はじめに:熱狂の裏で起きていた「地殻変動」
2026年のInfoComm(ラスベガス)。今年の会場を歩いて明確に感じたのは、AIが依然として業界全体を覆う最大のキーワードでありながら、その役割が劇的に変化しているという事実だ。
例えば、台湾エクセレンス・パビリオンで開催されたミニイベント「Taiwan AI Island」では、AVer Informationなど5社が「エッジAIの展開」や「相互運用性」をテーマにしたソリューションを一斉に発表し、大盛況を見せていた。これまでカメラの自動追尾などの「末端の便利機能」として語られてきたAIが、今やAVインフラ全体を設計・制御する「頭脳」へと変貌を遂げている。
本稿では、ITテクノロジーと放送(Broadcast)クオリティが濁流のようにProAV市場へ流れ込み、業界のビジネスモデルそのものがパラダイムシフトを迎えているInfoComm 2026の最前線をレポートする。
1. データから読み解く「パンドラの箱」の開放
今年のInfoCommで大きな注目を集めていたセッションの一つが、Microsoftによるキーノートだ。「Corporate VP, Teams Calling, Meetings and Devices」であるIlya Bukshteyn氏が登壇したが、内容はCopilotのUIアップデートやTeamsの個別デバイス機能の紹介など、極めて実務的で地に足のついたプレゼンテーションとなっていた。
しかし、真のパラダイムシフトは派手なステージの上ではなく、N262ルームで開催されたプレス向けブリーフィングのデータの中に潜んでいた。
AVIXAのSenior Industry Analyst、Mike Sullivan-Trainor氏が最新のAI導入や企業投資トレンドについて発表を行った。彼が提示した市場の変化とユーザーの期待値の推移を受け、筆者が現場で強烈に感じたのは「クライアントとインテグレーター間における『情報の非対称性』の崩壊」である。
これまで、最適な機材選定や複雑な結線図の作成は、インテグレーターだけが持つ「ブラックボックス化された専門知識」だった。しかし現在、エンタープライズのIT部門がAIに要件を入力すれば、相応のAVシステム設計が瞬時に提示されてしまう。AIとITの進化は、インテグレーターが長年守ってきた「パンドラの箱」を開けつつあるのだ。
2. NETGEAR、AV Studio、XTEN-AVが指し示す「近未来のアーキテクチャ」
この「パンドラの箱」が開いた先の未来、つまり物理空間の制御(Physical AI)がどのように実装されていくのか。会場の展示を俯瞰すると、その点と点がはっきりと線で繋がってくる。
プラットフォームの土台として注目を集めたのが、ネットワーク機器大手のNETGEARである。彼らが発表した新たなAVプラットフォームは、ネットワークスイッチを統合管理する専用の1Uハードウェアコントローラー「Align」と、その上で動作するソフトウェア「Engage」だ。これにより各ベンダーのアプリをホストし、AVネットワーク全体を一元管理する基盤を作り上げている。
特筆すべきは、Dante、NDI、ST2110といったAV業界の専用プロトコルが、もはや孤立した規格ではなく、この巨大なITインフラの中にシームレスに共存・統合され始めていることだ。
AV Studio
そして、このアーキテクチャの制御系をITの世界へ完全に解放しようとしているのが、AV Studioというスタートアップだ。彼らが提供するのは、REST APIやWebSocketといったIT世界のWeb標準プロトコルに完全対応したクラウドベースのプラットフォームである。これにより、世界中のITエンジニアが使い慣れた開発環境(VS Codeなど)を用いてAV機器群を制御できるようになる。さらに上流では、XTEN-AVのようなAI駆動のプラットフォームが、機器の要件を入力するだけで自動的に設計図面を出力してしまう。
Xyte(Xyte AI)
この流れの中で強烈な印象を残したのが、PepperDashとMegapixelのプロセッサー「HELIOS」によるAPIインテグレーションだ。HELIOSはピクセル単位の異常を検知し、隣接するピクセルが自律的に表示補正を行う。そして、PepperDashのプラットフォームがこのHELIOSの自律補正をAPIで統合管理することで、従来は専門技術者が現場で行っていた障害対応が、上位のIT制御システム側からスマートに監視できるようになる。
さらに視座を上げると、これらのデバイスを繋ぐOpenAV Cloudのようなベンダー非依存のクラウドプロトコル標準化の動きが、このエコシステムを強力に後押ししている。そして、クラウドに集まった膨大な機器データをどう活用するかという究極のフェーズにおいて、Xyte(Xyte AI)のようなConnected Device Managementプラットフォームが決定的な役割を果たす。
XyteのAIは、クラウド上の全AV機器の稼働状況を学習し、「壊れる前に直す(予知保全)」を実現し、リモートでのトラブルシューティングを自動化する。
