7月22日 日本各地での日食の様子 |
7月22日、晴れれば全国で日食が見られる。日食とは、月が地球の周りを公転している間に、太陽と地球の間を通って、月の影が地球上に投影される天文現象だ。地球を周回する月の軌道は楕円軌道であり、時期によって地球に近いときと遠い時がある。そのため、月が地球に近ければ太陽をすっぽりと隠す皆既日食、逆に遠ければ太陽がはみ出す金環日食となる。
月が移動し、地球が自転していくにつれて、地上で月の影も移動していく。月が太陽の一部を隠す段階が部分日食というわけだ。今回は太陽が日の出を迎えたときに皆既日食を迎えているのがインド西部で、インド北部、中国南部の武漢、上海を抜け、日本の吐噶喇(トカラ)列島、硫黄島を通り、太平洋上のマーシャル諸島方面へと抜け、日の入りで皆既日食になっている地域は南太平洋上だ。日本の地上で観測をしようと思えば、硫黄島への上陸はできないので、トカラ列島か奄美大島北部、屋久島、種子島南部に限られる。海外で好条件なのは中国しかない。このうち、雨の多い屋久島、スモッグの多い上海を避けると、観測地域は限られてしまう状況だ。
その月の距離によって、皆既や金環の継続時間も異なってくる。今回は、皆既日食帯の中心線で5分以上。すっぽり隠される皆既継続時間がたった5分しかないのかと思うかもしれないが、通常の日食では3分前後のことが多く、今回のように5分以上も続くというのはかなり長い時間なのだ。それだけ、太陽・月・地球の位置のバランスが好条件ということでもある。加えて、日本では食の最大が11時前後。太陽高度も高く、大気の影響も受けにくいという最適な条件だ。
皆既日食自体は、数年に1度は、世界のどこかで見られる現象だ。日本の近くの洋上でということであれば、1988年3月18日に小笠原沖を皆既日食帯が通っている。観望であれば問題がないが、写真撮影やビデオ撮影ということになると、洋上で船舶の上での作業は困難を極める。日本の地上で皆既日食が観測できるのは、なんと筆者が生まれる前、1963年7月21日に北海道東部を皆既日食帯が通って以来、46年振りとなる。次回は、2035年9月2日に北陸から北関東を皆既日食帯が通るまで、日本では26年間も皆既日食を見ることができない。
さて、日食が近づくにつれて、システムファイブのショップへの問い合わせも増えてきているようだ。海外へ皆既日食を見にいくことがない限り、地上で46年振り、洋上で21年振りの皆既日食であるから、撮影に関する情報はなかなか手に入れにくい。筆者は、大学時代に国立天文台で太陽物理研究(コロナ専攻)をし、その後、タイ日食(1995年10月)とモンゴル・シベリア日食(1997年3月)に天文ショップ主催の日食ツアーに添乗した経験を持つ。数年に1度の皆既日食観測では、その都度機材が変わってしまうことになるが、日食時にどういう現象が起きるか、撮影時に必要なものは何か。日食まであとわずかという段階ではあるが、まとめておこう。
日食時に何が起こるか
日食時の周囲の変化。欠けていない状態から、食分が0.1進むごとに露出固定で筆者が撮影した。1995.10.24 タイ ナコンラチャシマ県 バンマグルァマイロンリエン小学校校庭にて
(上段左から)露出1/2000秒 9:37(食分0), 9:52(食分0.1), 10:12(食分0.2), 10:22(食分0.3), 10:35(食分0.4), 10:42(食分0.5) (下段左から)露出1/60秒 10:45(食分0.6), 10:47(食分0.7), 10:49(食分0.8), 10:51(食分0.9)(時刻はいずれもタイ標準時) YASHICA FX-3 Super Carl ZEISS Distagon 35mmF2.8開放 富士フイルムRDP II
皆既日食を見ることができれば、必ずや不思議な体験をすることになる。日食が進むにつれて、周りの景色が段々と暗くなっていくはずだ。写真やビデオでは、明らかに露出が変わっていくが、肉眼では補正されてしまうため「なんか日の光が弱くなったな」と感じるのは85%くらい欠けないと分かりにくい。むしろ、70%を超えた頃から明らかに感じられるのは、ジリジリとした灼けるような光ではなくなるということだろう。
食分が90%を超えると、もう光の勢いが感じられなくなってくる。太陽が頼りない感じに見えてくるはずだ。風も熱いものではなく、ややヒンヤリとしたものに変わってくる。周りに自然がある場所であるならば、鳥や獣の鳴き声も明らかに変化して動揺が見られ始める。
