txt:安藤幸央 構成:編集部

体験しないとわからないVR展示の数々

昨年以上にVR系の展示に力が入っていた今年のSIGGRAPH。広大な会場内のあるフロアは薄暗い照明の展示スペースとなっており、「Emerging Technologies」という新興技術展示、「Studio」という最新技術機器の体験の場、「VRビレッジ」というVRコンテンツや新しいVR機材の体験の場、「アートギャラリー」というテクノロジーを活用したアート作品の展示の領域となっていた。それらの中から特に注目を浴びていた展示を紹介しよう。

■BigRobot Mk.1A
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Big Robot体験者が片足を前にあげて進んでいる様子

まず、会場に入ると真正面に位置し、参加者全員の度肝を抜いたのが、Big Robot Mk.1Aの展示・体験コーナーであった。Big Robotは、高さが約5メートルの骨格を持つロボットで、その上に人間が乗って歩く動作をすると、その巨大なロボットが前進するというものだ。はしごを使ってロボットに乗ると、まず5メートルの巨人になった視点で周りを見渡すことができる。パイロットが制御できるのは、足の動きと、レバーをもって人力で動かす手の動きのみ。両足の部分にそれぞれ踏むスイッチがついており、実際に歩くような身振りで片足をあげると、スイッチは足があがったことを検知し、その上がっているタイミングだけ、巨大なロボットの車輪が動いて前進するという仕組みだ。

体験する前は、単に視点が高いだけの、重機のような物だと考えていたが、実際に体験してみると、腕の振りや、自分の足の動きそのものが大振りになり、自分の身体そのものも重い感じがしてくるから不思議だ。Big Robotは重心が下部にあるため、倒れることがないように作られているそうだが、普段歩く時よりも、バランス感覚も研ぎすまされる感覚があった。Big Robotは筑波大学大学院の岩田洋夫教授らによるもの。体験のために、常に長蛇の列ができている人気の展示であった。

BigRobot 360度パノラマ体験動画(東京大学暦本研の研究、JackIn技術の活用)


■無限回廊(英語名:Unlimited Corridor)
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会場に設置された円柱状の壁。間に曲がり角となる隙間が空いている

無限回廊は、人間の感覚を騙し、限られた実空間でVRの広大な空間を疑似体験するもの。直径約4メートルの円柱状のパネルを片手で触りながらVR空間を進むと、実際はカーブしながら歩いているのに、映像が直線方向に進んでいると、人間はまっすぐに歩いていると錯覚するというものだ。それによって、円柱状の壁があれば、VR空間では無限にまっすぐ歩くことができる。

VRヘッドマウントディスプレイでみられる映像は、高層ビルの屋上の外に設置された、とても不安定に見える足場を歩くというもの。頭では会場の安定した床面を歩いていることは理解しているのだが、高所恐怖症の人には無理ではないかと思うほど現実感があるもので、リアルな壁の感触を手に感じつつ、高所の恐さを感じながら進む映像を体験するこことができた。高所であるため、ほとんどの人が手掛りとして壁を触らざるを得ないというコンテンツの意味も合っていた。

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円柱状の壁の間にある曲がり角の部分を体験する著者

映像の視聴にはOculus Rift DK2を使い、頭が向いている方向を検知するための赤外線センサーとマーカー、自分の手がどこにあるのかを見るために、Oculusの全面に取り付けられたLeapMotionセンサー、そしてそれらの先には、ハイパワーのグラフィックス性能を持ったノートパソコンという構成であった。

会場では、いくかのテーマパークの関係者も体験に参加したそうで、将来的には狭い空間で、広大なVR体験を楽しむアトラクションも出現するかもしれない、期待の研究であった。東京大学大学院情報理工学系研究科の鳴海拓志助教らと、Unity Japanの共同研究。


■HapticWave
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HapticWaveを体験する参加者。テーブルと同じサイズの物体がVR空間に描かれている

HapticWaveという触感デバイスは、Facebookに買収された後の動向が注目される、Oculusの研究部門Oculus Researchからの発表展示。単純なVR体験では視覚からの情報のみで、何かを触ったとか、物体を押した、押しかえされたといった現実世界では当然のごとく存在する感覚が無い。そのため実体験として違和感を感じる部分がどうしても出てしまう。このOculus HapticWaveは、360度方向に16個の振動素子(アクチュエーター)を埋め込んだレコードのターンテーブルのような形状をしている。震動素子は、ZYE1-P40/20という30ドル程度の電磁石ソレノイド。従来は触覚フィードバックのためには、VR専用の手袋を履くことが多かったことに比べると、得られる振動は限定的ながらも、自然な振る舞いとして受け入れることができた。

