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映像業務に関わったことのある人間なら、一度は耳にしたことがあるだろう「Final Cut Pro」。そのiPad版である、iPad用「Final Cut Pro」(以下:iFCP)の発売から1年経ち、Ver.2が出荷された。その内容をレビューしたい。

はじめに

今回はiFCPをレビューしたい。相変わらず「濃いめ」な内容でお送りしたいが、まずこの記事に書くにあたっての私のバックグラウンドを書こう。

私とFinal Cut Proのつきあいは長い。Wikipediaを見るとFinal Cut Pro 1.0の登場は2000年となっている。諸事情により、日本上陸の「Final Cut Pro 1.21日本語版」より先のVer.1.0から触っており、「Final Cut Pro」という名前だけなら、かれこれ四半世紀の付き合いだ。いわゆる「腐れ縁」だ。

古くはFinal Cut Pro 7ではあるが、Apple認定トレーナーも務めさせていただいていた。それもあって全国のFinal Cut Proが使われる数々の成功例、修羅場、使われ方を見てきた。

近年ではiBooks出版として、Final Cut Proのガイド本「Final Cut Pro Note for macOS」を書かせていただいている。

ちなみに私の過去の記事をお読みの方はご存知の通り、iPad好きでもある。実はこの記事もテキストはもちろん、挿絵を含めて全てiPadで制作している(色域計測はWinだが)。また、近年のタブレットでの映像編集の動向も注視している。

そういった視点でレビューをしていきたい。

さてiFCPを見てみよう

iFCPは2023年5月にVer.1.0が出荷され、先の2024年6月にVer.2が出荷された。動作環境は、若干複雑だが、

  • iPad Pro(M4)
  • 12.9インチiPad Pro(第5世代/第6世代)
  • 11インチiPad Pro(第3世代/第4世代)
  • iPad Air(M2)
  • iPad Air(第5世代)

となる。まぁ、簡単にいえば「M系のチップが載ったiPad + α」か。

iFCP2の新機能

Ver.2で強化されたポイントを見ていこう。

[ライブマルチカム]
「ライブマルチカム」は最大4つのiOS/iPadOSの「Final Cut Camera」アプリとiFCPをWi-Fiで接続し、マルチカム素材を収録し、マルチカム編集環境を提供する機能だ。

収録を開始すると、接続されたデバイスのそれぞれの内容の収録を開始する。それぞれのデバイス内には実撮影データが記録され、接続されているiFCPには各デバイスの撮影内容のプレビューデータが保存される。撮影を止めると記録されたプレビューファイルを使ってすぐに編集開始できる。実撮影データは、追ってWi-Fiを使って転送され置き換わる。この際のWi-Fiの接続は既存のネットワークを利用しないピアツーピアのものなので転送はスムーズだ。AirDropの延長線の何かだろう。

収録時は、それぞれのカメラのライブの内容が表示されており、接続されたカメラはiPad側でコントロールができる。YouTubeなどで見られる、一人だけで完結するようなコンテンツでの収録に役に立つだろう。実際、機能としての狙いもそこだろう。

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大きな規模の使用がイメージされるがカジュアルな使い方が適切だろう
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ライブマルチカムでの編集

[外部ストレージメディアでのプロジェクトに対応]
これまでのiFCPは編集メディアをiPad内でしか管理できなかった。しかも使用されるメディアは、エイリアスやシンボリックファイルのようなリンクファイルではダメで、実体が必要だった。そのためストレージの空き容量を必要とした。

※これは「1つのアイコン」で、編集内容を管理できる利点を考慮してのものと思われる。実際、編集ソフト初心者で多くあるトラブルは、編集メディアの紛失だ。

これにより、本体側のストレージの要求負担は低くなった。

※気を付けたいのはiPadOS 17まではOS自体にフォーマットの機能はない。iPadOS 18で同機能が搭載される噂はある。

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外部ストレージへの対応により本体のストレージ要求が低くなった

改めてiFCPを見てみる

実はライブマルチカム機能、外部ストレージでのプロジェクト管理以外の機能は以前のiFCP1.3と比べてほとんど変わりはない。そこで改めてiFCP自体についてみてみよう。不思議と情報の露出の少ないiFCP。あまり知らない方も多いだろう。特筆する部分だけ押さえて説明する。

[アプリの系統]
Final Cut ProはFCP7系とFCPX系と分かれる、iFCPは強いて言えば、FCPX系だ。しかし、筆者の正直な感想では「FCPXに似せた何か」だ。

[コスト]
サブスクリプションモデルで月700円/年間7,000円(2024/7月)だ。サブスクとしては低額の方か?

