txt:安藤幸央 構成:編集部
SIGGRAPH 2016を振り返る
日々進化を遂げるCG/VFXの世界の情報が集まるSIGGRAPH。今年は下記のような傾向であった。
- デジタルダブルと呼ばれる俳優の顔や動きをすべてキャプチャして再現する映像に違和感がなくなってきた
- CG技術が進化すればするほど、実際に世の中にある自然物を観察し、演出可能なCGとして正確に再現しようとする
- VRの流れが、技術、ソフトウェア、映像コンテンツ、資金とすべての面で大きく動き始めている。優秀な人材は常に不足
- 映像としてのVRに加えて、触覚、震動、音など付随する体験が不可欠になってきた
- 3Dプリンターの世界は、高価で高品質な段階から、安価でも高品質、多種多様な色や素材を扱うになってきた
- 大量のデータを学習させ、結果を導き出す機械学習によって、様々なCG研究の実用展開が期待される
- Adobe、Intel、Disney Research、Googleを中心とした大学と企業との協同研究の勢いが強く、製品化への期待も強い
- CG/VFX制作の主力は、アメリカ西海岸以外にも、カナダ、シンガポール、ニュージーランド、イギリスへ
アートギャラリー展示
SIGGRAPHでの人気コーナーの一つにアートギャラリーがある。通常のアート作品とは異なり、CG技術やデジタルテクノロジーを駆使したアート表現が評価される。今年のアートギャラリーのテーマは「Data Materialities」というもので、データを物質化したもの、データやデジタルの要素を現実の世界で具現化した作品が集まっていた。
■Grafikdemo(Niklas Roy氏の作品)
1977年に発売されたパーソナルコンピュータ「CBM」を改造した作品
Grafikdemoは1977年に発売されたCBM(Commodore Business Machines)を改造した立体表示装置で、現代であればマウスやジェスチャーで操作するであろうところを、あえてキーボード操作にして皮肉ったもの。ディスプレイ部分が丸ごと改造されて物理的な立体表示装置に入れ替わっているが、キーボードのテンキーで回転操作ができるようになっているため、CBMで立体表示できているような感覚に騙される。
※欧州ではCBMという名称だが、米国や日本ではPET(Personal Electronic Transactor)という名称で販売されていたマシン
■Doors(THÉORIZ Studioの作品)
ドアの前に立って、映像に没入する様子の、SIGGRAPHボランティア学生
Doorsは、ドアの向こうに表示される仮想的な風景映像を楽しむ作品で、視聴者の立ち位置に応じて映し出される映像の位置や方向も連動して変化するため、あたかもドアから向こうの世界を覗き込んでいる気持ちになる作品。
■Facebook Demetricator(Benjamin Grosser氏の作品)
当作品の展示と解説
なかなか作品の意図を理解するのが難しいがFacebook Demetricatorは、Facebookでの「いいね!」の数や投稿への反応の数などの数値を、強制的に非表示にするブラウザ拡張(プラグイン)で、このブラウザ拡張をインストールすると、Facebookから数字的なものが排除され、自己顕示欲や、承認欲求とは無縁の世界でFacebookを使えるようになるという社会的問題提起の作品。
■Submergence(Squidsoupの作品)
アートギャラリー会場入ってすぐのところに大々的に展示されたSubmergence
Submergenceはアートギャラリー会場入ってすぐのところに大々的に展示された8,064個のLEDを使用した立体的LED表示装置で、会場の良い場所に設置されていたこともあり入場者のほぼすべてが楽しんだとも言える作品だ。同様のLEDで光り輝く作品は数多くあり、これよりも大規模なものもいくつかあるが、本作品のポイントは、LEDの点灯部分それぞれがセンサーにもなっており、人が触れたことにより、光が広がっていく様子がみてとれる。また、VRヘッドセット無しでデータが表示される空間に身をゆだね、そのデータの動きを体感するといった意図がある。
■Plinko Poetry(Deqing Sun氏、Peiqi Su氏の作品)
ある参加者がチョイスした、偶然の言葉の組み合わせ
