カナダバンクーバーのコンベンションセンター会場 SIGGRAPH 2025
PostからPre:「事後処理(ポストプロダクション)」から「事前決定(プリディターミネイション)」の映像制作へ
毎年北米で開催されるコンピュータグラフィックスの学会、祭典であるSIGGRAPH 2025。今年はカナダバンクーバーで開催された。
SIGGRAPH(シーグラフ)は世界最大のコンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する歴史ある学会・展示会である。
第52回となるSIGGRAPH 2025は、2025年8月10日から14日までの5日間、開催された。
SIGGRAPH 2025ではCG/VFX業界の状況、最先端の研究、新しい機材展示などの業界動向が描き出される。
SIGGRAPHの基本は学会であるが企業の展示なども含め、多くの企業からの寄付や機材提供によって運営されている。
今年の最大のスポンサーはNVIDIA社。もとはといえばコンピュータグラフィックスの演算用チップメーカーとして展開し、一時期は倒産の危機にあったNVIDIAが、今では生成AIの演算になくてはならないハイエンドチップとして、世界を席巻している。
現在各社がAI用チップの設計や生産に凌ぎを削っているが、実質、NVIDIAの最先端機材しか現状は選択肢がなく、NVIDIAの株価は一番低かった1994年に比べ、2025年現在5000倍以上の株価となっている。
時価総額が一時4兆ドルを超え、Amazonの時価総額と、Meta(旧Facebook)の2社を合わせた時価総額に匹敵する。
世界中のクリエイターと技術者が集うこのCGの祭典SIGGRAPHでは、今年もまた映像制作の将来が予見された。特に、リアルタイムCG技術と生成AIの発展が、従来の映像制作ワークフローを根底から変え、映像業界に新たな機会をもたらしている。
これまでは、CG/VFXや映像編集のレンダリングに数時間、あるいは数日を要した時代は終焉を迎え、映像を見ながらその場で意思決定を下し、リアルタイムで完成形をネットワークを介して共有する時代が、もはや普通のプロダクションワークフローとして多くの企業やクリエイターに浸透しつつある。
SIGGRAPH 2025でのセッションや展示など、あちこちで明確に示されたのは、映像制作が「事後処理(Post-Production)」から「事前決定(Pre-Determination)」の時代へと移行しているという事実だ。
CG/VFXや映像編集におけるリアルタイム技術とAIの活用は、撮影現場での即時的な意思決定の重要性を高めていく。試行錯誤のスピードと回数が増え、素早く判断していくことが作品のクオリティに直結していくからだ。
監督、VFXスーパーバイザー、カメラマン、映像編集者が一体となり、その場で映像の完成形を確認し、調整を行う。この新しい仕事の流れに対応できるかどうかが、今後の映像業界の成長を左右する鍵となると考えられる。
昨年のSIGGRAPH 2024でも若干この傾向が見受けられたが、今年は確実にポストプロダクションから「事前決定(プリディターミネイション)」に向かって、各種ツールや映像機材の環境が整いつつあることが実感された。
Computer Animation Festivalのアワード(表彰)より
Computer Animation Festival 優秀作品のダイジェスト版が公開。約2分
SIGGRAPHの一つの人気カテゴリとして、Computer Animation Festival(CAF)というコンピュータグラフィックスを活用した様々な分野の短編の映像作品を表彰する枠組みがある。ここでの優秀作品を、数十本まとめて会場の大スクリーンで視聴する上映会「Electronic Theater」が行われる。
Electronic Theaterの上映作品は翌年のアカデミー賞短編アニメーション部門へのノミネートの選考対象ともなる。
また今年はPixarのToy Story 30周年記念とのことで、現在80歳のPixar創業者エド・キャットムルを招いたスペシャルイベントも開催された。
そこでの話題は次の通り:
- 30年前の当時のSIGGRAPHで発表される最新論文が「Toy Story」制作における課題解決の生命線だった
- コーネル大学発の照明モデル、ルーカスフィルムの確率的手法など、SIGGRAPHの知見のつぎはぎで「Toy Story」は作られた
- Pixarは研究成果を積極的に公開し、CG業界を発展させることで自分たちも発展できるという信念が土台になっている
- 技術だけではただの物珍しさに終わる。成功の秘訣はストーリーの良さとキャラクターの強さにかかっている
