はじめに
「Z6III」はニコンが2024年6月17日に発表した最新のフルサイズミラーレスカメラである。すでに各種サイトでこの機種に関して目にした方もおられると思う。
ニコンのフルサイズミラーレス機の歴史はZ 7(2018年9月発売)/Z 6(2018年11月発売)から始まっているが、その動画性能は同時期に発売されたカメラに比べて特に秀でた部分はなく、平均的なものであった。そのため、動画撮影がメインの筆者として機材選定の候補には上げにくかったのである。アップデートされた後継機種のZ7II/Z6IIでもその状況はほぼ同じだったのだが、その後、ニコンの動画カメラとしての非常に大きな変化があった。
それが2021年12月に発売されたZ 9と2023年5月に発売されたZ 8である。
Z 9/Z 8ともにN-RAWと呼ばれる動画RAW圧縮コーデックを内部収録できるだけでなく、ProRes/ProResRAWまでも内部収録できるのである。しかもその最高性能は8K60pと他のカメラを大きく引き離すものとして動画制作者の間に衝撃を与えた。
そのZ 9/Z 8で始まったニコンの本気の動画性能は、今回発表されたニコンZ6IIIでもしっかりと確認することができる。6Kという扱いやすい解像度は、言ってみれば「高品質な4K映像を制作するならば丁度いい解像度」なのだ。
本記事では発表になったばかりのZ6IIIの性能に迫ってみたいと思う。なお、このサイトは静止画よりも映像に関する情報を取り扱う関係上、今回の記事もニコンZ6IIIの動画性能に関する記事となることをご承知願いたい。
スペック概要
- マウント:ニコン Zマウント
- 画素数:2450万画素
- メディアスロット: CFexpressカード(Type B)スロット×1/SDメモリーカードスロット×1
- ISO感度:ISO 100~64000(SDR)/ISO 800~51200(N-Log)
- 手ブレ補正:イメージセンサーシフト方式5軸補正
- 主な記録フォーマット(コーデック):
- N-RAW 12bit
- 6048×3402 [FX] 60p/50p/30p/25p/24p
- 4032×2268 [FX] 60p/50p/30p/25p/24p
- 3984×2240 [DX] 120p/100p/60p/50p/30p/25p/24p
- ProRes RAW HQ 12-bit
- 6048×3402 [FX] 30p/25p/24p
- 4032×2268 [FX] 60p/50p/30p/25p/24p
- 3984×2240 [DX] 60p/50p/30p/25p/24p
- ProRes 422 HQ 10‑bit
- 5376×3024 30p/25p/24p
- 3840×2160 60p/50p/30p/25p/24p
- H.265 10-bit/8‑bit
- 5376×3024 60p/50p/30p/25p/24p
- 3840×2160 120p/100p/60p/50p/30p/25p/24p
- 1920×1080 240p/200p/120p/100p/60p/50p/30p/25p/24p
- N-RAW 12bit
- 寸法:約138.5×101.5×74mm
- 質量:約760g(バッテリーおよびメモリーカードを含む)
N-RAW/ProRes/ProResRAW/H.265で撮影できる点はZ 8と変わらない。つまり動画撮影機能に関してはZ 8の8KからZ 6の6Kになった「ミニZ 8」といったイメージである。
なお、4K120p撮影時はDXフォーマット(APS-C)画角となる点はZ 9/Z 8と異なるので注意が必要だ。
このカメラはスチル機としての進化ももちろんあるのだが、イマドキのニコンを思わせる明らかに動画カメラとしての進化が凄まじい。
作例とファーストインプレッション
作例はいつものように航空機の素材をほぼ単純にRec.709変換したものだ(一部レベル調整は実施している)。6K60pがフル画角で撮影できることによる鮮鋭さとAPS-C画角ながら4K120pが撮れることの恩恵を十分に感じられるものだと思う。
N-RAW撮影であるが故に、記録素材にはカメラ内のノイズリダクションは行われていない。そのため、ダーク領域付近のノイズは極端にクリーンというわけではないが、画質に厳しい人でもISO6400領域でも十分使えるレベルと言えよう。
作例に関して
