こんにちは。raitankです。11月3日、Canonがハリウッドで大々的に行った「歴史的なイベント」は色々と凄かったですね! 個人的には、プレゼン中盤に登壇されたマーティン・スコセッシ監督を見て、「あぁハリウッドだなぁ」と印象深く感じました。
でも、今回はそのハリウッド・イベントの話でも、あるいは以来賛否両論の渦中にあるC300やCanon謹製シネマレンズ群の話ではなく、このイベントの前と後に発表されたEOS一眼x2種の方のお話です。
EOS-1D Xの「ALL-I」と「IPB」
ハリウッド・イベントの二週間前、突如、2012年3月の発売開始が発表されたEOS-1D X(以下、1D X)。フルフレーム・センサーを搭載するEOSの次期フラッグシップ機である1D Xは、もちろんまずは「写真を撮影するための道具」としてのアイデンティティを強烈に主張しています。ですが、あえて動画機能に着目した時、従来のHDSLRに類例を見ないオプションとして、「ALL-I」と「IPB」、2種類の動画圧縮コーデックから好きな方を選べる仕様となっています。
この「ALL-I」とは、いわゆる”イントラフレーム”、つまり「独立した一枚絵の画像」だけで構成される動画のことです。
と聞いて、「ん?それってMotion JPEGと同じってこと?」と思われたかたは、コーデック通に認定!…でも残念ながら、オール・イントラフレーム記録とはいえ、あくまでも MPEG圧縮である「ALL-I」と、Motion JPEGとは全くの別物です(それぞれの圧縮コーデックについては文末に簡易解説を書いておきましたので、そちらをご参照ください)。
さて。ここで正しく理解しなくてはいけないのは、「ALL-I」と「IPB」という2つの圧縮コーデックの位置付けでしょう。というわけで、ここで問題。より高画質なデータを収録できるのは、「ALL-I」と「IPB」、どちらのコーデックでしょうか?
なんとなく「ALL-I」のほうが高画質な気がしませんか? だってほら、映画と同じで1コマずつ独立した絵が連続してるんですよ? そこに記録されているのは、すべて現実から切り取った、実際にその場にあった風景成分のみ。MPEG圧縮につきものの「なんちゃら予測」や「なんちゃら補償」を「離散なんちゃら変換」して生成されたパチモン成分(?)は1画素たりとも入ってないんですからっ!
かくいう自分も、1D Xのリリースを読んだ時には「ALL-I=イントラコーデック」という事にのみ注目して、「とうとうデジタルの世界にもフィルムと同じ原理がやって来るのかぁ!」と、ドギマギしました。でも、これはとんだ“イントラ教”的視野狭窄でして…(詳細は後述)。実際には、色めがねを外して「ALL-I」と「IPB」の反比例する特徴に目を向ければ、自ずと2つのコーデックの位置づけが見えてきます。
「ALL-I」
約90Mbit|Iフレームだけなので容量大|撮影時の負荷が高く画質は少し落ちる|撮影後はトランスコード不要で取扱いが楽「IPB」
約50Mbit|Iフレームが少ないので容量小|撮影時の負荷が低いので高画質|撮影後は要トランスコードで取扱いが少し面倒
つまり、「ALL-I」が用意された意味合いは、”フィルムと同じ仕組みかどうか?”とは一切関係なく、画質と操作性のトレードオフというのが真相なのでしょう。言い換えれば、もしも画質を重視するならMPEG本来の設計、目的、圧縮効率を最大限に活かし、Iフレームを減らす代わりに各Iフレームの空間圧縮率を下げる(=あまり圧縮しない)ことで効率的に高画質化を図れる『「IPB」コーデックを選ぶのが正解』なのだと思われます。
Cinema EOSの4Kは Motion JPEG
さて、続いては MotionJPEGのお話。ボクのうろ覚えの記憶では、フレームを1コマ1コマJPEG圧縮しながら記録する “Motion JPEGでは、(このコーデックを採用していた初期のNikon一眼のように)720pまでしか記録できない”…のだと思っていました。ところが、ハリウッドイベントの直後に発表されたCinema EOS 4K一眼のリリースを読むと、そこには『35mmフルサイズのCMOSセンサーを搭載し、4K動画記録(24P Motion JPEG)を実現』と書かれていたのでビックリ仰天!
