txt:渡辺健一 構成:編集部

ZOOM社から発売された32bitフロート録音の超小型レコーダーF2およびF2-BT(Bluetooth内蔵モデル)は、これまでの録音の常識を覆すかもしれない。今回は、そのポテンシャルをレポートする。

F2、F2-BTとは何か?

F2(F2-BT)はわずか32gのレコーダーだ。プラグインパワーのラベリアマイク(ピンマイク)が付属し、単4電池2本で動作する。演者に取り付け、最適な声を録音することに特化した製品だと言える。価格はオープンだが、市場価格でF2が2万円を切り、F2-BTで2万5千円前後と思われる。似た製品としてTASCAM社のDR-10があるが、ほぼ同じサイズにラベリアマイクがセットとなっている。それと比較されやすいのだが、実は全く違うコンセプトの製品だ。

F2(F2-BT)は、録音ボリュームなしでどんな小さな音や耳を塞ぎたくなる大きな音でも、そのまま高音質に録音するこれまでにない最新技術が搭載されているのだ。それが「デュアルADコンバーター&32bitフロート」だ。筆者は普段、映画の録音部の録音技師なのだが、その立場からしても録音の革命を起こす製品だと思う。

F2に搭載された最新技術32bitフロート録音とは何か

再三、32bitフロート録音という言葉が出てきているが、これを説明しておこう。これまでの映像の音声は48kHz 16bitリニア録音が主流である。48kHzはサンプリングレートと言って、数値が大きいほど高い周波数の音が録音できる。サンプリングレートのおよそ半分が録音できる音の周波数の上限で、48kHzでは24kHz(24000Hz)だ。これは人間の耳で聞こえる音の周波数の上限あたりで、映像の録音では、この耳の上限に合わせたサンプリングレートを採用している。

一方、16bitリニアは分解能のことで、音の大きさを何段階でデジタル化するかという数値だ。デジカメ写真の解像度と同じだと思ってよい。16bitは標準的な分解能でCDやデジタル配信の音楽などで採用されている。最近は24bit録音が主流になりつつあり、最新のビデオカメラに搭載しはじめている。16bitと24bitの違いは解像度の差だ。

F2は32bitフロートという技術を使っているのだが、単にビット数が増えて解像度が高くなったということではない。これまでの録音形式であるリニアは音の大きさを等間隔に分解して記録する方法だ。一方のフロートは、大雑把に言えば、音を「変化量と大きさ」で記録する方式だと思っていただいても良いだろう。

詳しくは、ZOOM社の開発者インタビューの解説を参照いただきたい。簡単に言えば、これまでの16bitリニアや24bitリニアが画像で言えばビットマップ(JPEG)と同じで、拡大すると荒くなる。ところが、フロートは拡大しても荒れない。イラストレーターのベクター画像のような記録方式だと思えばよいだろう。

さらに、デュアルADコンバーターを搭載しており、これがマイクボリュームなしで録音できる原動力だ。これまでのレコーダーに搭載されているADコンバーターでは、マイクが持っている広いダイナミックレンジをカバーしきれなかった。

ADコンバーターを二階建てにすることで、入力のダイナミックレンジを広げ、それをそのまま記録するために32bitフロートを使っているということだ。特に、波形にならないような小さな音の音質が圧倒的に向上しているということも付記しておこう。

F2-BTはマイクボリューム無しで高音質録音

専用アプリ(スマホもしくはPC)では、本体の時計の設定、録音ファイル形式、ファイル名形式、風切り軽減などのローカットフィルターのオンオフなどが行える。ローカットフィルターはオンオフのみで周波数設定はできないのが残念だが、実用上はオンオフだけで十分だと言える。

F2は、前述のようにBluetooth接続搭載モデルと非搭載モデルの2種類がリリースされている。Bluetooth接続搭載モデルのF2-BTは、スマホに専用アプリF2 Controlを入れると、本体の設定変更、録再生、ファイル操作が行える。残念なことに音声は送られてこない。一方の非搭載モデルは、上記の設定変更やファイル操作をパソコンからUSB接続で行うモデルだ。こちらも専用アプリF2 Editorが用意されている。

