ケンコー・トキナーから、トキナーブランドの新レンズが3本登場した。ソニーEマウント(APS-C)のatm-xシリーズF1.4で、「23mm F1.4E」「33mm F1.4E」「56mm F1.4E」の3本である。ほぼ同サイズ、同じフィルター径、金属鏡筒でありながら軽量コンパクトなのが特徴だ。FUJIFILMのXマウント用と同じ光学構造となっている。

今回は、映画制作の立場でこのレンズたちをレビューすることにする。

FUJIFILM Xマウント用がチューンアップされてEマウントで登場した

atm-xシリーズは、もともとFIJIFILMのXマウント用動画レンズとして開発され、同社のフィルムシミュレーションに適した柔らかいフィルムルックな描写をする大口径F1.4のレンズだ。昨年末に23mmと33mmが登場し、今年8月に56mmが投入された。クリック感のない絞りリングとほぼ無音のAF、大きく非常にフィーリングの良いピントリングを有する。

今回発表になったのは、そのatm-x 3兄弟のEマウント版だが、絞りリングのフィーリングなどがXマウント版よりも進化・チューニングされている。鏡筒や絞りリング、ピントリングは金属製で非常に高級感があり、付属のフードも金属製で取り付け時の感触がたまらなくいい。

市場価格は6万円程度と、金属製の大口径レンズにしては低価格になっているのも特徴だ。しかも、動画に適した仕様の絞りリングがある。クリック感のない無段階の絞りリングで、Aに合わせればオートになる他、F1.4~F16までマニュアル設定が迅速かつ無段階に行える。撮影中に絞り優先で絞りを変えてゆくと、ソニーαシリーズの露出機構とぴったり連動して、明るさが変わることなく連続して絞りによる背景のボケの変化を楽しめる。映像では、撮影中に絞りを変えることがあるが、絞りを変えたことに気づかれることないのは非常にありがたい。ちなみに、同じことをFUJIFILMのX-T4で行うと、カメラ側の露出機構が段階的にしか変わらないので、撮影中に絞りを変えると画面が明滅してしまう。

シネマレンズとしての性能を持った、もっとも低価格で高画質レンズセットだ

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「atx-m 23mm F1.4」1/25 F2.8 ISO100
35mm相当で非常に使いやすい。歪みがなく、大人しい発色だ。全体的に解像感が高く、使っていて楽しいレンズである
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「atx-m 33mm F1.4」1/25 F2.8 ISO100
23mmと全く同じ条件での撮影。まるで23mmと同じレンズではないかと思わせる発色と質感。これぞシネマレンズに必要な統一感だ
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「atx-m 56mm F1.4」1/25 F2.8 ISO100
23mm、33mmと同様で、まるでこの3本は同じ写真をトリミングしたかのような統一感が素晴らしい。85mm相当の画角は人物撮影に適しているわけだが、このレンズはフルサイズレンズに比べて最短撮影距離が60cmと一歩前へ出られる。アップの撮影の幅が広いのがAPS-Cの利点である
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まず、フィルター径は3本とも52mmに統一されているのも素晴らしい。映画の現場では、フィルターによる表現が多用されるが、同一の口径なのは非常にありがたい。特に映画の現場で単焦点レンズを使う場合、レンズ交換だけでも面倒なので、フィルター径が違うレンズとなると、フィルター交換も一手間増えてしまう。つまり、レンズのサイズというのはシネマの世界では非常に重要だ。

トキナーは、もともとプロ用のシネマ単焦点レンズ「VISTA T1.5シリーズ」をリリースしている。特に海外では人気のある単焦点レンズシリーズで、プロの現場で認められた画質や使い勝手に関するノウハウがあるブランドだ。そのトキナーから、シネマテイストを発揮できるレンズシリーズとしてatx-mがリリースされていると考えてもいいだろう。

そのatm-xシリーズの特徴は、開放から解像力を保ちながら非常にソフトな描写をすることだ。見方(撮影の仕方)によっては、オールドレンズを思わせる上品なフレアを伴った描写になる。このフレアは光輪というよりは、全体がプロミストをかけような柔らかい描写になる。悪い言い方をすれば、コントラストが低下するフレアなのだが、これはレンズに直接光が当たっている時にだけ生じる。ただ、マットボックスなどでハレ切りをした途端に、現代レンズらしいキリッとした描写になる。

つまり、レンズの上に日差しを出し入れするだけで、ソフトフォーカスから高い解像感の描写まで簡単にコントロールすることができるわけだ。このコントロールが非常に面白くて、フランスの銘レンズのアンジェニューを思いうかべてしまった。

さて、atm-xは3本揃っていることが映画制作では非常に役立つと思う。シネマレンズとは、異なる焦点距離のレンズが、全く同じレンズに見えるように描写されることが重要だ。つまり、観客にはレンズを交換したことを気付かれずに広い構図からアップまで使いたい。これが映画の基本だ。