はて?それではMotion JPEGは720pやフルHDどころか、ホントは4K解像度までイケちゃう規格なのでしょうか? …そういえば、そもそもMotion JPEGの規格ってどうなっているんだっけ?と調べてみたら、なんと万国共通の規格は策定されていない!という驚愕の事実が判明(笑)。おかげで各メーカーによる無限のバリエーションが生まれて混沌としているのだそうな(マジですか!?)。
もし規格が定まっているなら先読みもできますが、現状、『Motion JPEGということは、これまた「イントラコーデック」だよねぇ?』という自明の事実以外、4K一眼のためにどんなMotion JPEGが採用されたのか、知る由もありません。
それにしても、もともとMPEGに比べるとビットレート、ファイル容量ともにかなり大きくなるMotion JPEGです。その上に記録する動画が4Kとなると…?一体どんなデータを収録できるのか、実機が出てくるのが今から楽しみです。
DMC-GH2の1GOPイントラ
これまでに見てきた「ALL-I」及び「4K Motion JPEG」は、どちらもメーカー(Canon)によって開発された、いわば”正式な”イントラコーデックです。ですが、ココに第3の波とでも呼ぶべき全く新しい動きがあります。それは、ユーザーによって開発され、普及(波及)しつつある「イントラ GOP1」と呼ばれるコーデックです。
なぜか日本では今ひとつ盛り上がりませんが、Panasonic DMC-GH2(以下、GH2)のハッキングは、欧米では今やかなり一般的になってきました。VimeoやYouTubeあたりの動画共有サイトで「GH2 Hack」というキーワードで検索をかけると、それぞれ数百本単位の関連動画が見つかります。
ハッカーのVitaliy Kiselev氏を中心に個性的な数十人のハッカー(その殆どは一般のGH2ユーザーやカメラマンです)が集い、日々さまざまな切り口でGH2のハッキングについてオープンに語り合う様を公開し、あまつさえ日々生まれる新しいファームウェアを無償で公開しているという前代未聞のハッカーサイト、PERSONAL VIEWは要・必見!です。
▶ PERSONAL VIEW : TOPICS
もともとは、昨春、Vitaliy氏が前機種GH1のファームウェアを独自に解析し、動画撮影時のビットレートを無理矢理オーバードライブしてみせたのが全ての始まり。その後、ビットレートと画質がどちらも大幅に改善されたGH2が登場して一旦は下火になったものの、今年7月、今度はGH2のファームウェア解析が完了し、ここからまたもGH2ハック熱が再燃しました。
当初は最高24Mbitに設定されている最大ビットレートを、いかに安定してクロックアップできるか?を競っていたハッカーの皆さんでしたが、その後、驚くべき深化の道を歩み始め、通称「Low GOP板」とも呼ばれる、GOPを下げる(=フレーム数の少ない GOPで安定させる)ことに特化したフォーラムが開設。参加者の一人で、おそらくは職業カメラマンのdriftwood氏が、ついに「INTRA GOP1 176M」、通称「reAQuainted」という、イントラコーデックを安定化させてしまいました。
▶ PERSONAL VIEW : GH2 Patch Vault, most popular patches in one place
このパッチを当てると、ボディだけなら6万円から買えてしまうLumix GH2で、最高ビットレート 176Mbitのイントラ撮影(つまり「ALL-I」撮影) ができてしまうのです。…っていうか、最大176Mbitっていったい(笑)。
つい先日公開された世界中の “driftwoord氏とその仲間たち” による世にも美しい共作サンプルリールを見ると、ごちゃごちゃ言ってないで、もうGH2でいいじゃね?という気分にすらなってきます(笑)。
▶ Vimeo : The Personal View ‘Driftwood INTRA’ Showreel 1
MPEGコーデックにおけるイントラ教
