高まる関心と細分化するユーザーのニーズを抑えろ!
2015年以降、様々な現場でデジタルシネマカメラの需要は増え続けている。また4K収録が必要とされる現場も確実に増え、4K以上での素材収録はマストな時代にも入っているようだ。しかしユーザーや実際の現場から聞こえてくる声は、この1年で些か変化しているようにも思える。解像度とともに求められるダイナミックレンジや量子化などへの高画質要素に対する関心への向上、さらにより細分化し続ける用途やニーズ、さらにはそもそものデジタル映像への懐疑への反論など、やはり市場は常に進化を求めている。さらにカメラや撮影手法自体に、より強い指向性を持たせることで見えてくる新たな分野やコンテンツへの意欲が伺われる。
今回の取材では、ユニバーサルシティの前に居を構える、パナソニックのハリウッドの拠点、Panasonic Hollywood Laboratory(PHL/ハリウッド研究所)にも伺った。ここは未だ世界の映像技術の先端を走るハリウッドで、パナソニックにおける現場の声を直接リサーチする基点ともなっている。ここのバイスプレジデント・ディレクターである、Ron Martin氏にはここ1年のPHLにおける反響と、そこから見えてくるハリウッド、もしくは北米市場の現況が窺えた。
昨年のVARICAM 35発表後、見えてくるハリウッドの評価〜Ron Martin氏に訊く
Ron Martin(ロン・マーチン)氏/パナソニック ハリウッド研究所 バイスプレジデント・ディレクター
──昨年のVARICAM 35発表の後、ハリウッドの評価いかがですか?
Martin氏:VARICAM 35についてはこれまでの制限事項(バリア)を取り払ったカメラであるという評価を頂いています。それは色の再現性やダイナミックレンジであったり、これまで保守的な部分であったところを打ち破るカメラというイメージあるように思われます。
特に現況においては、撮影からデリバリー・上映までを考えなくてはならないコンテンツ制作において、最初から最後まで高画質・高品質を、コストを抑えながらもどうやって高品質をキープするかというところが重要です。入り口としての高い品質という部分で、このカメラは高画質をキープしつつ、その後のワークフローも価格的にも手に入れやすいレベルであると考えられていると思います。
──昨年PHL開設後、多くのカメラマンやDPが訪れていると思いますが、パナソニックに対して多かった要望は何ですか?
Martin氏:DPの方から多かったのは、彼らのクリエイティビティをどこかで邪魔しているバリア(障壁)をなるべく取り除くような手法を考えて欲しいというものでした。特に感度やダイナミックレンジ、色の再現性といった点において、現状ではどうしても彼らの創造を阻む制限事項があるのですが、それをできるだけ取り払えるような製品開発を目指して欲しいという要望が多かったです。
さらにクリエイティビティの制限が無くなって、どうしても次に出てくるのが、プロダクションサイドからのバジェット(予算)的な問題です。色々なことが制限なく出来るようになる事で、逆に費用がかかってしまうのではないか?という懸念も生まれるでしょう。そこもワークフローなどの改善等によってトータルコストを抑えたり、コストを上げずにクリエイティビティを上げるような仕組みに対しても多くの要望を頂いています。
VARICAM LTの発表会会場でデモされていた、VARICAM 35とCODEXによるRAWソリューション。ハイエンドシネマでは、4K時代のRAWデータをどういったコーデックで扱って行くかも興味が注がれる
──VARICAM LTの開発にあたり、ハリウッド側から開発部門へのリクエストは何かしましたか?
Martin氏:多くの重要なリクエストを出しましたが、今回は色々な機能でできるだけ広いアプリケーションをカバーするというところに期待しました。VARICAM 35が映画などハイエンド向けの仕様であったことに対して、LTについてはもう少し下の、ハイエンドほどの複雑なワークフローをしていなかった人たち、それは我々がこれまで手の届いていなかったカスタマーを持ち上げるような内容です。つまりそうした層の人たちにも「あのレベルまで行きませんか?」という提案ができるようなカメラにして欲しいというリクエストを出しました。
──Martin氏から見て、いまハリウッド、もしくは北米の映像市場はどういう時期にあると考えますか?
