分や瞳に赤い微細なチラチラを確認して撮影する事で、フォーカスを外した経験がほとんど無い。ポイントは、ピークの出方(分量)と色で、ラインが無駄に出過ぎるとフォーカスが掴みづらくなるし、逆に薄すぎてもダメだ。また常に対象物の補色(逆の色)でないとピークも掴みづらい。そのあたりの細かな調整もS1Hなら可能だ。
S1Hはフォーカスアシストの細かな調整も充実
逆タリーを防げる一目瞭然のREC表示
他にも、音声レベルメーターがボディー上面のステータスLCDに表示されるなど、動画に特化した表示機能はかなり充実しているのだが、個人的に響いたのは「動画記録中の赤枠表示」だ。
バタついた現場で「逆タリー(逆スイッチ)」をやってしまった経験は誰しもあると思う。記録したつもりが、実際はカメラが回っていない。もしくは止めたつもりが、カメラは延々とREC状態になっている、というなんともおそまつなミスで、筆者も特にラン&ガンな現場では時々やってしまう。
以前から、ATOMOS SHOGUNのようにRECしている間は画面枠全体が赤い枠で表示されるモードは付かないものだろうか?と思っていた矢先にS1Hで実装された。筆者は迷わずこの機能をONに。特にS1Hはデフォルトだと録画中の表示は赤い点が点灯するのみとかなりシンプルだ。現場で何カットもガシガシと撮影する人は、ここをONにするのはマストと感じる。
「動画記録中の赤枠表示」は地味だがマストな機能だ
ミラーレス一眼ゆえに厳しい条件もクリアできるS1Hの特異性
今回の案件では、社員が資料を広げながら会議しているテーブルイメージを真俯瞰から狙いたい、というオーダーがあった。現場をロケハンした段階では、天井は低く場所も大変狭いため、大掛かりな天吊セットを組むのはかなり厳しい印象。通常のシネマカメラだと諦めてしまう場面だが、今回はS1Hの高い機動性に救われた。
結果として、会議用テーブルをまたぐようにバックペーパー用のポールセットを設置し、ポールの真ん中に強力な撮影用クリップ雲台でS1Hを吊り下げた。こんな簡易的なセットでもミラーレス一眼であれば吊り下げる事は難しくない。一般的なシネマカメラから見れば、S1Hはほとんどウェアラブルカメラの域だ。天井が低く高さはそれほど確保できなかったため、広角レンズで撮影するしかなかったが、フルフレームであれば画角に余裕もあり、極端に広角にしなければ歪みもそれほど感じない。
こんな芸当ができるのもミラーレス一眼ならでは
極め付けはスマートフォンやタブレットによるカメラコントロールだ。一旦場所を決めて吊り下げたカメラにはできるだけ触りたくない。そこであらかじめWi-FiをONにし、外部からのカメラコントロールを可能な状態にしておいた。Wi-Fi経由でスマホやタブレットからカメラを操作する事自体はGH5でも良くやっていたのだが、S1Hは「LUMIX Sync」という新しいアプリを使用する。操作できる項目はGH5同様かなり充実しており、アイリス、シャッタースピード、ISO、WBなどの基本的な部分はもちろん、撮影フォーマットやフォトスタイル選択など多くの設定項目が遠隔で変更できる。
LUMIX Sync経由でスマホに送られる映像はモニタリングに耐えうる綺麗さだ
特筆すべきは、スマホに映し出される映像の綺麗さ。GH5の時は、若干モザイクっぽい汚い映像で、あくまで画角確認の域であったが、LUMIX Syncの場合、各種コントロールボタンと一緒に、かなり綺麗な映像が映る。さらに6K24pもしくは5.9K30p/24pでも録画中ブラックアウトしない。これにより録画中も遠隔で映像を確認でき、出演者にその場で詳細な指示を送ることが出来た(ただV-Log収録時はLUTは当たらず淡い色でのモニタリングになる)。
厳しい条件の現場で役立つ6.5段の手ブレ補正
S1Hの最大6.5段の手ブレ補正は「手ブレ補正ブースト」をONにすると三脚いらずに
製品を製造しているイメージが何カットか必要だったため、実際の工場内であらかじめ場所を決めておき、撮影する場面を絞って撮影したのだが、人物の表情に寄ったショットや、作業をしている手元など、足場が悪く狭い工場内で、三脚を立てて撮影していられない場面もいくつか出てきた。
そこでDual I.S.2が可能なレンズLUMIX S 24-105mm F4 MACRO O.I.Sを装着し、ボディ内手ブレ補正を「手ブレ補正ブースト」に設定して数カット撮影した。今回は横幅が10mとかなり大きなサイネージに投影するだけに、手ブレは完全NG。
しかしながらS1Hの最大6.5段の手ブレ補正は尋常ではないレベルだ。もちろん筆者も、撮影中は片目をビューファインダーにガッチリ当てて、左手レンズ、右手グリップの3点支えで、心の中で「止まれ、止まれ」と念じながら撮影したのだが、撮影後に比較的大きなモニターで使えるレベルかどうか確認したところ、ディレクターからあっさりOKが出た。こういった場面でもS1Hは大きな機動力を発揮した。
RONIN-Sと組み合わせた3軸ジンバル撮影
今回はいくつかの商業施設でも撮影を行った。制作側のイメージは、広い空間をカメラが前へとゆっくり移動していく、というものだった。それが何カットかオーバーラップしながら連続で繋がっていき、いろんな空間を見せていきたいという話だ。