PERSONAL VIEWサイトの「Low GOP板」では、driftwood氏の「INTRA GOP1 176M」パッチの完成以来、それまでは作者によって多岐に渡っていた「目指すべきゴール」が、徐々にイントラコーデックに集約されてしまいました。平たい言葉で言えば、イントラコーデック(=「ALL-I」)が「神」になってしまったのです。その思想の背後には、『映像はおしなべて “連続した写真” であって欲しい!』というフィルムに対する郷愁のような感情が見受けられます。
一旦このフィルム原理主義とも言えるロマン思想に感化されると、MPEGが生成する差分データなどは、ピュアな写真を汚す “濁り” ではないのか?といった心持ちになってきます。すると、実は可用性を目的に用意される「ALL-I」も、『おぉ!それこそあるべき姿!』と目がハートマークになってしまうなど、”ロマンチックな過ち” を犯すことになります(実際にはイントラ[ALL-I]記録のほうが空間圧縮によるデジタルノイズはむしろ増えるはずなのに!)。
そういう意味では、このイントラ教の総本山と化した「Low GOP板」の中で、唯一、GOP1ならぬ GOP3(イントラではないが、極端にGOPが低いコーデック)の開発で孤軍奮闘を続けている日本人、bkmcwdさんをボクは個人的に応援しているのですが、欧米のブログメディアなどでも “わかりやすくロマンチックな”driftwoodさんのイントラ・コーデックばかりが注目を集めています。
▶ 4/3 Rumors : Better than a rumor: “Driftwood” patch brings the GH2 quality on a new level. Rivals RED?
▶ no film school : Panasonic GH2 Hacked Further, Now Records to Advanced 176Mbit Codec
Panasonicが AVC-Ultraを発表
驚いたことに、InterBEEを間近に控えた11月8日、今度は Panasonicからプロ用ビデオ圧縮コーデック、「AVC-ULTRA」が発表されました。中でも、従来の「AVC-Intra100」(=Panasonic版プロ機器用「ALL-I」コーデック)を拡張した「AVC-Intra200」では、さすがに開発元でなければなし得ないスペックを誇示するかのように、最大ビットレート200Mbit、1920x1080に加え、10bit 4:2:2サンプリングという色深度の確保も実現しています。
とはいえ、100Mbitから200Mbitへのブーストって、実は driftwoordさんやbkmcwdさんのおかげで「176Mbitパッチが当たり前になった」こととも、少し関係があったりするような気がしてならないんですが…(笑)。
▶ Panasonic : 放送・業務用ビデオコーデックの新体系「AVC-ULTRA」を開発
そしてフィルムカメラの製造が終了
1ヶ月ほど前、動画クリエーターが集まる海の向こうの有名サイト”Creative COW”に、『シネマカメラの世界三大メーカー、独・Arriflex社、米・Panavision社、仏・Aaton社のすべてが実は昨年末までに揃ってフィルムカメラの製造を終了していた』という内容の記事が出たところ、予想外に多数の読者から”感情的な反応”が返ってきてコメント欄が炎上。記事執筆者、編集長、副編集長以下、COWスタッフ総動員で火消しにあたる事件が勃発しました。
▶ Creative COW : Film Fading to Black by Debra Kaufman
本来、フィルム原理主義者が噛みつくべきは、ひっそりとフィルムカメラの製造をやめていた各メーカーのはずですが(笑)、でも、この問題の本質的な原因は、実は記事の内容ではなく、「Film Fading to Black」というタイトルだったのです。