[インターフェース]
外観はMac版Final Cut Proと似ている。親しみのある外観は、使い始めにおいても拒絶感はないだろう。

とはいえ、タブレット用途を考慮したインターフェースにもなっている。基本的に「ボタンインターフェースが多い」。これはできるだけタップで済むようになっており、タッチインターフェースには苦手なドラッグのような「なぞる」操作を避けている。ただ、「ジョグホイール」では、指やペンで動かすことを想定したインターフェースを採用している。

また「編集操作の動きのフロー(流れ)ができている」こともポイントだ。できるだけ中央に操作インターフェースを避けるようにし、編集操作を右側(右手)を上から下に流れる動きにし、設定は左側(左手)になっている。「ブラウザ」が、Mac版と異なり右側にあるのもこのためだと思われる。

GUIデザイナーは、Apple Pencilがあるものの、実際は両手でiPadを掴んで操作することを想定して設計したのではなかろうか?

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タブレットでの使用を想定したインターフェース

[Apple Pencil の使用]
フローティングによる「スキミング」に対応している(スキミング自体はマウスでの操作でも可能)。また、映像中に手書きアニメーションを取り入れることができる「ライブ描画」機能でも利用できる。スクリブルでのパラメータ入力もできる。

ただ、Apple Pencil Proでも確認したがそれ以外は取り立てて特別なサポートはiFCP2でもない。

[Appleに馴染みの深いメディアに対応]
Apple製品内のエコシステムができている。ProRes RAWに対応し、iPhoneで撮影したCinematic撮影素材に対応している。iPhone 12以降に搭載されたHDRにも対応。HDRでの編集が可能だ。出力結果はHLG形式のみになる。

[業務用のフォーマットへの対応について]
REDのR3Dなどには対応していない。基本的に「標準のiPadで再生できる動画+α」と考えるとわかりやすい。XAVCやMPEG-2 MXFなど業務用フォーマットの書き出しには非対応だ。MXFコンテナの読み込みにはかろうじて対応しているが、こういった需要がどこまで必要だろうか。

[撮影機能「プロカメラモード」を搭載]
わかりやすく言えば、カメラ機能を搭載し、撮影したものを直ぐに編集できる機能。カメラ機能としては、基本的な機能は押さえられているが、取り立てて使う理由は少ないと思う。カメラアプリの選択肢は多数ある。

[アフレコに対応]
USBCを通してオーディオデバイスに対応し収録音を「声を分離」機能でノイズを抑えた聴きやすい音にできる。これにより、1台で映像制作を完結できる。

[Log形式への対応]
「カメラのLUT」設定があり、主要なLog形式に対応する。これにより、SDR/HDRのどちらにおいても、Logに記録された表現を適切に利用できる。

[Aiでの編集補助]
アクセントとなるシーンを作るために、背景を切り抜く「シーン除去マスク」機能。知見のある方なら「差分マスク」の発展版といえばわかりやすいだろう。

[実用的なコンテンツを収録]
動きのあるタイトルや背景の「ダイナミックコンテンツ」を用意。尺の長さを自由に伸長できるBGM機能を装備。

[Final Cut Pro for macOSとの互換性]
編集した内容をMac版のFinal Cut Proで開き編集を続けることができる。ただし逆は不可。

課題

一方で課題もある。まぁ、まだ若いアプリなので仕方のないことでもある。ただ、FCPの進化は、OSとの協調の要素が多い。次期OSへの進化待ちな部分もあるのかもしれない。

[SNSへの直接アップロード機能がない]
これはMac版でも言える課題なのだが、近年の多くの編集ソフトにはSNSに直接アップロードできる機能が備えられている。しかし、iFCPにはこれがない。

ちなみにこれはMac版での話だが、実はFCPには以前は同様の機能があった。むしろ「はしり」とも言えた。ただしこれは途中のバージョンでなくなった。おそらく同社の何らかのセキュリティーポリシーに引っかかったんだろう。実は、iFCPの方向性において、最も矛盾を感じるところだ。

[空間映像に対応していない]
先のメディア対応の内容と矛盾しているが、現段階において最近話題の空間映像に対応していない。「まだ」というところか?

