ウルトラセブン×”Adobe Firefly” – クリエイターの創造性を拡張する生成AIの世界
アドビは、Inter BEE 2023の最終日にオープンステージにおいて「Adobe Day」と題したプレゼンテーションを開催した。終日にわたって行われた5つのプレゼンテーションはいずれもほぼ満席で、立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。
「ウルトラセブン×"Adobe Firefly" – クリエイターの創造性を拡張する生成AIの世界」は、いま話題の生成AIのテクノロジーについて取り上げたセッションだった。前半にアドビの生成AIであるAdobe Fireflyの紹介を行い、後半にはUKPHOTO代表取締役の中西学氏が登壇し、ウルトラセブンをフィーチャーした制作の裏側を話した。
まずは、前半のFireflyの紹介から振り返る。
生成画像数35億点を突破
AIの研究は1950年代から続いているが、第3次ブームを迎えた今、「生成AI」の登場によってAIはこれまでにない速さで変化をしており、アドビでもかなりのスピード感を持って開発を進める必要があるとした。そこでまず、Firefly Discordチャンネルを開設。開発技術を完全にオープンにしながら進めている。
そして、Fireflyは2023年の3月に発表され、9月に正式リリースされた。ユーザーが生成した画像数はリリースした9月の段階で20億点、10月には30億点、そしてこのInter BEEのセッションが行われた日の前日、Adobe MAX Japan 2023開催時(11月16日)には35億点という脅威的なスピードで増え続けているという。
Fireflyを活用する企業が早くも登場
Fireflyで作ったコンテンツは商用利用が可能であることが重要なポイントだ。その事例についても紹介された。
ソフトバンクでは大規模イベントである「SoftBank World 2023」において、同社の社員がChatGPTとFireflyを用いて素晴らしいメインビジュアルを制作。ソフトバンクの創業者が語った「集積回路の写真が未来都市に見えた」というエピソードから作られたこのビジュアルは、同社社員自らが伝えたいストーリーを元に仕上げたという点で、AI活用の1つの指針を示した事例といえるだろう。
Fireflyによって大きく進化したPhotoshopの塗りつぶし機能
Adobe Photoshopは、2010年にAIを使って「コンテンツに応じた塗りつぶし」の機能を備えた。「Adobe Sensei」の前身「Adobe Magic」と言われていた機能だ。そして13年後の現在では、Fireflyの「生成塗りつぶし」という機能によって、選択領域をプロンプトの指示で塗りつぶしてくれるようになっている。
Inter BEE 2023で紹介されたデモムービーでは、選択範囲の中と外をしっかりと分析して、コンテンツを理解した上で最もふさわしい画像を生成する点を紹介。手作業で行うには大変な湖の反射が正確に表現されており、クリエイティブのプロセスにおいて大きな改革がなされていることがわかる。
Fireflyが持つ3つの優位性
アドビは生成AIのテクノロジー開発において、アドビらしく安心・安全に使える点に重きをおいて慎重に開発を進めてきたという。そして生まれたFireflyには3つの優位性があるとした。
1.安全な商用利用のための設計
Fireflyは、著作権を侵害していないコンテンツのみを使って学習しているということが非常に重要なポイントだという。
つまり、
- 3億点以上あるアドビのストックフォトサービスであるAdobe Stock
- 一般に公開されているオープンライセンスのコンテンツ
- 著作権が失効しているパブリックドメインの画像
これらをベースに学習し、画像を生成している。
Inter BEE 2023のセッションではわかりやすい例として、「スパイダーマン」と入力をしても本物のスパイダーマンが生成されないことを紹介した。商用利用をする上で不適切な画像が生成されないように設計されていることがわかる。
そして、AIの学習に協力してくれたAdobe Stockのコントリビューターに対しては、収益を得られる報酬プランの仕組みも同時に整えている。
2.アドビのツールに密接に統合
Creative Cloudだけでなく、Document Cloud、Experience Cloudに含まれる製品やサービスと連携して使用できるようになる。
3.コンテンツ認証情報のサポート
問題になっているフェイク画像や偽情報などの脅威に向けた対策として、アドビはオンラインコンテンツの信頼性を高めることを目的とした「コンテンツ認証イニシアチブ(CAI:Content Authenticity Initiative)」を2019年に設立。現在2,000以上のメンバーで構成され、IT企業、カメラメーカー、ソフトウェアメーカー、報道機関、自治体などから幅広く賛同を得ている。
