txt:小寺信良 構成:編集部
「スイッチャー」を世に広めた人たち
「スイッチャー」を無理に日本語訳すれば、「映像切換機」になるだろうが、実際には単純な切り換え機ではなく、リアルタイム合成装置といった役割を持っている。こうした機器を扱う職業人のことも「スイッチャー」と呼ぶのでややこしい。ここでは一時的に、職業としてのスイッチャーは「スイッチャー(人)」と表記する。
ただ、今も昔も単一専門職としての「スイッチャー(人)」は十分な需要がなく、実際にはシステム全体の面倒をみるテクニカル・ディレクターが、「スイッチャー(人)」を兼ねるといったケースが多いと思われる。
ローランドの人気スイッチャーの一つに「V-1HD」がある。HDMI 4系統が切り替えできる製品だが、これを一躍ヒット商品に押し上げたのは、「スイッチャー(人)」ではなかったと思っている。
マルチカメラを扱う「現場を持っている」のは、実際にはカメラマンだ。本来カメラマンは、カメラさえ扱っていればいい職業であったのだが、時代とともに映像の入り口から出口まで全部を扱うようになった。すなわち編集もするし、スイッチングもするようになったわけだ。そうしたなんでもやるカメラマンとの共存関係にあったのが、V-1HDであった。
だが4ソース以上の映像を扱う現場となると、急にスイッチャーの敷居が高くなる。従来のローランド製品でV-1HDの上となると、V-60HDやV-800HD MK IIあたりになる。V-1HD×2台でいいんだけど、と夢想する人も多かっただろう。
いよいよ発売開始、ローランド「V-8HD」
そんなもう一回り上を狙ったのが、1月31日に発売が開始された「V-8HD」である。市場想定価格は税込273,000円前後。フットプリントはほぼV-1HD 2台分に収め、入力数は2倍の8となる。V-1HDをカスケード接続すると、後段の入力は1つ潰れてしまうので7入力だ。また前段のキーソースを後段に送る事ができない等、オペレーションのむずかしさがある。やはりワンボディで8入力は強い。
多芸、多彩なコンパクトスイッチャー
スイッチャーとしてのV-8HDのスペックは、2キーヤー、2VFX(DVE)、1DSKを持つ1M/Eスイッチャーだ。ABバスで直接スプリットやVFXが設定できる点は、V-1HDやV-1SDIに近い。一方で2キーヤーやDSK、AUX BUSを持つあたりはV-60HDクラスの機能であり、内蔵ディスプレイでマルチビュー可能なあたりはVRシリーズのようでもある。加えてフットペダルが使えるあたりは、V-02HD的でもある。先行機のいいところを全部拾い集めたような設計だ。
入力はHDMIが8と書いたが、うちスケーラーが乗っているのは7、8番だけだ。カメラソースは1~6に、PCなどは7~8に、といった使い方になるだろう。出力は3つあり、どの出力端子に何を出力するかは自由にアサインできる。ただ本体メニューが出せるのはHDMI 3だけなので、そこはオペレーションモニター用という事になる。
HDMI8入力/3出力を備える
小さいボタンはAUXやキーのソースセレクタ
本体モニターでのマルチビュー表示
音声入出力もRCAながらステレオで1系統ずつある。もちろんモニター用ヘッドホン端子は別にある。
特筆すべきは、静止画のスチルストアが8枚分あることだろう。入力からのキャプチャも可能だし、USBメモリーからのファイル読み込みにも対応する。また不揮発性メモリーなので、電源を切っても内部のスチルストアが消えないのはうれしいポイントだ。
ただ電源を再投入すると、静止画は別の保存領域から再度メモリーバンクへロードされるため、起動時間が長くなる。対応フォーマットはBMPとPNGだが、アルファチャンネルには対応しない。
キーヤーとしては2系統あるが、一般的なプロダクションスイッチャーのように、キーヤーという呼び方はしていない。PinPとして利用するか、ルミナンスキー/クロマキーとして利用するかの選択となる。DSKはルミナンスキー/クロマキーには対応するが、PinP機能はない。またすべてのキーヤーで、エクスターナルキーには対応しない。
PinP2系統、DSKのコントロール部