- 制作初期段階の試作映像をSIGGRAPHで披露し、拍手喝采を浴びたことが大きな自信になった
- AIは良いことも悪いことも生む。今更AIはなくならないので、アーティストはAI技術と向き合うべき
Toy Story (1995) Trailer #1 | Movieclips Classic Trailers
今年のCAFは、なんとすべての主要部門を学生作品が制覇した。もともと学生作品を表彰する「Best Student Project」という枠が存在するが、今年はその枠を超えて、Best in Showも、Jury’s Choiceも制作者が学生チームによるものであった。
「Trash」の大胆なアクションとユーモア、「The Mooning」の歴史的パロディ、「Jour de vent」の幻想的ビジュアル。
それぞれの作品がそれぞれの切り口でCGアニメーションの可能性を異なる角度で表現しており、そういった商業作品にはないオリジナリティが審査員や観客に届いたのだと考えられる。
CAF運営委員長ドーン・フィドリック氏からは「学生作品とはいえ、その完成度と表現力はプロの基準を再定義するほど」とのコメントがあった。
Best in Show(グランプリ): Trash
制作:Maxime Crançon、Fanny Vecchie、Margaux Lutz、Romain Fleischer、Alexis Le Ral、Grégory Bouzid、Robin Delaporte、Mattéo Durant
所属:École Supérieure Des Métiers Artistiques(ESMA)フランス


薄汚れた路地裏の中、痩せたネズミがピザのかけらを巡ってハトと対峙。そこからスリリングな追走劇が展開される。
ダークなコメディ演出とテンポある独特のアニメーション表現が印象に残る。
アカデミー賞アニメ短編部門ノミネート候補の応募資格が得られる「Academy Award® Qualifying Festival」を取得。
Best Student Project(学生奨励賞): The Mooning
制作:Mason Klesch、Vivian Osness
所属:Ringling College of Art and Design(アメリカ)
約3分
月面着陸はフェイクだったと「1969年の月面着陸の真実」を描くアニメ風ドキュメンタリー。
歴史とフィクションをユーモアと独特の視覚的スタイルで表現し、観客に新たな視点をもたらす作品。
Jury’s Choice(審査員特別賞): Jour de vent(抄訳:風が吹く日)
制作:Martin Chailloux、Ai Kim Crespin、Elise Golfouse、Chloé Lab、Hugo Taillez、Camille Truding
所属:École des Nouvelles Images(ENSI)フランス
公園に風が吹き渡ると、人々がふわりと浮き上がる様子を描く幻想的かつ詩的な短編。
視覚的な美しさと感覚的な映像体験を届ける芸術性の高い作品。
Audience Choice(観客投票より): Wednesdays with Gramps(抄訳:おじいちゃんとの水曜日)
制作:Chris Copeland、Justin Copeland、Shabrayia Cleaver
▶Chris Copeland 氏のInstagramアカウント:スケッチ等の作品が掲載
祖父の施設を訪れるティーンエイジャーとの、言葉を交わさずとも通じ合う静かで温かな関係を描いた作品。
静かな雰囲気と、心の機微が柔らかな映像で描かれている。観客の共感を多く得て、会場の観客投票により受賞。
その他、デジタルアート分野での長年の貢献が称えられ、アルゴリズミック・アートで知られるFrieder Nake氏 が「Distinguished Artist Award for Lifetime Achievement in Digital Art」を受賞した。
リアルタイムライブ(リアルタイムCGコンテンツの発表)より
SIGGRAPHの目玉イベントの一つである「Real-Time Live!」はリアルタイムCGに特化したデモンストレーションイベントで、大いに盛り上がった様子がYouTube Liveで配信された。アーカイブも即日公開されている。
SIGGRAPHに参加登録していない方でも、YouTubeで無料で見ることができる。今年はAIを用いたクリエイティブツールから、物理シミュレーションまで全13件、まさにリアルタイムCG技術の最前線が集結していた。
SIGGRAPH 2025 Real-Time Live!