さて、実際の使い方だが、非常にシンプルだ。ラベリアマイクを胸元に付属のクリップで留めるだけでいい。本体には、電源及び操作ロックスイッチ(HOLDモード)がある。ビデオカメラの電源スイッチに類似している。Bluetooth接続搭載モデルでは、電源を入れただけでスマホ接続モードになり、スマホの専用アプリに本機が表示され、タップするだけで接続される。複数のF2を使う場合には、台数分の接続先が表示されるので、それを選ぶだけでいい。


専用アプリF2 Control。
遠隔から本体の設定変更、ファイル確認、録再生、録音状態の監視などが可能だ

本体には、ロック可能な録画ボタンの他に、再生、停止、ヘッドホンボリュームの上下ボタンがあるだけだ。録音は、本体の録音ボタンを押すだけ、もしくはアプリで録音ボタンを押すだけでいい。

そして、本機の最大の特徴は録音ボリュームが存在しない点だ。前述のように、広大なダイナミックレンジと小さな音から大きな音まで破綻させないノイズレスかつフロート録音によって、これまでの録音では失敗してしまうような音源でも、非常に素晴らしい音質で録音可能だ。ロック音楽のライブのような大音量であっても、マイクボリュームを調整ぜずに録音できるのだ。ただし、マイクの入力最大音圧を越えれば割れてしまう。こうした特殊な音源に関しては、適切なマイク選びが必要だ。

マイク端子は汎用のプラグインパワー

音声の入力は3.5mmジャックで、標準のプラグインパワーのマイクレベル入力となる。付属のラベリアマイクは、直径6mmと中程度の太さ。付属クリップと風防の組み合わせは、それほど目立つことなく胸元に取り付け可能だ。

ちなみにRODE社のWireless Go向けのラベリアマイクは直径2mmと細く、映画などの仕込みマイク(服の中に貼り付ける)にはかなり有利だが、こちらの付属マイクは若干太い分だけ取り付けにくい。音質に関してはマイク直径が太い分なのか、低音まで綺麗に集音でき、非常に自然な音質となっている。同クラスのラベリアマイクの中では非常に高音質だと思う。

上:自然の音(ゲイン調整前)下:自然の音(ゲイン+48dB)
ゼンハイザーMKE600で録音。全く波形になっていなくても、ゲインを+48dB上げると、このように波形が見える。下の方は街の雑踏、時々上がっているのがカラスの鳴き声である

また、音声入力端子には、電池内蔵のショットガンマイクを接続可能で、ゼンハイザーのMKE600を繋いだところ、非常に高音質で録音できた。ちなみに、付属ラベリアマイクに比較して、ショットガンマイクの標準的な使い方のもとでは、MKE600の出力は低く、例えば森林の鳥のさえずりはきちんと録音できているものの、ファイルをPCで見ると波形が全く見えない。

しかし、これを48dB程度ゲインを上げてやると、非常に綺麗な音声波形が出てくる。これが32bitフロートの強みだ。波形が現れないほど小さな音でも、まるで録音時にゲイン調整をしたかのような高音質になるのだ。

F2の用途と可能性

付属のラベリアマイクだけでなく、電池駆動のショットガンマイクやプラグインパワー対応のマイクが使える。写真はゼンハイザーMKE600。鉄道の連結器が出す大きな金属音も割れることなく簡単に高音質で録音できた

F2は、本機のコンセプトにあるラベリアマイクによる人の声の録音は当然のことながら、32bitフロート録音ができるプロレベルの音質のレコーダーとしてはもっとも低価格である。ゼンハイザーMKE600のような電池駆動のショットガンマイクも使えることから、様々な用途への展開も可能だ。

ショットガンマイクとの組み合わせでは、フィールドレコーディング(鳥の声など)、鉄道の音の録音、ライブ音楽などいろいろなことに対応可能だ。特にライブや講演会など、どんな音量になるか分からない状況での一発録音では非常に強い味方になってくれることは確実だ。

付属のラベリアマイクを使うだけではもったいない。マイク入力は標準のマイクレベル&プラグインパワーなので、多くのマイクが接続可能だ。入力はマイクレベルなので、会場のミキサーから音をもらう場合には注意が必要で、相手がLINEレベルの場合にはアッテネーター(減衰器)を使えばよい。-20dB程度下げるアッテネーターを推奨する。

