アドビの「Premiere Pro」(以下:Pr)は、2024年も定期的なアップデートで大きな進化を遂げている。その中でもAI機能はもっとも大きな話題を集めているが、実はその裏でクリエイターにとって見逃せないカラーマネジメント機能の大型アップデートもこの秋、追加された。本記事ではこの機能にフォーカスをしてレポートする。今回はベータ版(ビルド47 macOS)での評価であることをお断りしておく。
※記事中の「Log形態」というものには、使用されている色域の内容も含んでいるものとする。「HDR」もRec.2020であることとする。
カラーマネジメントが必要な背景
現代は複数の色域やダイナミックスが乱立している、例えばS-log(S-gamut)、V-log(V-gamut)、LogC(Arri wide-gamut)、Rec.709と簡単に多数挙げられるほどだ。
近年においてはこれを混在して制作する必要性があるが、その際に問題に出くわす場合がある。その時に必要になるのがカラーマネジメント機能であり、これからの映像制作において必須な機能だ。
Prは遅れた形になったが、2025バージョン(ベータ版)からカラーマネジメント機能を搭載する。
待望のカラーマネジメント機能の搭載
実は他の競合プロダクトは数年前からカラーマネジメントの考えを採用していた。しかし、Prは旧来のままであった。これは実用での使用割合を考えての「待ち」の判断だったのかもしれない。実際、Prの主戦場である放送業務やパッケージ制作業務では必要性は僅かだ。その上での満を持したという判断か。
Prは過去にもHDRやLogへの対応を行っていたが、それはあくまでも「付け焼き刃」的で、無理があるものだった(上手くまとめられていたが)。そして、ついにカラーマネジメント機能が導入されたのだ。
Prのカラーマネジメント機能はACES(cct)をベースにしている。これを採用することのメリットは、ACESの規格がオープンであることにある。多くのプロダクトがそのオープン性からACESのカラースペースに対応している。これによって、ACESを採用している他のアプリとの色の互換性ができ、制作ワークフローの幅が広がる。
参考として、競合となるDaVinci ResolveはRCM(Resolve Color Management)という独自のカラーマネジメント機能を使用する(実際これ自体は大きな問題ではないし、ACESによる管理も用意されている)。
実際カラーマネジメントは何をするか?
カラーマネジメント機能は名前の通り、色を管理する仕組みで、多数ある映像の色域/ダイナミックスを管理する。これだけだとその必要性が感じられにくいと思うので例をあげよう。
例えば、HDRとSDRでは使われる色域やダイナミックスは違う。そのため特に何もしなければ、色やダイナミックスにおいて様々な問題に直面する。カラーマネジメントではこういう課題を「管理」して整合性をとってくれる。
その他、簡単なところではカラーマネジメント機能があれば、異なる色域で作成されたタイトルグラフィックスを別の色域上でも表現を保ち表示することができる。まさにSDRとHDRでは色域が違うので、効力を発揮する。
また、Log形態になっている映像の展開も行う。多くの方が誤解されているがLog形態になっている映像はある意味、圧縮された映像である。なのでこれを本来の映像の姿に展開する。
このようにカラーマネジメントは映像制作にまつわる、色域/ダイナミックスの問題を解決してくれる。
カラーマネジメントの考え方
ここで「カラーマネジメント」と言われるもの(本来のカラーマネジメントという言葉はもっと広範囲のことを指す)の理屈は簡単だ。いろいろな大きさや形の色域/ダイナミックスを1つの大きな入れ物に入れることで「整える」のだ。
これによって、異なる色域のものでも同じ基準を持つので、それぞれの色域の内容を正しく表示し、調整することができる。
そして、Prのカラーマネジメントで利用される入れ物がACEScctの色空間/ダイナミックスなのだ。
こういった仕組みを使って、様々な色域/ダイナミックスをまとめ様々な色域/ダイナミックスで出力をするのだ。
使用例
Prでの基本的なカラーマネジメントの流れ
Prでのカラーマネジメントを利用した編集では次の流れが基本となる。
Log形態素材を扱った編集
Log形態になった映像を使った編集では「Log形態からの還元」という課題がある。多くのLog形態になる映像は本来SDR以上の色域/ダイナミックスを持っているので、HDRとして展開することができる。編集作業としてもLUTの管理作業が減る分、作業負担が減る。
HDRとSDRを混在する編集
HDRが関係する編集を行う場合は、解決しなくてはいけない課題がいくつかあるがカラーマネジメント機能を利用すればこれらが解決できる。
[カラーマネジメントがない場合の課題]
- SDR/HDRのクリップ間で極端な輝度差が出る。
- タイトルや静止画の色が変わり、極端な高い輝度になる場合がある。
HDR制作には「203nitルール」というものがある。これはSDRのもの(映像/テロップ/静止画)をHDRに混在する際に、それらをブースト(100nit -> 203nit)し、規格間の差を少なくする意図のものだ。Prはこれに対応している。
また、HDRとSDRは、Rec.2020とRec.709と色域の違いがある。これによりトラブルが発生する場合がある。しかしカラーマネジメントの機能により、それぞれの色域での表現を保持する。
まとめ
今回のカラーマネジメント機能の搭載は、Prにとって大きな出来事でおそらくここ10年ぐらいで最も大きなテコ入れではないだろうか。マーケティング的には話題を食い合ってしまうAI機能と同時にリリースしたことに同社の意欲を感じる。
実際のところ、カラーマネジメントの考え方は放送業務(4K放送を除く)などの従来の映像業務をされている方には不要な存在で、むしろ問題を発生させる要因もあるだろう。一方で様々なフォーマットに接することになるYouTuberに意味のある内容かもしれない。
ただ、心したいのは何事に関しても時代による進歩と進化はある。今回の内容もそうだ。クリエイターとしてはさらなる次の変化に向けて、まずこの変化を受け入れたい。 カラーマネジメント機能はこれからの映像制作において「常識」になるものだ。
コラム 放送などの業務において
先に書いたように、カラーマネジメント機能は放送業務などの既存の完成された業務においては不要であり、すでに出来上がったフローの場合トラブルの元になる可能性がある。 そういった場合の使用には、カラーマネジメント機能を使用しない選択肢がある。
このような場合、シーケンスの設定を「カラーマネジメントを無効にする」か「ダイレクト録音709(SDR)」(β版なので名称は変わるだろう)を使用する。前者は、全くカラーマネジメント機能を使用せず、後者は一部にカラーマネジメントの対象箇所があった場合Rec.709に押し込める。部分的にLog形態素材やHDR素材がある場合は便利だ。
これらを使うことで既存のワークフローに落とし込めるだろう。