130インチのスクリーン上映を含むイベント企画上映スタイルで、新たなコミュニティの発展を促す
デジタル時代の映画館上映
全てがデジタル化されたことで、比較的つくることは簡単になった現在の映像制作。しかし特にインディペンデント作品にとって難しいのは、制作した作品を映画館で上映公開することは今も昔も変わらないことだと思います。作品をYouTubeやVimeoといったストリーミングサービスで、Web配信することはすでに誰にでもできることになりましたが、やはり映画やドキュメンタリーの作品は、映画館という限られたスペースに集まって、人が集まって同じ時間を共有しながら、同じ作品(映画/映像)を見ることが大切だと感じている方も多いと思います。
しかし現実は、最初のプロデュースから配給の枠組みを考えて、ある程度のバジェット(予算)を持つ作品でなければ、一般の劇場で掛けることはなかなか難しい現実は変わっていません。そんな中でインディペンデント作品の上映を受け付けてくれるミニシアターなどの映画館は、映画製作を続ける多くの映像クリエイターにとって、とても嬉しい存在でしょう。
今回ご紹介するのは、この5月末に残念ながら惜しまれつつも閉館されましたマイクロシアター、KINEATTIC(キネアティック)です。しかし閉館後、実はこの8月から、次世代の映画作品上映を鑑みた、新たなスタイルで営業を再開されました。それは、一般には映画館の場所を公開しない、“シークレット・シアター”による企画上映という方式なのです。
次世代のマイクロシアターのあり方
「もっとインディペンデント映画の自主興行意識を喚起させたい」と語る、KINEATTICの橋本侑生氏
2007年4月に、東京都心の隠れ家的なマイクロシアターとして、主にインディペンデント系の映画ロードショーを続けていたKINEATTIC。ちなみに『KINEATTC』とは、ギリシャ語の“動き”を意味する“KINEMATOS”から派生した「映画」の意味となる“KINEMATOGRAPH(キネマトグラフ)”の“KINE”と、屋根裏(もしくは屋根裏部屋)=ATTICを組みあわせた造語です。この7年間、TOKYOカルチャーにおけるカオスの中心である裏原宿の奥に存在し、インディーズ系フィルムメーカーにとって、作品を気軽にしかもリーズナブルな価格で上映できる場所として、とても重要な存在でした。また数年前からはニコニコ動画やUSTREAMなどを利用したネット配信上映も開始、さらには版権が一般に公開されたパブリックドメイン(著作権切れ)の昔の名作映画をネット配信で上映するなど、常に映画文化とともにインディペンデント映画の進展に寄与しつつ、新しい文化拡張の方法を提供されてきました。
この度、新しく再開営業された現行のKINEATTICは、“映画の可能性を拡張する不特定多数のシネアストたちによるプロジェクト・コミュニティ”として、様々な場所・環境下での上映イベントの運営や、USTREAM、ニコニコ生放送、Vimeoなどを使用したWEB上映・配信番組の企画を行っています。中でもKINEATTICが運営する映像スペース”VISUALAB”のスペースレンタルは中心的な活動拠点となっています。
ただしユニークなのは、そのVISUALABの場所ですが、一般には公開されていません。イベント企画を申し込みされ、来場される方のみに教えられるヒミツの場所での開催が、また新しい手法であり、とても魅惑的です。シアターマネージャーの橋本侑生さんはこうおっしゃいます。
橋本氏:これまでのKINEATTICと同じようなレンタルスペースを作っても仕方ないと思いましたし、自主映画はなかなかお客さんを呼ぶことが難しいので、そこを逆手に取って、限定人数と申し込み者のみに告知されるという、ちょっとしたプレミア感を演出して、逆にクローズドなイベント主体の、“シークレット・スペース”というコンセプトで営業したら面白いのでは?と考えました。
JVCケンウッドの4K対応最新D-ILAホームプロジェクター『DLA-X55R』。Apple TVも接続!
場所はとりあえず都内某所、中央線の阿佐ヶ谷界隈…というところまでが公開されています。現状受け付けているイベント企画は土日祝と限定的です。秘密のシアターの中を少しだけご紹介すると。とあるビルの一部屋を30人ほどが入れるような、リラックスできるカジュアルなリノベーション・スペースに、150インチのスクリーンと、バーカウンターなどが設置されています。とはいえ、上映設備はかなり本格的なものが導入されていて、プロジェクターは4K(3840×2160)対応で、ネイティブコントラスト50000:1を実現しているJVCケンウッドの最新D-ILAホームプロジェクター『DLA-X55R』が常備されています。
インディペンデント作品にマネタイズの思考を!
