DSLRの動画撮影がもたらした新しいカメラの可能性

キヤノンEOS 5D MarkⅡが発売になって2年以上が経った。デジタル一眼レフカメラ(DSLR)を使った動画撮影が、まさかここまで大きな話題を呼ぶとは誰も予想しなかった出来事であろう。2010年の国際放送機器展においても、テーマの大きな柱の一つとしてDSLRムービーが挙げられていた。被写界深度の浅いフィルムライクな映像がファイルベースで手にできるという、夢の世界が映像の新しい分野を確立した。しかも長年培われてきた写真用レンズの恩恵をそのまま動画に反映できるという魅力に加えて、カメラ本体の価格の安さや、ノンリニア編集のワークフローを「簡潔」に組めるという特徴が時代のニーズにぴったりマッチして、DSLRによる動画撮影は爆発的な人気を得た。

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4/3型フォーサーズセンサーを搭載した、レンズ交換式カメラAG-AF105。大判イメージセンサー搭載カメラのパイオニアとなるか?

しかし、もともと写真撮影用に作られているDSLRは動画を撮影する際に不具合が幾つかある。例えば、音声収録の機能が十分でなかったり、ハンディ撮影するときに持ちにくかったり、あるいは液晶パネルに表示される情報が動画撮影には不十分であったりと、DSLRの動画撮影の現場では各々が工夫を凝らした撮影を強いられる場面が多々あるのだ。そのために専用の周辺機材がかなりの種類で発売されており、音声のインターフェースやシネマサポートキット、あるいはマグニファイア式のビューファインダーなどその数は年々増えている。もちろんそういった周辺機器の充実振りはDSLRの実力を裏付けるものであるが、やはり動画を撮影することに特化しているビデオカメラのスタイルには及ばないところはたくさんある。

そんな中、需要の声が高かったのがビデオカメラとDSLRの二つのものの特性を備えたカメラの存在だ。もちろんRED ONEやALEXAといった「デジタルシネマカメラ」という選択肢は以前からあったが、大判イメージセンサーを搭載した「ビデオカメラ」の進化系の登場を我々は待っていた。センサーが大きくなれば、感度が上がるだけではなく、被写界深度の浅いフィルムライクな映像撮影がビデオスタイルで可能になる。更にはレンズ交換式となれば、DSLRの長所を受け継ぐことになるのだ。

いよいよ登場!フォーサーズCMOS搭載のAG-AF105

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DSLRとビデオカメラの両方の特性を備えたこのカメラ。インターフェースは従来のPanasonicのカメラとほとんど同じである

前置きが長くなってしまったが「大判イメージセンサー」を搭載したビデオカメラ、つまりはDSLRのいいところとビデオカメラのいいところを組み合わせたミュータントが遂に登場した。Panasonic AG-AF105だ。今年の春に正式に発表になり、いよいよ2010年のInter BEEで実機がお目見えし、その勢いで先日発売となった。正直個人的にはそのスピード感に驚きを隠せないのだが、それよりもその性能には大きな可能性を感じている。

AG-AF105はフォーサーズの大きさのCMOSを積んでいる。従来のハンドヘルド型のセンサーサイズの1/3型からすると、サイズ面積にして10倍以上になった。Panasonicのデジタル一眼レフLUMIXシリーズなどもフォーサーズを採用しているが、このフォーサーズには様々な利点が挙げられる。実際にデジタル一眼レフカメラのセンサーには様々なサイズがあり、最も大きいのはCanon EOS 5D MarkⅡのフルサイズ35mmで、36mm×24mmもの大きさだ。一方でフォーサーズのCMOSの大きさは面積にしてその約4分の1の17.3mm×13mmとなっている。実はこの「大きすぎず」「小さすぎず」というセンサーが被写体を正確に捉えるミソなのだ。

