近年のポストプロダクション業界は、変革期の真っ只中にいるように思える。もともと映像編集や仕上げは特別な設備と技術を持ったポストプロダクションで行うのが一般的であって、個人では困難な作業であった。しかし、アナログからデジタルになり、ワークステーションからPC上で動作するアプリケーションも増え、特別な機材を必要としない作品制作も増えている。では今、業界はどのように変化して、何が問題となっているのか?日本ポストプロダクション協会の副会長、鈴木仁行氏にポストプロダクションの最新動向について聞いてみた。

同協会が毎年3月に公開している「ポストプロダクション設備調査」の結果も合わせて紹介するので、参考にしてほしい。

中小規模のポストプロダクションは増加傾向

――日本ポストプロダクション協会(以下:JPPA)は、どのような取り組みをされていますか?

鈴木氏:

ポストプロダクション業界の地位向上、産業振興を目的とした協会です。様々な事業や表彰、展示会、セミナーを開催しています。例えば協会には、いろいろな技術委員会がありまして、近年の業界ではTVCMのHDTVカセットテープ素材での搬入は終了して、オンライン搬入の新しい仕組みに変わりました。その運用方法に関する話し合いや、技術情報の共有を行いました。
また、映像・音響関連業界に関わる技術と知識全般を取り扱った「映像音響処理技術者資格認定試験」を毎年1回、全国の会場で実施しており、たくさんの学生さんに受験してもらっています。

ポスプロ2022特集VOL01説明写真
日本ポストプロダクション協会 副会長の鈴木仁行氏。所属はレスパスビジョン株式会社の代表取締役

――業界の動きにおいて、特に気になる動向はありますか?

鈴木氏:

ポストプロダクション業務を簡単に設立できる時代になってきており、JPPAに属さない中小規模の事業所が増えてきています。
これまでは最終的にテープ納品しなければいけないために、VTRがないと業務は成り立ちませんでした。最近はテープ納品がほぼなくなって、オンラインで送稿出来るようになり、パソコンとモニターがあれば業務は可能な時代になりつつあります。
そのため、ポスプロで働いていた人が会社を辞めて独立し、マンションスタジオという形でポストプロダクションを開設するケースも増えています。

――ということはポストプロダクション企業自体は増加傾向でしょうか?

鈴木氏:

全体的には増えてきています。ただし、JPPAに加盟していない中小企業が増えてきており、増減数の推移は把握しきれていません。純粋なポストプロダクション会社は減少傾向ですが、制作会社がポストプロダクションの機能を持つところが増えてきていますので、JPPA自体の会員数の増減はそれほど変化していません。

■日本ポストプロダクション協会正会員社数の変化

年度 2019年 2020年 2021年
正会員社 89社 88社 89社

テレビ番組制作ではリニア編集はまだまだ健在

――編集室の動向についてはいかがでしょうか?特にアナログ的なリニア編集は減っているように思えます

鈴木氏:

リニア編集はテレビ番組の編集ではまだまだ主流といっても間違いありません。制作プロダクションも編集マンもリニア編集に慣れていて、テロップを積極的に重ねていく番組制作では白素材に重ねていった方が感覚的には早く、時間に追われる現場では重宝されています。
ただし、最近ではリニア編集の利便性や経済性が考慮され、新設のスタジオではノンリニアを選択されています。

■編集室数の変化

年度 2019年 2020年 2021年
ノンリニア編集室 オンライン 318 314 342
オン・オフライン 228 214 199
オフライン 84 82 82
630室 610室 623室
リニア編集室 197室 170室 152室
全編集室(ノンリニア+リニア)合計 827室 780室 775室
2019年 2020年 2021年
MAルーム 305 307 297
2019年 2020年 2021年
グレーディングルーム(ノンリニア) 48 49 46

――各事業所で手掛けるジャンルに変化はありますか?

