今年上旬、中目黒の駅から歩いてすぐの場所に、映像プロダクション「エルロイ」の新オフィスがオープンした。話題の広告や様々なジャンルのムービーを数多く制作してきた同社は、まだ設立5期目。35歳の代表取締役・和田篤司氏を筆頭とする平均年齢28歳の若き制作集団だ。勢いに乗る彼らが目指すのは「映像の作り方を変えること」。従来の手法に縛られず、次世代を見据えてトライをくり返す彼らの変化と進化の過程は、刺激的だ。

「映画でいう“組”を持ちたい。そういう制作会社を創ってしまおうと」

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「映像の作り方を変えたい」。それは社長の和田氏が設立前から考えていたことだという。ヒントを与えてくれたのは映画業界だった。従来の映像プロダクションとは異なる、独自の一貫制作体制やコストカットの発想。まずはその原点を探ってみよう。

――和田さんは会社立ち上げの際、「こんな組織にしたい」と思い描いていたビジョンなどありましたか?

和田氏:明確に持っていましたね。大手CM制作会社のプロダクションマネージャーとして仕事を始めて、その後WEB系の広告代理店で動画制作グループの立ち上げに参加してきました。そうした会社員時代に、映像制作はとにかく無駄が多いなって感じていたんですね。

――たしかにスタッフの外注費や機材のレンタル費など、予算に占める間接費の割合は多いと聞きます。

和田氏:そのお金をもっとクリエイティブに注ぎ込めたらと思っていました。普通の映像制作会社は、演出・カメラマン・撮影機材・ポスプロなど外注するのが一般的です。プロダクションにはPr(プロデューサー)とPM(制作進行)だけ、というケースが基本形。それはそれで、旬のディレクターや企画にあったカメラマンを起用できるメリットがありますが、プロダクションにはスキルが残りにくいんです。

映像制作の重要な部分や、難しい箇所を外注がやっているんだから当然ですよね。これでは“ノウハウの空洞化”というか、「どこの制作会社に頼んでも同じでしょ」という状況になってしまう。そこを根本的に解決できる方法はないか……とずっと模索していて、行き着いた答えが日本の映画界が築いてきた「組」というシステムだったんです。

――そのシステムにたどり着いたきっかけは?

和田氏:会社設立の前に、一時期フリーのディレクターをしていました。その時に映画を監督させてもらう機会があり、実はそこでとても苦い気持ちを味わったんです。当時は映画業界での経験も実績もありませんでしたから、当然、“和田組”なんてありません。カメラマンからスタイリストやヘアメイクまで、全て制作会社のPRが編成したチームで制作しました。

ただ「監督の和田です」と言ったところで、すぐスタッフから信頼を得られるわけでもなく、むしろアウェー感がいっぱいで。現場を思うように進められず、結果的に、映画も「自分の作品」と呼べるものにならなかった。その時の悔しい気持ちが、会社を作る最大のモチベーションになりましたね。自分の“組”を持ちたい、だったらもう、そういう制作会社を創ってしまおうと。

――では、エルロイは会社全体で1つの「組」を目指している。

和田氏:そうですね。今年春に入社した新卒メンバーを含めると全部で30名ほどの会社ですが、プロデュース部、制作部、撮影部、編集部、企画デザイン部という5つの部署があります。プロデューサー、制作、ディレクターはもちろん、カメラマンやエディター、デザイナー、それに撮影助手・コンテライターなども、うちの会社では全員が正社員です。この体制を作ったおかげで、映像制作のご相談をいただけば、企画から納品まで一気通貫で対応できますし、何より映像作りのノウハウが会社に溜まっていきます。

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――一貫体制のメリットはどういうところにあるんでしょうか。

藏原氏(制作部部長):納品までを段階分けすると、企画・プリプロダクション・撮影・編集の4つのフェーズになります。その全フェーズに対して全部署が一丸となって関わるというスタンスなので、進行を担う制作部としては非常に楽というか、ストレスを感じませんね。企画デザイン部は企画をするだけ、撮影部は撮影をするだけ、という職能意識の壁が無くなるのも会社組織であることの強みだと思います。

小島氏(編集部部長):それに、あらゆる面でスピード感が全然違いますね。編集を例にとると、外注すればポスプロの営業さんが間に入ります。そうすると、どうしても余計なコミュニケーションロスが発生しやすいです。それにポスプロの場合、オフラインとオンラインのエディターが別で、繋ぎこみの時間損失や理解度のギャップが生じるケースも多々あります。