レンズが作り出すイメージサークルの映像をセンサーの隅においても直角に近い角度で捉えることができるため、映像全体が均一にシャープで減光のない映像を捉える性質を持っていることで知られている。更にはセンサーが他のデジタル一眼レフよりも小さいことで、変換アダプターを使えばEFレンズやEFSレンズ、PLレンズなどといった多くのレンズマウントが使用可能なのだ。レンズ交換が可能にする映像世界は奥が深い。AG-AF105を持ってすれば従来のビデオカメラでは実現不可能であった、あおりレンズの織り成すミニチュア映像や、マクロレンズが映し出す被写界深度の浅く解けていくような映像がいよいよビデオカメラスタイルで手にすることができる。

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フォーサーズ規格のため、マウントコンバーターをつければ数多くのレンズを使用することができる。写真はPLマウントの変換マウント

嬉しいことは、このカメラの発売の前からフォーサーズと様々なマウントの変換アダプターなるものが既に市場に並んでいることだ。今回はPLマウントとの変換アダプターをつけてみたのだが、いきなりツァイスコンパクトプライムのレンズをつけたスタイルが実現してしまった。それだけではない、加熱するDSLRブームの中、次々と発売されるプライムレンズの数々ももちろんつけることが出来るだけでなく、CanonやNikon、Olympusといったレンズももちろん搭載が可能だ。フォーサーズのレンズ群は当然ネイティブでつけられるため、主要なレンズはほとんど使用可能となる。もちろんCMOSが他のレンズより小さいく、あらゆるレンズのイメージサークルに収まってしまうフォーサーズであるが、コンバーターを介して収録される映像の多くはは「テレ側」に寄ってしまうことは常に頭に入れたい。なるべくワイドのレンズを用意することが、コンバートして使うときの前提になるだろう。

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レンズ交換式という大きな魅力は、様々な撮影スタイルの引き出しを与えてくれる。写真はいわゆるミニチュア撮影などが可能なアオリ効果をつけるTS-pro

AG-AF105の収録コーデックはAVCHDである。PanasonicのAVCCAMシリーズにラインアップされ、今や最も汎用的なコーデックともいえるAVCHDの形でSDカードに収録することができる。リアにある2つのSDスロットはリレー記録が可能となっており、2枚のカードを使った長時間の収録にも対応。注目なのは、インターフェースとしてHD-SDIを搭載していることだ。これによりAVCHDよりも高いクオリティで収録したい場合は外部収録機器をつなげた撮影システムを組むことができる。そしてビデオカメラでは当然だった内蔵NDフィルターや音声のXLR入力があること、そして縦長のハンドヘルドで撮影に臨めることなど、新しいジャンルを確立するこのカメラの特徴といえるだろう。面白いなと感じたのは、被写界深度が浅い収録が期待されるためのなか、フォーカスを合わせるためのフィートメーターを引っ掛けるフックがついていることや、ゲインの設定がISOとなっていることなど、今までにはなかった機能がところどころに垣間見れる。ただ、インターフェースそのものは従来のPanasonicのカメラのデザインや配置を踏襲しており、ほとんどの調整や操作はマニュアルを見る必要もなくいじることができるのが嬉しい。正にビデオカメラの進化系ともいえる逞しい形だ。

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内蔵記録はAVCHD方式であるが。HD-SDI出力を持っているため、外部収録器につなげれば高画質な映像記録が可能になる

そしてただの「間の子」でとどまることのない機能にも注目したい。驚いたことは、遂に1080 60Pに対応したバリアブルフレームレートを採用しているということだ。12P~60Pまでの20段階のフレームレートを選ぶことができ、オーバークランク撮影やアンダークランク撮影といった世界を手に入れることができる。更には音声記録として16bit・48KhzLPCMを選択することも可能。いやはや、すごいカメラが遂に登場してしまったというのが、率直な感想だ。

第一印象

まずカメラ自体を使用した第一印象は、「素晴らしい」ということだ。まずはトップハンドルの持ちやすさはビデオカメラそのものだ。必ず両手を使わなければいけなかったDSLRと違い、持ちやすく、操作が楽だ。音声入力のレベルも目視できるし、撮影しながらのヒストグラム表示など、従来のビデオカメラと同様なのが嬉しい。前述にあるようにNDフィルターが内蔵されていることや、XLRの音声入力を備えていることなど、DSLRの進化版カメラとして評価することもできる。遂に欲しかったカメラが手に出来たような思いに駆られてしまった。