Martin氏:興味深いのは現在、エンターテインメントの世界を考えても映画をはじめ、TVドラマ、ライブ映像、リアリティTVなど色んな分野がありますが、いまのアメリカの状況というのはどの分野も非常にボリュームが大きくなっていて、さらに活性期に成長してきていると思います。そして当然ながら数量も沢山求められますし、同時に品質も高いものが求められ、その中でさらに「クリエイティビティの高いモノを早く作る」という工程がどの現場でも求められています。厳しいけれども活気づいていますね。そこに合うようなワークフローや機材でないと受け入れられなくなってきているのではないでしょうか?
高い関心を集めるHDRとフィルムへの回帰
様々な撮影スタイルが求められる撮影現場にフレキシブルな対応が可能なカメラが有効だ
Martin氏の言葉にもあるように、コンテンツの分野が増え、ハイクオリティなコンテンツを迅速に生産しなければならない状況は、作り手にとって嬉しい反面、様々な障壁を乗り越えなければならない。その中において、いまデジタルシネマカメラに求められるのは、ある種の割り切りと協調性のように思われる。
今回のVARICAM LTは、かつてテープVARICAMが席巻していた北米TV制作市場を奪還するべく開発されたカメラだということは明確で、4K収録は可能だがいま必然ではない4K外部出力は省略され、代わりにSDI出力端子の配慮やEFマウント、小型なモジュール構造等、サードパーティとの連携といった現場での協調性が非常に考えられている製品だ。
一方で信頼あるVARICAMルックの継承と、ISO5000やIRカットフィルターの採用など、オリジナルの映像づくりもきちんと反映されているなど、非常に現場を研究し、昇華したカメラづくりには好感が持てるものだ。このVARICAM LTに代表されるように、マルチ仕様なてんこ盛りのカメラよりは、より使用範囲を絞ってワークフローや制作規模も考えた、コストパフォーマンスフリーな考え方が反映できるカメラがいま求められているものなのかもしれない。
サードパーティ市場など周辺機器メーカーが成熟して来たこともシネマカメラ市場に大きく影響している
そんな中でも常に新しい技術には注目が集まる。いま最もホットなのはHDR技術で、2月10日のVARICAM LT発表会場でも、DGAシアター3で行われたHDRデモは来場者の高い関心を集めていた。Colorfront社の協力を得て、パナソニックのHDR技術の特別展示が行われ、35やLTで撮影された素材のHDR化がデモされた。会場は非常に狭かったにも関わらず絶えず客でいっぱいで、その関心の高さを示していた。
さらにこのところ映画業界で話題なのは、フィルムへの回帰だ。デジタルがどんなに頑張っても究極のアナログには勝てない。これは現時点ですで結論が出ている。「スター・ウォーズ」の新シリーズやクリストファー・ノーラン、クエンティン・タランティーノといった現代の名匠が手がける新作は、こぞってフィルム撮影にこだわった映画づくりを行っている。
※註:ご指摘の通りデビッド・フィンチャー氏は該当しないために訂正いたしました。この春コダックが発表したスーパー8mmカメラの先駆けとして、昨年のCineGearExpoでもコダックが特設ブースを出して展示していた、デンマークのLOGMARスーパー8mmカメラ。フィルムとデジタルのハイブリッドカメラとして注目されたが、コダックが自ら具現化したことで映像市場そのものに刺激を与えていることは間違いない
さらにコダックがこの1月に発表したスーパー8mmカメラなどコンシューマ市場でもフィルム回帰への風潮が高まっていることは、誰しもがそこに何かしらの風向きを感じているだろう。これはその一因として、どんなにデジタル技術が進歩して解像度などが上がっても、所詮その時点での過渡期の技術でしかなく、恒常的なコンテンツクオリティを保つという部分では、未だに懐疑の念が拭えないことは大きいのかもしれない。フィルムで撮っておけば、その時点でのデジタル最新技術で切り取って配信でき、素材やアーカイブなどはフィルムにすることで、そのクオリティがほぼ未来永劫保たれることは、すでに証明済みだからだ。かといって、産業化した映像界でデジタル撮影を完全排除する事は不可能で、この辺も今後のアナログとデジタルのハイブリッドな進化のゆくえも、大きな楽しみが待っていそうだ。
ハイエンドシネマでは、すでにネオフィルムブーム到来的状況があるが、今後は果たして???
txt:石川幸宏 / 編集部 構成:編集部