txt:和田学 構成:編集部
VRの制作にも対応するPremiere Pro
アドビは6月23日、360°ビデオとVR向けソフトウェアの世界的な開発企業であるMettle社からSkyBox技術を取得したことを発表した。そこでここではSkyBoxについてやアドビのVRに対する取り組みについて、同社のPremiere ProやAfter Effectsなど映像制作ツールを担当する古田正剛氏に話を聞いてみた。
古田氏はアドビ製品のVR機能への取り組みから紹介した。Premiere Proは通常の番組編集や4K/8Kにも対応する映像編集ツールとして有名だが、VRビデオに対しても継続的に機能強化を図っているという。2016年4月のNAB2016に合わせたアップデートで、正距円筒図法形式やYouTube、Facebookへの書き出しに対応していち早くVRワークフローをサポート。2017年4月のNAB2017に合わせたアップデートで、空間音声のアンビソニックオーディオ対応やエフェクトに「VR投影法」を搭載してVR機能をさらに充実させている。
そして先日、アドビは「Mettle」からSkyBox技術の取得を発表。SkyBoxは360°VRビデオに対応するエフェクト集で、アドビが取得する前からVRの制作に携わる人の間で話題のプラグインだ。それにしても、アドビが取得前まで数万円で販売されていた有料のSkyBoxスイートを無償配布するのは大盤振る舞いだし、360°VRビデオに対して先走り過ぎていないかと思わせるほど力を入れている姿勢が感じられる発表といえるだろう。
ビデオ編集ソフトの「Premiere Pro」。標準の機能でもVRビデオの編集に対応する
SkyBoxプラグインの入手方法
アドビはSkyBox技術を年内に同社の映像制作ツールへ統合するとのことだが、Creative Cloud契約中のユーザーに対してSkyBoxプラグインを提供することも発表している。入手方法はメールでdvaplugin@adobe.com宛に「Adobe ID」と「アカウント名」を送信するだけでよい。アドビに詳しい入手の手順を確認したところ、リクエストのメールの内容はアドビIDとアカウント名の2行だけでよく、アカウントの登録名を日本語で登録されている人は日本語のまま明記してほしいとのことだ。また、メールのタイトルは「SkyBox」などでいいという。半日ほどで受付完了のメールの返信が送られ、そこからおよそ2、3日でプラグインのダウンロードアドレスが明記されたメールが返信される。
メールの書き方の例。メールの本文に相手の宛名や挨拶文など一切いらない。「Adobe ID」と「アカウント名」を明記するだけでよい
Premiere Proに追加されるSkyBoxプラグイン
古田氏はSkyBoxプラグインについても詳しく紹介をした。アドビからダウンロードしたPremiere Pro対応のSkyBoxのプラグインをインストールすると、6種類のエフェクトと8種類のトランジションが追加される。
「エフェクト」にインストールされる6種類の内容
- SkyBox Blur:360°VRビデオに対応したぼかしフィルター
- SkyBox Denoise:360°VRビデオに対応したノイズを除去するフィルター
- SkyBox Glow:360°VRビデオに対応したグローフィルター
- SkyBox Project 2D:テキストや2Dオブジェクトを360映像の空間に配置
- SkyBox Rotate Sphere:フッテージのパン、ローリングを設定
- SkyBox Sharpen:シャープを適用するフィルター
Premiere ProにSkyBoxプラグインをインストールした状態。ビデオエフェクトとビデオトランジションに「Mettle」フォルダが追加される
SkyBoxのブラーやシャープのプラグインは、360°VRビデオ向けに最適化されたエフェクトプラグイン。なぜ、SkyBoxにブラーやシャープのエフェクト系のプラグインが搭載されているかというと、360°VRビデオに標準搭載の「ブラー(ガウス)」などでブラーを適用すると境目が見えてしまう問題が発生するためだ。また、立体視の360°VRビデオでは、左眼用と右眼用の境界でボカしを避けなければいけない。SkyBoxのエフェクトは映像の端同士のつなぎ目が見えない形でエフェクトを適用でき、さらに各エフェクトの中の「Frame layout」を「Stereoscopic-Over/Under」の設定にすることで立体視360°VRビデオにも適切な効果を適用できる。
標準の「ブラー(ガウス)」を適用した場合。映像を貼り合わせた位置の境目が目立ってしまう
SkyBox Blurを適用した状態。映像を貼り合わせた位置の境目は目立たない
トランジションに関しては、シンプルなディゾルブならば360°VRビデオにそのまま適用しても問題ないが、それ以外は問題が発生する可能性があるという。SkyBoxスイートには、ランダムなブロックがパタパタパタと動く「Random Blocks」やフィルムを現像する際に端が感光するイメージの「Light Rays」などが用意されている。
360°VRビデオに「Random Blocks」を適用した状態
