ひっそりと、次のパラダイムシフトのために用意されている技術があることをご存じだろうか。
通称「HDR Photo」。HDRで撮影する技術だ。メーカーによっては呼称が異なったり、若干の仕様が違ったりするが、1つのカテゴリーとして捉えても良いと思う。
今回はこの技術に触れ、何がその魅力かを確認し、学んでいきたい。
HDR Photoとは?
ここで言う「HDR Photo」はあくまでも俗称で、正式な名称はない。ただ、そのいずれもHDRでイメージを記録することを目的とするものだ。
そしてHDR Photoは、現在スチルカメラが抱えている「矛盾」を解決するものだ。
あくまでも筆者の考察だが、スチルの世界では基本的に、sRGB、Adobe RGBを色域としたSDRの器を使用する。
そのため、以下のような矛盾が生じている。
- ハードウェアの性能は向上しているが、器(sRGB/ Adobe RGB)が小さい。今は無理に押し込んでいる状態だ。
- 同じカメラでも動画のLog形式で収録するほうが、大きなカラースペースで撮れる。これからもスチルではこれらを「押し込んで」いることがわかる。
- 近年の急激な性能向上により、近い将来(すでに?)入らない分の「切り捨て」が行われる可能性が高い。
- RAWという選択肢もあるが、「現像」というプロセスが必要な上に、手軽さがない。
それを避けるためにも、実はそれぞれのメーカーは、すでに受け皿を用意している。その候補が「HDR Photo」だ。
HDR Photoの仕様
HDR Photoという名前の通り、HDRを基準にした仕様であり、色域はRec.2020/P3/sRGB、輝度ダイナミクスはST 2084/HLGのいずれかの組み合わせとなる。
主流としては、P3/ST 2084 1000nitという、少し先を見た現実的な仕様のようだ。
これにより、色域においてはsRGBに比べ約1.3倍の広さ、輝度ダイナミクスでは約10倍の表現力を持つ。
HDR Photoの現状だが、正直なところ認知は薄い。カメラのメニューに項目があることを知りながらも、触れたこともないという方が大半だろう。
たとえ実際に試したところで、ほとんどのメーカーが、撮影した内容をカメラのHDMIからHDRモニターにつないで確認するよう案内しているので、煩わしく感じ疎遠になっているのではないだろうか?しかし、HDR Photoの登場時と比べ状況も大きく変わり、必要性が高まってきている。
PCにおけるHDR環境の敷居が低くなり、スマートフォンでのHDR表示機能装備も普通になった。SNSの対応も進んでおり、需要が増えているのだ。
それぞれのメーカー/スマートフォンの対応
先に述べたように、HDR Photo機能をすでに搭載しているカメラは多く存在し、それぞれに呼称や機能差がある。
様々なカメラメーカーがHDR Photoをサポートしている。色域はRec.2020、輝度ダイナミクスはPQ(ST.2084)とHLGの2派に分かれるが、ともにネイティブHDRであり、ゲインマップ方式はサポートしていない。
スマートフォンの場合は、製造メーカーというより搭載OS陣営によって異なり、iPhoneは通称「Apple HDR」、Androidは「Ultra HDR」を使用する。両者は当初互換性がなかったが、ISO規格(ISO 21496-1)が定められたことにより、実質的な互換性が確保された。
HDR Photoを代表する2つの方式
それではHDR Photoを支える技術を見てみよう。方式には「ネイティブ方式」と「ゲインマップ方式」の2つの方法があり、そこからさらに細分化される。
ネイティブ方式
ネイティブ方式は、名前の通り先行する動画のHDR技術をベースにしたもので、再現性を重視する場合に向いている。カメラ専用機によるHDR Photoで使用される場合が多い。
方式としてはRec.2020を色域に、OETFはPQ(ST.2084)もしくはHLGが利用される。HLG形式の採用が多いが、これは他の機器との親和性のためと思われる。
ファイルフォーマットにはHEIF(HIF/HEIC)が使われる場合が多いが、これは必要ビット数の確保やメタデータの収容、圧縮効率のためだろう。
HDRの環境がないと全く表示できない場合があったり、HDR環境の性能に多少なりとも影響を受けたりする特性がある。
ゲインマップ方式
iPhoneで採用される通称「Apple HDR」や、Androidで使用されている「Ultra HDR」でも使用される方式だ。GalaxyではSuper HDR(スーパーHDR)と呼ばれたりする。
その互換性の重視の思想から、今後、HDR Photoでの使用でメインストリームになると考えられている。