鈴木氏:

基本的にポストプロダクション各社は、テレビ番組系だけ、CM編集系だけ、その他に分かれているのは以前から変わりません。CM系のポストプロダクションは、CM以外はほぼ手掛けません。
ただし、CM系ポストプロダクションは、WebCMの制作の量が増加傾向にあります。WebCMはこれまで低予算なことから敬遠されがちでしたが、最近ではその傾向はなくなりつつあります。むしろTVCMを作ると必ずWebCMも一緒に納品する案件が増えてきています。

■4K対応編集室数の変化

2019年 2020年 2021年
正会員社 175室 176室 186室

■4K対応編集室のモニター数の変化

年度 2020年 2021年
4Kマスターモニター 115式 130式
4Kクライアントモニター 178式 160式
4K波形モニター 83式 85式

ポストプロダクションと個人の環境は近づきつつある

――現在のポストプロダクション業界の問題点は何でしょうか?

鈴木氏:

カラーグレーディングの場合は、DaVinci Resolveが主流です。しかし、DaVinci Resolveはコンシューマーからプロまで同じツールが使われています。CG業界ではBlenderの利用が増えていていますが、ライセンス料は無料だから仕上がりは有料ツールより劣るというようなことはありません。
スチルカメラマンの世界でもカメラボディはコンシューマーとプロの持つ機種が同じ場合があるように、ポストプロダクション業界でもそのような傾向が増えてくると思います。そうなると、ポストプロダクションへの依頼は減り、個人でコンテンツ制作が完結できる時代になることが予想されます。
私が約35年前にポストプロダクションビジネスを開始した頃、一番多かったのは放送番組やTVCMもよりもVPでした。企業用の広報番組やセールスプロモーション用ビデオ、教育用ビデオが圧倒的に多数でした。現在、それらはほとんどポストプロダクションで受注することはなくなり、社内で内製的に行われています。
また、ツールに関連しては、国内のポスプロ業界は非常に保守的で、「右にならえ」の風潮があります。例えば、どこかの企業が「これがいい」と決めたら、それがずっと続きます。以前、イギリスのクォンテル社のHENRYというノンリニア編集システムが登場したときに、どこの事業所に行ってもHENRYが導入されていました。その後、Infernoが登場すると、すべてそれに入れ替わったこともありました。逆にはそれでないとCMは編集できないような風潮が業界にありました。
ただ、今は少しずつ変わりつつあるかなと感じつつあります。WebCM系ではアドビのPremiere Proが使える雰囲気になりつつあります。

ビデオ編集や放送は興味の対象から外れてきている

――ポストプロダクション業界の人材面で変化を感じることはありますか?

鈴木氏:

だんだん求人が難しくなってきています。私達がこの業界に入った時代は、ビデオ編集や放送は憧れ的な存在でした。ところが、今の子どもたちにとっては憧れのジャンルではなくなってきています。
例えば私達の幼少期は、家電店に行くと1階のショーウィンドウにテレビが並んでいましたが、今あるのはスマートフォンです。テレビは興味の対象ではなくなってきているという問題があります。
今の子どもたちの興味はゲームで、ゲームクリエイターやYouTuberを希望する声が聞かれます。そういう意味では、やっぱり人材の確保がかなり難しくなってきています。

――例えば、どのような人材を求められていますか?

鈴木氏:

会社によって違うと思うのですが、やはり好きかどうかです。例えばギターを弾く子たちは、いち早くからギター買って、いつでもギターを練習しています。では、ギターの専門学校にいってからギターを弾くかといったらそんなことはありません。だから好きな人は学校に行く前から、自ら道具を揃えて遊びながら学んでいます。ただ映像業界でそういう人はごく一部で、非常に限られてきています。

ポスプロ業界はもっと門戸を広げるべきだ

――最後に、ポストプロダクション業界の現在、未来をどのようにお考えですか?

鈴木氏:

これまでポストプロダクション業界は同じ業種の仲間だけみたいな業界でしたが、これからはもっと門戸を広げていかなければいけないと考えています。
たとえば、JPPAには、今まで放送局さんは加入していませんでした。これまで放送局は規定を作っても、その規定はプロダクション側では理解できないことがありました。放送局と最終納品物を作るプロダクションはもっと密接に繋がっていかなければなりませんでした。
しかし近年、放送局では急激にテープ納品の減少を機会にポストプロダクション業界と情報交換しながら納品形態も時代に沿ったやり方で決めていこうという方向に変わりつつあります。JPPAに放送局の賛助会員の入会も増えてきており、お互いの情報を交換しながら放送行政に携わっていく気運が高まってきています。その成果は今後、着実に上がっていくはずです。