ここ最近の映像業界注目の話題といえば、今年1月の「総務省が4Kの放送を2014年7月から衛星放送のCSで開始することを決定」というニュースではないだろうか。やっとSDからHDへの移行が落ち着いたと思ったらもう4Kの時代が始まろうとしているわけだ。4Kというと映画制作や一部のCM撮影など限定的だったが、このニュースを境に4K制作関連を扱う代理店やメーカーに問い合わせが増えているという。4Kへの気運が一気に高まってきていることを実感する。

4K対応のサービスについてもいろいろと話を聞く機会が増えた。特に最近話題なのが写真業界で有名な代官山スタジオの、REDによる4K撮影&サポートだ。一眼ムービー撮影においてもサポート体制をいち早く整えてきた、代官山スタジオの映像プロデューサー 藤本ツトム氏に、このサポートの詳細を聞いてみた。

RED 4K RAWデータ収録にスチル撮影のノウハウを活かす

代官山スタジオは、主にファッション業界の撮影でお馴染みの20年以上の歴史をもつ老舗の大手撮影スタジオ。コンビニエンスストアに並んでいるファッション雑誌の写真の多くが代官山スタジオで撮られているといっていいほど、ファッションやビューティーの撮影が多いスタジオだ。実際にスタジオにお邪魔してみると、入り口ですれ違ったスタジオスタッフの挨拶や対応からスタジオ内のおしゃれな喫茶店まで、「さすが大手と呼ばれているところは違う」と思うところをいくつも感じた。

藤本氏はまず最初に「フォトグラファーさんが写真と同時に動画を撮る機会が増えてきました」と、最近の写真業界動向から話を始めた。ニコンやキヤノンのデジタル一眼レフカメラに動画機能が搭載されているのが当たり前になり、予算や納期の関係で「写真と動画を同時に両方撮ろう」というケースが増えてきていると様々な現場でよく聞くが、代官山スタジオの現場でも同じで、写真業界の撮影現場では静止画と映像の両方を想定したプロジェクトが増えており、フォトグラファーの希望に関わらず仕事としてやらざるを得ない状況になってきているという。

そうなると問題になるのがスタジオ内の撮影スペースだ。代官山スタジオはもともとスチル撮影がメインで、HDという16:9の横に広い画角だとどうしても見切れてしまう場合が起こることがあるという。そこでもっと動画に踏み入れたサービスを打ち出そうということで、東京都中央区の旭倉庫敷地内にスチル撮影からWebムービーやPV、小規模のテレビCMといった動画撮影に対応する「月島スタジオ」を昨年7月にオープン。3つのスタジオで構成され、うち2つは65坪や50坪の広さを誇る大型スタジオを実現している。また、サポートも特徴的で、RED 4K RAWデータ撮影において、ベストなクオリティを実現するためのワークフローを提案&実践出来ることも大きな強みとなっている。代官山スタジオでは、ファッションやビューティー、広告撮影において高い品質を実現するためのRAWフォーマットによる撮影オペレーションからレタッチを早くから行っている。つまりRAWフォーマットに関する長い経験と高度な現像ノウハウがあり、それが、動画であるRED 4K RAWデータの運用においても発揮されるのである。

藤本氏:写真業界には10年以上のRAWフォーマットの歴史がありますが、映像業界で本格的にRAWフォーマットが採用されるようになったのは、ここ数年のことです。私見ですが、フォトグラファーであれば、アシスタントを含めて、RAWに対してある程度、共通の理解があります。写真の学校でも普通に教えるのだから当然です。これに対して、映像業界ではRAWの歴史が浅いことに加えて、メーカーによる規格の乱立もあり、RAWのメリットを大いに理解されている方と、全く受けつけない方の両方が存在します。