95%を超えるころには、周囲は急速に暗くなり、かなり風が心地よくなる。大気が急に冷えるため、湿度の高い地域では雲も湧きやすくなる。水平線・地平線が見えるところでは、月の影が近づいてくるのが分かるはずだ。海の底にいるような、ザワザワッと光が揺れるような、シャドウバンドと呼ばれる現象が見られるのはこの頃だ。明るい惑星や1等星などはすでに見え始めている。
皆既直前。月の縁にある谷間から太陽光が漏れるダイヤモンドリングが一瞬現れる。スゥッとダイヤモンドが消えると、太陽を取り巻く真珠色のコロナが光り出すはずだ。この淡いコロナは、コロナグラフという特殊な装置を使うことなしには、皆既日食時しか見ることができない貴重なものでもある。さらに、コロナグラフでは太陽表面に近い内部コロナ部分の観測を行うものであり、太陽から大きく広がった外部コロナは皆既日食時だけの特典だ。
皆既時の多段階露出によるコロナの違い。肉眼では濃いところから淡いところまで見えるが、写真やビデオでは明るい部分が飛んでしまう。皆既時に余裕があれば、露出を変えてみるとコロナの表情が変わって見えるはずだ。1995.10.24 10:52(タイ標準時) タイ ナコンラチャシマ県 バンマグルァマイロンリエン小学校校庭(101°46’09″E 14°52’09″N)にて筆者が撮影
CONTAX167MTボディ BORG76鏡筒(D=52mm/D4フィルター Fl=600mm)+1.4xTele Converter 富士フイルムRDPII
露出(秒)(上段左から)1/2 1/4 1/8 1/15 1/30 1/60 (下段左から)1/125 1/120 1/150 1/1000
月の影に入ってしまう皆既時は、完全に暗くなってしまうのかというと、そうではない。日の出前・日の入り後1時間くらい常用薄明ぐらいの明るさはある。太陽が頭上にあるのに、水平線・地平線は月の影から出て夕焼け・朝焼けの中のように明るくなっているのは、皆既日食ならではの体験だろう。ここから日食が終わるまでは、逆の経過を辿る。月の影が過ぎ去り、日常が戻ってくる感覚を感じるはずだ。
このように、欠けていく太陽や皆既時のダイヤモンドリングやコロナの美しさはもちろんだが、周囲の自然の変化も体感してもらいたいと思う。
デジタルによる日食撮影時代が到来
筆者が日食撮影用にタイに持ち込んだ機材。実際に撮影に使用したカメラで写したので、望遠鏡本体に取り付けてあるカメラは借り物。三脚部分に周囲の様子を写すためのカメラを固定している。 |
1963年の皆既日食で主流だったのは、モノクロ写真だ。カラー写真もあったが、粒子が粗い時代であり、「階調豊かな写真を撮るにはモノクロで」という状況であったに違いない(記憶が定かでないどころか、生まれてもいないので想像でしかないが)。テレビ放送は、1958年にはカラー化されていたが、一般家庭はまだまだ黒白テレビが主流であった1988年の小笠原沖日食は、カラー写真中心の時代だ。船上でのビデオ撮影は困難なので、皆既日食帯を飛ぶ飛行機をチャーターして機内でビデオ収録と生中継がなされていたことを記憶している。筆者が出かけたタイ日食・モンゴル日食においても、参加者の機材は写真が中心だ。テレビ局関係者を除けば、ビデオカメラによる撮影を試みた人はかなり少ない状況であった。さて、今年のトカラ日食である。機種豊富なデジタル一眼レフカメラによる撮影はもちろん、小型ハイビジョンカメラによる収録もなされるであろう。トカラ日食はまさに、デジタル世代初めての皆既日食となりそうだ。
日食撮影に最低限必要なものは、カメラ本体と減光(ND)フィルター、架台(三脚)の3つだが、どんな感じに撮影したいのかによっても変わってくる。ここでは、95年にタイ日食で撮影した機材をベースに紹介する。タイに持ち込んだ機材は、一眼レフカメラ2台、口径76mmの天体望遠鏡一式だ。なるべく軽い機材を検討したものの、機材・付属品の合計では20kg近い荷物となった。
機材の中で特殊なものは、やはり減光フィルターだろう。肉眼でさえ眩しくて直視することはできないような太陽であるから、減光するための特殊フィルターは欠かせない。タイ日食では、望遠鏡の筒先に取り付ける52mm径のガラスフィルターを、モンゴル日食時は望遠レンズの前面で使う76mm角のガラスフィルターを使用した。特殊だと書いたのは、太陽を撮影するのでない限り使用することのないようなフィルターだからでり、減光率は1/10,000である。こういう特殊なフィルターは、日食時に数量限定でフィルタメーカーから望遠鏡販売ショップなどを通じて提供されるものがほとんどだ。カメラ量販店などでは、D4(露出倍数10,000倍)やD5(同100,000倍)というアセテートフィルターが販売されていたが、現在ではなかなか手に入らない。販売数量や時期が限られたり、製造中止になったりしているからである。1995年のPL法(製造物責任法)施行以来、太陽撮影時の赤外線・紫外線透過による失明の危険があると思われる製品は次々と廃止されてしまっている。