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HapticWaveに埋め込まれている16個の電磁石を使った振動素子(アクチュエーター)。解説用の解体モデル

HapticWaveに手を載せると、手から伝わる振動によって、どの方向からどの程度の振動があるのか伝わってくる。デモでは、テーブルの上の重めのピンポン玉のような球が跳ねている様子や、火花がバチバチしている様子が描かれ、VR映像の中で球がテーブルに着地すると起こる振動や、火花が起こっている方向や強さが手で感じ取ることができる。ここでは炎を示す小さい震動用の高周波と、ボールを示す比較的重い低周波の震動が表現できている。専用デバイスの振動は、どの方向からやってきているのか、どれぐらいの強さなのか、とても繊細な感覚で伝わるもので、CGで作られた仮想的な世界に、とても実感がわくVRデモ体験であった。HapticWaveは利用範囲が限定的なことと、まだ研究段階のデバイスのため、商品化は未定とのこと。


■Yadori

Yadoriは、子供用パペット番組「セサミストリート」に出てくるような手で動かすぬいぐるみ(パペット)に、その名のとおり“宿り”のためのデバイスだ。手や顔、口の動きをロボット化されたパペットに送り、見る方向を変えたり、手振りを遠隔操作することであたかも操作している人がパペットになったかのように感じることができる仕組みだ。

また、マイクで入力した音声と反射型センサーによってパペットの口の動きに変換され、パペットが喋っているような感覚となる。またモーションセンサーによって顔の動き、Kinect距離センサーによって手の動きを取得し、パペットの動作に変換する。筑波大学デジタルネイチャーグループの研究展示。

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Yadoriで右側のカエルのパペットを操作している様子


■Rez Infinite – Synesthesia Suit
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PSVRと全身スーツを装着しVR版Rezを楽しむ参加者

「Rez」という2001年にリリースされた音と映像と振動を楽しむ共感覚を刺激する初代PlayStation用のゲームが、PlayStation 4向けのVR HMDであるPSVR用の新ゲームとしてリバイバル。当時のプロデューサー米Enhance Gamesの水口哲也氏とRhizomatiks氏が関わり、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科メンバーが協力している。

PlayStation Experience 2015: Rez Infinite – Live Debut | PS VR

全身で体感できるPSVRと震動スーツSynesthesia Suitの新バージョンは2016年3月にサンフランシスコで開催されたゲーム開発者向けイベントGDC 2016でお披露目され、見た目が奇抜なこともあり、大変な話題をさらった。

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Synesthesia Suitを着た状態。スーツの各部位は震動とともに光が点滅する。PSVRはかぶっているだけで装着前

今回SIGGRAPHで展示されたのは、GDCの時のバージョンから、だいぶ改良がなされ、様々な体形でもマジックテープによる装着で素早くフィットするよう工夫されている。実際、今回の展示で全ての人が装着することができ、相当な腹囲の人でも大丈夫だそう。スーツ内には26個の震動素子が手足、体の各部位に分散して配置され、ゲーム中の音楽や効果音、リズムにあわせて、全身を震動が駆け抜ける。もともとRezは映像と音、音楽、専用デバイスを用いた震動が同時に起こることによる感覚を楽しむゲームであるため、震動スーツによってそのような様々な感覚を共に楽しむという体験がより強調された形だ。

日本発でありながら、なかなか体験できないRez Infiniteも、SIGGRAPHでは予約または順番待ちで体験することができた。この体感スーツフルセットそのものの市販は現状予定されていないが、機能をコンパクトにまとめた改良版を考えているそう。家庭でもPSVRとの組み合わせで楽しめることが期待される。震動スーツの装着は一人で着ることができず、手伝ってもらわなければいけなかったが、PSVRそのものの装着はスムーズで、装着時の重さのバランスもよく、装着時違和感も他のHMDに比べて少なかった。

今、ここでしか出来ない体験がSIGGRAPHにはある

ネットで様々な情報を得ることができる昨今、今回のSIGGRAPHでは、そこでしか出来ない体験、体験してみなければ解らない事柄も多かった。また、そのような体験の基本要素である、視覚、触覚、聴覚、場合によっては味覚などもさまざまな研究が進んでいることがわかった。SIGGRAPHでは新製品を知るだけでなく、開発担当者と意見をかわしたり、要望を伝えたり、研究の苦労話や裏話を聞いたり、これからの研究の進化に心を踊らせたりするのが、SIGGRAPH展示の醍醐味であった。

txt:安藤幸央 構成:編集部


Vol.02 [SIGGRAPH 2016] Vol.04