私はiPhone 3Gが日本で発売された初日からのiPhoneユーザーだが、これまでiPhoneの動画撮影機能は日々のメモ代わりか、ロケハン時の参考に撮影するくらいで、仕事で作る映像や作品の中にiPhoneで撮影した動画素材を使用することはほとんどなかった。それはどれだけカメラ機能が進化したと言われても、撮影した動画にどこか「iPhoneっぽい」雰囲気が抜けず、シャープネスが強く、線が太い映像に感じてしまっていたからだ。
そのため、今回「iPhone 15 Pro Maxの記事を書きませんか?」というお話をいただいた時も、正直「スマホとしては格段に進化!しかしやはりミラーレスとの差は大きい…」みたいな記事を書くことになるのだろうと思っていた。
ところが実際に撮影をしてみて驚いた。これは撮影現場でも十分に仕事用として活かすことのできるツールになっている!と感じ、ついにスマホがカメラとしての一線を超えたという印象すら抱いた。撮影された映像から悪い意味での「iPhoneっぽさ」が感じられないのだ。
Apple LogとProRes収録が可能に
今回のiPhone 15 Proシリーズでは、Apple純正のLogがデフォルトで搭載され、それをProRes形式で収録できるようになった。以下はiPhone 15 Pro Maxの純正カメラアプリで撮影した映像だ。Apple Logに設定しProRes422HQ(デフォルトカメラアプリでProResを選択すると自動的に422HQになる)で収録している。
いかがだろうか?個人的にはこの撮影素材を見て「ミラーレスの代わりになる!とまではいかないが、他のカメラの撮影素材に混ぜてもiPhoneだとは気づかない」というレベルの画になっていると感じた。
より詳細な撮影設定をしたい時にはBlackmagic Cameraアプリ
iPhone 15シリーズの発表と時を同じくして、Blackmagic Design社が公開した無料アプリが「Blackmagic Camera」だ。このアプリを使うと、純正カメラアプリではできない細かい撮影設定が可能になる。
このBlackmagic Cameraアプリが登場したことで、細かい設定もできるようになり、フリッカーを防ぐためにシャッタースピードを固定したい、手ぶれ補正の効き具合を調整したいなどの細かい要望にも応えられるようになった。個人的にはここまで設定できるということになると、やはりシャッタースピードを固定するためにNDフィルターが欲しくなってくる。
今後、世界中で仕事用カメラとしてもiPhoneが使われるニーズが増えると予想されるため、おそらくこうしたフィルターやそれに対応した撮影用ケースなどが様々なメーカーから次々登場すると予想される。
ボケが欲しい時にはシネマティックモードを
上記のような撮影方法以外にも、純正カメラアプリで選択できる「シネマティックモード」を使うのも面白い。この機能自体は前からあるもので、光学的にではなくエフェクト的な処理で被写界深度が浅く、ボケのある画を撮影できるというものだ。これまでの機種では髪の毛と背景の境界あたりがぼやけたようになってしまい不自然さを感じる場面もあったが、iPhone 15 Proシリーズではプロセッサがよりパワフルになったことで、その処理の精度が上がったようだ。
以下は先ほどLogで撮影したのと同じようなアングルをシネマティックモードで撮影した映像だ。
ワイドな画だとわかりにくいが、被写体と背景の距離がある場面などはわかりやすくボケが感じられる
シネマティックモードを使うとApple LogとProResでの撮影はできなくなる(HDR(Rec.2020)での撮影は可能)。また、被写体の動きが激しい時など、境界のボケ感などが若干不自然になる場面もなくはない。しかしスマホの小さなセンサーで撮影したとは思えないボケのある画が撮れるので、SNS用に少しでも上質に見える映像を手軽に投稿したい!という場面などにはとても重宝しそうだ。
USB-C端子の採用
近年のiPhoneシリーズで使われてきたLightning端子がiPhone 15シリーズからUSB-C端子に変更になった。これによってUSB-C経由で様々な周辺機器が接続できるようになったというメリットがある。そのひとつとしてまずiPhone 15 ProとiPhone 15 Pro MaxではSSDへの動画外部収録が可能となった。
USB-Cが採用されたことによって新しくできるようになったことは現状は外部ストレージへの動画収録くらいだが、おそらくこれからさらにできることは増えていくと想像できる。iPhoneよりも先にUSB-Cに対応していたiPadシリーズは、最近のアップデートにより「HDMIなどを変換することで外部からの映像入力が可能」となり、カメラモニターとしてiPadを使うことができるようになった。
またこれまでPCやMac用だったベリファイ機能付きのファイルコピーソフトウェアの一部もiPad対応を発表し始めており、シネマカメラで撮影されたメディアをiPadでストレージにベリファイコピーするというワークフローも現実的になりそうだ。こうした機能はまだiPhoneには未対応ではあるが、USB-Cが採用されたことで、iPhoneもこうした周辺機器と連携して拡張性が上がる可能性は高まったと言える。
動画カメラとしてのiPhoneの可能性
海外ではすでにスマホをメインカメラとして取材をする映像ジャーナリストやメディアも出てきており、撮影専用のカメラにはない「専門知識がなくても簡単に使えて」「撮影から編集、公開までをひとつのデバイスで行え」「ネットワークに常に繋がっている」という利点を活かしたい場面で、スマホは撮影機材として重宝されてきている。そして収録できる画のクオリティが上がることで、スマホがカバーできる映像のジャンル・領域は今後さらに拡大していくだろう。
個人的に映像制作を本業としている人間として見ると、iPhone 15 Proシリーズが自分の映像制作に与える影響としては「いつでも本番用の画が撮れる」ということがあるように感じている。
例えば高台からある街の風景を撮影しようとした時、ロケハン・下見に行った時にはいい天気だったのに、撮影日になって本番用の撮影機材を持って行ってみると微妙な天気で「ロケハンの時、撮っておけばよかった!」という場面がたまにある。
これからはロケハンの時に参考にiPhoneで撮った画でも、念のためProRes+Logで収録しておけば、最悪それをそのまま本番用素材として使ったとしても違和感がないという使い方ができる気がしている。「微妙な天気の時にシネマカメラで撮った画より、最高な天気の時に撮ったiPhoneの画の方がいい」という場面が出てきそうだ。
そう考えると、常に携帯してるスマホがこれだけのクオリティの動画カメラになるというのは改めてすごいことだと感じる。いつでも「本番用の撮影」ができるという意味で、映像制作のワークフロー自体もこれから変わっていくんだろうと思わされた。ぜひみなさんにもその進化を体感してみてほしい。
伊納達也(inaho Film代表/映像ディレクター)|プロフィール
1988年、愛知県春日井市生まれ。東映シーエム株式会社を経て、2014年から株式会社umariにて様々なソーシャルプロジェクトの映像ディレクションを担当。その後、株式会社inahoを設立し、社会課題を解決するプロジェクトについての映像制作を行っている。