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バーチャルプロダクション手法でプロセス効率化や温室効果ガス削減を実現

電通クリエーティブX、東北新社、ヒビノの3社は2021年12月3日、共同プロジェクト「メタバース プロダクション」を発表した(電通クリエーティブキューブが2022年1月にパートナーとして参画し、4社体制でプロジェクトを推進/2022年1月時点)。後日、同プロジェクトのデモ映像撮影を横浜市鶴見区にあるCM撮影スタジオ「横浜スーパー・ファクトリー」(現名称は「FACTORY」)で3日間にわたって実施。その2日目の様子を取材することができたので、紹介しよう。

メタバース プロダクションでは、インカメラVFXを用いたバーチャルプロダクション手法により従来型映像制作ワークフローと比較して最大90%の撮影時の廃棄資材や撮影参加人員削減の実現に向け、「PXサービス」を2022年から提供予定としている。頭文字のPXは「プロダクショントランスフォーメーション」の略語で、IT技術を活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)にちなんだ造語だという。これまでの映像制作業態をデジタルで変革して、より一歩先に進んだ制作手法を打ち出していくサービスとしている。

映像業界でメタバースといってもまだまだ違和感がある言葉で、どのようなサービスなのか想像しづらい。撮影が行われたスタジオでは、カウンターキッチンで夫婦が料理を作るシーンの撮影が進んでいた。

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撮影現場の様子

現場はバーチャルプロダクション手法の撮影で、手前には美術セット、背景には大型の高精細LEDディスプレイを設置。LEDディスプレイには、美術セットと見分けがつかないほどのリアルなCGが表示されていた。

PXサービスのメリットの1つは“プロセスの効率化”だという。CGでシーンを再現することによって制作部がロケハンを廃止できたり、打ち合わせを省くことも可能になる。また、クライアントの要望によって、CGアセット内の背景の色を変えられたり、アセットのサイズや炊飯ジャーのような小道具もCG上で変更が可能になる。そして、もう1つの特徴は“温室効果ガス削減”で、環境に配慮した映像制作の実現を目玉としている。

PXサービスの商材は、3種類を予定されている。1つは 「Owned Virtual Set」「Owned Virtual Location」で、クライアントの要望に応じてオーダーメイドでCG美術セットやCGロケーションを制作し、クライアント所有の繰り返し使用できるバーチャル素材とすることで、美術セットを作っては壊す(廃棄)を大幅に削減できる商材としている。

2つ目は「実写ロケーションVFX」。実写のロケーションを撮影し、LEDディスプレイに映し出すことで、従来のロケーション撮影における時間、空間から解放され、あらゆる時間帯や場所、天候での撮影を可能としている。

3つ目は「Virtual House Studio」。あらかじめ用意されたテンプレートCG素材から美術セットを選択し、若干のカスタマイズをして利用することで、効率化と高品質を両立する映像制作が可能になるという。

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完成イメージ

メタバース プロダクションの統括責任者にプロジェクトのポイントを聞く

なぜメタバース プロダクションなのか? バーチャルプロダクションとの違いは何なのか? そのあたりのプロジェクト詳細について、電通クリエーティブX執行役員の古谷伸二氏に話を聞いたので紹介しよう。

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電通クリエーティブXの執行役員、古谷伸二氏

――PXサービスはバーチャルプロダクション技術を活用した手法ですが、あえてメタバース プロダクションという名にしたのはなぜでしょうか?

古谷氏:

メタバースは最近、いろいろな業界で注目を集めている言葉であり、あえて注目を集める言葉をプロジェクト名に使ってみました。確かに「メタバース プロダクション」という名称に決めたところ、当社のデジタル技術者からは少し面食らった反応が返ってきました。「理解しづらいのでは?」とか「バズワードを名前にして恥ずかしくないですか?」みたいな意見もありました。
いやいやそれは心配無用だ。なぜならばわれわれは今回のデモ映像撮影をキックオフとし、現状、明確に定義されていないメタバースという切り口に進んでいくのだから、と考えています。
メタバースは仮想空間のサービスとして考えられていますが、今後将来、映像制作自体を仮想空間内で完結できるということも想像することができます。確かに、少し大仰に聞こえたりするかもしれませんが、プロジェクト名として意気込みや姿勢のようなものも含めて、大きな名前をつけました。

――撮影現場に環境への取り組みを意識したサービスを提供するのはなぜでしょうか?