撮影ではN-RAWのみを使用し、現像処理はDaVinci Resolveにて行った。先に触れた通り、素材がRAWということもあり比較的低感度でもノイズは多い。これはRAW動画全般に言えることで、カメラ側でのノイズリダクションが行われない代わりに、ユーザー側がノイズリダクションの具合を決めることになる。
今回の作例では昼のシーンでは控えめのノイズリダクションを、夜の撮影シーンではやや強めのノイズリダクションを適用している。
Z6IIIの動画撮影におけるノイズ感だが、一般的な24MPのカメラに対してシャドー側の表現が大幅に向上したという印象は残念ながら少ない。もともと先代の24MPセンサーは非常に高感度耐性が高く、解像度のバランスが良いので十分な動画画質なのだが、それに対し大幅な画質向上を期待するのは少々贅沢なのかもしれない。
だが、裏を返せば読み出し速度を大幅に向上させながら動画画質を担保しているカメラと考えることもできるだろう。
大きさのインプレッション
この機種を初めて触った時の感触だが、そのファーストインプレッションは「軽い」というものだ。これはあくまで筆者所有のZ 8と比べた時の印象ではあるのだが、高い動画性能・機能に対してボディサイズが非常に小さいと感じたのだ。
また、モードダイアルに関して、筆者としては直感的に扱えるZ6IIIの方が好みだ。
外観・機構に関して
先に述べた大きさの話に加え、外観・機構に関して述べておきたい。いきなりではあるがZ6IIIの底面を見てみるとこのカメラにはビデオボスが備わっている。Z6IIIはほとんどのユーザーは「スチルカメラ」として使用を想定していると思うのだが、このビデオボスをみた瞬間に顔がニヤついてしまった(なお、この穴は三脚穴の後方に位置している。また左下の穴はバッテリーグリップ装着時のツイスト防止機構として使われるものだと思う)。
またHDMIポートに関してもフル規格のものが採用されている。
背面液晶だがバリアングルとなっており、HDMIケーブルとは干渉するもののマイク端子干渉しないように工夫がされている(ヘッドフォン端子は接続するプラグ形状によっては干渉するものと思われる)。
当然ながらリモートグリップ「MC-N10」の使用も可能だ。
これらの点だけでもZ6IIIは動画機としての側面を十分有していると言えるだろう。なお、動画とスチルの切り替えはZ 8などと同様に、レバーで簡単に切り替えることができる。
ファインダー(EVF)は約576万ドットで最大4000cd/m2の明るさに設定できる。高解像度なのは言うまでもないが、炎天下でのファインダー撮影でも鮮明に映像を確認することができる。ミラーレスカメラでの動画撮影ではEVFを使うユーザーは少ないかもしれないが、覗いて撮るのが楽しくなるファインダーだ。
Z6IIIのテクノロジーとそれによって得られるもの
世界初フルサイズセンサーでの部分積層型CMOSセンサー
ニコンZ6IIIはフルサイズとしては世界初の部分積層型のCMOSイメージセンサーを搭載したカメラである。筆者の認識ではイメージセンサーの読み出し速度のボトルネックになっている回路部分を積層化することで、高速化を図ったものがこのテクノロジーである。センサーのコストをなるべく抑えつつ読み出しも高速化できるため、ユーザーメリットも大きいはずだ。
ローリング速度
Z6IIIは従来の24MP機に比べるとローリング速度は速いものの、メカシャッターレス機Z 8とはかなり乖離がある。これはスチルの場合において高速なAD処理を行いつつフレームメモリに書き込み、画像処理エンジンに比較的低速で転送を行うことによってローリングシャッターがボトルネックにならないように設計されているためだ。よってスチルでの電子シャッター撮影時のローリング速度はZ 8の圧勝となる。
以下の図は筆者の友人に作成してもらったLED光源(1kHz点滅)を短時間露光で撮像したものだが、Z 8はZ6IIIよりも4倍ほど速いことがわかる。
ところが、その関係は動画撮影では一変する。ローリング速度はZ 8よりもZ6IIIの方が1.5倍ほど高速だということがおわかりかと思う。