編集はあらゆるアプリで可能

32bitフロート録音のファイルを編集する場合にどうしたらよいのだろうか。実は、今まで通りの編集で大丈夫だ。Premiere ProやFinal Cup Pro Xなどの動画編集アプリ、AuditionやPro Toolsなど音編集アプリなど、全てが対応している。というよりも、編集アプリは内部的に音が32bitフロートになっているので、そもそも問題がないのだ。

実際に編集してみると、前述したが小さな音は波形に現れず、大きい音は波形の頭が削れて見えることがある。しかし、これは編集アプリの波形表示が32bitフロートに対応していないだけであって、ゲイン調整をすれば綺麗な波形になる。ちなみにAuditionでは、32bitフロートに対応した広いレンジのレベルメーターに表示変更すれば適切な表示にすることが可能だ。Auditionの場合、レベルメーター上で右クリックして表示レンジを変えられる。

上:セリフ(ゲイン調整前)下:セリフ(ゲイン+18dB)
ゼンハイザーMKE600で録音。ショットガンマイクでナレーションを録音してみた。編集時にゲインは+18dBアップして丁度よい。通常のショットガンマイクの使い方の場合には、+30dB程度にすればよいはず。これは上位機種であるF6のマイクゲイン調整と同じだ

F2とF2-BTのどちらを買うべきか?

F2(F2-BT)はBluetoothの有り無しの2モデルだが、買うとしたらF2-BTをおすすめする。ピンマイクをクリップ固定で、講演会のような録音であればBluetoothなしバージョンでもよいが、本体だけでは最後の1ファイルしか録音を確認できないし、各種設定もできない。

BT版であれば、設定変更だけでなく、ファイルの確認など様々なことができる。ただし、microSDカードのフォーマットだけはパソコンと接続する必要がある。利用目的が確定していないとか、様々な録音シーンで使いたいのであればBT版をお勧めしたい。

実際の活用方法は

実際に仕事で使うことを考えてみる。まず、メーカーが想定しているクリップ固定でラベリアマイクを使うことに関しては、とにかく取り付けて録音ボタンを押せばよいので、非常に簡単だ。レベルを気にする必要がないのは、とにかく便利で確実だ。

人の声は、録音開始時には控えめなのだが、慣れてくると声が大きくなることはあるし、興奮すると大声になることもある。そのような場合、これまで24bitリニアのレコーダーでは失敗してしまうことがあるし、レベルオーバーを嫌ってゲインを下げていると編集でゲインアップしたときの音質低下に悩まされる。それから解放され、高音質で音がとれるのは画期的である。

Ultra Sync BLUEを使うと、Bluetooth接続でスマホやZOOM F6、F8nなどと完全な同期が可能になる(タイムコード同期)。F2とF6のタイムコード同期実験では、波形までピタリと一致した。F2の場合、一度ペアリングしてしまえば、あとは電源を入れるだけでシンクロする。仕込みマイクに使う場合、安価なBluetoothの音声送受信機(セットで五千円程度)で衣擦れさえ監視していれば、あとはF2を録音しっぱなしでOK。ボリューム調整不要であることは、映画の撮影を大きく変えるかもしれない

一方、映画の録音では仕込みマイク(服の中にマイクを隠す)なので、マイクと服が擦れる衣擦れノイズを常に監視しなければならない。音を無線で飛ばす必要があるのだ。この場合、遅延の少ない小さなBluetooth送受信機を併用するしかない。最近は遅延がほぼない機種でも送受信機で5000円程度だから、これを使うと良いだろう。

F2を映画での仕込みマイクに使うことを想定して実験中。F2が複数台あれば、ミキサーなしで映画が撮れるかもしれない

複数のマイクを使う場合には、その数だけ送受信機が必要になるし、同時にそれらを観測する場合にはミキサーが必要になるが仕方あるまい。しかし、そのような欠点があるにしても、32bitフロートで録音するメリットは大きい。実際の運用に関しては、さらに現場の数をこなしてみないとなんとも言えないが、音質を上げるという意味で挑戦するべき分野であろう。

まとめ

アマチュア用の録音機器と比べると若干高価に感じるが、プロ用機器としては非常に安いと言える。また、32bitフロート録音の入門としても(決して入門の音質ではなくプロ用だが)、絶対にオススメな一台だと評しよう。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。