その点、うちの場合はディレクター、プロデューサー、制作などがエディターと直接話せる。またジェネラリストエディターが基本なので、オフラインとオンラインがシームレスです。それだけでもスピード感は違いますが、弊社のエディターは撮影現場の約7割以上にデータマネージャーや現場編集として参加しています。当然、より濃密なコミュニケーションが生まれますし、データ受け渡しの事故も起こりにくい。現場で撮影素材をチェックしていますから、編集作業時の決定スピードや質がグッと変わるんです。

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伊藤氏(企画デザイン部部長):一貫体制を強化するために、数年前に「企画デザイン部」という部門も新設しました。簡単に説明すると企画プランナーとデザイナーとコンテライターが在籍するチームです。企画出しやプレゼン資料・絵コンテの作成、資料リサーチなど、映像にまつわる企画とデザインを一括で対応しています。

実はこうした企画に関する工程も、一般的には外注部分が意外と多く、なかなかスピード感を出しにくいんですね。これを内製化できたことで、企画書作成のスピードと精度が大幅に上がり、コンペの勝率も目に見えて高まりました。また社員のコンテライターが、ディレクターの意見を聞きながら「演出コンテ」を作り込んでいく、という欧米式のフローができるようになった影響も大きい。クライアントへの提案品質は上がり、撮影時の無駄も省けますから、革新的なチームだと思いますね。

――1人が様々な職域を兼務するケースも多いのですか?

松田氏(プロデュース部部長):会社立ち上げ当初から、制作スピードのアップや、クオリティを高めるために兼務する社員は多いです。最近は大手制作会社でも、「1人ができる領域を増やせ」というのは、社内で叫ばれているようですね。それだけ今の映像業界の完全分業制は、制作費や求められる速度感など、いろいろな意味で厳しくなっているんでしょう。

弊社はそもそも演出部を社内に置いていないんです。演出をする人間はどこかの部署に所属していて、プロデューサーがディレクターを兼務することも日常的です。極論を言ってしまえば、いい演出ができるのならば、どこの部署の人間でもディレクターを務めればいいし、いい企画を出せるのであれば撮影部や編集部から企画を集めればいい。実際、全員で企画出しをして、編集部の若手から出たアイデアがそのままTV-CMになったこともあります。

――若手から企画を発信するのは、結構勇気のいる行動だと思うんですが…。

和田氏:それはきっと、社長が一番上で、新人が一番下というイメージがあるからですよね。そこの考えも弊社はちょっと違うんですよ。「逆ピラミッド構造」と呼んでいるんですが、現場を切り盛りするメンバーが一番上で、各部署の部長の面々はそれを下支えしている、という考えなんです。常に“現場”が主役なので、ごく自然にアイデアや意見が出てくるんですよね。

主役である現場が輝く、腕を磨ける仕事を集めるために、僕らが会社のバックオフィス業務やブランディングをせっせとやる。一人ひとりが働きやすくなるように、制作環境の改善や整備を積極的に進める。そうして地盤を強固にするから、社員は、成果物のクオリティの向上だったり、売上アップだったり、自己能力開発だったり、そうしたやるべきことに全力を注いでね、というスタンスです。

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「映像業界は斜陽産業。それぐらいの危機感を持って改革すべき」

チームプレイによる一貫体制で、質にこだわった作品作りを続けるエルロイ。内製が基本となれば、社員一人ひとりのスキルや、制作環境がクオリティを大きく左右するはず。そう質問を振ってみたところ、和田さんは「鋭いですね!」とニヤリ。実は、このインタビューの前後の時期、社員育成や環境改善を目的とした大小様々なプロジェクトがスタートしていた。

――TV、広告、映画などジャンルに関わらず、映像制作会社が抱える問題として、人材不足という問題がありますよね。

和田氏:映像業界に夢を持って就職活動をする学生は、一定数います。ただ、“クリエイティブ”という大きな括りで言えば、WEB業界やアプリ開発の分野に興味を持つ学生の方が、今はもう多いかもしれません。その上、僕もこれまで映像に携わってきた中で、多くの若者が映像業界を去るのを見てきました。そもそも十数年前からTVならAD不足、映画なら助監督不足と、「人が足りない、人が足りない」と言い続けてきた業界です。以前は花形と言えた映像業界も、むしろ斜陽産業ぐらいの危機意識を持つべきだと思っています。

――根本的な意識の転換が必要だと。

和田氏:意識と環境、両方でしょうね。とはいえ、大手制作会社ならば、現状のままでも新卒のPMを多めに採用することはできます。そして、その9割が辞めても、残った数名が息長く頑張れば、Prに抜擢して会社が持つラインの仕事を受け継がせていける。そのサイクルで十分会社を回せるんです。ただ、弊社のような中小規模の制作会社ではそうはいきません。だからこそ、あらゆる部分で改革を始めました。

――具体的な取り組みを伺えますか?