動作の理屈としては、これまでのSDR画像情報とは別に、HDRらしさを生むダイナミックな輝度情報が別に用意され、その情報を環境に合わせて調整して追加する。さらにベースとなるsRGBの色要素とは別に、P3/Rec.2020化の際の追加色情報が加味される仕組みだ。
これによって、SDRの環境では、通常の画像で表示されHDRの環境ではHDRを生かした表示がされる。このような特徴から、将来的にWebでの一般的な仕様が予想される。ただし、環境によって、大きく表現が変わることが前提である。
その他にもあるが、多くはJPEGで作成される。これにより互換性が高く、Webページに埋め込んで利用できる。※HEIFやAVIFなどのフォーマットのものもある。
ゲインマップ技術への理解については、toru氏の解説が素晴らしい。ぜひ参考にされたい。
▷https://trev16.hatenablog.com/entry/2024/01/06/093003
〈補足情報〉
実はApple HDRに関しては、その歴史から少しややこしい。iPhoneはiPhone 12の頃から撮影データにゲインマップの埋め込みがされており、HDR Photoに対応したアプリでは、後処理でHDR Photo化できる。
初期の頃のApple HDRはAppleエコシステムを想定したもので、それ以外では非互換であった(通称:旧Apple HDR)。しかし、iOS 18の頃からISOに準拠したものになる(iPhone 13以降)ことで、その他の環境でも互換性ができた(通称:新Apple HDR)。これにより現在は、iPhoneで撮影したHDR PhotoはAndroidなど、HDR Photoに対応した他の環境でも正しく表示され、Androidで撮影されたUltra HDRもiPhoneで正しく表示できるようになった。
旧Apple HDRで記録されたデータは、Pixelmator Proで新Apple HDR形式に、LightroomでISO HDRとして書き出せる。
どちらの方式を使うべきか
評価が求められる場合はネイティブ方式が向いており、万人が見るようなWebコンテンツにはゲインマップ方式が向いていると思われる。
画像の表示情報量からも、ネイティブ方式が美しく表示できる可能性は高いが、見る側の環境を用意するのも大変だろう。ゲインマップ方式であれば、完全な状態ではなくとも全ての人が見ることができる。
対応アプリ
HDR Photoには様々なアプリが対応しているが、残念ながら全てを1つで解決するものはない。何らかの欠けた部分がある。それらをそれぞれ補った使い方をするか、目的に応じて割り切った使い方をするかだ。
ここでは代表的な3つのアプリを確認しよう。
Pixelmator Pro
Pixelmator ProはApple Creator Studioに含まれる、Apple純正の静止画編集ソフトだ。確認はiPadOS版で行った。
ネイティブ方式、ゲインマップ方式ともに読み込み/書き出しができる。※ネイティブ方式の場合、Rec.2100 PQのNCLCタグが付く。
HDR JPEGで書き出した場合、ゲインマップ方式で記録され、HDR HEIC/HDR AVIFで書き出した場合、ネイティブ方式で記録される。ゲインマップ方式は全てのタイプが読め、書き出しは通称「新Apple HDR形式」に統一される。
長所としては、ネイティブ方式、ゲインマップ方式ともに読み込み/書き出しができることだ。Web制作はもちろん、HDR動画における素材画像の制作に役立つ。
短所としては、調整ツールが見劣りすることだ。悪いわけではないのだが、後に説明するLightroomが非常に優秀だからである。加えて、Windows環境で使用できないことも挙げられる。
Lightroom
ユーザーの多いスチル制作クリエイターにはAdobe社の定番ソフトだ。今回はLightroom macOS / iPadOS、Lightroom Classic macOSで確認した。
ネイティブ方式、ゲインマップ方式ともに読み込み/書き出しができるが、ネイティブ方式の書き出しはHEICに対応しておらず、AVIFを使うことによって可能となる。ただし、確認時は若干の問題が見られた。これがAVIFの仕様なのか、Lightroomのバグなのかは不明だ。
ゲインマップ方式に対応し、読み込み・書き出しともに可能だ。書き出したゲインマップ方式はISOに準拠したものになる。