Plinko PoetryはTwitterのフィードから、リアルタイムにランダムに言葉をピックアップし詩を作成するもの。アメリカのクイズ番組「Plinko」で登場する抽選の仕組みに真似ている。ボールを落とすと、言葉をひとつひとつピックアップしていく。この写真の例では「プライバシー探究知覚に基づいて、動的高速触発ルマクラウドベースのVR」という訳の分からない詩になっている。
ディズニー・アニメーションが解説する、就職用デモリールの作り方
質疑応答を交えたカジュアルな雰囲気のセッションの様子
会場の片隅、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが主に求職向けのデモリールの作り方講座を実施していた。そこでの内容を簡単に紹介する。
現在、業界内の職種は細分化されており自分がどの職種を希望として、どの技能をアピールしたいのかを明確にしたデモリールを用意することが重要。ポイントは、下記の7点。
- 紹介する作品数は厳選して少なく。自慢の1-2作品で充分
- そのデモリールのどの部分を観て欲しいのか、どの部分を担当したのかを明記。噓はすぐバレます
- 一人で作ったもので無い場合は、ちゃんと制作クレジットを明記
- 映像をアピールするのであれば音はいらない。変な音楽を付けると逆効果
- 昔はビデオテープだったが、今はQuicktimeとPDF:.movファイル、.pdfファイルでWebに置いておいておく
- 強調したいところは、アンダーラインを書いて目立つ資料にしておく
- 友達に観てもらったりInstagramに投稿するなど、たくさんの人に観てもらうといい
特に求める職種別にアピールするべき事柄が異なり、照明担当であれば、ブレイクダウンと呼ばれる完成映像に至るまでの解説映像や、エフェクト担当であれば、制作プロセスの解説や手順にどれぐらいの時間をかけたのかもデモリールの中で紹介して欲しいそうだ。
SIGGRAPHを通しての雑感
VRを活用して工事用の重機の操作を体験している様子
VRを活用してレーシングゲームを体験している様子
何度目かのブームと呼ばれているVR。確かに20年くらい前、また10年くらい前、SIGGRAPHの中でもVRがおおいに盛り上がった時期がある。その頃の機材は大変高価で、手軽に何かできるものではなかった。現在では、スマートフォンを活用して安価に体験できるVR機材も多く、一般でも手軽に入手できるようになってきた。またハイエンドのパソコン程度の費用で、超高精細なVR視聴環境が誰でも手に入るようになった。
今回のVRブームの一番の違いは、研究者だけでなく従来の映像コンテンツの担い手が、映像制作の一つの手段としてVRを試し始めていることだ。今までは研究だけ、ハードウェアだけ、もしくはソフトウェアだけといった環境から資金を出す人もいれば、コンテンツの流通を担当する人、報道やニュースの分野などVRをエンターテインメントだけでなく、本来の意味での「リアリティ」を活用する業種での活用例も増えてきている。VR関係者の間で持ちつ持たれつ、相互補完しあう巨大なエコシステムが構築されつつある機運が高まっていることだ。また、新しいメディアが登場した当初にありがちな、従来のコンテンツの単なる焼き直しばかりといったこともなく、VRならではの楽しみ方ができるものも急速に広がっている。
一つ残念なのは、VR視聴デバイスが多種多少で、規格に統一感は無く、混沌としている状況、同じ業界で競争しあっていることと、VRコンテンツ視聴者から確実に収益を得る方法がまだ確立していないことだ。また、現状長時間利用し続けるものでも無いため、従来型コンテンツとの連携も課題となっている。今回の盛り上がりがまたもや単なるVRブームと思われないためにも、従来型の映像コンテンツと同等のクオリティ、裾野の広がり、配給の仕組み、ビジネスモデルの確立、視聴環境の充実を期待したい。
今年2016年の冬12月5日から8日の4日間、カジノの街マカオにて「SIGGRAPH ASIA 2016」が開催される。SIGGRAPH ASIA 2016は、全体的なセッション数、参加者数などを米国SIGGRAPHと比べると規模こそ半分ほどだが、内容は大変充実しており、日本に居るだけではなかなか知り得ない最新情報と、アジアから参加される各国の作品を楽しむことができる(ただしほとんどのセッションは英語でおこなわれる)。
来年2017年のSIGGRAPHは7月30日から8月3日の5日間、SIGGRAPHでは定番の米国ロサンゼルスでの開催が予定されている。映像作りには欠かせないCG/VFX技術の最先端と、業界事情が行き交う次回SIGGRAPHにも期待したい。
txt:安藤幸央 構成:編集部