A/Bバスそれぞれで、別のVFXが指定できる。ただ、キーフレームが設定できるわけではないので、徐々にエフェクトがかかるみたいな効果は、フェーダーのミックスを併用することになる。
A/BバスとPinP 2つ、DSKを使うと、合計5ソースの合成が可能だ。これだけ合成するとなると事前にきちんと映像の構図にあわせてレイアウトを決めておく必要がある。こうした事前の「仕込み」は、メモリーに記憶させることができる。メモリー間はトランジションするわけではなく、カットチェンジとなる。
5ソースを合成した例。背景はSpritで2ソース、PinP2つにDSKでテロップを重ねた
ただPinPはONの状態で読み出されるわけではなく、セッティングが変わったのち、自動的にフェードインするようになっている。フェードインのタイミングは自分で決めたい場合は、場所決めをしたのちPinP OFFの状態でメモリーに書き込んでおき、それを読み出したのちに手動でONする、といった流れになる。
メモリーの読み出し動作
外部コマンドの送受信
これだけの機能を、オペレーションの矛楯なく詰め込んでいるわけだが、ソースが多くなるほどやることが多すぎて、ワンマンオペレーションでは厳しくなる。経験豊富な「スイッチャー(人)」でもなかなか大変なのに、カメラマン兼任ではスイッチングにばかり注力もできない。V-8HDでは、そんなときに便利に使える機能がいくつか用意されている。
もっとも簡単で効果が高いのが、フットスイッチだろう。V-02HDで初めて搭載された機能だが、BOSSの楽器用フットスイッチを接続して、様々な機能を割り当てることができる。フットスイッチはFS-6というモデルなら1つの結線で2つのスイッチが使えるが、V-8HDはスイッチ入力が2つあるので、最大4スイッチが接続できる。
各スイッチはソース選択のほか、メモリーのロードや切り換え、PinPやVFXのON/OFFなど多くの機能に割り当てできるので、タイミングだけ別の人に任せるとか、特定のエフェクトだけ足を使うとか、アイデア次第で多彩なオペレーションを可能にしてくれる。
もう一つ便利な機能が、HDMI REC TRIGGERの対応だ。これはHDMIを経由して録画コマンドを送る機能で、まだ対応機種はそれほど多くないが、HDMI入力対応のフィールドレコーダーでは使えるものがある。
今回はATOMOSのNINJA Vでテストしたが、 NINJA V側の設定で「TRIGGER」欄の「HDMI」をONにしておき、V-8HDのSYSTEM設定でUSERボタンに「REC START/STOP」を割り付けておく。あとはUSERボタンを押すだけで、NINJA V側の録画開始と停止をコントロールできる。録画している最中はUSERボタンが赤く点灯するので、録画が回っているか確認できる。ただしNINJA V側で録画を停止しても、USERボタンは点灯しっぱなしになる。コントロールはあくまでもV-8HDからNINJA Vへの一方通行で、逆側からの操作を受け付けるわけでない。
カメラを接続した際にも便利な機能がある。例えばキヤノンXF405には、「記録設定」のところに「記録コマンド」と「HDMIタイムコード」のON・OFF切り換えがあるが、この両方をONにすると、V-8HDのマルチソース画面内で、カメラが録画されているかどうかのステータスがわかる。
入力8にキヤノンXF405を接続。Recするとソース画面に録画マークが点く
HDMIは、SDIと比べるとランクが下のように見えるが、こうしたコマンドのやり取りまで可能になってくると、むしろ「いつまでSDI使ってるの?」という気になってくる。長距離の引き回しも、最近は光ファイバの変換ケーブルも出てきており、いろんな方法論が考えられるようになってきている。
HDMIカメラを中心としたシステムは、どちらかというとローバジェットのように見られていたが、V-8HDはHDMIだからこそできるシステムが組めるスイッチャーだ。クライアントには内緒でかなりのコストを抑えながら、高水準の配信を実現できる秘密兵器として、V-8HDはV-1HD同様、多くの支持を受けるスイッチャーだと言えるだろう。