長所としては、実績のあるこれまでの画像調整ツールに加え、HDR Photo向けに用意されたツールが素晴らしいことだ。ヒストグラムには視聴しているモニターの性能が表示され、調整状況を把握できる。さらにゲインマップ方式でのSDR表示時の調整ができることも大きい。macOS/WindowsやWeb経由で使用できることもポイントだろう。
短所としては、先に述べたように素晴らしい調整ツールがあるものの、色域に対しての対応が極端に雑であることだ。色域を変えることはできるが、その結果を確認しにくく、正直あまり意味をなしていない。ネイティブ方式への対応具合の悪さも短所と言えるだろう。
DaVinci Resolve Photoページ
映像の世界において絶対的な人気を持ち、色に関しては特に強みを持つソフトが、この春に正式に静止画加工の「Photoページ」を持って登場した。確認はPhotoページが実装されたDaVinci Resolve 21 for iPadで行った。
他の2つのアプリに比べ、明確なカラーマネジメントを使ったカラースペースの調整ができることが大きな強みだ。
本来、動画向けのソフトであることもあり、動画への展開もスムーズだ。元々動画文化であるネイティブ方式に強く、RAWからHDR Photoを作成することも可能である。
長所としては、先述の通り明確なカラーマネジメントへの対応だ。他のソフトでもカラーマネジメントには対応しているが、良い意味でユーザーに意識させないようにしている。しかし、多様性が求められる状況では、DaVinci Resolveのあり方は好ましい。計測機能の充実も素晴らしく、HDRにおける波形モニターのnits表示や、CIE座標での色域表示などが揃っている。スチル制作を主とする方には馴染みのないものだが、今後の多様な色域・ハイダイナミクスの対応には必須だ。
短所としては、ゲインマップが読めず、作成も不可であること。細かく言えば、読み込みに関してはネイティブ方式への変換で再現するが、どうしても疑念が残る方法だ。書き出しに関しては対応していない。
その他
表示という意味では、SafariやChromeといった代表的なWebブラウザはゲインマップ方式のHDR Photoに対応している。それもあってGoogleフォトも対応しており、一部のその他の写真共有サービスも対応している。大きな例としてはInstagramもゲインマップ方式のHDR Photoに対応している。
RAWからHDR Photo
質の高いRAWデータなら、これまでのsRGB / Adobe RGBを超える可能性のある情報が含まれているはずだ。それらをHDR Photo化することで新たな発見や、記憶の回帰もあるだろう。
作成にはDaVinci Resolveを利用する。ただし、ゲインマップ方式で作成したい場合は、DaVinci Resolveだけではできないため、先に挙げた他2つのソフトを使用する。ネイティブ方式ならDaVinci Resolveだけで完結可能だ。
理屈としては、カラーマネジメントでRAWに記録された内容を展開し、HDR Photoのネイティブ方式で記録する。難しいことではない。これで過去に撮ったRAWデータが新しい表情を見せてくれるだろう。
まとめ
いかがだっただろうか。HDR Photoに関しては、興味があるものの触れてこなかった方も多いだろう。
HDR Photoには、まだ課題が多いのも事実だ。
- HDR環境が必要だ。ただしこれは近年、モニターが対応していれば良く、環境は充実してきている。Apple製品でモニター一体型のものであれば、ほとんどがHDR表示に対応している。
- Windows環境では、HDR Photoでよく使用されるHEIF(HEIF)環境が標準ではない。
- カメラ側のビューア表示が正確に表示できない。※スマートフォンは対応している場合が多い。
- まだ認知が薄く、ノウハウなどが圧倒的に足りない。
また、プリントでは再現できない表現が増えるため、プリントとの決別も増えるだろう。もちろん、プリントはプリントとして愛好家に好まれ残り続けるはずだ。これはフィルムとデジタルのような関係になると思う。まさにフィルムからデジタルの時にあったパラダイムシフトが、また起きようとしているのだ。筆者の予測では、今後、HDR対応した高性能なフォトフレームの需要が高まるだろう。そしてその有力候補としてiPad Proが挙げられる。
「枠に収める」美学もわかる。それはそれで良いが、「枠を飛び越えて」手持ちのカメラの本当の性能を発揮してみてはどうだろうか。過去のRAWデータからHDR Photoを生み出して、新しい発見をするのも良いだろう。
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