Fireflyで生成した画像ファイルをCAIのVerifyというサービスに読み込むと、生成AIのツールとしてFireflyで生成したことが確認できる。コンテンツ認証情報が自動的に埋め込まれる仕組みになっており、来歴情報が改ざん不可能な形でメタデータとして付与されるワークフローが既に構築されている。
クリエイターファーストがアドビのAIに対する考え方
アドビのCEOシャンタヌ・ナラヤン氏は「AIはクリエイターにとっての副操縦士である」という表現をしている。あくまでも主役はクリエイターであって、空を楽に飛べるように手助けをするのがAIであるという考え方だ。そして「AIは人の創造性を拡張するものであって、置き換えるものであってはならない」とも説明している。
その考えのもと、Inter BEE 2023のセッションでは、動画制作者向けにも大いに活用されるであろうFireflyのコンセプト映像を上映。Fireflyが最適なエフェクトを見つけてくれたり、背景をプロンプトの指示で変えたり、台本に即したプリビズを生成してくれたりと、そのデモムービーには無限の可能性を感じさせるものがあった。
UKPHOTO代表取締役 中西氏とのセッション
そしてここからは、後半に行われたUKPHOTO代表取締役 中西学氏とのセッションの様子を紹介していく。
写真家である中西氏は、ウルトラセブンをFireflyと融合させた写真展を開催。日本初の個人クリエイターによるFirefly制作事例の紹介した。
中西氏は岡山県出身。一般企業に勤めながら独学で写真や動画の制作をスタートした。風景写真を好み、4Kや8Kの風景動画も制作。元々ドローン映像が好きだったこともあり、行政と連動してドローンを使った測量や遺跡の発掘調査を行うなど様々なことに取り組んできたという。何よりも新製品やガジェットに目がないということで、今回Fireflyを取り入れたのもその一貫と語っていた。
かねて円谷プロダクションとともにさまざまな企画を行っており、今回Fireflyが活用されたのも「ウルトラセブン55周年」に関連した写真制作においてだった。
この撮影には富士フイルムの最新の中判カメラ「GFX100II」を使用。中西氏の作るウルトラセブンの写真では、LEDの光を当てたりスモークを使ったりした表現を追求してきた。後加工をすることは方針として避けていたため、ウルトラマン特有の「特撮感」をどう表現するのかが課題となっていた。
またウルトラセブンの55周年プロジェクトということで、その歴史も同時に伝えるために検討を重ねたという。中西氏は次のようにコメントしている。
中西氏:ウルトラセブンは55年前から凄く先進的な造形を持っていて、造形キャラクターとして抜きん出ていました。そのため最新テクノロジーと融合して表現されることが多いですし、白ホリススタジオで普通に撮るだけでは面白くない。
また55周年に掛けて55点の作品づくりを考えていましたが、作品数が多い上に特撮感を出すためには新しい武器が必要なのではないかと考えました。
そこで中西氏は「55」をキーワードに、富士フイルムが55年前にリリースしたFUJICA G690と55年後の最新カメラGFX100IIの2台で撮影することを決定。55年の歴史について考えたときに、最新のカメラも富士フイルムの伝統の色を継承しているという点に着目した。
そして、さらにニュージェネレーションのプラスアルファが必要だと考え、AIが頭に浮かんだという中西氏が選んだツールが「Adobe Firefly」だったという。
試行錯誤を経てFireflyはだんだんと良きパートナーに
最初に作り出された画像は、なんとウルトラセブンが頭にあるアイスラッガーを外して絵を描いている画像だった。
プロンプトにどんな文章を使えばよいのか試行錯誤を繰り返したという中西氏。Fireflyに初めて触れてからしばらくは、詩人にならなくてはと思うほど、色んなポエムを見たり、参考になる文章を探し続けてたりしたという。
プロンプトに色のワードを入れてみるとポップなレインボーカラーが生み出されるなど、徐々に中西氏の好みに近づいていったという。
Fireflyは簡単に次の候補を提案してくれるシンプルな操作性とレスポンスの速さが特徴だ。中西氏も、納得できなかったら次の候補がどんどん出てくるので、クリエイターとしては親切なAIだと感じたとのこと。
中西氏:使っているうちに新しい発想が浮かんできて、それが駄目だったらこの単語を追加したら面白いかなとか、そういう「味変」のようなものができるのが面白い。
Fireflyに次の案を出してもらってから、また前に戻って照らし合わせたりして、この1~2週間ぐらいの制作期間はずっとAIと向き合っていたので、人と話すことが少なかった(笑)
日本語での無茶振りにも柔軟に対応するFirefly
当初プロンプトは英単語でしか入力できないと思いこんでいた中西氏だったが、日本語で入力できることに気付く。以下の画像は、「特撮感のある背景」と打ち込むだけで、ウルトラセブンのスラッガーを模写した背景が生成された。
実はこんな無茶振りな日本語にも対応している点に、中西氏はユーザーフレンドリーな印象を受けたという。
こちらは実際に展示にも採用され、非常に人気があったウルトラセブンのバックショットだ。ウルトラマンに詳しい方はご存知とのことだが、こういう背中のショットは許可がなかなか下りないのだそうだ。