4K収録サポートの例として、フォトグラファーの腰塚光晃氏がRED EPICで撮影をしたラゾーナ川崎プラザのテレビCMについて具体的にご説明いただいた。

藤本氏:REDに限らず、RAW収録で最も重要なことは適正露出で撮影することです。具体的に言えば、RAW現像の際にハイライトとシャドーのディティールを失うことなくイメージを再現できるよう、仕上がりを想定して最適な光量を取り込むことが大切です。RAW収録では、RAWデータそのものを扱うことが重要です。ここが、長年スタンダードとされてきたビデオによる映像制作と異なります。優れたビデオエンジニアリングシステムは数多く存在しますが、あくまでもビデオ信号を測定し、運用するものです。映像信号になる前の状態であるRAWデータに適しているとは限りません。繰り返しますが、コントラスト、色再現の過程でRAWデータ自体をコントロールすること、それらの情報を正確に後行程に伝えることが重要です。RED 4K RAWのワークフローで言えば、撮影情報がメタデータとして記録されるRMDファイルを管理し、編集作業においても4Kサイズを損なうことなく、メタデータレベルで対応することが大切です。この理想的な行程を実現してくれるアプリケーションがPremiere Proなのです。

話しを戻しますが、映像制作において色彩の決定/演出はカラーグレーディングで行われることが多く、この際にRAW収録のメリットは最大限に活かされます。そうすると、撮影時に最も注意すべきはイメージの輝度分布です。輝度分布の確認はヒストグラムが最も適しています。オペレーターは、RAW現像後の仕上がりを想定しながら、ヒストグラム上でハイライトとシャドウを見極め、場合によってはカメラマンに露出の助言を行う。写真撮影の現場はヒストグラムによる確認を早い段階から採用しており、このようなスタイルを長年、実践してきた経験があります。誤解を恐れずに言えば、ビデオ信号ではなくRAWフォーマットにおいては、写真業界の経験値は最も信頼できるファクターのひとつです。

このような理由から、我々がサポートするRED 4Kの撮影現場には、写真のデジタル現像や画像レタッチを専門とするオペレーターが同行します。彼らは、最適なRAW収録を行うためのDITでもあります。今回のラゾーナ川崎プラザの現場では、制作チーム、照明チームの方々ともにREDに対する理解が深く、より良い結果を得られました。我々のサポートもお役に立てたと思います。

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撮影した4KRAWデータをMacBook Pro Retina & RED RocketからEIZO 4Kモニターにリアルタイム出力。撮影監督がフォトグラファーの場合でも、通常のスタイルでRED RAWをコントロールできる

この話には「なるほど」という感じだ。具体的な話を聞く前までは「なぜ写真業界のスタジオがRED 4Kのサポートなのか?」と思ったが、フォトグラファーにお馴染みのRAWで収録というところにしても、最終納品より大きな4Kで収録し、トリミングして使えるというところに関してもフォトグラファーの経験値が活かしやすいワークフローだし、この手法は、ハイエンドデジタルシネマやTVCM制作においても大きなメリットが考えられる。

藤本氏は「4KオーバーのRAWフォーマットは、映像表現においてもワークフローにおいても新しいビジネススキームを確立することが可能であり、RED EPIC、SCARLETの設計思想とスタイリングは、フォトグラファーの豊かな経験値を映像の世界においても発揮させる手助けとなります」と言う。

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CanonマウントモデルのSCARLETを構える藤本ツトム氏。このケースでは「5Kで静止画を切り出す」ことが優先のため、シャッター速度:1/200秒で撮影。手持ちで写真と同じ距離感でモデルにアプローチできる。同時に仕上がる秒間12コマの5K映像はスタイリッシュでREDならでは

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広いスペースで動画対応が特徴の月島スタジオ。3面アールのホリゾントを備えている