和田氏:まずは体系立てた教育システムの構築ですね。業界では新人教育はOJTが基本ですが、それだと教える方も、教えられる方も、みんな疲弊しますよね。それに現場で怒鳴るだけじゃ、今の子には伝わりません。そこで、2016年を“育成元年”にして、弊社独自の育成プログラムを作るべく、「エルロイアカデミー」をスタートさせました。これは基本的な知識やスキルを磨けるように考えた、「講義」と「研究」という2部構成の座学研修です。

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座学研修の様子

――2部構成の座学研修、興味深いですね。

和田氏:実際、かなり役立つと思いますよ。講義は、内部講師編と外部講師編があって、内部講師として社内のプロデューサーが営業についてレクチャーしたり、ディレクターが演出の講習を開いたり。外部講師としては、上場企業の社長が使うプレゼン資料を作成するプロの方に、わかりやすい企画書作りのワークショップを開いてもらったり、他にはポスプロのテクニカルアドバイザーや映画カメラマンにも開催してもらいました。

研究編はワークショップのような雰囲気で、ハリウッド映画などのメイキング映像を資料に、映像制作の新しいノウハウを参加者みんなで話しあいます。メイキングは真剣にチェックすると得られる発見が山ほどあって、本当に勉強になるんです。

――この研修で、映像制作の基礎知識を幅広く習得していくわけですね。

藏原氏:基礎編だけでなく、結構マニアックな勉強会も多いですよ。そういうのは部署ごとに開いていて、例えば制作部なら「スタンドイン学」。スタンドインって、現場のスピードをかなり左右するので本当はすごく重要なんです。だから、知っておくべき知識をしっかり教えた上で、現場でさらに叩き込むと。こうした座学研修で予習して、実際の業務で復習するという活動は全部署で徹底していますね。

――学んだ知識を、毎日の業務で自分のものにしていくと。

和田氏:座学とOJTの相乗効果に加えて、PDCAサイクルを意識することは、クリエイティブの世界でも大事だと考えています。外注スタッフの集まりでは、案件一つ一つを振り返ることってなかなかできませんが、弊社の体制であれば可能ですからね。

一作品作り終えるごとにしっかり反省点を確認して、その上で常に新しいことに挑戦する。撮影部で頑張ってくれている助手2名は、現場経験を重ねる中で「新しい撮影技術を身に付けたい」と、ドローンの操作をマスターしました。こうやって育成でチーム全体の力を高めていくことでアウトプットのクオリティを上げていきたいですね。

――チームとしての力を高めるために、スキルアップ以外に取り組んでいる施策はありますか?

松田氏:大がかりなもので言うと、つい先日、組織拡大に合わせてかなり広いオフィスに移転したんですね。これは「全部署が1フロアで仕事をする」という環境にこだわっているからなんです。1フロアだと物理的に距離が近いので、演出とエディターがすぐにコミュニケーションを取れたり、雑談の延長で撮影助手がプロデューサーに現場環境の相談をするシーンも日常的です。

実はつい先日、私も含めて3人がインフルエンザで倒れたんですが、毎日情報共有していたおかげで何事もなかったように引継ぎができたくらいです。

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エルロイの編集室

髙橋氏(撮影部部長):1フロア体制は本当に大きいですよ。毎日がオールスタッフミーティングのような感じで、質問や意見が自然とやり取りされます。1時間会議室に缶詰になるより、5分、10分の短い打ち合わせを回数多くするほうがよっぽど効率的です。

それに撮影部として嬉しいのは、新しいオフィスは1階に倉庫があって、社用車のハイエース2台が置ける駐車場と直結している点ですね。おかげで、倉庫を開けて車両に機材を積んだら搬出終了!と、かなり足回りが強化されました。搬入搬出が30分変われば、その分撮影時間に充てられるし、体力的な面でもメリットは大きいですね。

――細かな設備面の強化はいかがですか?

