カメラを買い替えたいくつかの理由

SONY α7をα7Sに買い替えた。元々これを持っていたのは動画を撮るためではなく、スチル用として、また、レンズの研究用としてフルサイズに惹かれての事だった。買ってまだ1年も経たない状態での買い替えはもったいない気がしたが、買い替えには確固とした理由があり、タイミングが悪かったと思いつつも、迷いはなかった。

α7Sは今更説明するまでもなく、外部レコーダーを使えば4K動画が撮れるという事で、大いに話題になっている。だが私の買い替え動機はそこではない。そもそも動画撮影であれば愛機のFS100と700がある。そのスタイルを今も変えるつもりもない。ただ、ミニジブやスライダーを使う時だけは重量の関係でα7をサブとして使う事もあった。もちろんそれだけであればα7で十分なわけだが、α7Sには4K収録を考えていない私にも買い替えを決意させる二つのポイントがあったのだ。

その一つは動画収録フォーマットにXAVC S(1920×1080 60p 50Mbps)という選択肢が新たに加わった事だ。従来のAVCHDよりも圧縮率という部分で画質が向上したという事だ。50Mbpsという数字はさほど新しさを感じる物ではない。例えばCanonのEOSムービーは5D Mark IIの頃から45~50Mbps程度の物ではあったが、正直なところ、AVCHDとさほど差を感じるような事はなかった。ところがこのXAVC SはEOS同じようなビットレートではあるが、AVCHDとの差を感じる。

こればかりは動画の元素材を見比べなくてははっきりはしないかもしれないのだが…。特に山肌で細かい木の葉が風に揺れているような映像ではその違いが分かるし、映像全体がより自然になった。言い方は難しいが、点や線が少し面に近づく感じ。この差は私にとっては大きかった。このビットレートという意味ではもっと高いビットレートで撮れるカメラはとっくに出ているし、それこそ最近めっきり安くなった外部レコーダーを使えば、格段に高いビットレートで収録する事も可能になっている。なのに今になって心が動いたのは、数字では計れないXAVC Sというフォーマットの優れた描写力なのだろう。

そしてもう一つのポイントは、SONY業務用ビデオカメラとまったく同等のピクチャープロファイルが搭載された事だ。もちろんセンサーが違うわけだから、FSと同じ画が撮れるということではないが、レンズとピクチャープロファイルが同じならかなりのレベルでトーンを揃えられる。こうなるとFS100の美しいセンサー、700のハイスピード、そして音声、放熱以外では、スチルカメラがまた性能面で上回ることになる。困ったものだ。さてカメラは揃った。これを活かす機材がまだまだ必要だ!

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AVCHD
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XAVC


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AVCHD
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XAVC


静止画の比較ではなかなか分かりにくい差だが、動画として流すとその差は大きい(YouTubeでは再圧縮により分かりにくくなるので静止画とした)。この差が人によっては気にならない物かもしれないし、被写体やカメラワークによって差が分かりやすかったり分かりにくくなったりもする。少なくとも私にとってはこの差がとても気になる。ただし、XAVC(50Mbps)とProRes422(220Mbps)との差は正直、あまり感じなかった。そこからもXAVCがいかにすぐれたフォーマットかがうかがえる。

“いい画質”を求めて必要な「NINJA BLADE」

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今回活躍したLibec ALLEX

しかし今回は何もα7Sのカメラレポートをする訳ではない。今回のテーマは「いい画質」。世の中は4K、8Kに夢中だが、実は私自身はあまり興味を持っていない。そりゃ高精細に決まってるし、報道やスポーツといった、それが必要になる分野も確かにある。また地デジ化の時のように、国民全部が4Kテレビを買うなんて事になるなら話は別だが、少なくとも映画館も含めて1920×1080でクレームが出たためしはないし、そもそも巨大スクリーンの為に映像を作る機会はドンドン減っているようにも思う。

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もちろんそんな環境がタダで手に入るならありがたくいただくが、その為にカメラやパソコンを買い換え、高速のグラフィックボードとモニター、大量のストレージを用意し、ハイスピード撮影を諦めるといったような事が果たして必要なのかと考えると、現時点ではリスクとデメリットが多すぎるのだ。では画質の向上はもう考えていないのかというとそうではない。いつも、より「いい画質」を求めてまだまだやるべき事、取り入れなきゃいけないテクノロジーや機材があるのだ。

