世間がまだCanonとREDのハリウッドイベントの話題で持ちきりだった先月11月14日、独・Zeiss社が今後の製品ロードマップを発表しました。
- 世界中で大人気のCompact Prime CP.2を拡充する
- 小型・軽量の”従来にはない”シネズーム群をリリースする
- アナモフィック・レンズを完全復活させる
▶ No Film School : Zeiss Unveils Future Lens Lineup
やれやれ、これはまた凄いことになってきたぞぉ…。っていうかZeissって本当に機を見るに敏なおっそろしいメーカーだよなぁ~と改めて実感。というわけで今回はレンズ界のドン Zeiss社の戦略と、アナモフィック・レンズってなによ?美味いの?な話をお届けしようと思います。
Zeiss、2012年の布陣
もうすぐ2012年。Zeiss社から新しいレンズ群が登場することが明らかになりました。泣く子も黙るJon Fauer氏(そういえば、氏はCanonハリウッドイベントの司会も務めてましたね)責任編集のFilm and Digital Times誌が報じるところによれば、それはまず既存のCompact Prime CP.2ラインを補完する18mm及び100mm単焦点レンズの登場。すでに出荷済みの製品と合わせ、これで8焦点距離9製品となり、Zeissの一眼用レンズと同じ光学系を採用した(=フルフレーム・センサーをカバーする)Compact Prime CP.2が更に充実することになります。ただ、これは特に目新しい話題ではなく、言ってみれば既定路線。そのうち出るだろうことは誰でも知っていた話です。
▶ Jon Fauer’s Film and Digital Times : New Zeiss Anamorphic Lenses
では、真打ちは?と言えば、これが二つあって、まずはCompact Tele Zoomと呼ばれる新しいズームレンズ群の登場。現状、70-200mmが出ることが確実視されているものの、その他の焦点領域は不明。ただし、このCompact Tele Zoomがエポックメーキングな点は、なんといっても従来のシネレンズ標準スーパー35mm画角ではなく、CP.2と同様 35mmフルサイズ画角をカバーすること!(ひょえ~!)
つまり、EFマウントやFマウント、あるいはEマウントやマイクロフォーサーズ・マウントまで選べる CP.2のフルセットに、これらCompact Tele Zoom群を加えてセットを作れば、一眼レフからシネマカメラまで、全てのセンサーサイズに対応しちゃうけん!っちゅーことですね。コレなにげに、他のどこも真似できないスゴイことではないですかっ?
ところが、驚きはまだ続きます。なんと上記ズーム群に加え、Anamorphic Primeという正統派”アナモフィック・レンズ”の「フルセット」を出すのだそうです!Zeiss社曰く、 “We’re Back in the Anamorphic Lens Business” と。
▶ EOSHD : Zeiss – “We’re Back in the Anamorphic Lens Business” and new Compact Zooms “for HDSLRs”
▶ Cinescopophilia : ZEISS Releasing Compact Lightweight Set of Anamorphic Prime Lenses
アナモフィック・レンズってなに?
さて、ココでご存知ない方のためのプチ解説。アナモフィック・レンズ(Anamorphic Lens)は、映画の世界で「スコープ画角」 …いわゆる「シネスコ(©20世紀FOX社)」の映画を撮影、及び上映するために使われる特殊なレンズ。このレンズを装着すると、画面を横方向に圧縮して撮影することができます。
Q:はあ?なぜ圧縮するの?しかも横方向にだけ?
一般的な「スタンダード画角(1.33:1)」用の 35mmフィルムで、2.35:1 のスコープ画角の絵を撮影すると、図のようにコマの上下に非撮影領域の黒みが入ってしまいます。これでは使われなかったフィルム部分がもったいないし、相対的に画質(解像度)も落ちてしまいます。そこで「左右方向を圧縮する」アナモフィックレンズを使って横方向を縮め、フィルム全面に縦長の絵として撮影します。そして上映時には、撮影時と逆に「左右方向を伸張するアナモフィック・レンズ」を映写機につけて、オリジナル画角に復元するのです。
CC3.0 by WapcapletQ:なぜそんな面倒なことを?ワイド画角専用のシステムを作れば良かったのでは?
