前回は北欧パワーの3DCGアニメーション長編映画『Niko & the Way to the Stars』(監督:Michael Hegner、Kari Juusonen、仮題『ニコとスターへの道』)の快進撃をお伝えした。フランスでは12月17日に封切られ、最大391スクリーンで5週間に55万人を超す記録を残した。100万人を超すとヒットと言われる同国で、無名に近いアニメーションの実績としては立派なものだ。同時期に封切られたドリームワークスの『マダガスカル2』と共にトップテン入りもした。他の国でも快調だ。

この快進撃が例外かといえば、そうでない。そこが、今のヨーロッパのおもしろさだ。アニメーションが広がっている、市場性も、そして制作も。引き続き北欧の1つ、スウェーデンの事例を紹介しょう。

アニメーションの広がり、スウェーデンの長編『メトロピア』

ストックホルムの映像制作会社Atmo Media Network(以下、アトモ)を司令塔に制作された、長編アニメーション『Metropia(メトロピア)』(監督:タリック・サレ)が2009年に公開される見通しだ。石油が枯渇した近未来、都市間が巨大な地下交通網で結ばれるヨーロッパで、地下鉄に乗ると不快さを感じる主人公が自分の生活の細部までコントロールされていることに気づき、その世界からの脱出を試みるという、SF風サスペンスだ。

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スウェーデンの長編アニメーション映画『Metropia(メトロピア)』 (c)2008 Atmo

スウェーデンの長編アニメーション映画『Metropia(メトロピア)』 (c)2008 Atmo



SVT(スウェーデン・テレビ)の実写、アニメーションの番組などの商業制作を通じて実績をあげてきたアトモは、イタリア出身、エジプト系スウェーデン人、そしてスウェーデン出身の4人の若手映画作家、プロデューサーが集まって、2000年に設立された若いスタジオだ。今回の『メトロピア』では、創立メンバーの一人でもあるタリック・サレ氏が監督を務めた。

北欧の映画事情に詳しい、ノルディックシネマ・インフォメーションの塩田敦士氏によると、「声のキャストにヴィンセント・ギャロ、ジュリエット・ルイス、ステラン・スカシュゴート、アレクサンデル・スカシュゴート、ウド・キアーと、かなり豪華なメンバーがそろっている」と言う。配給についても、「スウェーデン国内でSandrew Metronome、海外セールスはデンマークのTrust Filmで、共同製作には『ダンサー・イン・ザ・ダーク』などのラース・フォン・トリアー作品で知られるZentropa、近年多くのスウェーデン映画を手がけるFilm i Västなどの名前もみられ、(北欧としては)そうそうたる製作・販売体制がとられていて、スウェーデン初のおとな向け長編CG作品としての意気込みが伺える」。

本作は500ものキャラクターを登場させるCGアニメーションであるにもかかわらず、製作費は約400万ユーロ(約4億8,000万円/換算レート120円/ユーロ)しかかかっていないのだ。国内アニメーション産業が小さいため、制作スタッフの一部はデンマーク、ノルウェー、英国、ベルギーから集めた。スウェーデン人のアニメーターでも外国でトレーニングを受けた人や、アメリカ、ドイツ、台湾などで働いていた人が参加した。交流が活発なヨーロッパでは、純血主義にこだわらない人たちによって、アニメーション制作市場が広げられているのだ。

短編作家も活躍する、『メトロピア』

『メトロピア』は、CGアニメーションの長編にしては低予算のため、3DCGのように見える”3Dカットアウト・テクニック”を用いた。そのスタイルの開発で重要な役割を担ったのが、独立系のアニメーション作家、エーリック・ローゼンルンド氏だ。

1975年生まれのローゼンルンド監督は、初監督作品『The Dark Side of the Morning』で世界デビューした。とりわけカンヌ国際映画祭での評価が高く、2作目の『Compulsion(強迫観念)』(03年)は批評家週間に、4作目の『Looking Glass(鏡の中に)』(07年)は公式コンペティションに出品された。しかし、アニメーション作家としてのスタートは遅い。20代前半にはコミックス作家として活躍した後に、独学でアニメーションを始めた。今はコースがなくなってしまったが、スウェーデン・エクショの美術工芸大学で2年間アニメーションを学び、20代後半で自主制作を始めた。卒業制作となった『The Dark Side of the Morning』への評価が後押しをした。

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エーリック・ローゼンルンド監督作品『Looking Glass(鏡の中に)』 (c)Erik Rosenlund

エーリック・ローゼンルンド監督作品『Looking Glass(鏡の中に)』 (c)Erik Rosenlund



独立後は経済的に「かなり厳しいものだった」と、ローゼンルンド氏は振り返る。しかし、カンヌ映画祭での評価は公的助成を受けるきっかけになり、以来生活の不安なく製作に没頭できるようになった。また、公共放送のSVTとYLE(フィンランド国営放送)が共同製作として資金提供する。欧州のテレビ局は独立系作家やプロデューサーの企画に共同製作者として参加するのだ。知的所有権は作家やプロデューサーの手に残るため、放映権のプリセールスに近い。制作主体も強調する日本のテレビ局と異なり、メディアとしての分をわきまえた振る舞いだ。

