同じ光学系とは思えなかった
一年ほど前、SIGMA ART 17-40mm DCの公式インプレッションを手がけた際、比較用として28-45mm F1.8 DG DNにも少し触れていたが、フルサイズF1.8の明るさには惹かれたものの、それ以上でも以下でもなかった。
しかし今回、同じ光学系を持つ「SIGMA AF Cine 28-45mm T2 FF」を手にした瞬間、その認識は完全に覆されることになる。
これは単なるシネハウジング版ではない。
撮影者を"シネマルックへ没入させるための道具"として再構築されたレンズだった。
手にした瞬間の重量感。フォーカスリングの粘り。ズームリングの滑らかな減衰。それらは単なる操作性の違いではなく、撮影者の身体感覚そのものを変えていく。
同じ光学設計であるはずなのに、目の前の映像体験はまるで別物だった。
高岡・FUTAGAMIの工房にて
今回の撮影地として高岡を選んだのは偶然ではない。
真鍮という素材は、使い込まれることで酸化し、わびた色合いへと変化していく。その経年変化そのものが価値になる素材だ。鋳造という行為、職人の手、砂型の痕 ——FUTAGAMIの工房には、素材と人との営みが幾層にも堆積している。
そういう場所を撮るとき、もとめるレンズ性能は解像力だけではない。
素材の表面に宿る質感。空間に沈む光。熱。湿度。工房の静けさの中に漂う緊張感。それらを過不足なく画に収める力が必要になる。
友人でもある手工業デザイナー・大治将典氏の手引きで、特別に撮影許可を得て工房へ入らせていただいた。
一体化する職人の所作
職人が指先だけでなく、全身を使いながら丁寧に整形していく砂型。溶かした真鍮を型へ流し込む職人の姿。目の前に広がる光景は、まるで錬金術の工房のように思えて、時が経つほどに引き込まれる。Blackmagic Cinema Camera 6K FF に本レンズをマウントし、ただ静かにカメラを回し続けた。
モニター越しにそれらを見つめながら、一年前に触れた28-45mmと、本当に同じ光学設計なのかと疑いたくなるほど、目の前の質感は濃密だった。
もちろん、光学性能そのものが劇的に変わったわけではないのは周知の通りだ。
しかし、シネハウジングによって撮影者の身体感覚と操作精度が変化し、結果として"画の精度"そのものが変わって見える。眼前の広角から標準域をありのままに捉える、それがこのレンズの本質なのだと思えた。
重量は増している。だが、三脚撮影や腰を据えた手持ち撮影であれば、その重量がネガティブに感じることはほとんどなかった。むしろ現場の緊張感の中で、自分を留めてくれる楔のような存在だった。
特に印象的だったのは、ズームリングとフォーカスリングの完成度だ。
滑らかな加速と減速。絶妙なトルク感。ピント送りの際に生まれる繊細な粘り。それらは、単に"操作しやすい"という話ではない。モニター越しに描こうとしている世界へ、より深く入り込ませてくれる感覚がある。
この体験こそ、一般的なスチルレンズでは得難いものだ。
インプレッション
- SIGMA AF Cine 28-45mm T2 FF x Blackmagic Cinema Camera 6K FF
窓越しの西陽が、工房の空気ごと柔らかく沈んでいく。
ハイライトだけでなく、暗部の粘りまで美しかった。
ふるいにかけられた土が光を受け、まるで粒子そのものが浮遊しているように見えた。
空気中の密度感まで自然に描き出してくれる。
溶けた真鍮の強烈な光量を受け止めながらも、周囲の闇が潰れない。
硬質さと空気感が同時に成立していた。
- SIGMA AF Cine 28-45mm T2 FF x Blackmagic PYXIS 12K
Blackmagic PYXIS 12Kとこのレンズとの掛け合わせについては、こちらのレビュー記事もぜひ参考にしてほしい。
撮影場所:神奈川工科大学 KAIT広場
仕様比較
| 項目 | AF Cine 28-45mm T2 FF | 28-45mm F1.8 DG DN Art |
| 開放値 | T2 | F1.8 |
| フォーカスリング回転角 | 200° | 通常は回転角のないノンリニア式だが、対応カメラなら90〜720度の範囲で任意に設定できる |
| ギアピッチ | 0.8M統一 | — |
| フロント径 | 95mm | — |
| フィルター径 | 82mm | 82mm |
| 重量 | 約1.2kg | 約900g |
| AF方式 | HLA | HLA |
| 対応マウント | L-Mount / Sony E | L-Mount / Sony E |
まとめ
今回の目玉機能のひとつであるAF性能については、使用ボディの都合上、本格的な検証までは行えなかった。ただ、驚いたことに、撮影開始時にAFで素早くピントを合わせ、そのまま撮影へ入れるだけでも十分に恩恵を感じられた。
HLA駆動による高速かつ静粛なAFが、映像制作の現場でどこまで実用性を持つのか。対応ボディでの本格運用も非常に気になるところだ。
また今回改めて感じたのは、このレンズが単なる「高性能ズーム」ではないということだった。
ズーム倍率を1.4倍に限定し、全域での描写性能に徹した設計。広角から標準域という、もっとも使用頻度が高く、なおかつボケ味や光量を求めたくなるレンジに特化した思想。それによって、明るさ・描写・運用性を極めて高い次元で両立している。
スチル版の28-45mmで、結果として近い映像は撮れるのかもしれない。
しかし現場では、"撮れること"と"入り込めること"はまったく別だ。
フォーカスリングに触れた瞬間の抵抗感。ズーム操作の滑らかな慣性。モニター越しに世界へ入り込んでいく感覚。そうした撮影者の身体感覚まで含めて、このレンズはシネマレンズへと昇華している。
シネハウジングという「まとい」は、単なる外装ではない。撮影者を、映像の深部へ没入させるための構造そのものなのだ。
宮下直樹(TERMINAL81 FILM)|プロフィール
フリーランスのフォトグラファー・シネマトグラファー
写真・映像、ドキュメンタリーから空撮まで。
視覚表現の垣根を超えた小さな物語を縦横無尽に紡ぐ。
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