Hollylandのワイヤレスインカムを振り返る
この2~3年、撮影現場の規模の大小に関わらす、スタッフ間のコミュニケーション手段としてワイヤレスインカムの使用頻度が格段に増えたと感じている。
その最大の理由は、手軽にワイヤレスインカムを導入できるようになったからだろう。手軽と言うのは「価格的」にも「システム的」にも…ということだ。その潮流を生み出したのは、Hollylandだと言っても過言ではないだろう。
私がHollylandという会社を知ったのは、2021年の春頃。同社の「Mars T1000」というベルトパックスタイル+ベースステーション仕様のワイヤレスインカムシステムがきっかけだ。5人同時通話対応・ノイズキャンセラー・ワイヤレスタリー重畳可で立派なハードケースまで付いて当時20万円を切っており、筆者のタイムコード・ラボでも速攻で購入したことを覚えている。
また、同年6月にはハイエンドユース向けに「Solidcom M1」が登場。大規模なライブやイベントに対応可能な拡張性と堅牢性を備えたモデルであり、私が出入りする現場でも使っている。
その翌2022年春にヘッドセットのみで通信可能な「Solidcom C1」が登場。ノイズキャンセル機能は搭載されなかったが、軽量なヘッドセットで通話音声が大変にクリア、そしてベースステーション不要という簡便さで、一気に撮影業界での導入が広がった。
当ラボも発売時から導入しており、早速いろいろな現場に持ち出した。ベースステーション不要というのは想像以上に便利であり、例えばインカムを2人しか使わないような場合でも、ヘッドセット2つだけを機材バッグに詰めて現場へ乗り込める。 この手軽さのお陰でその1年前に導入したMars T1000の出番はなくなってしまった。
Solidcom C1は小規模な現場でもたびたび見掛けるようになり、また専用のHUB Baseを併用してシステムを拡張し、規模の大きな現場でも運用されるなど、Hollylandのワイヤレスインカムが業界を席巻していることを感じる。
さらにHollylandは、この潮流に間髪入れず新機種を投入する。2023年4月にノイズキャンセル機能を搭載した「Solidcom C1 Pro」が登場。従来の機能や音質を維持しつつ、環境ノイズを効果的にリダクションすることで、周囲が騒がしい撮影現場での使用においてもさらに明瞭な会話が可能になった。また従来のSolidcom C1との通話互換性も維持されたため、既存ユーザーが追加導入することも容易にした。
そして、このノイズキャンセル機能搭載のC1 Proの裏で開発が進んでいたのが、「Solidcom C1 Pro In-Ear」である。その名の通り、In-Ear―イヤフォン対応のモデルが2023年11月に登場した。
ともかくも、Hollylandのこの開発速度と開発力に驚きである。ユーザーが「既存モデルを買ったばかりなのに!」と嘆いているのを、この2~3年で何度も目にしたぐらいだ。
Solidcom C1 Pro In-Ear
In-Earモデルは、イヤフォンをリスニングに使用できるワイヤレスインカムシステムになる。ヘッドセット本体に備わったUSB Type-Cのコネクタに専用の変換アダプタを介してユーザーが使いたいイヤフォンを利用できる。
インカムとしての性能はSolidcom C1 Proと同等であり、オプションモデルのような位置づけである。そのため、改めてSolidcom C1 Proの特徴をおさらいしてみよう。
- ヘッドセットのみで通話可能
- マスターヘッドセット(親機)を中核としたスター型のネットワクークトポロジーを採用
- ヘッドセットのみの構成で最大8台接続
- スイッチオンにすればペアリング済みの全ヘッドセットに自動接続で通話可能
- 通信範囲はマスターヘッドセットから見通し距離で350m
- 1.9GHz(DECT)周波数帯使用
- 高性能なノイズキャンセル機能搭載(ON/OFF可能)
- マイクのON/OFFはマイクアームの上げ下げか、ヘッドセットのMUTEボタンで対応
- 予備バッテリーと専用充電器付属
- バッテリー動作時間はリモートヘッドセット(子機)で10時間以上
- マスターヘッドセットのバッテリー動作時間は子機7台接続時は4時間以上
- 重量はバッテリー込みで約170g
- イヤーパッドはオンイヤー/オーバーイヤー交換可能
- マイク風防予備同梱
- 専用のケース付属
- オプションのHUB baseの併用で9人通話可能
- HUB baseを3台カスケードして最大27人通話可能
ほぼほぼ死角なしのSolidcom C1 Proであったが、これだけ高性能だとさらにユーザーの希望は高まり、「首掛けにしてイヤフォンで使用したい」という声が大きくなった。