このように制作実績と国際評価を積んだローゼンルンド氏は、短編の自主制作をする一方で、『メトロピア』のような大型企画に参加する。さらに自身の長編企画も温めている。欧州でも収益が出るのは、テレビ向けの制作と劇場公開作品になる。しかし、日本と異なるのは、日本で”アートアニメーション”と呼ばれる短編と商業映画の間の壁が低いことだ。クリエーターたちは企画の内容や自身の意志で、その間を行き来している。

スウェーデンの映画・映像振興政策

欧州各国は、映画や映像を21世紀型産業と位置づけ、文化産業振興に力を入れる。スウェーデンも同様だ。Svenska Filminstitutet(スウェーデン映画インスティチュート、以下SFI)が、制作から配給までを支援する総合センターとして機能する制度が確立している。その後ろ盾になるのが、スウェーデン政府と業界が取り結ぶ”Government Bill: Focus on film- a new Swedish film policy(政府案:映画に焦点を当てる新しいスウェーデンの映画政策)”の合意(以下、合意)だ。

このような合意は1963年以来続く慣習で、93年からはテレビ局も参加している。06年に発効した合意は、政府と民間のSwedish Exhibitors Association、Swedish Film Producers Association、Swedish Film Distributors Association、SVT、TV4、Temperance Centers’ Association、National Federation of People’s Parks and Community Centres、Association of Swedish Film Distributors、ModernTimes Group MTG、Kanal 5、C More Entertainmentとの間で取り結ばれた。2006年合意には、次のような内容が盛り込まれている。

制作支援:プリプロダクション、実制作、ポストプロダクションへの支援。前払い制度もある。地域制作センターへも支援する。支援の対象は、長編、青少年向け映画、短編、ドキュメンタリー、そしてアニメーション。
開発支援:脚本家、プロデューサー、監督の育成支援、プロジェクト支援がある。また、独立系プロデューサーに対するビジネス支援も行う。
配給と上映支援:国内での上映や劇場公開、海外販売への支援をおこなう。監督派遣などの人的交流も行う。
国際共同製作支援:欧州のEurimagesや北欧のNordic Film and TV Fundの枠組みでの共同製作に必要となるフィーの支援。 作品の不正使用対策。
男女比の是正:女性監督などを増やし、ジェンダー格差をなくすこと。

現在、2010年改訂に向けて協議がなされている。このマネジメントを行っているのがSFIで、”スウェーデン映画・映像の窓口”として内外に門戸を開いている。資金源の1つが映画入場料で、その10%が自動的にSFIに入る仕組みだ。ハリウッド映画の売上も自国の映画産業振興に寄与することになる。さらに、映画業界とテレビ局も資金を供出する。2006年には、SFIは総額3億3700万スウェーデンクローネ(約50億5500万円/換算レート15円/スウェーデンクローネ)を運用した。これとは別にテレビ局は、年間5800万スウェーデンクローネ を、長編、短編、ドキュメンタリーの新作の共同ファイナンス、共同製作そして放映権購入に充てる。合意外にも政府は1億2500万スウェーデンクローネを投入しており、毎年総額5億3000万スウェーデンクローネ(約80億円)が映画・映像の産業・文化振興に投入される。

官民の資金提供を無駄なく活用するために、SFIのような専門機関の役割が重要だ。SFIでは、合意に基づき、1年間に20~25本の長編、約20本のドキュメンタリー、約40本の短編に助成を行う。先のローゼンルンド監督作品や『メトロピア』も、このような助成を受けている。以前は、より多くの作品を助成したが、現在は企画・作品の本数を絞ることで、より優れた作品への助成金額を増やしている。

スウェーデンは、アニメーションの高等教育機関が不足している現状もある。ローゼンルンド氏によると、スウェーデンでは多くの人が国外で教育や研修を受ける。北欧の人の交流状況を見れば、国内だけで人材育成の全てを完結する必要はなく、SFIのような総合センターが見極めをした人や企画に適切な支援をすることで、プロとして意欲と才能ある人たちが国境を越えて活動する姿が見える。日本でも、コンテンツ分野に対する総合的な産業・文化支援が議論されるようになってきたが、人口900万人の小国ながら、スウェーデンの先例は示唆に富む。このような文化産業政策と官民協働の動きが、ヨーロッパのアニメーションを広げているのだ。

伊藤裕美(オフィスH

WRITER PROFILE

伊藤裕美

伊藤裕美

オフィスH(あっしゅ)代表。下北沢トリウッドでアニメーション特集上映を毎年主催している。