その理由は背中にあるファスナーだったり、背中が真っ直ぐじゃないといけないなど諸説あるようですが、この一枚は55周年プロジェクトのイメージビジュアルをベースにしているということで、展示OKとなった経緯がある。
ブルーバックのみだった画に中西氏としては少しプラスアルファを加えたいということで、足元にFireflyで土を生成した。
中西氏:大地に立って空を見上げたいわけですが、最初はちょっと土を盛り過ぎた印象があって、次の候補を出してもらうと全体的に土が広がっていい感じになりました。このプロンプトは「地面に汚れをつける」という文章でした。
プロンプトの入力方法として、当初は検索ワードのように単語を区切るのが重要だと思っていたそうだが、Fireflyは文で入力することができる。ChatGPTに似ている印象を持ったそうで、中西氏は、文字が打てない人でも対話式や音声入力によって簡単に操作できる将来もイメージできたと語っている。
展示会場にはAIを使用したものと使用してないものを並べたが、誰一人としてAIを使用したことに気付かなかった。
中西氏:B0サイズは大きいので、すごく解像感を高くしないと違和感が出たりするんですけど、その情報量も自動的に合わせてくれるのがFireflyのすごいところだと思いました。
再現不可能な構図もFireflyで生成可能に
Fireflyは撮影における可能性も広げてくれる。コンクリート打ちっぱなしの場所で撮影された以下の写真。画像の左上には壁があり、人一人しか立てないくらい狭いエリアで構図作りがなかなか難しい撮影だったという。
生成AIを使えば拡張補正ができると分かっていた中西氏は、注意すべき目線をしっかりアクターに伝えて構図を作った。Photoshopの「生成拡張」を使えば、コンクリートのない部分を拡張して延ばすことできる。しかもワンクリックで、通信環境にもよるが所要時間は1分程度だ。AIが使えると、拡張して作れる構図かどうかを撮影時に判断できるようになると中西氏は言う。
中西氏:例えばテーブルが短かったらそのテーブルを拡張して延ばすこともできるし、現場でいろんな発想が膨らんでくる。クリエイターの方はFireflyを武器にして使っていただくと、新しい世界観が生まれると思います。自分の写真の世界観を数値で表すと10ぐらいだったのが、一気に1,000ぐらいまで広がった感じです。
PhotoshopをVer.2ぐらいから使用している中西氏は、ユーザー歴が長いにも関わらず実は当時のバージョンから使っている機能はほとんど同じで「コンテンツに応じた塗りつぶし」の機能も使ったことがなかった。しかしFireflyと出会って、その考え方が360°変わってしまったと言う。
中西氏:Photoshopでなかなか覚えきれない最新機能があるとします。その機能をFireflyのプロンプトに入れるとすぐ反映されるんですよね。背景を削除してほしい、ここを延長してほしい、線を1本入れてほしいとか、全部できる。
例えばPhotoshopも知らないお子さんやおじいちゃん・おばあちゃんでも、Fireflyなら使えるんじゃないのかという可能性を私は感じました。
Adobe Stockを参照しているので商用利用が安心
Fireflyを使った画像生成は商用利用がOKという点にも中西氏は優位性を感じたそうで、Adobe Stockを見ながらプロンプトに入力するノウハウも紹介していた。
たとえば実際にStockにある画像のタイトルから「Space Planet 3D」というワードを抜き出してPhotoshopやFireflyに持っていくと、次のような画像が生成される。
そして、中西氏はあらためて来場者に呼びかけていた。
中西氏:AIを使うことはすごく難しいと思われるかもしれませんが、非常に簡単です。要するにAdobe Stockを見て、自分が欲しいイメージをしっかり持ったら、そのイメージがあるタイトルをコピペするだけです。あとは自動処理をしてくれるのであまり難しく考えなくて大丈夫。家に帰ってすぐにでも試していただきたいです。
写真展には全国から来場者が集まり、遠方では中国から来られた方もいたそうで、期間中には写真作品全55点のうち51点を販売。盛況のうちに幕を閉じた。
Fireflyをファミリーに
生成AIと聞くと不安になったり危機感を感じたり、マイナスとして考えているクリエイターも多いことが想像されるが、Inter BEEに来場していた映像クリエイターもその例外ではなかった。セッションの最後には、クリエイターとして率先して新しいテクノロジーを取り入れた中西氏から、今回の経験を通して感じたことが伝えられた。
中西氏:AIを自分の武器にすればいいんじゃないかと思っています。私は写真家でもあるし映像クリエイターでもありますが、AIを使えるクリエイターだと今後謳っていけるんですね。
生の写真や映像の力はやっぱり大きいので、それにプラスアルファとしてAIの力を使っていくということ―AIはファミリーですのでぜひ味方にしてください。それが今後のクリエイターの道なのかなと私は思っています。