7月10日、東京・水道橋にある望遠鏡ショップ誠報社でたずねてみたところ、ガラスフィルターは完売で、「ASTRO SOLARフィルター 眼視用」という商品名のドイツ製の薄膜フィルターであるが少量残るのみであった。太陽の眼視・撮影は、黒いフィルターだけでは紫外線を防ぎきれない。目の前にフィルターをかざすと、瞳孔が開き、通常よりも多くの紫外線を入射してしまい、失明につながる危険もある。太陽観測用の特殊フィルターを使わずに見ることは止めて欲しい。
日食撮影はセンサーの焼き付きに注意
さて、ファインダー内で見える太陽の大きさの目安は次のようになる。35mm判フィルム換算で、300mmクラスで外部コロナまでの全体が入る。600~800mm程度で太陽直径が画面の1/4~1/3くらいになり、外部コロナの一部が入る。1200mmクラスになると画面1/2~2/3になり、内部コロナを中心に映し出すことができるサイズとなる。35mmフルサイズのイメージセンサーではないカメラやビデオカメラにおいては、センサーサイズに応じて換算し直して欲しい。小型ビデオカメラにテレコンバーターを付けるだけでそこそこの大きさになるかもしれない。
露出は、ダイヤモンドリングになる直前まで減光フィルターを必要とする。皆既になってしまえばフィルターは不要だ。部分日食から撮影している場合は、皆既直前で素早くフォルターを外し、皆既終了時に素早くフィルターを付けるようにしよう。欠けていない通常の太陽の撮影における標準露出時間は、減光フィルターを使用してISO100のフィルムでF16・1/2000だ。最近のビデオカメラは高感度になっているので、1/100,000の減光フィルターの方が使いやすそうだ。事前にテスト撮影を行って最適な数値を見つけておこう。あとは食分に応じて露出を増やしていけばよい。面積で効くので、食分が0.5になると露出は2段階長くなる。
筆者が試しに購入した薄膜フィルターは、減光率1/100,000のものだ。小型AVCHDカメラレコーダーに取り付けてみたが、露出・IRISの調整範囲内には収まっているようである。最近のビデオカメラはイメージセンサーの感度が高いので、焼き付きなどには細心の注意を払って収録をしてもらいたい。
フォーカス合わせにも気を遣おう。レンズの無限遠は、本来の無限遠位置にあるわけではない。しかも月と太陽は無限よりも近い位置にあるので、微妙にフォーカス位置が異なる。しっかり確認したい。日食撮影は長時間になるので、熱によるフォーカス移動も発生する。随時確認する必要がある。太陽の縁がシャープに見える位置を探そう。さらに、固定焦点のレンズでなくズームレンズを使用する場合は、ズーム機構が動かないようにテープなどでしっかり留めておこう。
皆既時に多段階露出を行った10枚の画像から合成。太陽表面のプロミネンス、内部コロナ、外部コロナが分かりやすくなり、肉眼でのイメージに近い。 |
架台も重要だ。皆既時に広がって見える外部コロナは、太陽直径の数倍に達する長さで東西方向に伸びる。上下左右で合わせる三脚は「経緯台」と呼ばれる方式だが、基本的に太陽も月も日周運動をしているので、長時間追い続けると視野が回転してしまう。気付いたらコロナが視野の単辺方向になっていたということもありうる。これを回避したいなら、北極星の周りに軸を回転できる「赤道儀」と呼ばれる望遠鏡架台を使うのが望ましい。日周運動に合わせて動くので、視野の東西南北も固定できるので好都合だ。
日食撮影は、太陽を追いかけていれば簡単に撮影ができると思っていると、意外にあわただしい。気付くと、フォーカスや露出の調整や、架台の微調整に追われて、せっかくの天文現象の印象が残らないなんてこともある。周りの景色の変化や大気の変化、動物達の様子の変化なども合わせて、世紀のイベントをじっくりと体感しつつ楽しんでもらいたい。
7月14日11:33の太陽面。目立った黒点も無く、のっぺりとした印象だ。パナソニック民生AVCHDカメラHDC-TM300で筆者が写す。デジタルズームは使わず、テレ位置(35mm換算で490mm)で静止画撮影。トリミングなし。露出1/8000秒・絞りF2.8