つまり「いい画質」というのは高精細だとは限らないという事。解像度を4Kや8Kにするのと、収録ビットレートやフォーマットをHDのまま工夫するのは意味が全く違い、それはそれぞれ画質向上に繋がる。私のように高解像度すぎる映像は目に痛く、長時間の視聴には向かないと考え、あえて低解像度のオールドレンズを使うという行為も「いい画質」への試みの一つだと思う。皆さんも数字や新しさだけにとらわれず、自分の目と感性を働かせて「いい画質」の為に本当に必要な事と物を見極めてほしい。

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さて、目と感性という意味では撮影現場でのフィールドモニターがとても重要だ。最近のトレンドはLogで収録して安定した環境のスタジオでしっかりグレーティングするという方法だが、私は現場での感性、被写体へ向く気持ち、また、それらを被写体も含めた現場のみんなが共有する事をとても重要視しているので、チェックの時に誰もが覗き込めるフィールドモニターを充実させる事が、画質やフォーカスのチェックのみならず、監督が何をどう捉えようとしているのかを周りが理解するコミュニケーション面でも不可欠だと考えている。以前は某社の7インチ液晶を使っていたが、最近愛用しているのはATOMOS NINJA BLADEだ。

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NINJA BLADE

これは基本的には外部レコーダーなのだが、モニターディスプレーにIPSパネルを搭載している。5インチというサイズではあるが、7インチの普通の液晶に比べてもむしろ画質のチェックにはこちらの方が分かりやすいと感じる。特に黒の締まりは格段にいい。もちろん7インチ以上のIPSパネルを持ったフィールドモニターも発売されているが、NINJA BLADEに決めたのには色々な理由がある。その一つが前段で話した高ビットレート収録だ。XAVC Sのクオリティを見た後ではAVCHDのクオリティでは満足できなくなっているので、FS100や700でもHDMI経由でNINJA BLADEでApple ProRes422 HQで同時収録するようにしたいからだ。ビットレートはなんと220Mbpsだ。

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ならばレコーダーとフィールドモニターを別々に用意をすればよさそうなものだが、NINJA BLADEを使うもう一つの理由がそこにある。写真にもあるNINJA BLADEを入れた黄色いポシェット。これは市販のポシェットに自作の改造を施してシェードも付け、時にはそのまま三脚に付けられるようにした物だが、基本的には私自身がいつも首からぶら下げているようにするための物だ。

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ワンマンオペレーションとまでいかないまでも、少人数の撮影において、モニターの準備、移動というのにはどうしてもスタッフ一人がかかりきりになる。撮影進行が慌ただしくなると、ついつい「モニターはいいや」って事にもなってしまう。そして後で大きな後悔をするはめにもなりかねない。それが外部レコーダーも、って事になるとなおさらだ。

そういった物をカメラや三脚に装着するためのリグが随分いろいろと発売されているようだが、カメラの安定性、カメラワークの自由度を考えた時に大きな障害になる。そういう事を考え合わせると、レコーダーとモニターを合わせてディレクター自身が持ち歩くというスタイルはとても理にかなっていると思うので、NINJA BLADEに高品質なIPSパネルが付いているというのは大変ありがたい。

ポシェットの方はまだまだ改善しなければいけない部分もあるが、間もなく発売されるATOMOS SHOGUNを手に入れてからゆっくり考えようと思っている。こちらはIPSパネルが7インチとなり、更に理想的なモニタリングを可能にしてくれるはずだし、嬉しい事にProRes422 HQで60p(NINJAは30pまで)での収録が可能になっている。

もちろん最大の売りは4K収録が可能という事だが、私にとっては仮に4Kをやらなくても充分魅力的な製品だ。こうなると7インチを首からぶら下げっぱなしにできる体力と背筋を鍛えるだけの価値はありそうだ。

そして「いい画質」「いい作品」のために

Ninja BLADEのProRes422HQ(一部XAVC)で収録したフッテージ(歌・出演:三上ナミ)

さて、このように「いい画質」「いい作品」のために知るべき事、やるべき事は、解像度を高める以外に山ほどある。色情報の4:2:0から4:2:2へ、8bitから10bitへ。向上させるべきポイントは様々だが、その根本は自分にとっての「いい画質」とは何か?上質とは何か?という事をはっきりさせる事だ。またそれを求める努力を怠ってはいけない。

機材、テクノロジーは最後にクリエイターに使いこなされてこそ価値がある。そしてこの目覚ましいテクノロジーの発展は私たちに大きな課題を投げかけている。「評価する」といった上から目線は無意味に近い。私たちはそこをはき違えてはいけないのだ。さぁ、「いい画」を撮ろう!

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。