と思われる方もいるでしょうが、これは1950年代、すでに「映画のサプライチェーン」が確立されていたアメリカにおいて、撮影カメラ、使用するフィルム、そして何よりも全米中の映画館に設置された映写機について、なるべく既存のインフラをそのまま使う形で…つまり「お金をかけずに」新たに生まれた横長スコープ画角の映画を撮影・上映するために導入されたシステムなのでした。
そんな、「映画らしいワイドな画角」の実現と「経済性」を天秤にかけて生まれたアナモフィック方式でしたが、それから数十年かかってビスタサイズが一般的になるまで「映画といえばシネスコ」な時代が続いたため、ある程度以上の年齢の方が無意識のうちに抱いている「映画らしさ」と「アナモフィック表現」には切っても切れないものがあります。
ちなみに現在活躍中の映画監督の中では、リドリー・スコット氏、クウェンティン・タランティーノ氏、クリストファー・ノーラン氏の三人は、”アナモフィック好き監督” の御三家としてつとに有名。「エイリアン(1979)」や「ブレードランナー(1982)」、「パルプ・フィクション(1994)」や「イングロリアス・バスターズ(2009)」、あるいは「バットマン・ビギンズ(2005年)」や「インセプション(2010)」はすべてアナモフィック・レンズで撮影されたシネスコ映画です。
画面が幅の方向だけ圧縮・伸張されるアナモフィック方式では、必然的に横方向と縦方向で焦点距離が微妙に変わってしまいます。それにより、あのなんとも言えないアナログっぽい歪み感のある画調が生まれます。また、独特な歪曲収差により生じる楕円形のボケ、非常に特徴的なフレアや滲み。そうした”本来的に言ったら画質を落とす様々な特徴”こそが、しかし映画体験・映画らしさの原点だ!と言い切る人さえいます。
実際、現在一般的なビスタサイズ(米1.85:1/欧1.66:1)は、純粋に「映画のため!」というよりも、TV放映時の利便性を考慮した結果生まれた画角だそうですし、昨今の16:9 (1.78:1)画角は、その米・欧で微妙に違うビスタの中間ということで、やはりTVスクリーンに適応した規格です。
アナモフィックの復権と一眼ムービー
さて。そんな懐古趣味の権化のようなアナモフィック・レンズが、実はここ数年、一部で再び脚光を浴びていました。その理由が、実は”一眼ムービーの台頭”だったのです。それまでレンズ固定式の”Cineライクガンマ機能付きビデオカメラ”等で制作を行っていたインディーズ系フィルムメーカー達が、三年前の一眼ムービー革命以降、こぞってEOS、GH2、NEX等々のレンズ交換式カメラに軸足を移してきています。そして、レンズを交換できるようになった彼らは、気が付いてしまったのです。映像の「テイスト」を司るのは日進月歩の技術の塊(ということは、すなわちすぐに古びることが必定)の「カメラ本体」ではなく、実は「レンズ」のほうである!という事実に。
カメラ本体なんて、どうせ数年で買い換えることになる。投資するなら一生使える”ちゃんとした”レンズにこそ投資すべきだ! …というワケです。
覚醒した彼らは、eBayでレンズ漁りを始めます。そして、今では使われなくなっていた大昔のドイツ製やフランス製の16mmシネカメラ用レンズなどに手を染め始めましたが、中に、それこそ過去の遺物として捨て値で取引されていたアナモフィック・レンズに手を出すクリエイターたちが現れ、歪曲収差やおかしなフレア、楕円ボケなど、現代の成績優秀なレンズでは得られない「味」を積極的に表現に利用し始めたのでした。
たとえば前回の話題であるGH2ハックに力を入れている一眼ムービーサイトの老舗、EOSHDのAndrew Reidさんは、以前からアナモフィック表現にかなり深いこだわりを持っていて、さまざまなサンプル映像を発表するかたわら、アナモフィック・レンズ導入の手引き書、「Anamorphic Shooter’s Guide」を発行するなど、ブームの牽引役を務めています。
▶ EOSHD : Anamorphic Shooter’s Guide
また日本では、ファッション、ミュージックビデオ等で活躍中の渡辺伸次さんが、友人の結婚式で流すお祝いビデオをアナモフィック撮影で映画仕立てで作ってしまうなど、大のアナモフィック・レンズ好き(笑)。現在は、新しい愛機、SONY NEX-FS100にアナモフィック・レンズ+オールドNikonという組み合わせで、日夜テストを続けているそうです。
MARRIAGGE HARD
bajra
Zeissの Anamorphic Primeのターゲット
解説し始めたら止まらなくなってしまいましたが、そんな、ここ最近一部で超熱かったアナモフィックの世界に、天下のZeiss様が乗り出して来る!というのです。これがエラいことでなくて、なにがエラいことでしょうかっ!?…と思ったのですが。んん? あれっ?
