映像作家:貫井勇志

ソニーのDSLR”α”シリーズで撮影された、αのフラッグシップコンテンツとして、ソニーのコーポレートサイトの壁紙企画でトップバナーを飾っている「αCLOCK」<αが刻む世界の時>。ほぼ毎月更新される世界遺産の風景を、同じポジションから定点撮影によって24時間の移り変わりの流れを見せるこれまでにないコンテンツだ。この企画の専任アーティストに抜擢された映像作家の貫井勇志氏は、元々はスチルカメラマンであり、自身で映画も撮る映像作家。

その貫井勇志氏が、この5月にイタリアの世界遺産/オルチャ渓谷において撮影した、ソニーαNEX-5のデモ映像撮影を通して、いまのDSLRムービーを語ってもらった。

レンズの良さを反映できるDSLRムービーの醍醐味

今年6月に発売されたソニーのαシリーズの新ラインナップ、NEX-5/NEX-3は、コンパクト一眼レフという新ジャンルを生み出し、コンパクトデジカメのサイズからその機能性と、これまでのデジタル一眼レフの画質を併せ持ち、またEマウントという独自のマウントによるレンズ交換が可能なことや、AVCHDによるフルハイビジョン(NEX-5のみ対応)動画撮影が可能など、多機能でコンパクトな魅力で、市場からの反応も良く、売れ行きも好調だ。

そのNEX-5で撮影されたDSLRムービーのサンプル映像が、”α” NEX-5 Video “Light & Wind” Valdorcia, Italy イタリア世界遺産「オルチャ渓谷」。ソニーが公開している映像コンテンツでは、18万ビュー(8月26日現在)というページビューを誇るヒットコンテンツで、NEX-5のデモ映像としてYouTubeにも公開されている。

この映像についてネット上には、世界各国からさまざまな意見が寄せられているが、中にはフォトショップによる加工ではないか?といったコメントもあるようだが実際はどのように撮影されたのだろうか?

「映像自体には、カット間で色が違って見える場合にFinal Cut Pro上でわずかに補正していますが、それ以外は特殊な事は何もしていませんし、フォトショップなどではほとんど手は加えていません。撮影は、NEX-5にAマウントアダプターをつけて、カールツァイスやαレンズを装着したものを、redrock microのリグに乗せて撮影しています。リグは、分解が面倒など、多少難は、ありますが、操作性自体には問題なく、安定した映像を撮る事ができました。

今回は特にコンパクト一眼レフでありながら、交換レンズ式というのがNEX-5の売りでもあるので、αレンズ群でも、通常映像では使わないようなレンズをつけて試してみました。特に135mm F2.8 T4.5 STFレンズの、あの独特なボケ味は5DmarkⅡなどでも表現しにくいような微妙なボケ味なので、海外の人からも注目して頂いたのではないでしょうか?

カールツァイスの方はキレ味があってフォーカスの山が掴みやすいのですが、STFの方はボケがキレイな反面、HDクラスになってくるとフォーカスが非常にシビアで、ちょっとでもフォーカスがズレているだけでボケてしまうので、動画の撮影は大変でしたね。遠景撮るからフォーカスは無限大でOKとかそんなレベルではなく、遠景に見えている山でさえ、わずかでもフォーカスがズレているとボケてしまうので、それをさらにパンしながらフォローフォーカスも居ずに、独りで合わせるという苦業で、久しぶりに何回か撮影し直しましたね(笑)。

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実際に「オルチャ渓谷」の動画部分の撮影で使用されたレンズは、EマウントのNEX-5用標準セットレンズであるE18-200 mm F3.5-6.3 0SS、E 18-55mm F3.5-5.6 OSSレンズで、これらは写真(静止画)部分でも使用されている。またボケ味の利いた演出のフォーカスワーク部分には、ミノルタ時代から独特のボケ味で優秀なレンズとして評価が高い135mm F2.8 T4.5 STFと、カールツァイスのSonnar T* 135mm F1.8 ZAと、が使用されている。特にSonnar T* 135mm F1.8 ZAレンズの描写力は、数あるレンズ群の中で貫井氏もお気に入りのようだ。

まあ、でもそんな画像がカメラ本体10万円を切った機材で提供されてしまうというのですから、これは凄いことです。もしかするとNEX-5の影響で、あまり写真とかに詳しくない人にも『なんだレンズが重要なんだ!』ということを、気づかせてしまったかもしれませんね。

レンズの比較は同じ設定で撮るとよくわかりますが、Sonnar T* 135mm F1.8 ZAで撮ったものは、他のレンズに比べて、抜群にカッコ良くなるんですよ。やはりカメラはレンズですから、このところメーカー各社もレンズ作りを頑張っていますね。レンズに魅力が無ければ撮る意味も半減しますし、逆にレンズ選びから、欲しいボディがイメージできるというのも、僕はアリだと思うんです。例えばセンサーが一世代前のモノでも、それこそその部分はソフトウェアの後処理=デジタル・テクノロジーでなんとかできますが、レンズがダメだと後からはどうすることも出来ませんからね

