txt:安藤幸央 構成:編集部
ユーザー会の場としても盛り上がる展示会場
展示会場入り口。朝早くから閉館時間の夕方まで多くの人でにぎわった
SIGGRAPHで多くの人々が押し寄せる場所の一つが展示会場だ。今年のSIGGRAPHの参加者は約14,800名。調査によると、ほとんどの参加者は約半日程度は展示会で時間を費やしているとのこと。今年の出展者数は全部で143社、展示会の規模は幕張メッセやビッグサイトの1コマ分くらいの領域に、大小のブースがひしめき合っているという感じだ。
リーマンショック以前の景気が良かった時代は、球場を貸し切ったり、ホテルのスイートでユーザー会が開催されたこともあったが、近年では予算の節約と実益をかねて、それぞれの企業ブースでユーザー会のような内容の充実したプレゼンテーションが常時行われている企業が多かったのが今年の特徴だ。
■パノラマ映像のメイキング
Ashraf Ghoniem氏の発表の様子
予告編。全編はアプリで観ることができる
スマホ用ビューアーアプリ「Google Spotlight Stories」
手続き型CGツールとして映画製作やCM制作で広く使われているHoudiniのSide Effects社ブースでは、イギリスの大手映像プロダクションThe MillのAshraf Ghoniem氏によるパノラマ映像のメイキングが紹介された。題材は、Google Spotlight Storiesという360度パノラマコンテンツの視聴アプリで公開されている5分の短編「HELP」のメイキングだ。
監督は、ワイルド・スピードシリーズを手がけるJustin Lin。13ヶ月の時間をかけ、4台の6K RED EPIC DRAGONデジタルカメラをつなげたパノラマ用特殊リグで撮影したものだ。「HELP」は360度パノラマ映像の様々な箇所で出来事が起こる映像であり、カットの切り替えや、流れるような映像が途切れることなく1ショットで構成され、空間的にも時間的にもシームレスに全部がつながった映像として作られている。
Houdiniの活躍場所は、実写以外のCG/VFXで描かれる破壊される橋や道路など。これらはOpenVDBという表現したい形状の表面だけでななく物体の中身のデータも扱うことのできるボリュームレンダリング用のフォーマットで形状を扱い、破壊された物体の中身も適切に表現することができたのだ。OpenVDBフォーマットを活用することによる効果がとても大きかったとの説明であった。
■CGレンダリングもクラウドコンピューティングの時代に
プロダクトマネージャーのTodd Prives氏
レンダリングソフトV-Rayを扱うChaos Groupのブースでは、ちょうどSIGGRAPHの時期にベータ版のサービスを開始し、映像業界向けのクラウドMedia Solutions by Google Cloud Platformを始めるとの発表があった。その中のソリューションの一つであるクラウドレンダリングZync Renderのプレゼンテーションが行われた。Zyncは2014年にGoogleに買収されたクラウドレンダリングの企業であり、代表のTodd Prives氏によるZync Renderのプレゼンテーションが数回行われていた。
Zync RenderではGoogleの持つ安価で速く信頼性の高いクラウド環境を活用し、映像合成ソフトのNUKE、CGレンダリングソフトV-Rayなどの実行、計算をクラウド側の処理で行わせることができるソリューショだ。近くPixar RenderManなどにも対応する予定で、対応ソフトやツールも増えてきている。Zyncやクリエイターが通常使うCGソフトから簡単に呼び出して使うことができ、あまりクラウドということを意識せずとも安価に利用することができる。SIGGRAPHでのプレゼンテーションと同等の発表の他、動画映像によるプレゼンテーションが公開されている。
■CG映画を支えるツールは27周年
ピクサーブースでは、例年のプレゼンテーションコーナは設置されていなかった
ピクサー27年の歴史
ピクサーは、最近公開された「インサイド・ヘッド(原題:Inside Out)」を模したブースと、Pixar RenderMan 27周年を振り返る年表が好評であった。定番となるゼンマイ仕掛けの歩くティーポットの配布も大人気だった。