すでに最初のSolidcom C1発売の直後からHollylandの製品ヒアリングは始まっており、2022年6月には早くもイヤフォン対応版の試作モデルがこっそりと公開されていた。私も当時その試作モデルの実物を拝見し、実際に試用させてもらった。
当時のモデルでは、USB Type-Cの端子に直接イヤフォンを挿せる形で提案されていたが、私を含めてその試作モデルを見たユーザーからは「Type-C to イヤフォン変換」にして好みのイヤフォンを使用できるようにして欲しい、という意見が多く出ていた。 そうした声を汲み取って登場したのがSolidcom C1 Pro In-Ear(以下:In-Ear版)という訳だ。
In-Ear版は、イヤフォンを使えるようになること以外には、従来のC1 Proとの機能的な差異はない。C1 Proと同等のことができ、また初期C1・従来C1 Proとの通信互換性もある。あえて違いを指摘するならば、ヘッドセットのコンソール部分に貼られている銘板の色ぐらいだろう。マスターヘッドセットは従来の赤からオレンジに、リモートヘッドセットは青から緑に色が変えられている。見た目に大きな変化がないので、イヤフォンに対応しているかどうかは、この色で判別する。
イヤフォンが使えることで、周囲がうるさい音楽ライブなどの現場で、しっかりと音を聞き取れるようになる。C1 Proでノイズキャンセル機能は搭載されたが、聞き手側が大音響の環境下にいると、オーバーイヤーのイヤーパッドを使用しても外部の音の侵入が防げずに、聞き取りがし辛くなる状況がある。カナル型のイヤフォンなどを使用することで、物理的に外部の騒音を遮断しつつ、明瞭な通話を行うことができるようになる。
また、ヘッドセットを首掛けにして使用するスタイルを取ることができる。例えば、ヘルメットを被る現場では首掛けは便利だ。昨今だとドローン撮影の際に安全対策でヘルメットを被ることがあるし、また撮影現場だけではなく工事現場でもSolidcom C1は導入されていると聞く。他にもショルダーカメラ(ENGカメラ)を肩に担ぐときにも邪魔にならないし、夏場の暑い屋外で使用する際にも頭や耳が蒸れなくて済む…というユーザーからの切実な声に応えられる。
撮影現場への実戦投入
さて、In-Ear版となりイヤフォンが使用できるようになったSolidcom C1 Proを撮影の現場で使ってみた。
一つは専門職大学院の卒業式&入学式の配信現場。厳かに執り行われる式典の中で、インカムの音声が会場に漏れ出すのは御法度だ。イヤフォンにすることで小さなボリュームでもしっかりと指示を聞き取れるし、長時間の式典では首掛けにして頭や耳が痛くなるのを防げるし、また一方的に指示を聞いているだけであればヘッドセットを三脚などに引っ掛けておいても良い。
もう一つの現場も専門学校系の入学式だったのだが、こちらはゴスペルの歌唱などもあり、音響的にも派手なイベントの会場。
特にステージ前でカメラを構えていたカメラマンの真横には、会場用のスピーカーが設営されており、従来のヘッドセットスタイルではスイッチャーからの指示を聞き取りにくい場面も想像できた。しかし、このIn-Ear版を用いて、カメラマンが持参した両耳イヤフォンを使用したところ、大変に明瞭にインカムからの指示が聞き取れたとのことだった。
この際もヘッドセットは首掛け状態にして、両耳にイヤフォンだけを挿している状態で運用した。
このように現場で In-Ear版は好評であった。デモ期間が終わって、このIn-Ear版はメーカーに返却したのだが、その直後の現場でも「あのIn-Ear版を使いたい」と前述の現場を経験したカメラマン達から要求されるほどだった。
In-Ear版の使用の注意点
実は、In-Ear版は従来版に比べると電波の飛距離が低下するとHollylandは公表している。首掛けにして使用すると頭部から首回りにヘッドセットの位置が下がることで、電波の伝搬距離が通常の350mから100mへと短くなるそうだ。これは、ヘッドセットのコンソール部分に内蔵されているアンテナの位置が低くなるためだ。
実際に首掛けでの伝搬距離のチェックを行ってみた。まずは見通し距離100mまでは問題なく使用できた。途中で途切れたりノイズが大きく出たりすることもなく安定していた。150mぐらいまで距離を伸ばしていくと、徐々にノイズや通信断が発生するが、まだ使用可能という頻度だった。160m~170mあたりまで来ると、コミュニケーションが難しくなる程度にノイズや通信断が発生したので、安心して使えるのは100m前後、条件が良ければ150mぐらいまでは使えそうだ。これは使用者同士の身長や位置関係にも拠るので、一概には言えない。