約1分のダイジェスト
約2時間、13件全てのデモンストレーション発表が観られる
Best Real-Time Live!賞に輝いたのは「Crazy Fast Physics! Augmented Vertex Block Descent in Action!」(抄訳:超高速物理!拡張版頂点ブロック降下法の実演!)であった。
これは数百万のオブジェクトを滑らかに、しかもリアルタイムでシミュレートできるアルゴリズムで、ゲームやインタラクティブアプリケーションに対する応用が期待される。
Infinite Studio: 4D Volumetric Capture for Filmmaking and Beyond (Best in Show受賞)
発表者:Jiaming Sun, Siyu Zhang, Yu Zhang, Zhi Wang, Yuke Ding, Zhen Xu, Xiaowei Zhou
多数のカメラ(24〜80台)で同時撮影し、時間軸を含む「4D Gaussian Splatting」手法で動的シーンを高安定に再構成。時間的連続性を持つため、フレームごとの点群のちらつきがなく、データサイズも一般動画並みに圧縮可能。
3DCGツールBlenderやゲームエンジンUnreal Engineと統合し、被写界深度を後から調整することも可能。物理カメラとレンズでは不可能なF値設定も可能。
さらに魚群をキャプチャして森の中に配置し、VFX化するなど、映画・ゲーム・VR・アートでの応用が期待されるデモ。
Drawing with Light: AI-Driven Visual Synthesis for Real-Time Laser Installations
発表者:Spencer Sterling
画像生成AI「Stable Diffusion」のリアルタイム変種「Stream Diffusion」をリアルタイムVJツールTouchDesigner上で稼働させ、ノイズテクスチャを逐次変換しながら生成映像をレーザーに投影するインタラクティブアート。
NVIDIAのリアルタイムアップスケーラーを併用し、生成映像をリアルタイムベクトル化しレーザーマッピングへと繋げる高度な信号処理が特徴。MIDIコントローラーで描画パターンを切替え、物理的なレーザーの特性や制限をうまく活かした表現ができる。
Painting with 3D Gaussian Splat Brushes
発表者:Karran Pandey, Anita Hu, Humbert Hardy, Frank Nadeau, Eloi Champagne, Karan Singh, Maria Shugrina
3D Gaussian Splat手法を「筆」として扱い、ボリュメトリック3Dキャプチャから得たデータをインタラクティブに塗る新手法。
雪景色の中に炎を描いたり、花を咲かせたり、岩壁を構築したりできる。
さらにはキャラクターの欠損部位を「毛並みブラシ」で修復するなど、多彩な応用を実演。自然で有機的な構造を生成でき、プリビズからバーチャルプロダクションまで幅広く利用可能で、従来の3Dソフト並みの制御性を持つのが特徴。
Descendant: Reimagining Guandong Embroidery and Folk Rituals through Digitalization
発表者: Wei He, Chewing Theory, Naishu Hu, Yangxingyue Wang
中国・広東地方の刺繍や民俗行事をデジタルで再現する文化保存プロジェクト。高精細スキャンデータを3DCGツールBlenderで3D化し、VR上で舞台演出や装飾配置をリアルタイム編集。刺繍糸と線香の煙を幾何学的に物理シミュレーションで融合したもの。
将来的には全アセットをオンライン共有し、世界中のクリエイターが文化的モチーフを使って作品制作できる仕組みを考えているそう。
Any Character, Any Movement
発表者: Viren Tellis, Tony Thibault, Dave Savostyanov, Ryan Woodard, Chen Goldberg
ゲームエンジンUnreal Engineに組み込めるリアルタイム生成キャラクターコントローラー。操作入力に応じた歩行・走行・後退・側移動などをフレームごとに生成し、スムーズな加減速や自然な旋回を実現。
動作スタイルは100種以上プリセットされ、オンラインで操作・録画し、テキストから新しい動作を生成可能。
異なる複数の動作をシームレスに接続する「モーションスティッチ」や、骨構造の異なるキャラへの自動調整機能も搭載。