設計(XTEN-AV)、インフラ制御(NETGEAR / AV Studio)、自律監視(PepperDash / HELIOS)、およびクラウド予知保全(OpenAV / Xyte AI)。これらの点と点がシームレスに結合したとき、インテグレーターのビジネスは「機器を売って設置する」ことから、「SaaS(Hardware-as-a-Service)としての空間提供と継続的運用」へと劇的にシフトする。これこそが、次世代のPhysical AIの真の姿である。
XYTE[AI]
3. パナソニックのHive買収:他社とは一線を画す「ベンダーニュートラル」の価値
インフラがソフトウェア定義へと向かう中、末端のデバイス(エッジ)側でも巨大な方向転換が起きている。その最も鋭い戦略的決断が、パナソニック プロジェクター&ディスプレイが電撃発表した、英国のメディアコントロール企業Hive Media Control社の買収だ。
Hiveの「BeeBlade」は、Intel SDMスロットに直接挿入できる極小のメディアプレイヤーだ。これをプロジェクターに統合することで、プロジェクターは単なる「映像の出力デバイス」から、ネットワークと直接対話できる「スマートなエッジ端末」へと進化する。
このM&Aにおいて、パナソニックが取ったアプローチは特筆に値する。近年、AV業界ではハードウェアベンダーによるソフトウェア企業の買収が相次いでいる。例えば、Ross VideoによるIoversalの買収が記憶に新しい。買収後、Ioversalというコーポレートブランドは吸収・統合され、現在は製品名「Vertex」としてRossのポートフォリオ内で展開されている。こうした「ブランドの統合」はM&Aにおける一つの定石だ。
しかし、筆者がInfoCommの現場でパナソニック新会社の松原CMOおよび田中CTOに直接インタビューを行った際、彼らはあえて異なるビジョンを語った。松原CMOは「Hiveという社名もブランドも残し、パナソニック製品に紐付けない完全なベンダーニュートラルとして展開していく」と明確に断言したのだ。
田中CTOも「表示装置単体の価値は相対的に低下している」と冷静に分析し、見積もりから管理までをワンストップで提供する「ビジュアルソフトウェアスイート構想」を明かしてくれた。自社ブランドへの統合に走るのではなく、Hiveのエッジコンピューティング技術を業界全体のオープンなインフラとして独立して育てようとするパナソニックの懐の深さは、インテグレーターにとって極めて心強いメッセージである。
※InfoComm 2026におけるパナソニック新会社・経営トップ層へのより詳細は、近日公開
4. インテグレーターの新たな生存戦略:放送クオリティと消費電力の戦い
「箱を繋いでプログラミングする仕事」がAIとITに置き換わる中、我々はどこへ向かうべきか。その答えの一つが、「最高峰の放送(Broadcast)クオリティとサステナビリティをエンタープライズ空間へ実装する」という付加価値の創造だ。
Sony
そのトレンドを強烈に牽引していたのがソニー(Sony)のブースである。北米で初お披露目となったソリューション群の中でも、ひときわ来場者の足を止めていたのが「Crystal LED 1.2mm(ミリメートル)(Unify)」の展示だ。極小ピッチがもたらすシネマクオリティの圧倒的な映像美は、これまでNAB Showの領域だったハイエンドな仮想空間制作(VP)システムを、企業のオフィス空間へ持ち込むための強烈な意思表示であった。
さらに注目すべきは、ソニーが「消費電力(サステナビリティ)」に関する展示を大々的に行っていた点だ。Bravia BZシリーズなどを含め、今後のモニター・ディスプレイ市場は単なる画質・サイズの競争から「いかにシステム全体の消費電力を抑え、企業のESG要件を満たすか」という全く新しいフェーズの戦いに入ったことを強く示唆していた。
朋栄(FOR-A)
そして、この放送クオリティの日常化をもう一つの角度から支えていたのが、日本の放送機器メーカーである朋栄(FOR-A)と、スペインの高精細LEDメーカーAlfaliteの協業出展だ。放送局の厳しい基準をクリアしてきた朋栄の信号処理技術とAlfaliteのLEDウォールが組み合わされることで、企業内の配信スタジオに「放送局レベルの圧倒的な堅牢性と没入体験」をもたらしている。
おわりに:次世代の「エクスペリエンス・アーキテクト」へ
InfoComm 2026を総括するならば、それは旧来のインテグレーターにとっての「終わりの始まり」であり、同時に「新たな進化への号砲」である。
AVIXAのデータから読み解ける情報エコシステムの激変。XTEN-AVからXyte AIにいたるまで「IT・クラウド・AI」が貫通したサプライチェーン。パナソニックがベンダーニュートラルで突き進むスマートエッジ化。Matroxが繋ぐ強靭なIPエコシステム。そして、ソニーや朋栄が持ち込む放送クオリティとサステナビリティの市場越境。
情報が民主化され、AIが設計と運用を担う時代において、マニュアル通りに設定するだけの「作業者」の価値は暴落する。これからの我々に求められるのは、クラウドアーキテクチャ、ITネットワーク、AI、精度と効率を両立するハードウェア、および放送技術のすべてを俯瞰し、クライアントの想像を超える「空間体験」をデザインする「エクスペリエンス・アーキテクト」としての役割だ。パンドラの箱が開いた今、我々はその真価を問われている。