普通に考えれば、レールを敷いて移動するか、ドアウェイドリーのようなタイヤタイプの移動車でゆっくり移動させるところだろう。しかし条件は大変厳しく、三脚は一切NG、レールはおろか、台車も車椅子もNGと来た。そうなると選択肢は自ずとスティディーカムのようなジンバルか3軸の電動ジンバルになる。両方を組み合わせる、という話もあるのだが、残念ながら筆者は経験が無い。結局はDJI RONIN-SにS1Hを搭載して、極力水平移動を心がけ撮影してみましょう、という事になった。
S1Hに装着したレンズは広角のLEICA SUPER-VARIO-ELMAR-SL 16-35mm f/3.5-4.5 ASPH.。重量が1kg弱とそこそこ重いレンズで、S1Hとの組み合わせでペイロードが若干不安であったが、結果的にまったく問題なかった。こんな気軽なシステムによってフルフレームの6K 10bitの移動ショットを可能にしてしまう事に脅威すら感じた。
3軸ジンバルを利用できるのはミラーレス一眼ならでは
ただ、やはり台車も車椅子も使えないとなると、頼るべきは自分の身体能力だけだ。特に3軸ジンバルは横軸には強いが、縦軸は弱い。どんなに頑張ってスリ足移動しても上下の動きは、なかなか吸収しきれないものだ。
そこでS1Hの「手ブレ補正ブースト」をONにして試しに移動してみたら、概ね実用範囲で滑らかな移動ショットが実現した。さらに編集時にソフトウェア側でスタビライズすれば完璧に近い状態になるかもしれない。こういう時に5.9Kという解像度バッファが威力を発揮する。もっとも今回は正面をゆっくり真っ直ぐ、というショットだったので「手ブレ補正ブースト」が有効に感じたが、比較的早い動きで回転などが加わる移動ショットは逆に仇になるかもしれない。
フルフレーム6K/5.9Kの際は多少なりともローリングシャッターの影響も受けるので、後のソフトウェアスタビライズに完全に依存してしまうと怪我するかもしれない。場面を見極めて上手に各機能を使いこなす事が肝要だ。いずれにせよ、撮影後に筆者のふくらはぎがパンパンになったのは言うまでもない。
チルトフリーアングル機構は3軸ジンバル運用時に超絶便利
S1Hの液晶モニターは新開発のチルトフリーアングル機構ゆえに、光軸上で液晶モニターをチルトする事も可能だが、これがジンバル時に威力を発揮した。ローアングル気味でジンバルを構えた際、それほどバランスが崩れる事なくモニターの角度を変えられるのは大きい。これがバリアングルのみだと、液晶パネルを横に広げる形になり、バランスが一気に崩れてしまう。今回の撮影では特にローアングルの撮影は無かったのだが、撮影中に気づいた事だったので紹介しておきたい。
総括
この5日間で実にいろんな場面をS1Hで撮影してきた。中には煙にレーザー光線を当てて気流の変化を撮影するという、とても暗い実験室での撮影もあったが、デュアルネイティブISOのおかげで難なく現場が進行した。時にフルサイズによる被写界深度の浅さが仇になる場面でも、デュアルネイティブISOは有効だ。できるかぎりレンズのF値を絞ってフォーカスの深度を深くとると、映像自体はかなり暗くなってしまうが、デュアルネイティブISOをHIGH側に設定してあげることで、ノイジーになる事なく明るさを稼ぐ事ができる。状況にもよるが、F14程度まで絞るとグっと被写界深度も深くなる。
動画の表示機能が充実しているのもS1Hならでは。このあたりは、GHイズムをしっかり受け継ぐ「ミラーレス一眼という名のシネマカメラ」といって間違いない。ベクトル&ウェーブ表示、音声レベルメーターといったシネマカメラの基本的要素を備えながら、各種アスペクト比でしっかりモニタリングできる動画フレーム表示設定や録画中の赤枠表示など、かゆい所に手が届く機能もしっかり備わっている。
一方で、ここ数年デジタルサイネージや、WEBに特化した映像等、マルチアスペクトの映像需要は飛躍的に伸びている。現にノンリニア編集ソフトであるAdobe Premiere Pro 2020ではオートリフレーム機能も実装された。そういう意味で言えば、動画フレーム表示設定機能は任意のサイズにカスタマイズできれば、シネマの枠を超えた、動画制作全般の場面でも利用価値が高まるかもしれない(逆に言えば、フレームガイドを任意に設定できるカメラは未だ無い)。
S1Hは豊富なFnキーと同時に、カスタマイズ性も高い。そして自分流にアサインした状態はプリセットとしてSDカードに書き出せる。これは数台のカメラで設定を共有する際に便利であるのは言うまでもなく、レンタル時のセットアップにも超絶便利だ。
そして、フルフレーム6K24p 10bitの内部デュアルREC、Log撮影では14+STOPのダイナミックレンジ、時に三脚いらずの最大6.5段の手ブレ補正と、高画質と機動性の両面を求められる部分では現時点でほぼ死角なしのS1H。三脚に搭載してじっくりシュートする、それが叶わぬ時には、時にジンバルに搭載したり、気軽に上から吊したりと、シネマカメラとしての守備範囲はかなり広い。パナソニックのミラーレス一眼という枠を超えたリトルモンスターの威力、今回のロケでとくと見せつけられた感じだ。