CINEDECKとEOS 5D MarkⅡを使って比較検証

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現在、最強とも言えるポータブルディスクレコーダー、CINEDECK。ProResだけでなくCineformや非圧縮など、様々なコーデックで記録することができる。HDMIなどのインターフェースも兼ね備えているのがいい

さて実際に撮影をして検証を行った。今回AG-AF105に加えて、使用した機材がCINEDECKだ。AG-AF105と同じ時期に発表された最新のデジタルハードディスクレコーダーである。CINEDECKはProRes422だけでなく、Cineformや非圧縮といった様々なコーデックで収録できるだけでなく、SATAの2.5インチSSDを使用し、また入力インターフェースとしてHD-SDIに加え、HDMIも入力することができるようになっており、その汎用性は著しく高い設計となっているといえる。

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2.5インチのSSDをドンドン挿して使うことができるため、データ管理は非常に楽で便利だ。 またHD-SDIのみならず、HDMIまで入力ソースとして選らべることで使用の幅が広がった

今回の撮影ではAG-AF105とCINEDECKをHD-SDIを経由して接続し、AG-AF105の内蔵SDスロットでAVCHD記録をしながらCINEDECKのProRes4:2:2記録を同時に行った。実際にAVCHDとProRes4:2:2ではどれだけの画質の違いがでるかを確認することと、このシステム構築自体が現実的かどうかをみるための検証である。それと合わせてEOS 5D MarkⅡを使った撮影も行い、同じ被写体がどのように「違って」捉えられるかを比較した。撮影は夜行い、感度や被写界深度、さらには色表現などを中心に表現能力を比べた。

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ロケの様子。AF105とCINEDECKをSDIでつなげて、検証した。相性に問題は見られなかった

ではAG-AF105とEOS 5D MarkⅡの2台の映像をスイッチングして編集・カラコレした映像を、次のページで見ていただきたい。

AG-AF105とEOS 5D MarkⅡ

私の個人的な感想としては、AG-AF105とEOS 5D MarkⅡの表現力には違いはあれど、違和感のないスイッチング映像になっていることがお分かりになるだろう。ボケ足や、表現力にはかなり近似しているのではないだろうか?大判イメージセンサーのカメラが紡ぎだす映像は美しい。そして暗部に対する感度も中々だ。ただやはり収録素材そのものをよく比較すると2台のカメラの違いははっきりと表れたといっていいだろう。

まず一番の違いは「コントラスト」だ。EOS 5D MarkⅡの映像はかなりコントラストの高い映像であるのに対し、AG-AF105は「ネムイ」映像と言える。ネムイ映像が悪いわけではない。ネムイほうが後々の補正の幅を広く持つことができるので、評価できる特徴だ。暗部に関しては、やはりセンサー面積が4倍あるEOS 5D MarkⅡの方がノイズが少ない。ただしAG-AF105のノイズが多いわけではなく、どちらもビデオカメラでは表現できなかった暗部の情報を捉えていると言って良い。ボケ足を比較してみると、EOS 5D MarkⅡのほうがボケているが、見方によってはAG-AF105のボケ具合のほうがボケすぎず、好みが分かれるところだ。

ちなみに内部収録される音の検証も行ったが、これは完全にAG-AF105の方が勝っていた。これは完全に聴感上の印象だが、音のダイナミクスレンジは圧倒的にAG-AF105 の方がEOS 5D MarkⅡよりも高い。カメラの設計からして、写真撮影を目的として作られたEOS 5D MarkⅡよりも、もとからビデオカメラとして高音質の音声を収録できるように設計されているAF-AF105の方が音声収録の性能は高いことは明らかで、さらにはXLRのステレオ入力を活かして音の収録を映像とエンベデッドで行えば、磐石なワークフローを組むことができる。