デジタルで取り込める画像の限界値

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世代的にもフィルムしかない時代に写真学校で写真を勉強してきた貫井氏にとって、デジタルは彼のノウハウを新たに活かす場となっている。しかしフィルム撮影時代とは大きく撮影方法を変更している点もあるという。

僕の中でデジタルになってから撮り方が決定的に変わったのは、これはあくまでRAWで記録する場合ですが、色情報が全ての領域を満たしているような、ヒストグラムでいうところの全域をフルレンジで取り込んでいるように、出来るだけ情報量を多くしておいて撮るということですね。僕の作品は非常にクセがあるのでRAW現像の段階で合成以外の部分はかなりいじってしまうんですが、元々色の情報がないとRAW現像の結果もヒドく醜いことになるので、僕はそうして撮ってます。

フィルムのときは、最終的な現像設定を考えて、仕上がりがイメージ通りになるよう、撮る時からから凄く暗く撮ったり、明るく撮ったりという感じでしたが、いまのデジタルの画像では、第2段階のRAW現像がなるべく加工してもその情報量だけで充分に調整が出来るようにして撮るといった感じです。だから僕のαCLOCKの作品はどれも、RAWの情報内にあるデータを調整はしますが、本当に無いデータを加えるような工程、例えばフォトショップなどによるレタッチ的な合成は行っていません。

元々そこにあった色情報のみを抽出しているのです。だから世界遺産巡りをしていると、現地のコーディネーターやアシスタントも撮影結果を想像できないのため、撮った時はフツーの写真にしか見えないのですが、現場でカメラの液晶画面に見えていた画像と、あとでRAW現像して完成品として送った作品のあまりの違いに、よく『お前、こんなのいつ撮ったんだ?!』なんてことになりますね(笑)

そうした手法はデジタルだからこそ出来る事でもあるが、逆に簡単に良い写真が撮れるというデジタルの恩恵を受けていないという側面もあるのではないか?そういうデータを現場で捉えるテクニックとは具体的にどんなものなのか?

今どんなカメラ雑誌を見ても当たり前のように白が飛んでたり、黒が潰れている作品は良くないと書かれていますけど、現実にはどこも白飛びしない、黒潰れしない被写体というのはとても少ないわけで、どこかしらそうなってしまう部分はあるわけです。だから現場ではRAWで撮る場合に、現像のときに他のところで影響をうけてしまうところを、なるべく影響を受けないようにする為にはどうするか、近似値/平均値としてどっちの方へスライドさせておくか、というのをケースバイケースで判断して撮影しています。

最期に、このDSLRムービーの出現で、これから写真と映像の世界に、どんなことが起きようとしているのか?を貫井氏はこう語る。

僕は今後、露出に関する感覚が変わって行くと考えていて、いま来ているDSLRムービーのブームは、その方面を考える良いきっかけになったのではないか?と思っています。

そういう意味ではいまのDSLRムービーというは、ユーザーに次なるステップを提示したことになったのかもしれませんね。アナログビデオの時代からずっとビデオを廻していた人たちが、DVやHDVになったぐらいの時は、ただアナログがデジタルになっただけというか、フォーマットが置き変わった、ただそれだけだったのかもしれませんが、いわゆる写真機と言うように、シャッターを切るときの露出感覚ある機械が、動くものを撮るということは、もっと写真っぽく露出なども考えて撮らなくてはいけないと思うんです。

だから撮る方の感覚も変わってくると思いますし、そこに気づかせてくれたのかもしれません。もしソニーのフルサイズセンサーを積んだ、α900に動画撮影機能が付いたとしたら、”動く写真”のようなものが撮れますか?という質問をよくされるのですが、撮れるには撮れるでしょうけど、やはりそこはそれだけではない、動画撮影に当たっての新たな露出感覚が加わらないと新しい表現は出来ないような気がします。何をどう撮るか?どこをどのくらい見せるのか?そういう意味での露出感覚です。いま、次のクリエイティブを考える機会が訪れているのでしょう


貫井勇志

90年より渡米し、ロサンゼルスを拠点にプロカメラマンとして活躍、2001年に帰国して一転、映像作品制作に没頭する。帰国後4年を費やし、DVで撮影されたインディペンデント作品「血族」(2004 ©Ride On Films)では、監督/撮影/脚本を担当、ボストン国際映画祭、ロードアイランド国際映画祭、ムンバイ国際映画祭など世界で高く評価された。2008年よりソニーのコーポレート企画「αCLOCK」の撮影を担当。以後、世界中の世界遺産を定点撮影、2010年8月までに17カ国/23カ所を収録した。 株式会社CINEMAFORCE 代表
ソニー αCLOCK サイト
http://www.sony.co.jp/united/clock/

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