古谷氏:

これまでのコンテンツ制作では、美術セットを組んで撮影が終わると約2トンもの廃棄物が出ることもありました。 電通グループでは、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて貢献できるよう取り組んでいる中で、廃棄物の削減や温室効果ガス排出削減を考えていくべきと考えています。
例えば、メーカーさんがクライアントの場合、工場で製品を作るときにはCO2総排出量の削減を設定し、ビス一本を作るにしても、どのような環境負荷があるのか突き詰めていらっしゃると思います。
一方、環境に配慮し出来上がった製品の広告コンテンツは、大掛かりな美術セットを組み、撮影が終わったら廃棄する方法で制作されています。このような問題はPXサービスの仕組みを使うことで、クライアントの宣伝部や広告部の方々と一緒に、具体的な解決策として取り組めるのではないかと思います。

――メタバース プロダクションは3社共同プロジェクトとしてスタートしましたが、その理由を教えてください。

古谷氏:

東北新社さんは、ご存じのように映像制作の最大手でいらっしゃいます。当社単独で手を上げて言うよりも、各社連携を促すことによってムーブメントを起こすこともできますし、映像制作フローを根底から考え直す意味でも、本プロジェクトの取組みが将来のスタンダードになるように進めていけるのではないかと考えています。
ヒビノさんはLEDディスプレイソリューションのパイオニアとして、高い技術力と豊富な実績をお持ちです。PXサービスの仕組みを世に広めていく近道になるとの思いで、本プロジェクトに参画いただきました。

――最後に横浜スーパー・ファクトリーでキックオフを迎えましたが、手応えを聞かせてください

古谷氏:

CG背景をLEDディスプレイに映し出し、人物を入れて撮影したのは今日が初めてでした。実際に撮影された映像を見て「これでいいのでは!」というのが第一印象です。手前の出演者や小道具の「リアル」と、LEDディスプレイに映し出されたCG背景の「デジタル」がシームレスにつながり、違和感なく見ることができました。積極的にお薦めできるものだと手応えを感じています。
今回のデモ映像撮影で得たポジティブな発見や学びが数多くありましたし、また映像制作の未来を実感することができました。撮影に関わるスタッフはもちろん、見学にいらっしゃった方々も、「これならクライアントに自信をもって提案できる」という手応えを感じていただけたのではないかと思います。2022年3月までにはPXサービスを商材化し、ご案内できる予定です。ぜひ、メタバース プロダクションの動向にご注目ください。

電通クリエーティブX、東北新社、ヒビノのメタバース プロダクション3社インタビュー

メタバース プロダクションは、コンテンツ企画・制作の最大手である電通クリエーティブXと東北新社、コンサート大型LEDディスプレイの最大手でありインカメラVFXスタジオを運営するヒビノが参画する共同プロジェクトであることも話題だ。ここでは電通クリエーティブXのプロセスマネジメントセンター、長谷川徹氏と東北新社グループでCG制作を担うオムニバス・ジャパンの迫田憲二氏、ヒビノの東田高典氏の3社に、プロジェクト参加の理由や意気込みなどを聞いた。

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オムニバス・ジャパンの執行役員、迫田憲二氏(左)とヒビノのヒビノビジュアル Div. Visual 2部の東田高典氏(右)

――メタバース プロダクションとはどのようなプロジェクトになりますか?