また、SkyBoxは、2Dのテキストやロゴなどを入力するための「Project 2D」が搭載されている。この機能はSkyBoxの大きな特徴の1つだ。360°VRビデオにテロップを追加する場合、従来の手順でテキストを追加すると球体のプラネタリウムのスクリーンに文字が並ぶように大きく歪んでしまう。このProject 2Dエフェクトを利用すれば、文字やロゴなどをVRビデオ空間で平面として表現できる。
Premiere Proの標準機能でシーンにテキストを追加。文字は大きく歪んでしまった
テキストにProject 2Dエフェクトを適用すれば、VR空間で平面的に表示できる
Project 2Dは、「Rotate Source」や「Rotate Projection」の項目でXYZ軸での回転が可能。ステレオで分離する機能も搭載されており、視差の設定もSkyBoxの中でできるようになっている。360°VRビデオの中に映像を差し込むような手法も多いが、このような場合もProject 2Dで観ている人にも違和感なく視聴できる形で追加できる。
Project 2Dで視差を設定し、アナグリフ表示した画面
Project 2Dを使えばVRの空間の中に映像を歪まない形で追加できる
また、VRのビューワープラグインの「Mettle SkyBox VR Player」は、Oculus RiftやHTC Viveといったヘッドマウントディスプレイに対応しており、モニタリングが可能になる。このようにMettleのエフェクト群は、360°VRビデオ制作における様々なニーズに対応している。
After Effectsに追加されるSkyBoxプラグイン
SkyBoxスイートは、After Effects用のプラグインもラインナップされており、Premiere ProのSkyBoxラインナップの重複も含めて12種インストールされる。同じ名称のプラグインでも機能に差があったり、Premiere Proには用意されていない「SkyBox Viewer」やさまざまな形式へ変換するための「SkyBox Converter」などのプラグインなどがラインナップされている。
After EffectsにSkyBoxスイートをインストールすると、このようなラインナップが追加される
After EffectsのSkyBox Digital Glitchを適用。360°VRビデオにグリッチを適用することが可能
SkyBoxプラグインは、標準のVRの機能だけでも360°VRビデオの球面上に貼り付けたりすることはできるが、それ以上に自然なVR空間での映像表現や文字表現、特殊効果ができるのが特徴といっていいだろう。
VRをビジネスにつなげるためのアドビの取り組み
古田氏は「VRには双方向性が必要になってくるだろう」と言い、InstaVR社が提供しているVRアプリ開発プラットフォーム「InstaVR」と、アドビの顧客インテリジェンス分析ソリューション「Adobe Analytics」とのデータ連携についても紹介した。最近のビデオを視聴する環境といえばYouTubeだが、以前はBlu-rayやDVDが中心で、アドビはBlu-rayやDVD向けのオーサリングツールとしてEncore DVDをリリースした。これと同じように、VRで双方向性を提供するためのサービスやオーサリングツールがInstaVR社のInstaVRになるという。
VRコンテンツを簡単にオーサリングすることができる「InstaVR」
InstaVRは、動画の360°コンテンツ間の行き来が可能な「リンク」を設定することで、VRアプリを開発できるブラザーベースのツールだ。一度オーサリングすれば、AndroidやiOSに対応したアプリや、Webブラウザ用コンテンツ、さらにGoogleのモバイルVRプラットフォーム「Daydream」まで、様々なプラットフォームへワンクリックで出力することができる。アドビは「Adobe Analytics」というコンテンツへのアクセスやユーザーの動向を解析するサービスソリューションを提供しているが、InstaVRのエンタープライズ版ではAdobe Analyticsと連携を実現しているという。
Adobe Analyticsとの連携によって、「VRのムービーを何人が観た」という単純な分析にとどまらず、VRを体験した人が「ここの観光地に行ってみたい」と思って「実際に航空券やツアーのパッケージを購入した」というところまで分析が可能になる。InstaVRやAdobe Analyticsを活用することによってアドビは360°VRビデオの制作だけではなく、360°VRビデオも包含したデジタルエクスペリエンス全般まで提供できることになるという。
古田氏の話を聞いて思ったことは、映像の製作者というのは「いい作品ができました」とか「かっこいい映像ができました」というような映像を作ることにゴールを置いてしまいがちになることがあるということだ。スタイリッシュな映像を実現するのももちろん大事だが、今後の映像制作はより映像を実際に観る視聴者の気持ちを考えてビジネスにつなげていけるかが重要になってくるだろう。InstaVRとAdobe Analyticsの連携は、VRコンテンツをビジネスにつなげる重要なツールとなりそうだ。
txt:和田学 構成:編集部