txt:安藤幸央 構成:編集部
リアルな撮影、バーチャルな撮影
バーチャルスタジオでの撮影の様子。床面のみ実物で、砂や石ころが敷き詰められている
今年のSIGGRAPH 2019で昨年以上に強く感じたのは、実写とCG、リアルとバーチャルの境界線が薄れてきたことだ。それぞれの良いところをそれぞれ活用しつつ、思い描いている映像を撮影したり作り上げたりするためには多少力技でコストがかかったとしても手段を選ばず挑戦し、目標となる映像を作り上げようという風潮だ。
技術革新、技術の進歩によって、従来であれば想像の域を出なかった映像表現が予算とスケジュール次第で実現可能になってきた。新しい機材や新しい手法を取り入れ、最高の映像作品を作り上げていこうというのがCG/VFX/映像業界全体での大きな潮流だ。
そういった新しい流れの一つとして紹介されたのは、EPIC Games社Unreal Engineの活用事例の一つ、全面LEDのバーチャルスタジオの環境だ。合成映像の制作手法として一般的なグリーンバックでの撮影とCG合成の代わりに、巨大なLEDスクリーンに投影された映像を背景として使うアプローチだ。
この手法は映画「ゼロ・グラビティ」(2013)、映画「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」(2018)など、ロケが不可能な映像制作の際に活用され、映画制作を中心にいくつか事例が増えてきている。また登場当初はレンタル費用でさえ信じられないほど高価であった高精細なLEDパネルも、少しずつ安価になり、また形や大きさもさまざまな形に組み合わせられるようなものが増えてきた。
そういった環境の進化、技術の進化とともに、今回EPIC Games社から紹介があったのはそのLEDスクリーン利用のバーチャルスタジオの理想形、完成形とも言えるひとつの事例だ。このLEDスクリーン活用のバーチャルスタジオ、バーチャルプロダクションの挑戦は、「In-Camera VFX(カメラの中の特殊効果)」と呼ばれ、Magnopus、Lux Machina、Quixel、Profile Studios、ARRI各社の協力のもと実施された。
俳優に照明を当てつつ、カメラで実写映像を撮影、その後にポスト処理で色味や背景合成などを行うのではなく、リアルタイムで撮影しつつ、照明や背景を的確に調整しつつ、撮影が完了した瞬間が合成処理、ほぼ全てのポスト処理も完了した状態というスピーディーな映像撮影が可能となる。
バーチャルスタジオというと、まず想像するのは壁面・背景がグリーンバックになった、合成用のスタジオ環境だがLux Machina社提供のスタジオに設置されたのは壁3面、天井のあわせて合計4面のLEDスクリーン。4つのスクリーンに投影する映像はUnreal Enigen4の新機能である複数ディスプレイ、複数プロジェクタをつなぎ合わせてシームレスに巨大映像を投影するための仕組みnDisplayが使われた。
またARRI社のSkyPanelという照明機器は、太陽光と同様の明るさと色合いをコンピュータ制御可能なLED照明で、LEDスクリーンに映し出される映像とともに、被写体を照らす照明も細かにコントロールが行われた。
Real-Time In-Camera VFX for Next-Gen Filmmaking|Project Spotlight|UnrealEngine
In-Camera VFX with UE4|SIGGRAPH 2019|UnrealEngine(SIGGRAPHでの講演内容全編公開約45分)
壁のLEDスクリーンに投影された背景は、単なる書き割りの背景とも異なる状況に応じて変化する背景だ。カメラの移動に合わせてその視差、カメラが向いている方向にあわせて背景もリアルタイムに描画が変化する。もちろんこれはロケ地などで実写、実物を撮影した時と同じように見えるよう撮影するためだ。
さらに実際のロケ現場では困難な作業、例えば岩を瞬時にどかしたり、新しい岩を配置したり、岩の色を変えたりといった演出効果も即時映像に反映される。つまりは完全なるバーチャルセットでの撮影が天候や日照に左右されず何度でも可能で、監督や演出家はiPadを持って照明や背景CGの調整がその場で可能となるのだ。
製造制作の常である、できるだけ早くできるだけ最終形に近い映像を確認する、映像制作のどの段階でも試行錯誤や変更が素早く行えるような環境を得たいといった映像制作の普遍的な欲求がこのバーチャルスタジオ、バーチャルプロダクションでは完全な形で入手することができるのだ。
ここで紹介したようなバーチャルプロダクションの手法、アプローチ、手順などについて興味のある方はEpic Gamesから無料で提供されている100ページ近くあるガイドブック「Virtual Production Field Guide」をご覧になることをおすすめする。機材のことや手順、撮影の際の注意事項などについて事細かに紹介されている。
バーチャルとリアルの境界がなくなっていく、薄れていく
特設VRシアターの視聴環境
■VRシアター:現実空間とVR空間とのつなぎ目のない行き来
Vol.1でも紹介したVRシアターの演出は、参加者の多くに絶賛されていた。その演出は単にVR映像を観るだけでなく、その前後の体験も繋がりをもった一つのストーリとして考えられていたからだ。