もともとZ 8のローリング速度はスチル撮影では積層メモリによって高速化が図られているものの、動画撮影時においては積層メモリをバイパスする読み出し方式となっているはずで、動画のローリング速度はスチルほど速くはない。一方で、Z6IIIは6Kクラスのミラーレスカメラの中で、動画のローリング速度は現状最速と言える。動画撮影では概ね15msec程度のローリング速度であればモーションブラーとの兼ね合いで、歪みは目立ちにくいという認識を筆者は持っているが、それよりも圧倒的に速い。この、部分積層型CMOSイメージセンサーの技術が大いに発揮されている部分だ。
6K60p RAW/4K120p RAW
多くのメーカーが採用している24MPセンサーはそのローリング速度の制限から、4KはAPS-C画角にとどまっていた。部分積層型CMOSイメージセンサーを採用した最大のメリットの一つが、先に述べたローリング速度の向上と、それによるフル画角&高解像度の6K60pを実現できたことだろう。また、APS-C画角には制限されるが4K120fpsが撮影できるところもメリットの一つだ。
以上のように、部分積層型CMOSイメージセンサーの恩恵は動画の読み出し速度向上にある。動画撮影の場合はフレームレートが上がらないと表現できない領域がある。もちろん、解像度を落としてフレームレートを稼ぐ撮影方法はあるのだが、今の多くの制作者と視聴者は4K解像度に見慣れてきている。そのため4K映像の中にFHDを織り交ぜることによる違和感は、近年顕著になってきている。APS-Cながら4K120pが撮れる意味は非常に大きい。
ダイナミックレンジ
ダイナミックレンジというよりもハイライト側のクリップがどの程度で発生するかを検証したものが下図である。
これはN-Logのガンマカーブのホワイトペーパーに則っていることを確認しているが、概ね+6.2STOPでハイライト表現がクリップする。この仕様は筆者の所有するZ 8と同じで、Z6IIIは画素数を抑えているもののハイライトが伸びている仕様にはなっていないようだ。逆に、読み出し速度を上げたからといってハイライトのクリップレベルは高いままを維持しているとも表現できる。
なお、もともとN-Logのガンマカーブは+6.4STOPを上限とした規格であり、Z 8同様にN-Logのギリギリまでを使った仕様と言えよう。
ネイティブISO
N-Logでの撮影を行った場合ではISO5000とISO6400の間でノイズの状態が大きく変化することを確認している。また、SDR階調ではISO640とISO800の間でノイズが大きく変化する。
このことから、ネイティブISOは2段階存在していると筆者は推測している。作例のN-Logでの低照度撮影ではISO3200などの感度設定は使わずにISO6400の設定を使っているのはこれが理由である。
なお、低感度側の最低ISO感度(N-Log)はISO800でありその値は一般的なものとなっている。この感度は日中の撮影ではNDフィルタがほぼ必須であるのだが、逆に考えれば極端に減光しなくても適正なシャッタースピードで撮れる比較的扱いやすい感度だと思う。
また、SDRの場合の低ゲイン感度はISO100だが、N-Logに比べるとハイライトがクリップするまでのSTOP数は3段ほど落ちる。故にハイライト重視の映像制作の場合は階調モードはN-Logを使うべきだろう。
Z 8よりも手軽に高画質を扱える
冒頭にも述べたように4K映像制作を行う場合に6K程度の解像度は非常に扱いやすいと筆者は考えている。8Kコンテンツまでは不要だが、4K映像制作において解像度を担保したい、ポスト処理でのリフレーミングを行いたい場合を含め、6Kという水平画素数は圧倒的に都合が良いのだ。また、動画編集時においても、例えば8K解像度素材のスムーズな再生にはパワフルなPCを必要とするのだが、(8K素材に比べれば)6K素材はかなり敷居は低い。
各種記録フォーマットのビットレート
代表的な記録フォーマットのビットレートを示すと下記のようになる。H.265に比べるとN-RAWはデータ量がかなり大きい。
- N-RAW 6K30p:1870Mbps@高画質/940Mbps@標準
- N-RAW 6K60p:3730Mbps@高画質/1870Mbps@標準
- N-RAW 4K120p:3240Mbps@高画質/1630Mbps@標準
- H.265 4K30p:190Mbps@10bit/150Mbps@8bit
- H.265 4K60p:340Mbps@10bit/300Mbps@8bit
- H.265 4K120(DX):400Mbps@10bit/370Mbps@8bit