一般的な撮影現場なら、100m前後で確実に通話が確立していれば問題になることは少ないだろう。
あと、もう一点In-Ear版には大きな問題があったのだが、こちらは2024年3月以降解消されている。
実は、In-Ear版は発売直後のモデルでは、イヤフォンを挿して使用している時でも、ヘッドセットのスピーカーからの音声がオフにできないという致命的な問題があった。
つまり首掛けにして使うと、首元のスピーカーからも音が漏れっぱなしになってしまう…という物だったのだ…。
流石にこれでは現場で使えないと、ユーザーや販売店から声が上がり、Inter BEE 2023の直後ぐらいからメーカーは改善版の検討と開発に取り掛かっていた。
今現在販売されているのは、上記の問題を修正した改良版であり、またそれまでに購入したユーザーであっても無償で基板交換を行う対応を販売店で行っている。
ただ当ラボとしては、この「旧In-Ear版」の仕様を逆手にとって現場で活用する方法を考え、実際に運用している。それは、イヤフォンアウトからの音声を録音してしまう…というものだ。
そのような使い方をしている現場が、オーケストラなどの演奏会の収録だ。オーケストラや吹奏楽の演奏会の撮影では演奏中の楽器パートの的確な撮影のために、譜面読みのスタッフを入れることがある。フルスコアを読みながら、撮影すべき楽器パートや演奏者を指示してもらうのである。それに合わせてカメラマンは画をつくり、スイッチャーもスイッチングを行う。
現場では当然それらの指示をインカムを通じて各員に伝えているのだが、さらに後日の編集のために譜読みの声を録音しておくと、その時の指示内容をスイッチ/カメラミスの修正やブラッシュアップに活用できる。
従来は譜読みスタッフにインカムとは別に録音用のマイクを取り付けて収録していたのだが、In-Ear版のイヤフォンアウトを使うことで、インカムの音を直接録音できるようになる。この音には譜読みの声はもちろん、インカムでやりとりした音声は全て収録されているので、後日になってどういった指示を出したのか、カメラマンとどういったやりとりがあったのかを振り返って、適切な指示出し方法の検討や反省材料にも使えるだろう。
インカム内容を録音しておくことで現場を振り返ることができるのは、何かと役に立つはずだ。
まとめ
In-Ear版は、イヤフォンを使用できる――という、ちょっとした追加仕様を行ったことで、大幅に現場での利便性や有用性が向上した。長時間ヘッドセットで頭部や耳朶を押さえつけられるストレスから解放され、周辺環境がうるさい場所でも自分が使いやすいイヤフォンを使用して明瞭にインカムからの音声を聞き取ることができるようになった。
今後、多くのIn-Ear版ユーザーは、ヘッドセットを首掛けにして、片耳ないし両耳にイヤフォンを挿して、このインカムシステムを利用することになるのではないだろうか。
個人的には、この際だからHollylandは完全な首掛けワイヤレスインカムを作っても良いのではないかと思う。Solidcom C1 Proと同等の性能を維持しつつ、スピーカーはなくしてイヤフォンアウトのみを搭載。ユーザーが好きなイヤフォンを使えるようにする。
案外とヘッドセット仕様じゃないと困る…という現場は少なくて、反対に首掛けじゃないと使いにくい…という現場の方が多い気がするので、首掛けインカムは需要があると思うのだが、如何だろうか?
実は当ラボではHollylandのインカムシリーズを導入する前は、バイクツーリング用のBluetoothインカムを流用した自作(?)のヘッドセットスタイルのワイヤレスインカムを使用していた。そして今年に入ってから、現場のカメラマンの要望などを受けてイヤフォンを利用できる首掛け仕様に改造したばかりであった。
ちなみに、昨年11月に開催されたInter BEE 2023ではHollyland本社から設計担当の社員さんも会場にいらっしゃっており、そこで当ラボの首掛けモデルを写真で見ていただいた。興味を持っていただき、スマホに表示した自作インカムの写真をスマホで撮影されていた。 もしかすると、将来的にHollyland製の首掛けインカムが登場するかもしれない。
冗談はさておき、今後もHollylandのワイヤレス製品の戦略は引き続き大変気になる。実際のユーザー声をどんどん拾い上げて、新製品やバージョンアップにスピーディーに対応している姿は、驚異的だし期待も高まる。
すでに、当ラボの撮影現場はHollyland製品なしでは成立しないと言っても過言ではない状態であるし、今後ともその動向を注目していきたい。