古い映画館を模倣したVRシアター空間にはいると、左右に回転するゆったりと座れる椅子が用意され、周囲360°には、パーティクルが飛び交う映像空間が投影されている。さらに天井には球形の照明が設置されている。その状態で椅子に座り、VRヘッドマウントディスプレイを装着すると、CGで作られた全く映像が広がるのだ。
つまりCG映像は目の前にあった周囲の映像や天井の照明とまったく同じものなのだ。もちろんリアルさや、大きさや配置は若干異なるが、VRヘッドマウントディスプレイを外したりかけたりしてもなんら変わりのない空間が目の前に広がる。
そこからVRコンテンツの視聴に進むことができる仕掛けで、いきなりVRの世界に飛ばされ、コンテンツが終了するといきなり現実に戻させることに比べると気持ちも視線もスムーズに没入することができ、またスムーズに現実の世界に戻ってくることができるよう演出されていたのだ。
SIGGRAPH 2019 VR Theater Sizzle Reel
■Il Divino:現実以上のVR。歴史的建造物を、目の前で仔細に再現
Il Divino: Michelangelo’s Sistine Ceiling in VR
バチカン市国のシスティーナ礼拝堂、ミケランジェロの代表的作品を間近に、それも実際のシスティーナ礼拝堂を見たことがある人でも体験したことが内容な近さで筆使いや漆喰のひび割れなどもつぶさに観ることができる。映像コンテンツはReality Captureを使ったフォトグラメトリの手法で撮影され、そこから得られた90枚以上の4Kクラスのテクスチャマップが、Unreal Engineによって描画されVR映像として表現されている。
IL DIVINO:MICHELANGELO’S SISTINE CEILING IN VR
音声によるガイドツアーも用意されており最新のValve index VRヘッドセットで視聴環境が用意されていた。VRコンテンツの視聴サイトSteamVRで2019年中の公開にむけて準備中とのことだ。
■Magic Leap Mica:VRメガネをかけた瞬間に目の前に出現。滑らかで自然な主張しすぎないARアバター
Magic LeapのAIアシスタントMica
Microsoft HoloLensと同様、目の前の映像に重ね合わせて投影するARグラスの最新鋭機器のひとつMagic Leapのブースでは、Micaと呼ばれるAIアシスタントのデモンストレーションが体験できた。従来型VR/AR空間内のキャラクター、VTuberなどのキャラクターとは一線を画した人間らしいキャラクターが表現されていた。
Micaは自律的に動く中性的なCGキャラクターで、衣服、顔や目の動き、髪の毛、身振り手振りといった体や手の動きが実際の人間と比較しても違和感が無くとてもスムーズな動きで親しみが持てた。目をキョロキョロしたり、指で観るべきものを指し示すたりする様子は、まるで目の前に本当にMicaという人間が居るのではないかと錯覚させるほど良くできたCGキャラクターであった。
Magic Leapのヘッドセットを被って、Micaと対峙している様子。写真は外部からの確認用合成映像で、実際にはMagic Leapを被った人にとっては目の前にMicaが居るかのように映像が表示されている
もととなるキャラクターはある俳優をもとにフォトグラメトリの手法でスキャンされたものであるが、Magic Leapのハードウェア上で動作するために様々な工夫がなされている。ここで説明したことは次の資料に詳しく書かれている。
次のSIGGRAPH、これからのSIGGRAPH
VR、ARはもとよりYouTubeやNetflixなどのオンラインストリーミング映像配信は、従来におけるテレビと映画という映像表現から現代における映像コンテンツの消費行動に大きな変化をもたらした。現在インターネット通信の帯域の多くがこういった映像配信サービスに使われており、その通信量は日々ますます増え続けている。
映像コンテンツが消費されていくということは、それだけ多くの映像が作られ、焼き直され、シリーズ化され、再配信され、販売され、多くの人に観られ、そのサイクルはますます早くなってくる。映像制作のスピードも、数年かけて作られる長編の映像制作のサイクルから、数ヶ月、数週間それこそ、毎日、毎時間新しい映像が作られてはネットに公開されている。
スマートフォンやYouTubeの普及で「スナック型」と呼ばれる短い映像や短い動画を求められているように思われているが、実際のところ多くの視聴者は60分や90分といったTVドラマや映画サイズの長い映像コンテンツを観ていることが多いと言われている。もちろん90分連続で映画館で観る体験とは異なることだろう。
そういった視聴者ニーズを考えると、高品質な映像をますます早く観たがる世界でありつつ、映像が完成するスピード、映像制作のワークフローはますます効率化が進められ、CG/VFXの活躍の場も広がるのは必然だと考えられる。
日本の冬季期間中開催されるSIGGRAPH ASIA 2019は、夏気候の南半球オーストラリアのブリスベンで11月17日~20日の4日間開催される。また、来年のSIGGRAPH 2020は、長年のSIGGRAPHの中でも初の開催地となる米国の首都ワシントンD.C.で7月19日から23日の5日間開催されることが決まっている。次回SIGGRAPHでも映像制作の進化を後押しするCG/VFX技術の登場が期待される。
txt:安藤幸央 構成:編集部