ポストHDを支える新しい技術

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ポストHDの位置付けで、二眼式一体型の3Dカメラが続々と発表・発売。写真はPanasonicのAG-3DA1

ビデオカメラによる「HD」の映像技術が充実の時代へ突入し、いよいよポストHDのステージが始まった。私が最近考えるポストHDの分野は、大まかに4つあると考えている。それは「4K」「3D」「WEB放送」、そして「大判センサー」だ。HDの4倍の表示面積をもつ高解像度の4Kや、HDの映像を2枚で構成する3D映像は、技術的なスペックをHDから発展させた新しい映像表現だ。またUSTREAMといったWeb放送メディアを通じて作られるインターネットの新しい世界も、非常に多くの可能性を秘めている。

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4Kで撮影ができるRED ONE。デジタルシネマの時代を切り開いた一台

ところが、今最も熱い分野は「大判センサー」だろう。正直な話、「4K」や「3D」は機材や編集のワークフローはコストのかかる業務レベルの分野であることは間違いなく、撮影や再生環境がいまだ特殊であることは否めない。もちろんUSTREAMといったNEWメディアも将来的に大きなマーケットになる可能性はあるものの、発展途上であるといっていいだろう。そんな中ビデオカメラによるHD撮影の時代から、まず最初に火がついた技術が「大判センサーを使った映像撮影」である。その火付け役となったカメラが2008年に発売になったCanon EOS 5D MarkⅡだ。このカメラの登場は映像制作の世界をひっくり返すこととなっただけでなく、多くのクリエーターに「デジタルシネマ」という引き出しを与えてくれた。デジタル一眼レフカメラによる動画撮影という新しいコンセプトは発売から3年が経ち、大判センサーの映像は爆発的に一般映像制作の市場に進出することになったのだ。センサーサイズが飛躍的に大きくなったことで得られる数々の新しいデジタル映像表現は、当時は夢のような話でもあった。何せ今までフィルムカメラでなければ捉えることのできなかった映画のような映像が、デジタルで、しかも安い価格で手にできることになったからだ。

大判センサーの意味

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フルサイズセンサーと呼ばれるEOS 5D MarkIIのセンサー。36㎜×24㎜もの大きさがある。今あるファイルベースのカメラでは最大のセンサー

従来のHDの動画撮影というのは大変小さなセンサーによって支えられていた。テレビ局などが使用する業務用のENGカメラであっても、2/3インチサイズのもあればセンサーのサイズは十分に大きいとされていた。小型のディレクターカメラともなれば、その大きさは更に小さくなっていく。ところがCanon EOS 5D MarkⅡのセンサー面積は、ビデオでも大きいとされていた2/3インチサイズの約15倍もの大きさがあるのだ。この36㎜×24㎜のセンサーはフルサイズセンサーとも言われ、現在ファイルベースの動画撮影ができるカメラの中で最大だ。ちなみに映画で撮影されるフィルムカメラの多くはスーパー35㎜サイズといわれるセンサーサイズで、面積にして5D MarkⅡの約半分しかない。このカメラの登場は、映画の撮影をはるかに超える規格でいきなり世間をアッと言わせることになったのだ。

5D MarkⅡはもともとスチルカメラとして開発されたものだったため、大型の印刷にも耐えうるデータを撮影するためにこれほどの大きなセンサーを搭載していたのだが、まさかこのセンサーで1秒間30枚のフルHD動画が撮影できるまでになるとは誰も予想すら出来なかった。ところがキヤノンの技術がそれを可能にし、デジタル一眼レフという意外な場所からポストHDのエポックメイキングが始まることとなった。

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センサーサイズの比較。ピンク色の5D MarkⅡにくらべ、従来のビデオカメラのセンサーサイズは最大でもオレンジ色の2/3インチだ。映画のスーパー35㎜も5D MarkⅡの約半分の大きさしかない

美しさの鍵は絞りのコントロールによる「ボケ足」

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5D MarkⅡで撮影した映像の切り抜き。被写界深度が浅いと、手前や奥がボケる。まさにフィルムライクな映像だ

もともとHDサイズの映像を捉えるためには1/3インチサイズもあれば十分に解像度を担保できると言われているため、センサーがフルサイズの大きさになったところで映像がきれいに映るようになるとは一概には言えない。しかしまずセンサーサイズが大きいと撮影感度が上がる。これは物理的に光を捉える部分が大きくなるため15倍もの面積をもつ5D MarkⅡは暗部の撮影に大変威力を発揮する。そしてもう一つ、ビデオカメラでは撮影できない大きな違いを捉えることができる。それが「浅い被写界深度」だ。

