最高の環境で映像を愉しむこと
今年は日本全国で、また一段と厳しい猛暑が続く毎日ですが、皆様、残暑お見舞い申し上げます。映画好き、映像好きの紳士淑女の皆様は、今宵はどのような作品をどのような場所で楽しまれていますでしょうか?
いつの時代でも良い映画や映像を、より良い環境、より居心地の良い条件、お気に入りの場所で観たいと熱望される貴兄貴女も多いかと思います。時代は流れ、映画・映像の見方も今日、大きく変わってまいりました。映画も映画館で観る”シネマコンプレックス”なる複合型集合映画室で見ることが多くなり、音の迫力やサービスは行き届いて便利なものの、どこに行っても同じような環境。心無しか映画の印象もなんだかはっきり覚えていないこともあったりと。最近では自宅の大型TVで、Blu-rayやひかりTV、Huluなんぞを観たいときに観たい人と観る時代となっています。
映画・映像の印象というのは、観た場所、環境、条件にも大きく左右されるのではないか?、そしてさらには、それによってより多くの感激や情緒を感じ、貴兄貴女の脳裏に麗しき鮮明な記憶として残っている、ということも多いかと存じます。
そんな映画・映像を観る側の立場から、この場所で観てみたい、あの場所が面白そうといった視点で、さまざまな個性的な映画館や映像視聴が出来る場所、映像の上映方法、上映の技術進化の裏側などをご紹介するのが、この「NIPPON Viewing Travelers」です。今回の、其の一では新しくて懐かしい素敵な映画館、広島の八丁座さんをご紹介します。
八丁座/株式会社序破急(広島県広島市胡町)
広島市街地の中心街にある、広島で最も古い百貨店「福屋」の8階部分にある”八丁座”
広島の中心街を横断する目抜き通りの「相生通り」、そのど真ん中である八丁堀の交差点角にある広島初の百貨店「福屋」さんがオープンしたのが1929年(昭和4年)のこと。その後ご存知の通り昭和20年8月6日、あの忌わしき原子爆弾の投下により立派な店舗は無惨な姿に…。しかし戦災の苦難を乗り越えて終戦翌年から1階部分で営業を再開、その後次第に床上げして、1975年(昭和50年)にいまのビルディングの姿になった。そして100年近くその地にあった松竹東洋座と広島名画座という2つの映画館をその8階部分に移設。つい先頃の2008年(平成20年)の閉館まで、多くの広島市民に愛された娯楽の殿堂でした。
時は流れて時代はシネコン全盛期へ突入。松竹系の封切館は周辺地域のシネコンへ移設されたものの、しばらく空いていたその福屋さんの8階部分に、2010年(平成22年)に誕生致しましたのが、ここにご紹介する「八丁座」という映画館です。
「広島愛と映画愛の総力を結集」したというこの八丁座は、株式会社序破急(じょはきゅう※)という、日本の芸能理念をそのまま会社名にされている、何とも気骨を感じる会社が運営されており、この八丁座の2つの館(壱:170席、カウンター9席、畳席7席、車椅子席/弐:70席、カウンター6席、車椅子席)の他にも、近所にサロンシネマ1、2、シネツイン本通り、シネツイン新天地(残念ながら年内閉館予定)と4館/6スクリーンを運営されていらっしゃいます。ちなみに序破急さんは、純粋に映画館運営のみを生業とされている、地元密着の企業としても非常に希有な会社でもあります。
※序破急=芸術における展開形式。序=ゆっくり・基本、破=中速・型破り、急=急速・ドラマティックを意味する
特注シートは長時間の観覧にも疲れず、さらにワイドスクリーンを見やすいような配置など細かい配慮が嬉しい。
八丁座は、2010年11月のオープン時にも映画ファンの方々には話題になり、山田洋次監督や故・森田芳光監督も訪れたという、その映画館全体の様相がなんとも素敵で特徴的。写真を観て頂ければおわかりの通り、全く新しい映画館ながら、江戸時代の芝居小屋をモチーフにした「和モダン」をテーマとしたデザインとなっており、細部までの作り込まれた造作がとても印象的。
肝心の座席の椅子もこだわり、高品質な家具製造で有名な広島県廿日市市の「マルニ木工」さんへ特別発注した(同社も映画館のシアターチェアは初めての受注)という劇場用のオリジナルチェアを配置。特にソファ総張仕様タイプは幅85cmもあり、通常の映画館では味わえない、くつろぎの感覚を体験できます。
また劇場最後部には和風のカウンター席や、靴を脱いで畳の椅子でくつろげる7人掛けの「八丁畳席」などユニークな特別席も設けられています。
瀬戸焼の洗面台
劇場内の照明には53帳の芝居小屋を彷彿させる提灯が並べられ、殿/姫と塗り分けられたお手洗いの表示や瀬戸焼の洗面台などへのこだわり、また各入場扉にも広島の紅葉のイメージした「もみじの四季」が12枚連描されており、これらは京都東映撮影所大道具美術さんの作品です。
「もみじの四季」
また劇場の入口正面には、こちらも京都東映撮影所から譲り受けたという、実際に「十三人の刺客」(2010年 三池崇史監督)の撮影にも使われた、松の廊下のふすまが設置され、威風堂々たる門構えになっています。なんとも風情豊かな映画館が、なぜデパートの上に誕生したのか?支配人の蔵本健太郎さんに少しお話をお伺いました。
こだわりの映画館が誕生した理由
八丁座の支配人 蔵本健太郎氏。蔵本氏の羽織っているはっぴはスタッフのユニフォームとして着用、細部の演出まで徹底