代官山スタジオのRED 4Kワークフロー

では、REDを使ってどのようなワークフローを提案しているのだろうか?気になる4Kワークフローの概要についても説明をしていただいた。撮影現場ではREDの専用SSDに収録したマスターデータをMacやWindowsのデスクトップにマウントしてR3Dファイルをコピーする。RED社が提供する「REDCINE-X」を使って、フォーカス、ハイライト、シャドー、色等、各部分の確認を行う。REDCINE-Xは、フリーウェアながら、ヒストグラム、ガンマカーブ、カラーホイール他、様々なインタフェースを備えており、映像エンジニアからフォトグラファーまで、幅広く使いやすい設計でおすすめとのこと。もちろん現像ソフトとしても秀逸。そして最も重要なことだが、REDCINE-XでRED RAW(.R3D)をコントロールすれば、コントラスト、色情報等をメタデータとしてRMDファイルに記録してくれる。例えば、CM撮影の現場でクライアント確認のもとにカメラマンが色を決定した場合、この色情報をREDCINE-Xを通してメタデータとしてRMDファイル記録する。この情報は、途中変更の指示がない限り、編集作業を経て完成されるまで保たれるべき情報である。ここまでが撮影現場で行う作業だ。

編集作業(ポストプロダクション)でのポイントは「撮影現場で決めた色情報を含む様々な撮影情報を収めたRMDファイルに対応するシステムを使うこと」とのこと。「RMDファイルの情報がクライアントとカメラマンがOKを出した色なので、この情報を最後まで保つこと。逆に保てるならばどこで編集をしてもかまいません」ということだ。仮に色情報を失ってしまった場合、撮影時の色を再現することは不可能に近い。

とはいっても、現状、RMDファイルに対応しているシステムの種類は限られている。この中で、代官山スタジオが使用しているのはPremiere Proだ。Premiere ProはRMDファイルのインポートとエクスポートに対応しREDCINE-Xとの連携ができるので、RMDファイルが持つ撮影現場の色情報を保ったままで編集することが可能だ。また、「RED R3Dソース設定」という画面で、Premiere Pro内でR3Dファイルを自在にコントロールし、現像をし直すといったことも可能だ。藤本氏も「Premiere Proの編集中でも必用に応じてRAWデータを直接触ることもできますし、現像設定にはPhotoshopライクなトーンカーブが利用できるのも便利です」と特徴を紹介した。

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Premiere Pro内の4KシーケンスにR3D素材を多数配置してもHD編集のように軽快に編集することが可能だ

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プロジェクトパネルで素材を右クリックして「ソース設定」を選択すると「RED R3Dソース設定」というパネルが開く。ここでホワイトバランスやRGBカーブ、ISOの設定などのR3Dファイルのメタデータの現像設定を行うことが可能だ

代官山スタジオがPremiere Proを選んだ理由

RED 4Kの撮影&制作のサポートになぜPremiere Proを採用したのか?そのあたりをもっと詳しく聞いてみたところ、5つにまとめて返答してくれた。

1つ目の理由はPremiere ProがRMDファイルに対応していることだ。詳細は先に紹介した内容の通りだ。2つ目の理由は撮影されたRED RAW(.R3D)ファイルをネイティブサポートしていることだ。藤本氏がREDを運用していた初期の頃はProResに書き出すことが多かったが、カット数によっては1日から2日の変換時間がかかったこともあったという。それがPremiere Proならば特にプラグインを追加でインストールすることなく、標準状態のままR3Dファイルを読み込んで即ネイティブ編集が可能だ。

3つ目の理由はリアルタイム編集だ。4Kの編集というと非常に処理が重いというイメージがあるが、Premiere Proではパソコンのスペックに応じて「フル画質」「1/2」「1/4」といった表示解像度を設定することによりコマ落ちのしない快適な編集環境を実現することが可能だ。藤本氏によると「だいたい1/4解像度ぐらいに設定すればコマ落ちしない環境を実現することが可能です。ソース画面とプレビュー画面は小さいので、解像度を落としても編集作業にはまったく支障はありません」とのことだ。

4つ目の理由はCreative Suiteの制作ツール群でストレスのない連携を行えることだ。藤本氏の場合は「ちょっと凝った合成などはAfter Effectsを使います。全体の8~9割はPremiere Proですが、オープニング部分等はAfter Effectsを使います」とのこと。