[設定のハンドリングが弱い]
Mac版のFCPでのメリットとして挙げられるのがコンテンツの管理のしやすさだ。しかし、iFCPではどうももどかしい。例えば複数のクリップのロールを一度に設定することは、Mac版FCPでは容易だが、iFCPでは1つ1つでしかできない。

[LUT処理機能がない]
現代の一般的な制作において、LUTは普通に使われている。その使い方の正誤は別として、利用することができないのは、マイナスだろう。

[字幕(サブテキスト)機能がない]
字幕機能は今や編集ソフトには必須の機能だろう。これがない。また、必然的に文字起こしの機能もない。近年の流れとしてはこれはいただけないだろう。

[検索機能が不十分]
Mac版FCPは検索においてはむしろ他に比べて得意な方だ。しかし、iFCPにおいては検索機能がなく苦手だ。

[サードパーティーなどからのプラグインが揃わない]
iFCP発表時に「Coming soon」と発表されたが、発表されて1年以上経つが、まだ具体的なものは出ていない。

[開発のペースが遅い]
FCPは元々開発のペースが遅いのは有名だが、買い切りならともかく、サブスクだと不思議と損した気分となる。

M2 iPad Air 13インチでのiFCPはどうか?

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iPad Proと選択を迷うミドルレンジのM2 iPad Air

実は今回の記事を書くにあたって、当初は編集さんからはM4 iPad Proでのレビューを書くことを打診されていたが、あえて、M2 iPad Airでのレビューをこちらからお願いした。これは、M4 iPad Proは性能が高いことは以前の記事で実証済みだからだ。しかし高額。現実味がないことも事実だ。

M2 iPad Airは現在売られているiFCPに対応したiPadでは価格が安い。11インチ128GBなら10万円を切る。現実的な価格で実感も湧くだろう。いたってはM2 iPad Proでの使用感も想定できるだろう。

ストレージが1TBではあるが、iFCP2で追加された外部ストレージでのプロジェクト管理機能を使って外部ストレージでの使用をした。これはストレージの空きの少ない128GBモデルを使用した場合を想定してだ。接続はUSB 3(10Gbps)とあって、内蔵ストレージには劣るが、一般的な映像素材であれば大きな問題ではないだろう。この辺も確認した。

使用したM2 iPad Airのスペック

SoCにはM2(8 CPU/ 9 GPU 8GBRAM)が使用されている。伝わってくる情報からは、これまで登場した製品に搭載されたM2より、機能が抑えられた仕様になっているようだ。

ストレージは余裕の1TB。しかし、基本的に外部ストレージ(Samsung T5)を使う。これは外部ストレージでの運用の具合を見るためだ。よければ128GBの可能性も見える。

M4 iPad Proと比べて何が違う?

[USB C]
規格はUSB 3(10Gb/s)でThunderboltには対応していない。

[Riquid Retina Display]
表示する色域はAppleの基準となっているP3の表示性能を持っている(カバー率が何%かは公式の公開はない)。ただ、ホワイトポイントがほぼ7000KとDisplay P3(6500K)としては若干高い。「True Tone」は切っているが、この機能との因果関係があるのかもしれない。

一方で、M4 iPad Proに比べリファレンスモードがない。もちろん、あるに越したことはないが、一般用途には過剰だろう。またProMotion機能もないが、非公式の情報ではあるがM2 iPad Airのモニタは60Hzらしい。映像制作には十分だ。

明るさは600nit(11インチは500nit)までで、iPhoneの撮るHDRが1000nitであることを考えると物足りないが、HDRを作る予定がなければ十分だし、たとえHDRを作る場合でもトーンマップもあって一般用途では良いのではなかろうか。

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色域の性能。Apple社の製品らしくP3色域性能
※計測は参考程度にされたい
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M1 iPad Pro(リファレンスモード)のHDRとM2 iPad ProでのHDR表示(理屈上、外部から撮影)

[AV1のメディアエンジン(デコード)がない。]
これにより単純にAV1が再生されない。現状大きな問題ではないだろう。どうしてもAV1が見たい場合はVLC Playerなどがある。

[ProRes系のメディアエンジンがない?]
Appleからの明確なコメントはないが、M2 iPad Airの仕様にはM2 iPad ProにはあったメディアエンジンのProRes / ProRes RAW 対応の記載が省かれており、省略されていると言われている。実際はどうだろうか?

まとめ

M2 iPad AirでiFCPを使用しての感想をまとめよう。

まず、M2 iPad Airでの使用感だが、ザクっとした感想で申し訳ないが、使用には問題なく感じる。普段はスペックの落ちるM1 iPad Proを使っているのでなおさらだが。先に書いたProRes関係に関してだが、裏付けはないが「ない」と言われるProRes系のメディアエンジンは実は搭載してるのではなかろうか?掲示できないがいくつかのテストでそれを感じさせる。それほど快適だ。ProRes RAW 4K60P 4ストリームを普通に再生する。

外部ストレージでの運用に関しては、接続するストレージにもよるが、一般用途には問題ないのではなかろうか。一般的なH.264/HEVCでは問題ない。ProResなどの高ビットレート素材では辛いが、その場合は内蔵ストレージにプロジェクトを移動して利用すれば問題はないだろう。そしてiFCP2ならそれができる。

どんな用途に向いているか?