ただひとつAG-AF105の物足りない点は、引きの映像表現だ。VTRの中に2台それぞれの引きの映像があるが、これは同じレンズをつけて撮影したものだ。使用したレンズはEF14mm F2.8L II USMである。センサーサイズがフルサイズに比べて小さいフォーサーズは、どうしてもテレ側によってしまうため画角が狭くなってしまう。このため引きの映像に迫力がでない。どうしても引きたいときはフォーサーズのネイティブレンズを使用するしかないだろう。同じく、スーパー35mmセンサーに合わせて作られたプライムレンズなどを使用するときも要注意だ。なるべくワイドのレンズを用意しておくべきで、具体的には25mmあたりのレンズが一番使用頻度が高いかと私は感じる。

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同じ14mmレンズをつけた映像の比較。EOS 5D MarkⅡの引き画の素晴らしさが分かる

AVCHDとPRORES4:2:2

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内部収録によるAVCHDの映像(左)と、CINEDECKのProRes422の映像(右)の比較。明らかに衣装の文様の解像度をみると、ProRes422の方が鮮明でキレイだ。写真は500倍の拡大表示

それともうひとつ、CINEDECKで収録されたProRes4:2:2の映像とAG-AF105の内蔵のSDスロットで記録されたAVCHDの映像を比較してみると、結果として、明らかな違いが現れた。被写体の衣装の模様を500倍に拡大して表示してみると、その解像度は明らかにProRes4:2:2に軍配が挙がった。これを見てしまうと、今後の収録はやはり外部機器を使ったシステム構築が望ましく、AVCHDコーデックはバックアップとして使う方向に気持ちが向いてしまうのだが、納品形態が1280×720サイズ以下になる場合は特に気になるものではないのかもしれない。実はCINEDECKの価格が日本では150万円付近なため、AG-AF105との組み合わせは少々バランスが取れていない感じもあり、来年は発売されるATOMOSのEnter the Ninjaなどのお手ごろな外部収録機器などとの相性に期待したいところだ。ちなみに今回の検証で分かったことなのだが、実はWindowsのPremiereでProRes4:2:2の素材をタイムラインに読むことは可能であることを付記しておく。MACフォーマットのHDDを読む必要性がでてくるので、その際はMAC DRIVEなどのソフトウエアを用意しておけば問題はない。

個人的にはAVCHDではなくP2を使った収録形式にして欲しかったという思いがある。もしAVC Intraで記録できたら外部収録機器などを使用しなくても問題はなかったはずだ。EOS MovieはAVCコーデックでBlu-rayと同等の最大40Mbpsのビットレートを誇り、、相当な高画質であるといえる。AVCHDはあくまでも汎用性の高いコーデックで最大24Mbpsまでしかビットレートを持たないため、少々物足りない気がするのは私だけではないはずだ。業務用にこだわるならばAVCCAMという枠から飛び出て、P2を採用して欲しかった。少なくともSONYが発表した大型CMOSカメラF3は本体だけで150万円する。価格が変わったとしてもユーザーは理解を示すはずだろう。

今回の総括

EOS 5D MarkⅡが発売され新しい映像世界が切り拓かれたことは間違いないが、AG-AF105がその流れをさらに加速させる一台であることも間違いはないだろう。おそらく大判イメージセンサーのカメラがこれからの主流になっていくと私は考えており、このカメラが多くの現場で評価されるのは時間の問題だ。ビデオカメラのようなパンフォーカスが効いた映像も絞っていけば表現できるし、フィルムライクな映像をノンリニアのワークフローで手に出来る「お手軽さ」は何にも変えがたい。このカメラがこれから多くのクリエーター達の創造をどんどんと形に変えていくことになるのではと思っている。次回は是非ともバリアブルフレームレートの撮影を行ってみたい。60Pの世界や12Pなどの撮影も我々に多くの引き出しを与えてくれるはずだ。いやはや実に魅力満載なカメラだと実感した。

WRITER PROFILE

江夏由洋

江夏由洋

デジタルシネマクリエーター。8K/4Kの映像制作を多く手掛け、最先端の技術を探求。兄弟でクリエイティブカンパニー・マリモレコーズを牽引する。