ゼンマイ仕掛けの歩くティーポットは会場で配布されたもの。他にも数種類あったようだ
また、Pixar RenderManは展示会場から場所を移し、大規模なユーザー会が開催された。例年は数百人規模のユーザー会も今年はClub Nokiaという劇場を借りきり、2,000人を集めて開催された。RenderManは先日フリーの3DCGツールBlenderにも対応しており、一気にユーザーを増やしたい目論みかと思われる。
RenderManユーザー会開始前の劇場の様子(ユーザー会開催中は写真撮影禁止)
ユーザー会の中ではRenderManユーザーが様々な工夫やテクニックを披露するのだが、その中で注目を浴びていたのは元ピクサー、現在はGoogleリサーチで働くMach Kobayashi氏によるVR眼鏡Google Cardboardのためのパノラマ立体視レンダリングの作り方だった。
一般的な立体視の、左右の目を少し離した位置に仮想カメラを設置し、レンダリングする方法もどの方向にも視線を向けるのことのできるパノラマ映像の場合、うまく機能しない。その問題を解消するために、左右の視線を放射線状に発散させることで、どの方向を見た時にも立体視できるレンダリング方法を編み出したとのこと。これらは10年ほど前の「Omnidirectional Stereo Imaging」という論文をヒントにしているそう。
Mach Kobayashi氏によるパノラマレンダリング解説展示
公開されているSanjay’s Super Teamのポスター
また本邦初公開として、インドの神様を描いたアクション短編「Sanjay’s Super Team」が特別にお披露目された。一般ユーザーとしては、世界中で一番最初に作品を見ることができたのがこのユーザー会に参加した人々かもしれない。
Job Fair
Job Fairの様子。Appleやソニーピクチャーズなどの超大手も出展
SIGGRAPH展示会会場の奥には、“Job Fair”という求人求職のコーナーが用意されている。ブースの出展料も高価で、採用企業も本気の人材獲得に向けのコーナーだ。合計22社の企業がブースを設置しており、分厚いポートフォリオを持った学生や若手の求職者達であふれる場所であった。最近の傾向としては、働く場所がアメリカ西海岸に限らず、シンガポールなどのアジア圏、カナダやイギリス、オーストラリアなど、他の英語圏のスタジオでのポジションも増えている。
また、業種も細かく別れており、モーションキャプチャであれば、ある特定のツールが使えるかどうかで職種が絞られてくるものや、カラー設計やストーリーボードアーティストなど、ツールには関係なく広い知識と経験が求められる業種など、多岐多様にわたっていた。
Job Fair会場とはまた別に、ディズニーアニメーションが求職者向けに会場内でセッション開催しており、常に長蛇の列ができていた。そこでの「Reel&Resume Tips&Tricks(デモリールの作り方のコツと履歴書の書き方指南)」というセッションでは、下記のような現場ならではのノウハウが披露された。
- 特定の専門スキルだけでなく融通のきく多彩なスキルが重視される
- 1~2分で見られる自信作を紹介すること。長時間分の全作品は誰も見ない
- 複数人で制作した作品の場合は、自分の担当を明確に表記しておく
- Webで見られるように。DVD-Rと紙の履歴書は一昔前のこと
- Web動画でパスワードでプロテクトしてあるのは最悪なので止めよう
- Webサイトに置いたQuickTime動画とPDFの履歴書
- YouTubeは使わない(低解像度で再生され、印象的にクオリティが低く見られてしまう)
- 音はいらない。著作権の問題もあるし映像に変な音楽がついていると逆効果
現場に足を踏み入れてわかること
ネットで様々な情報を得ることができる昨今、実際の開発担当者と意見をかわしたり、要望を伝えたり、第一線で活躍するクリエイターのテクニックや、メイキング話し、ノウハウを聞けたりするのが、SIGGRAPH展示会の醍醐味であった。
txt:安藤幸央 構成:編集部