来年登場するというAnamorphic Primeの仕様をよくよく確認したところ、新たな疑問が。曰く、Anamorphic Primeは「x2 アナモフィック」、つまり「横方向2倍圧縮」だと言うのです。
は? それって、どういうカメラに装着して撮影するための倍率っすか?
現在、市場に出回っているカメラに内蔵されているセンサーの画角は、FS100からF3、C300、Scarlet、Epicまで含め、もれなく16:9ですよねぇ? これらのセンサーでx2アナモフィック・レンズで撮影などしてしまった日には…? シネスコ画角2.35:1 を遙かに超え、はたまた70mmシネラマの超ワイド画角 2.88:1 だって軽く跳び越えて、3.55:1などという”あり得ない画角の映像”になってしまうではありませんか!?
そうなんです。どうやらこのレンズは16:9ではなく4:3センサーのカメラ専用っぽい!(4:3+[x2 アナモフィック]=8:3=2.66:1=若干横長だけど「スコープサイズ」の範疇)。…でも、いまどき4:3画角のセンサーを搭載したカメラって?
Zeiss Anamorphic Primeは、超ハイエンド・デジタルシネマカメラ専用
あんまり遠い世界の話過ぎて忘れていましたが(笑)、「4:3画角のセンサーを搭載したシネマカメラ」といえば、まずはなんといっても2008年に登場したArri D21。そして、今年のアムステルダムIBCでお披露目され、その後、10月8日にハリウッド・デビューも果たした、Arri Alexa Studio。どちらも超ハイエンド・デジタル・シネマカメラであり、回転ミラーシャッター、光学ファインダー、それに4:3画角の35mmフルサイズ・センサーを備えています。
なるほど、なるほど、ようやく納得。ZeissのAnamorphic Primeは、C300やREDなどをまとめて飛び越えたさらにその先、本当に本物の超ハイエンド・デジタル・シネマカメラ専用というわけです。そう考えれば、従来からあったフィルムカメラ用のPanavision、Arri、Hawkなどのx2 アナモフィックと何ら変わりがない、”ごく普通のシネマレンズ”という気がしてきましたよ(ベラボーに高額ですけどね(笑))。
それにしても、冒頭でご紹介した通り「ゆりかごから墓場まで」方式(?)で、PLマウントからマイクロフォーサーズまで、同じレンズのマウント違いバージョンをまめに用意して、効率よく最大限の利益を上げ続けているZeiss様が、たった数機種のカメラのためだけにアナモフィック・レンズのフルセットを復活させるだなんて、一体どういう風の吹き回しでしょう? 背後に一体どんな深遠なマーケティング戦略が!?…などと勘ぐりたくもなりますが、んー実はそんなに大それた事ではないのかも?
つい先日、12月14日付けで2010/2011年度の年次報告を発表したCarl Zeissグループは、現在、世界中に約24,000人の従業員を擁し、42.4億ユーロ(約4,300億円)に及ぶ売り上げを達成したそうです。
▶ Carl Zeiss: Revenue Tops Four Billion Euro Mark for Very First Time
ところが、この莫大な売り上げの内、僕らがお世話になっているコンシューマーレンズ事業が占める割合は、実はたったの7.5%(約3.2億ユーロ)。ここには双眼鏡やプラネタリウム用レンズを含むその他の事業も含まれていますから、我らがシネマレンズ/一眼レンズだけで見たら、実質は日本の消費税相当分(5%)くらいなのかな?と。だとしたら、Zeiss様的にはアナモフィック・レンズを出すか出さないか?な~んて、“ちょっとした道楽” 程度以上に深い意味はない、と判断した方が妥当かも知れません…よね?(笑)