和田氏:基本的な設備投資は、全部メール申請にしています。私と経理をtoにして、設備内容や購入理由、金額が分かるメールを1本送ってくれれば、即決済します。それに設備だけでなく、参考図書の購入費とか映画鑑賞のチケット代も、同じようにメール承認で全額経費精算できるようにしました。これは「エルロイアシスト」という制度で、社員のインプットも最大限バックアップしようと始めたんです。ただし、かけるべきところに予算をかける一方で、社員全員に売上や荒利、各種経費の金額も全て共有しているので、むしろコスト意識は相当高いですよ。いただいた予算を踏まえた上で、それ以上のクオリティでお返ししようというマインドを社内で徹底したいんです。

――細かな数字データまで共有するのは珍しいですね。

庄司氏(経理部):1フロアの中には経理の私たちも一緒にいますから、この環境を活かして、「いいものを作りたい」という意識に加えて、「いいものを作るのに、いくらかかるのか」というコスト意識もしっかり根付かせようと取り組んでいます。

その一環として、細かな原価計算が行えるスケジュール連動型の制作管理システムを、完全オリジナルで現在開発中なんです。例えば打ち合わせで会議室を1時間使うとしますよね。そうすると、全体の賃料から算出した1時間分のコストが自動で作品に参入されるんです。PMS(プロダクション・マネージメント・システム)と呼んでいるそのシステムが運用開始すれば、見積もり、実行予算書、検収書が有機的に結びつき、精算や社内原価も自動反映されるなど、社員の事務作業が飛躍的に軽減できます。

他にも、最近では社長の給与をはじめ、役職に合わせた給与レンジを全体公開したり、各部署のポストやキャリアパスなどの人事制度も全部明確にしていますね。

――そこまでオープンにする理由とはなんでしょうか?

和田氏:“不明瞭が当たり前”じゃダメだと思うんです。経営部分だけではなく、あらゆる部分の透明性というのは社員のモチベーションや定着率、ひいては成果物の出来にも関わってくると考えています。それにもう一つ、働きやすい労働環境づくりも業界全体の課題です。「いいものを創るためにある程度はしょうがない」というのはあっても、あまりにオーバーワーク続きじゃキャリアを続けていけないでしょう。だから、弊社では9日間の長期休暇取得を義務化しました。

――えっ、休暇を義務化ですか?

和田氏:「エルロイ9」と呼んでいる制度です。あえて休暇を“義務”化したのは、「9日間の休日」を踏まえた上でスケジューリングできる技術や考え方を身に付けてほしいという狙いもあるんです。入社初年度から、年1回は必ず9日間連続で長期休暇を取得していけば、新人の子たちはそれが当たり前の文化になるはずですからね。

勤務時間も最近11時出社が定時だったのを、10時スタートに変更したんですが、これも同様の考えで。メンバーのライフサイクルを、“早く来て早く帰る”方向にシフトチェンジしていきたいんです。

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エルロイアカデミー、エルロイアシスト、エルロイ9の概念図

――業界的には徹夜仕事でタクシー帰り、というシーンもあると思いますが…。

和田氏:そういう場合も想定して、オフィスから1500メートル以内に住む場合は、3万円を現金支給する家賃補助の制度をつくりました。「仕事が終わった、すぐ家に帰って休める!」という方が、体力もモチベーションも回復しやすいですからね。

あとは毎週月曜日は朝みんなでオフィスをキレイに掃除して、気持ちよく、効率的に働けるようにしたり。他にもフレックス制度があったり、子連れ出勤OKにしたり…。とにかく労働環境の面でもイイと思えるシステムはどんどん導入して、充実させていくつもりです。

――では最後に、様々な改革の先にある目標を教えてください。

和田氏:僕らの目標は、「最高の映像を作るために、最高の環境を用意し、最高の映像制作チームになる」ということです。そのためにプラスになることは何でも試しますし、会社はあくまで「人」が全てですから。みんなが気持ちよく働ける環境を創りながら、従来のやり方に縛られずに、新しい「映像作りのワークフロー」を発明していきたいと思っています。

そうして、チームプレイに磨きをかけて天才クリエイターも驚くような作品を生み出し続けていけたら最高ですね。映画でも「凡才が努力して天才に勝つ」、というストーリーほどエキサイティングなものはないですから。

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