ビルの1部屋をリラックスできるインテリアで装飾
これまでこのようなマイクロシアターを経営されてきた中で、橋本さんが思われているところは、映画作家の人は若い層を含むすべての層で、あまり映画での儲け、つまりマネタイズについて考えている方が少ないということでした。これは日本では他のジャンルにも一般的に言えることですが、特に映画というジャンルにおいては、未だにそこでお金儲け=不徳なイメージがあるようです。
橋本氏:いま現在も多くの作家さんは“良い作品さえ作ればいつかは売れる!”と未だに思われている方も少なくありません。しかし今の時代、一般の劇場映画館でも映画作品はなかなか観ては貰えない時代です。USTREAM等の配信を始めてからも特に強く感じていますが、やはり上映や配信も作品をPRしなければ、売れませんし伝わりません。観てもらえなければお金にはならないし、その後、創作活動を続けて行くことも難しくなるでしょう。
しかし、そこがなかなかクリエイターの方にも響かず、関心が薄いというか、難しいところでもあります。現在インターネットはパブリシティのための合理的な手法でもありますが、一方で最新の映像視聴手段というカルチャーとしても大きなトレンドになっていると思います。しかし、日本のインディペンデント映画の世界では、その部分がごっそり抜けていると思うのです。海外では当たり前のように行われている合理的なマネタイズ手段としてもネット配信や上映はあまり積極的には使われていないというのが、日本のインディーズ映画界の特徴でした。若い世代に限らずあらゆる世代においてそういう状況を考えると、僕自身はそこに凄くヤキモキしていて、この状況のままでは、日本の映画界の裾野をこれ以上拡げることは難しいのではと感じていました。
こうした作品のマネタイズ意識を少しでも喚起させるため、新生KINEATTICは自主企画上映をメインに貸し出す上映施設のついたレンタルスペースとして生まれ変わりました。
橋本氏:基本的なKINEATTICのコンセプトは以前から変わっておらず、アートにおけるアートギャラリーや音楽におけるライブハウスのような、レンタルシアター=映画上映に特化したレンタルスペースです。以前からそうでしたが、他のミニシアターのように我々自身が配給までは行わず、あくまでスペースのレンタルが主体です。そして主催者の企画による上映を主な興行仕様にしています。それはこれからの時代は作家自身が興行していく(作品上映とそのマネタイズを考える)というスタンスが重要だと考えるからです。あくまでクリエイターが主体になって上映活動できるようなスペースとして、小さな規模でも自分で上映イベントを企画して作品を上映していくことで、よりインディペンデントな作品の価値観を共有出来る人とのコミュニティスペースとして活用して頂きたいのです。こうしたコンセプトは、USTREAMをやり始めてからより多くの方に分かってもらえるようになりました。
新しい体制では、このVISUALABという隠れ家的な上映スペースを貸し出すことによって、まず自分自身で人を集めて頂き、興行するという、インディペンデント作品上映のカタチを促すということを推進されています。そこには映像映画作品を通じて、新たなコミュニケーションのしくみを作りたいという考えもあるようです。
橋本氏:現代の映画の見方として、じっと2時間観てそれで終わり、というやり方がすでに飽きられていると思います。シネコンもアニメ祭りのようなものでしか営業を維持していくことは難しい時代になってきたのではないでしょうか?また同じ映画を愛するとか、同じ考え方を共有したいとかの指向性のなかで深い話をしたい場合、たとえSNSでつながっているとはいえ、実はリアルなコミュニケーションに飢えているのが実情だと思います。インディペンデント映画は、上映イベントというリアルなコミュ二ケーションを含んだ上映方式でないと、なかなか広がって行きませんが、逆にニッチだけれどもそこにニーズはあると思っています。こんな思いから以前から考えていたのは、あくまで映画の上映が中心ですが少し飲食もできるスペースもあって、もう少し振り幅の広いイベントスペースとして機能させたいという思いがありました。新しいKINEATTICでは完全にクローズドイベントを中心に定員になり次第締め切り、上映+監督さんや俳優さんなどとの懇親会なども含めた、映画(映像)を軸として、限られた空間での新たなコミュニケーションを創造していきたいと考えています。
いま映画をマネタイズすることは、メジャー作品ですらすでに難しい状況になっているのだと思います。しかしより同じ思考で深い関係を結びたいという部分で映画や映像は大きな意味を持つメディアであることは確かです。「良い物さえ作れば売れる!」といった、前時代的な感覚は、まさに日本の海外輸出工業製品の失敗をまったく同じ状況を映画が辿っていると言えるでしょう。そこの考え方を少しだけ改めることで、映画を中心とした新しいコミュニティが見えてきます。人と人をつなぐ映画館はまさにこれからのインディペンデント映画の未来像なのではないでしょうか?