この浅い被写界深度こそが、映像が「フィルムのような」質感になる大きな理由の一つだ。もちろん映画の撮影よりも大きなセンサーで撮影することになるので、ある意味映画より映画っぽくとらえることができる。見せたい被写体にフォーカスが合い、その前後はボケている、という映像にはなぜか温かみがあるものだ。今までのテレビカメラの映像は「パンフォーカス」と呼ばれる被写界深度の深い画が主流であったため、このような画作りはなかなかお目にかかれなかった。これはセンサーサイズが大きいとテレ側のレンズを使うことが出来ることから起因しているのだが、絞りを自在に操ることで被写界深度をコントロールできるというのは大きな魅力になる。

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5D MarkⅡにCANON EF14mm F2.8L II USMをつけて撮影した映像の切り抜き。ビデオカメラでは絶対に捉えきれない画角

更にデジタル一眼レフにはスチルカメラで培われた星の数ほどのレンズを使用することができ、超広角の画角や、明るいレンズなど、その選択肢は無限大だ。従来のビデオカメラのほとんどはレンズを交換するという考えはあまりなくズームレンズによる画作りが基本となっていたことに対し、デジタル一眼レフの撮影の理想は、明るい単焦点レンズを撮影中に何本も変えることで自分の思い描く被写界深度の演出を行うことだ。これらの「新しい」撮影方法がすべてファイルベースで行えるようになり、カメラのサイズも小さく、ノンリニア編集のワークフローに簡単に組み込めることで一気にデジタル一眼レフの動画撮影に火がついたのだ。これこそがデジタルシネマの始まりといってもいいだろう。

そして大判センサーを持つビデオカメラの登場

そして当然のように各社がこぞってデジタル一眼レフに動画機能を搭載した。もちろんフルサイズは5D MarkⅡに限られたが、APSサイズや3/4インチなど様々な大きさのセンサーサイズにおいて、デジタル一眼レフカメラで動画の撮影機能は当たり前になったといってもいいだろう。それだけ「ボケ足」豊かなシネマライクな映像は人々の心を惹きつけ、さらにはレンズ交換が生み出す新しい映像表現に多くの人が飛びついた。

しかしもともとスチルカメラとしてデザインされているため、デジタル一眼レフの動画撮影においての欠点もいくつかある。特にユーザーの多い5D MarkⅡは、カメラとしての魅力が大きいがゆえに多くの改善点が挙げられた。例えば音声収録はその顕著な例だ。音の収録がよくないだけでなく、記録中のモニタリングはおろか、液晶画面にレベルメーターすら表示されない。更にはHDの出力機能がなかったり、タイムコードが入らなかったり、様々な部分で問題を抱えている。そこで要望の声が高くなったのは「ビデオカメラの筐体+大判センサー」という需要だ。

映画を意識したスーパー35㎜相当のセンサーが主流

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フォーサーズのセンサーを搭載するPanasonic AG-AF105。マイクロフォーサーズのマウントのため、マウントアダプターを介して数多くのレンズを装着できる

そんな需要に応えるべく大判センサーを搭載したビデオカメラが、PanasonicとSONYから発売になった。Panasonicは自社のスチルカメラのマウントを踏襲してマイクロフォーサーズサイズのAG-AF105を投入。一方でSONYはAG-AF105の対抗機ともなるスーパー35㎜相当のセンサーを搭載したNEX-FS100Jと、更にはPLマウントを装備したPMW-F3の2台のカメラを制作した。これらのカメラは大判センサーでレンズ交換が可能な上、記録部分は従来のビデオと同じような機構となる、正にデジタル一眼レフとビデオカメラの両方の特徴を持つハイブリッドカメラである。市場が待ちに待っていたカメラといえるだろう。

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スーパー35㎜相当のセンサーを搭載するSony NEX-FS100J。NEX-FS100JはF3と同じセンサーが採用されている

特にAG-AF105とNEX-FS100Jは価格も安く設定されており、5D MarkⅡユーザーが望んでいた音声収録やHD出力といった機能が充実している。さらに収録コーデックはAVCHDなので、汎用的なノンリニア編集ソフトウエアで簡単に編集できる点も大きな魅力だと言えるだろう。また特筆すべき点はNEX-FS100Jのセンサーは映画撮影で使われるスーパー35㎜のセンサーが搭載されているということだ。

確かに5D MarkⅡよりサイズは小さいかもしれないが、キヤノンのCinema EOSシリーズやRED、ALEXA、あるいはSONY F65といったハイエンドのデジタルシネマカメラはどれもスーパー35㎜相当の大きさのセンサーを搭載している。これからのデジタルシネマカメラの基準はスーパー35㎜相当のサイズが基準となってくるようだ。そういった意味でも。実売50万円を切る価格で同等のスペックを手にできるNEX-FS100Jには大きな可能性が秘めているのかもしれない。ファイルベースのカメラでフィルムカメラと同じ質感の映像を、誰にでも手にできる時代になったということだろう。

WRITER PROFILE

江夏由洋

江夏由洋

デジタルシネマクリエーター。8K/4Kの映像制作を多く手掛け、最先端の技術を探求。兄弟でクリエイティブカンパニー・マリモレコーズを牽引する。