長谷川氏:

今、映像のつくり方において積極的に行わなければならない2つの大きな変革があります。一つはDXとよく言われている、デジタルによる表現の先進化と効率化です。もう一つはESGの観点から、旧来の大量消費的な制作方法からの脱却です。
これらを同時に解決できる方法を考えてみたところ、バーチャルプロダクションのあり方が当てはまると思えました。ただし、この大きな変革は1社単独ではとても難しく、東北新社さんとヒビノさんにご相談をしまして共同プロジェクトがスタートしました。

――3社共同プロジェクトでスタートしましたが、東北新社さんやヒビノさんの参入の理由を教えてください。

迫田氏:

私からは東北新社とオムニバス・ジャパンの両方の話をさせていただきます。東北新社としては、将来を見据えた時に、従来の映像制作ワークフローのままでは、撮影時の廃棄資材の事や人の働き方に問題があると考えていました。DXと言われているように、様々な最新技術を活用して、慣習や固定観念を見直さないといけないところが一致しまして、そこが決め手となりました。
オムニバス・ジャパンとしては、バーチャルプロダクションの情報は数年前から追っていました。しかし日本ではバーチャルプロダクションのような手法はなかなか浸透しづらい土壌なのですが、コロナ禍で大きく変わりましたし、リアルタイム技術の進歩も後押しとなりました。そこで、当社でも今後の新しい映像制作や日本の映像業界のために何か参加してきたいという気持ちで賛同をしました。

東田氏:

当社の取締役常務執行役員 芋川は、国内の映像業界にLEDディスプレイを使ったバーチャルプロダクション「インカメラVFX」を一気に推し進めてきました。その考えの中には、SDGs目標のつくる責任つかう責任にある資源の消費課題があります。Hibino VFX Studioを立ち上げる際、業界の皆様に納得いただける世界品質のバーチャルプロダクションスタジオであることにこだわった理由の一つが、この技術を国内に浸透させることで廃棄物の削減に結びつけたいというテーマからでした。そこにこのお話を頂きましたので、即応で賛同となりました。
また、オムニバス・ジャパンさんとは、Hibino VFX Studioの立ち上げからやり取りをしており、またご一緒できることを大変喜んでおります。

――今回のデモ映像撮影における各社の役割を教えてください。

長谷川氏:

電通クリエーティブXでは今回、制作・演出といったプロダクションワークを担当しています。また、電通グループの一員であるピクト(株式会社ピクトと株式会社横浜スーパー・ファクトリーが合併し、株式会社電通クリエーティブキューブを2022年1月1日付で発足)は技術スタッフの協力、横浜スーパー・ファクトリーは撮影スタジオとして協力いただいています。

迫田氏:

オムニバス・ジャパンとしては、CG背景の制作で携わっています。やはり初めての試みというのもあり、いろいろとデータを修正しないといけないことがわかりました。今後のノウハウとして、ナレッジとして貯めていき、品質や効率を上げていくことができる手応えを現場の中で体感できました。

東田氏:

ヒビノは、LEDディスプレイ・システムやインカメラVFXシステムをオペレーションも含め担当しています。今回は、カメラやレンズなどの撮影機材についても当社の放送機材レンタル部門であるプロイメージングユニットの機材を全面的に使っていただきました。

――最後にメタバース プロダクション発足が発表されたばかりのタイミングではありますが、プロジェクトへのコメントをお聞かせください。

長谷川氏:

課題の話になりますが、今後は技術スタッフのあり方も変わっていくのではないかと考えています。例えば、撮影チームや照明チームを統括するDP(Director of Photography)の役割をバーチャル環境でも機能させるべきでしょう。今後メタバース内で制作が完結できるようになったとしても、クオリティーの高いものを提供できるよう、業界をあげて取り組み、技術の向上を図っていくことがとても重要になると思っています。

東田氏:

映像の概念が急速に発展し、これまで想像していなかったことが生まれています。常にアンテナをはって、広い範囲の新しい技術を学び続けなければ、追いつくことは不可能です。バーチャルプロダクションによって従来型の撮影とはまったく違うワークフローを提案することができました。この技術をアップデートしながら、どのように後進に伝えていくか?そこがこれから大事になると思っています。

迫田氏:

今回の映像業界のバーチャルプロダクションの浸透によって、バーチャル空間内の様々なモデルのアセットも必要になってきます。多種多様なデジタルアセットが充実すれば撮影における廃材も少なくなりますし、人材の効率化にもつながり、SDGsの考え方に合致していける部分があると思います。そういうモデルのアセットというのが1つのキーになってくるかなと思っています。
このプロジェクトを通じて、さまざまなデジタルアセットを作って効率化を図れると考えています。この先は可能性しか感じません。未来はまだまだ明るいと強く思いながら取り組んでいる最中です。