どのような用途に向いているか?といえば、一般的なSNSの使用される時間の~10分ほどの動画だろう。もちろん、それ以上も可能だが、効率は時間が伸びるほど落ちるだろう。

既存の制作業務に耐えられるか?と言えば、「No」と答える。そもそもiFCPにそれを望むことはないだろう。編集結果の出力が特定のデータ形式しかないので、各種パッケージ業務には向いていない。「せめてオフラインでは?」という意見があるかもしれないが、そこには「効率」という言葉はない。

アプリから伝わってくる使用想定は「持ち出したiPadで、iPhoneなどで撮影した映像をその場でまとめて、身内のフォトライブラリー、もしくはSNSに映像をアップロードする」こういったカジュアルな使い方か。

他の編集ソフトに比べて

現在におけるタブレットでの編集ソフトは、「DaVinci Resolve for iPad(以下:iDR)」「LumaFusion(以下:LF)」「iFCP」の3強だろう。

※もちろん「CapCut」も考えられるが、多様性といった視点では外れる。

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タブレット3大NLE「iDR」「LF」「iFCP」

iDRは間違いなく、機能面では最強だろう。ただ、高機能ならではのとっつきにくさと知識の必要さが、大きなハードルとなっていると思う。またインターフェースもタブレット向けに考えられたものとはとても思えない。

このジャンルでは先駆者とも言えるLFは、程よい機能バランスと馴染みのあるインターフェースで良いのだが、歴史の長いアプリにありがちな、機能の積み重ねによる複雑さや処理の遅さなどを感じさせており、翳りを感じさせ始めている。

一方でiFCPは他に比べて、一番機能不足だろう。ただ、まだ新しいアプリとあって、淀みが感じられず、インターフェースもApple社製というのもあって、よく作られてると思う。初見でもとっつきやすいだろう。

正直、iDRは好きだ。多分、iFCPより長時間使ってるだろう。ただ「万人に勧めるか?」と聞かれると「No」だ。難しすぎると思う。品質にこだわらず同じ構成の編集内容なら、他の2つの方が速くすむだろう。私の場合は「検証」の要素が強いので特別でもある。一方、LFはよくできている。その証拠に愛用者も多い。ただ先述のように色々翳りが出始めている。最近では愛用者からの不満の声も漏れ聞こえてくる。こうやって見渡してみると、iFCPの選択肢が出てくる。

終わりに

iFCPはMac版FCP(X)の歴史とよく似ているように感じる。プロジェクトの仕様の変わり方も、わざとかと思うぐらい似ている。同ソフトも、最初にリリースされた10.0.0は散々だった。10.3でやっと実用的になった感じだった。iFCPはそういった見方をすれば10.1という感じか。正直まだ未完成感が拭えない。これからが楽しみだ。とはいえ、目的がはっきりしていれば、現状でも十分実用的だ。

製品コンセプトとしては幅広い多くの人(=SNSユーザー)を対象としての「1ストップで解決」を狙っている感じだ。近年の映像制作のニーズを見ての方向性だろう。今後もこの手の機能が追加されるのではないだろうか?

サブスクであることを逆手に(?)とって、必要な期間だけ課金するのも手だろう。フリーなiMovieを普段使っていれば、iFCPをたまに使っても意外に使えるのではなかろうか。しかもiMovieの編集内容はiFCPで開き編集を続けることができる。まだ使ってない方は、1カ月の試用体験を使われたい。

以前iDRの記事で書いたように、タブレットにおける映像編集はその実装バランスが難しい。高機能であってもインターフェースがよくなければダメだし、インターフェースがよくても機能がお粗末であればダメだ。すごい機能があっても、ハードウェアが追いつかなければ使われない。

正直、その答えはどの製品からもまだ出ていないと思う。個人的な印象ではiFCPがその他に比べ答えに近い感じだ。いろいろ、ネガティブなことを並べているが、タブレットでの映像編集は実用的になってきてる。SNS規模の内容には完全に実用範囲だ。そしてその時の選択肢としてiFCPが挙げられる。動作条件を満たしたiPadをお持ちの方はぜひ試されたい。

▼参考情報

WRITER PROFILE

高信行秀

高信行秀

ターミガンデザインズ代表。トレーニングや技術解説、マニュアルなどのドキュメント作成など、テクニカルに関しての裏方を務める。