ちなみに、異なる特性のレンズを混在させる後処理が非常に大変になってしまう。レンズの違いによる描写を整える作業をカラーコレクトとかタイミングと呼ぶが、1本の映画で1000〜2000カットもあり、その統一感を出すのは非常に大変な作業だ。カラーコレクトを行うだけで1〜2週間も要するのが当たり前だ。そうならないように、シネマレンズというのは、発色や背景のボケ方が統一された「シネマレンズセット」を使う。

今回のatx-mは、もともとシネマ的な描写が魅力なFUJIFILMのXシリーズ用に開発された動画レンズであり、上記のような統一感のある、シネマ描画と称しても差し支えのない性能を有していると筆者は評価したい。

前述したが、トキナーではシネマレンズとして「VISTA」(T1.5通しの単焦点レンズ群)やAT-Xシリーズなど、プロ用シネマレンズを開発発売しており、海外で非常に高い評価と需要を得ている。

今回発表になったatm-xも、VISTA等の遺伝子を引き継いだ、同一F値、同一口径のシネマ仕様だと言っていいだろう。実際に使ってみているが、3本とも同じ味付けで、操作感も同じで使いやすい。一般向けとして発売されていることから、絞り値はF値が採用されているが、思い切ってT値表記にしてもらった方がいいのではないかと思う。そのくらい、映画用レンズとしてのポテンシャルを持っているのだ。

一般撮影用よりもフィルムルック用だ

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56mm
上記写真は全て開放(F1.4)での撮影。開放から高い解像度だ。発色・コントラストともに良好で、見栄えがする。全体に落ち着いた色調である
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作例を見ていただくと、全体として大人しい描写であることがわかるだろう。開放から高い解像力を有しており、解像度を高めるために絞り込む必要のないレンズだとわかる。一見、オールドレンズを思わせる柔らかそうな描写なのだが、実際にはきちんと解像していて、現代のレンズであることがわかる。

発色は、ニュートラルからやや暖色な印象で、扱いやすいと言える。ソニーがハリウッド的な発色だとすれば、このatx-mはフランス映画のようなお洒落な発色と解像感だと評しておこう。つまり、テレビ的な発色ではなく、映画的な発色だと思う。

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背景の光源は、綺麗な玉になっている。パープルフリンジは目立つが、この価格帯のレンズとしては標準的だろう
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絞りは9枚羽と高級単焦点レンズとしての性能を伺わせる。実際に絞り込んでゆくとどうか。開放では背景はまん丸の上品なボケになり、それでいて、最近の大口径レンズにある「トロけるようなボケ」ではなく、何が写っているかがわかる描写になっている。これはフルサイズとAPS-Cの違いによるところが大きいのだが、映画のような映像の場合、ストーリーをしっかり伝えるためには、このレンズのようなボケ方が望ましい。

一方、絞り込むと絞り羽の影響を受けて若干だが多角形のボケに変わる。ただ、それほど形が悪いわけではないので、映像表現の中では問題にならないはずだ。

フルサイズ時代にAPS-Cレンズはどうなのか?

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23mm※画像をクリックして拡大
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33m※画像をクリックして拡大
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56mm
背景のボケ味は非常に落ち着いていて、シネマテイストである。APS-Cでも、非常に良好なボケ量を確保できる
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atx-mは全体として非常に上品でお洒落な映像になる。今回はα7Cで撮影しているのだが、フルサイズよりもあらゆる面でコントロールしやすかった。フルサイズよリモボケが少ないことを懸念する必要もない。というのは、APS-Cは同じ焦点距離で1.5倍の画角になるのだが、一方で最短撮影距離はフルサイズの2/3になる。つまり、APS-Cは一歩前で撮影できる。例えばAPS-Cの56mmとフルサイズの85mmは同じ画角だ(同じ距離で撮影すると同じ大きさに映る)が、APS-Cは最短距離が2/3になるため、フルサイズカメラよりも一歩前身できる分だけ、最大倍率が大きくなる。この一歩前に出られる効能は非常に大きい。特に部屋が狭い日本の住環境では、この一歩が大きな違いになる。

またボケ量だが、これも一歩前に出られることでフルサイズと同等のボケを得ることができる。難しい理屈は別にして、劇場映画の35mm版とは、実際にはスーパー35mmというフォーマットであり、これはAPS-Cとほぼ同じである。つまり、APS-Cは描写もボケもシネマに最適化されているのだ。

実際に、普段からフルサイズカメラを使ってきた筆者だが、このatx-mをテストしてAPS-Cの素晴らしさを再認識することとなり、FUJIFILMのX-T4とatx-m 3本を入手してしまった。現在は、こちらが仕事(映画など)のメインカメラになっている。

執筆している時点では、高性能なAFを備えた描画性能が統一されているレンズセットは、このatx-m F1.4 Eシリーズの他にはないだろう。プロのシネマレンズのテイストを最も低価格で、かつ扱いやすいサイズでリリースした画期的なレンズ群だと筆者は考える。ソニーのレンズ群にも、このように大きさ、フィルター径、描写テイストを統一したレンズセットはないので、映像を本格的に制作するクリエイターは、ぜひ、セットで購入することをおすすめしたい。

なお、動画作例は筆者のYouTubeチャンネルをご参照いただきたい。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。