とはいえ、記録画素数が多いZ 8の8K60pのビットレートは約5780Mbps@高画質/約3740Mbps@標準で、これに比べるとまだストレージ(記録速度、容量)に優しいと言える。
長時間記録
筆者はライブ撮影などを除いてはそこまで長回しをしていないため、撮影では「自動電源OFF温度:高」の設定で撮影しているが、Z6IIIはファンレス構造のため高解像度、高フレームレート、高ビットレートでの長時間の撮影は熱停止のリスクがあるだろう。
筆者は最高画質の6K60pRAWで多くの素材を撮影したわけだが、実撮影で熱停止の経験はなかった。理由としては、1カットが長くても1分程度の撮影だったためなのだが、熱停止せずに記録できる時間はコーデックとフレームレート、メディア、記録開始時のカメラの温度、そして撮影環境(温度や風速など)にかなり状況に左右されるはずだ。 そのため、「○○分まで記録できる」と書いたところでそれは誤差をかなり含んだ参考値でしかないことをご理解いただきたい。
参考までに25℃の室内で「6K60p(N-RAW)画質標準」を実験的に長時間撮影した際の熱警告は25分、最終的に安全機構としての熱停止が働いたのが50分だった。
繰り返しになるがこれは参考値であり、コーデックやフレームレートが変われば大幅に時間が変わるということを理解いただきたい。
AF
筆者の所有するZ 8基準ではZ6IIIの動画AFは十分に使用に耐えうるAFだと感じる。使った感覚的にもZ 8とほぼ同じ感覚で撮影することができた。また、今回の作例は航空機の作例だったが、その設定は被写体検出を「飛行機」に設定して撮影したものだ。
「被写体認識未検出時のAF駆動:ON/OFF」という設定は、一時的に被写体検出が外れた場合に再び検出を行うまでピントをそのままにするか、否かを設定できるもので、筆者がZ 8を使う場合にもこの設定を切り替えて撮影することが多い。
これは歩いている人物撮影で人物の手前に電信柱が横切ったケースなど、被写体認識が外れてもピントを維持でき、非常に有効な設定である。
ライン入力が可能に
ニコンのカメラとして初めてライン入力に対応している。ライブなどでライン出力から音声をもらう場合など、利便性は大幅に向上すると思う。
まとめ
今回紹介し切れなかったが、Nikon Imaging Cloudというクラウドサービスを使い、カメラのWi-Fiから自動で写真をクラウドにアップロードするサービスを使うことができる予定だ。また、イメージングレシピという好みの画作りを行うためのサービス(静止画・動画に適用可能)が使えるようになる。それらはカメラ単体としてだけでなく、新たなサービスや環境とが連携し新しいカメラの使い方、楽しみ方への変化を予感させるものだ。
ただ撮るだけにとどまらず、Z6IIIは今までにない撮る楽しみ(体験)と、撮った後にどうやって共有するかというニーズまでをも考慮したカメラだと思う。
振り返ってみると、Z 6/Z 7の登場時にはここまでの動画性能の進化を誰が予想できただろう。Z 8/Z 9で始まったニコンの動画性能の向上は目覚ましく、動画撮影をメインとする筆者としても今やZシリーズは目が離せない存在となった。
しかしながら残念なことに、今のところZユーザーで動画RAWをバリバリと活用しているユーザーは日本国内には非常に少ないと言わざるを得ない。その理由の一つが、多くのユーザー環境の場合、Z 8/ Z 9(8K)のデータの再生・編集がままならないからだと思う。
前述のとおりZ6IIIはピクセルバイピクセル撮影の場合、6K収録をも可能にし、さらにはRAWの内部記録まで可能だ。それはZ 8/Z 9(8KRAW)よりも格段に動作が軽快なデータであり極端に高性能なPCを必要としない。そして部分積層型CMOSイメージセンサーによって実現した6Kオーバーサンプリングの4K60pは動画制作者以外にも魅力を感じるだろう。
よってこのカメラを手にした人の中には、全く動画撮影に興味がなかったのにZ6IIIで動画撮影・編集に目覚めた、という人が現れるかもしれない。Z6IIIはそんなことが起きることを、期待させるカメラなのだ。
SUMIZOON|プロフィール
2011年よりサラリーマンの傍ら風景、人物、MV、レビュー動画等ジャンルを問わず映像制作を行う。機材メーカーへの映像提供、レビュー執筆等。現在YouTube「STUDIO SUMIZOON」チャンネル登録者は1万人以上。Facebookグループ「一眼動画部」主宰。「とあるビデオグラファーの備忘録的ブログ」更新中。