生成したモーションは業界標準のFBX/GLB形式で出力でき、アニメーション制作の効率を大幅に高める。
企業発表:Adobeの発表より
Adobe Research is heading to SIGGRAPH 2025
Adobeの研究機関「Adobe Research」からは、映像制作やデジタルコンテンツ編集の常識を大きく変える研究発表が行われた。
IntrinsicEditによる高精度画像編集
[論文] https://intrinsic-edit.github.io/
従来の生成モデルによる画像編集は強力だが、「影や反射を自然に残したまま物体を消す」「質感だけを変える」「光源の位置によるライティングを調整する」といった細かな操作は依然として難しい。
Adobeが提案するIntrinsicEditでは、画像を色・光・形状などの要素別に分解し、それぞれのレイヤーを個別に編集できるフレームワーク、例えばガラスの反射を除去しつつ背景は自然に残す、家具の色を変えても光の反射や影は崩さない、といった編集が可能になる。
リアルタイムプレビューによる現場での即時修正に適した機能だ。
Motion Inversionによるモーションの転用
[論文] https://dl.acm.org/doi/pdf/10.1145/3721238.3730735
モーションキャプチャや映像解析は、通常「見た目」と「動き」が強く結びついてしまう。例えば犬の映像から動きを抽出しても、他の動物や架空の生物にそのまま適用するのは難しい。どうしても不自然さを感じてしまうからだ。
Motion Inversionは、この制約を打ち破る技術だ。
動きを「時間的な変化」と「空間的な移動パターン」という二種類の要素で抽出し、外観情報とは独立した形で動きの情報だけを再利用できる。「モーション」を映像制作の部品として流通・再利用できる。
古典芸能の動きや、VTuberの動きなど、動きのデータを事前に用意し、それを映像作品作りに活かせるようになるのだ。
Splat and Replaceによる繰り返し構造を活かした3Dデータの再構成
[論文]https://arxiv.org/pdf/2506.06462
NeRF(Neural Radiance Fields)やGaussian Splattingといった3D再構成を行う最新技術の進化で、撮影データから高品質な3Dシーンを構築することは容易になった。
しかし、被写体の背面や影になった部分など、十分に撮影されなかった領域は欠損として残る。
Splat and Replaceは、シーン内にある繰り返しオブジェクト、例えばビルの同一形状の窓、教室の椅子の列といったものの、欠損部分を補完する技術。
部分的に欠けたオブジェクトや構造物を、現実的かつ一貫した形で復元できる。
建築ビジュアライゼーションや文化財のデジタルアーカイブなど、精度と一貫性を保ち品質の確保を確約した上で収録が可能になる。
SIGGRAPHから読み取れる映像制作のこれから
今後映像制作や映像機器メーカーに求められるのは、単に高性能なハードウェアを活用し、提供することだけではない。リアルタイム描画エンジンやAIツールとのシームレスな連携を前提とした製品や、そういった製品を活用した制作こそが次の競争力の源泉となる。
GPUはグラフィック処理性能に加えてAI活用が不可欠となり、ディスプレイは高精細であるだけでなく、バーチャルプロダクションに適したモジュール設計やAIによる色調補正といった要件が求められる時代に入りつつある。
現状、生成AIを否定的に捉えている企業や担当者もいるが、業界全体の流れとしては、制作工程の多くを自動化することで、クリエイターはより「創造性」そのものに集中できるようになると考えられている。
こうした変化を支援するため、映像機器業界には、低遅延と高精度の両立、カメラや照明・モーショントラッキングを統合するシステム設計など、必要とされる要素は無限に広がっている。
今年2025年冬にはSIGGRAPHのアジア版が香港で、来年夏にはSIGGRAPH 2026が映画の街、米国ロサンゼルスで開催される。
- SIGGRAPH Asia 2025:香港:12月15日から18日の4日間:テーマはGenerative Renaissance(生成的ルネサンス)
- SIGGRAPH 2026:米国ロサンゼルス:7月19日から23日の5日間
生成AIの急速な進化により、映像制作の仕組みや仕事の流れ、そして求められる映像機材は大きく変わりつつある。だからこそSIGGRAPHは、業界の潮流を読み解く最良の情報源であり、そこから一歩先を見据えた映像制作の世界を垣間見ることができるはずだ。