その際の体験談として「古いバージョンの頃はPremiere ProからAfter Effectsと連携する際に一回Premiere Proで中間的なProResなどに書き出してAfter Effectsで読み込むということをやらないといけない時期がありました」と話した。CS6では、「ダイナミックリンク」と呼ばれる機能を搭載していて、レンダリングすることなくPremiere ProとAfter Effectsの間をリアルタイムに行き来できることを実現している。現バージョンでは「Premiere ProのタイムラインをそのままAfter Effectsに読み込めます。また、After Effects側で処理をしたものはリアルタイムでそのままPremiere Proのタイムラインに反映されます」とアドビのCreative Suite間でストレスなく行き来できることも理由に挙げた。

最後の5つ目の理由は、アドビブランドであることだ。写真/出版業界では、フォトグラファーやレタッチャー、デザイナーまで、アドビPhotoshopが共通のツールだ。初めて使うソフトでもアドビブランドであればPhotoshopとインターフェイスが共通の部分があって分かりやすいという。

REDの4KをPremiere Proで編集する際のハードウェア的な環境も気になるところだ。藤本氏によると、4Kというと非常に処理が重たいというイメージがあるが、決してそのようなことはないという。環境のアドバイスも含めてこう語った。

藤本氏:REDの素材は4Kですが、Premiere Proならば自分が持っているマシンですぐに編集ができます。なおかつMercury Playback Engineに対応するGPUを搭載していれば、HDの編集と変わらないような感覚で作業をすることができます。特別にRAIDを組まなければいけないとか、特別に高速なハードディスクでなければいけないということはまったくありません。ただ快適な環境を実現しようと思ったら、高い処理能力を持ったマシンが理想なのと、Mercury Playback Engineが機能するビデオカードを必ず搭載してください。あと、基本的には、Premiere Proはできるだけ最新バージョンを使うことです。CS5よりはCS6がよいでしょう。

映像業界で写真業界のカメラマンが活躍し始める

写真業界には、繊細なライティング技術や緻密なRAW現像で高品位な画作りを実現できるノウハウがある。藤本氏のいろいろなお話を聞いていると、「映像業界はこのままの感覚で仕事をしていると、いつかは写真業界に追い抜かれてしまうのではないか?」と思ってしまう。映像業界で、とくにフィルムの次世代の表現を担っていく若い世代の映像制作者にこそ聞いてほしい内容が多いという感じだ。例えば「スチルのカメラマンが映像をやることの可能性」という質問には以下のように答えてくれた。

藤本氏:これまでの映像業界は、ビデオカメラが主流だったので、ビデオ信号の性質や撮影スタイルが写真のそれとは大きく異なり、またフィルム撮影においても撮影チームが主体でフォトグラファーの個性は発揮されませんでした。しかし、今後の主流となるファイルベース映像、とくにRAWフォーマットにおいては、フォトグラファーの世界観を活かした画作りが可能です。最近では、我々の取り組みを好意的に捉え、応援してくださる映像業界の方が多くいらっしゃいます。皆さん、RAWデータの優位性をとても良く理解されていて、映像のスペシャリストならではのアドバイスをしていただけます。より良い映像文化、映像ビジネスを業界の垣根を越えて模索していく。このような事は私が映像制作をスタートした10年前には想像できませんでした。

今日では、多くの映像のスペシャリストの方々と日々情報交換させて頂いてます。我々がREDで撮影したメタデータ(RMDファイル)を理解し、前向きに対応してくれるポストプロダクションさんもありますので、メタデータを通してポストプロダクションにもフォトグラファーの狙いをそのままフィードバックすることができます。そういう環境ができてきたので、個性と熱意があるフォトグラファーは映像の世界でも活躍する機会が増えてくると思います。フォトグラファーが映像表現においても自分のスタイルで、リーダーシップをとって画作りをしていける時代がやっときたのではないかと思います。それを可能にしてくれたのがRED 4K RAWとPremiere Proだと思います。

映像業界にはこれから4Kの環境を構築していこうと考えている方も多いと思う。RAWやPremiere Proを使用している藤本氏の話というのは、環境の構築面でも映像業界の将来といった面でも参考になる部分が多いのではないだろうか。

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PRONEWS編集部による新製品レビューやイベントレポートを中心にお届けします。