「Fade to Black」=「黒みへ」は、台本や脚本の最後に書かれる「おしまい」を意味する慣用句。執筆者である Drbraさんにしてみれば、業界人なら誰でも知っているこの慣用句にひっかけて、フィルムカメラの製造が終了したことを報告する意図しかなかったはずです(読めばそういう内容であることがわかります)。ところが、返ってきた反応は「おしまいとはどういう意味だ!?」「フィルムは終わってねーんだよ!」「フィルムのほうが全然いいもんね!」「ハリウッドは今日もフィルムで撮影してるぞ!」など、明らかにタイトルへの過剰反応ばかり。
4K Motion JPEG、ALL-I、GOP1、AVC-Intra200と、なぜか最近「新作」目白押しのIntraコーデック。独立した写真が連続する、昔ながらのわかりやすい「動く絵の仕組み」がこうしてデジタル技術で装い新たによみがえる中、100年以上に渡って「パラパラ漫画」さながらに動きを記録してきた三大メーカーによるフィルムカメラの生産が終了…。
という一見”郷愁”を誘われるコントラストはとてもわかりやすいものの、実際のところフィルムを代替していくのは、圧縮を前提としたMPEG Intraコーデックではなく、上記三大シネカメラ・メーカーを含む、各社各様の方式による非圧縮LOGデータなんですよね(笑)。
おまけ:知らない人のための「動画圧縮コーデック」解説
Motion JPEG コーデック
Motion JPEGはその名の通り、JPEG画像をMotionさせる(動かす)方式。写真の圧縮ファイル形式として誰でも知ってるJPEGは、一般的に”空間圧縮”と呼ばれます。要は縦横ピクセルの画像(=空間)を圧縮するという意味ですね。Motion JPEGでは24fpsなら1秒に24枚、30fpsなら1秒に30枚のJPEG画像が順番に表示されます。言ってみれば、映画と同じ”コマ順送り”なわけで、原理的にとても解りやすい方式。
MPEG(H.264/AVC)コーデック
MPEGでは、独立した画像である Intraフレーム(Iフレーム:空間圧縮)、直前のIフレームから時間軸に沿って動きを予測する Predictedフレーム(Pフレーム:時間圧縮)、前後のフレームから動き成分を予測する Bi-directional Predictedフレーム(Bフレーム:双方向時間圧縮)を組み合わせて動画を圧縮(=軽く)します。I+P+BフレームのセットをGOP(Group Of Pictures)と呼びますが、基準フレーム(I)に何枚のフレーム間予測(P+B)を組み合わせて1セットにするかには様々な方式があります。市販カメラの多くは1セット=12~15フレームからなる「ロングGOP」と呼ばれる仕組みを採用しています。
Motion JPEG vs MPEG
たとえば 24fps動画の場合、「24フレームの完全な絵を順送りで表示する」Motion JPEG vs「1秒に2フレームだけ完全な絵(Iフレーム)を表示し、残り22フレームは差分(P及びBフレーム)を書き換えるだけ」のLong GOP MPEGを比べれば、MPEGの方が圧倒的に軽いのは自明です。そのため、プロセッサの余力を利用する形で、Iフレームの圧縮率を下げて高画質化することができます。するとIフレームから生成されるP、Bフレームも自動的に高画質化されるので、無理なく全体的によりキレイな信号が得られるという構造こそがMPEGのメリット。
ただし、Long GOP MPEGの例で言えば、基準フレーム(I)x2フレーム以外の22フレーム、つまり差分データしかない部分で再生を一時停止したり、編集のカット点を作ろうとした場合、いちいち前後のフレームから独立画像を生成してからでなければ画面表示もままならないという、撮影済みデータの操作性に難があるのが MPEGのデメリット。
一方の Motion JPEGは、すべてのフレームが他に依存しないIフレームの形で存在しているため、MPEGとは逆に、なにしろ撮影済みデータの取扱いが楽!というのが最大のメリット。ただし、独立した写真を秒速24ないし30コマのスピードで”連写”し続けるために、各コマを軽くせざるを得ない上、それでもデータ容量はMPEGの何倍にも膨れあがることが、Motion JPEGのデメリット。