蔵本氏:元々この広島の中心街には沢山の映画館があったのですが、段々とシネマコンプレックスの波に押されて、10年前ぐらいまでに殆んど姿を消してしまい、弊社関連の劇場以外は全て郊外のシネコンに移られました。当社は地元企業ですし、なんとか広島の街中に映画館を残したいという思いがありました。この八丁座は和風の劇場という他の映画館にはないコンセプトで、年配のお客様にも街中に戻って映画を見に来て頂きたいという思いもありました。
映画館に漂う非日常の空気。それはまず映画館の座席から始まります。なんとも特徴的でかつもう一度ここで観てみたいと思わせるチェアの由来とは…
蔵本氏:シアターチェアにこだわる志向性の映画館作りは、以前の他の映画館から始まっています。元々サロンシネマ1が両肘のついたオリジナルシート設置による映画館としてスタートしまして、サロンシネマ2は広島の自動車メーカーマツダの車のシートで全席リクライニングシートを採用、また平成元年にオープンしたシネツインでは、仏キネット社のシートを世界で初めて採用しています。
これはなんと!仏キネット・ギャレー(QUINETTE GALLAY)社は、フランスの高品質シアターチェアーの有名メーカーで、パリ・バスティーユのオペラ座ほかヨーロッパの名だたる劇場で採用されているなど、世界の一流品も取り入れています。またスタッフの元々の映画好きが高じて、映画館としての質にはこだわっており、映像のクオリティはもちろん、音響に関しても非常にこだわりを持っています。
肝心の上映設備も最新仕様の機材が導入され、単館の映画館とはいえ、大きい方の「八丁座 壱」では、横9.40m×4.00mの巨大スクリーンが設置されております。しかもデジタル上映に対応するためNEC社製のDLPプロジェクターを始め、サーバーはDolby社、Doremi社製のシステムを完備、サウンドもドルビーデジタルEX7.1ch対応の音響設備など、その裏側は最新の上映システムが導入されています。
蔵本氏:八丁座では開館当初、プリント映写の色にもとてもこだわっていて、古い作品も上映しますが、とても美しい上映再現ができるように調整しています。しかしその後、映画上映もデジタル化へと一気に進行しました。2010年のオープンの時期には、まさかこれほどまで早くデジタル上映の波が押し寄せて来るとは思っていませんでした。当初から壱にはデジタル上映機器が入っていたのですが、現在は弐にもDLPプロジェクターとデジタルシネマサーバーを導入し、壱では3D上映にも対応しています。残念ながらフィルムでの新作配給は、この2013年にはほとんど無くなってしまいました。
時代の流れには逆らえない事情もありますね。ところでどんな客層が八丁座さんへ足を運ばれているのでしょうか?
蔵本氏:客層はやはりシニア層の方を中心に支えられています。午前中から昼間にかけてはご年配の方が多いですね。金曜はレディースデイとなっていますので、OLさんなどが会社帰りに観賞して頂くケースもあります。あとは福屋さん(百貨店)に買い物に来られた方で、かつては街中で映画を観ていた方が、いまはシネコンで観るようになったのだけれど、たまに寄って観たら段々クセになってきた…というファンの方もいらっしゃいますね。ちなみに今年頭に封切られた山田洋次監督の「東京家族」(2013年1月19日公開)は、全国320の上映館中、この八丁座の観客動員数がなんと4位だったんです。あまりキャパも多くはないのですが、これには我々もビックリしました。
やはり市民に愛されている映画館ということの裏付けなのでしょうか。広島の人々に愛されている様子が見えて来る様です。つい先日8月3日には、原爆被爆者の遺留品写真展の模様をドキュメンタリー映画化した今年の話題作品「ひろしま 石内都・遺されたものたち」(リンダ・ホーグランド監督)の上映、そして監督と写真家 石内さんのトークショーも、この八丁座で行われました。
蔵本氏:この映画館はシネコンなどに比べて、結構笑いが多く会場から聞こえて来るんです。昔は仕事や日常で嫌な事があっても、芝居小屋で憂さを晴らして元気になって帰って行く。今はそれが映画館で出来たらと思っています。福屋さんもウチが出来た事でお客さんの入りも多くなったとお聞きしていますし、街の方からも様々なイベントなどもコラボして企画したいという話を頂いていて、少しずつでも八丁座をきっかけに広島の街にもっと活気が生まれてくれれば良いと思っています。
常に面白い事をやりたい、そして夢の映画館を作りたい…、そして映画を愛して、さらに地元が好き、映画が好きというこだわりの映画館「八丁座」。オリジナルの椅子もただ品質の良い椅子を設置しただけではなく、その一つ一つの椅子の角度も見やすい位置に微調整してあったり、常に映画を観る側の気持ちになって、映画ファンの気持ちになって劇場づくりをされているところに、深く感銘を受けました。
総括:これからの映像体験を考える
大手のシネマコンプレックスはアメリカンスタイルの合理性を追求した便利な映画館としては、都心では便利かもしれません。しかし昔の映画館の雰囲気を知る者にとっては物足りない何かがあります。人情なのか、情緒なのか、風情なのか…。私たちが映画に求めている、映像以外の何かを、この八丁座は見事に体現してくれているように思います。どうしてもここに来て観たいという映画館の雰囲気作り=空間演出は、これからの映画視聴になにかとても大切なものを暗示してくれているようで、これがまた大きな流れを作って行くことを期待したいと思います。