取材・文:編集部 撮影:小山田有作
EOS C300 Mark IIIはEOS C500 Mark IIと同じ筐体を採用
左から、課長代理の妹尾勇氏、主幹研究員の岡村哲氏、副統括部門長の大川原裕人氏、主任研究員の小布施武範氏
キヤノンは2020年4月21日、4Kスーパー35mmDGOセンサー搭載のEOS C300 Mark IIIを発表した。4K Cinema RAW Lightの120Pハイスピードを内部記録や、業界トップクラスとなる16+Stopのダイナミックレンジ、デュアルピクセルCMOS AF搭載が特徴だ。これほどのスペックを実現しながら約120万円という価格も目を引く。C300の名を持ちながらも、業界トップクラスの仕様を実現したEOS C300 Mark IIIについて、キヤノンの開発者たちに話を聞いてみた。
――今回発表されたEOS C300 Mark IIIはこれまでのC300シリーズと同じ立ち位置のモデル的な位置づけでしょうか?
大川原氏:C300シリーズの第3世代でありますが、基本的な構造や取り扱いについてはEOS C500 Mark IIと共通になっています。EOS C500 Mark II発表時にはお話はできませんでしたが、実はもともとEOS C300 Mark IIIとEOS C500 Mark IIは同時に開発しておりました。しかし、EOS C300 Mark IIIの新規センサー開発の都合上、今回のタイミングでの発表となりました。
EOS C500 Mark IIは、運用スタイルや撮影スタイルの自由度が広いフレキシビリティがコンセプトでしたが、EOS C300 Mark IIIでも一緒です。EOS C700が得意とする4~5人のチームを組んだ撮影からワンマン撮影までを1台でカバーします。
それゆえに、自社ブランド同士の競合が起こることも予想されますが、「フルサイズセンサーによるボケ味含めた映像表現はEOS C500 Mark II」「4K120Pまで撮れるハイフレームレートやスーパー35mmのPLレンズとのマッチングはEOS C300 Mark III」というような映像表現の目的に応じて、選択いただけるのではないかと考えております。
自分の撮りたいものに合わせてレンズを決め、カメラを決める。この時、2種類のカメラが用意されていたほうが選択肢の自由度を確保しやすいはずです。お客様にできるだけ選択の幅を用意したくて、C500とC300の2系列展開となりました。
われわれとしては、この2台を売りわけするとか、棲み分けするなどの考えはございません。あくまでもお客様に選んでいただく選択肢を広げるということで、自社ブランド同士の競合が起こっても仕方がないと思っています。もちろん2機種共ご使用いただけますと、大変ありがたいのですが。
EOS C300シリーズに三代目EOS C300 Mark IIIが登場。2020年6月下旬発売予定。価格はオープン。市場想定価格は約120万円
EOS C300 Mark III(左)とEOS C500 Mark II(右)。外見は共通で、センサーが異なる。大まかな仕様はほぼ共通だ
2012年に発売を開始して今年で8年目となるCINEMA EOS SYSTEMの歴代全機種。C300からC300 Mark IIIまですべて共通したデザインが特徴だ
――「次のキヤノンの新製品は業務用の8K対応カメラなのでは?」とも予想していました。
大川原氏:弊社は8K映像ソリューションの開発をかなり早くから手掛けております。カメラヘッドはコンパクトで機動力があるところが特徴です。現在は、購入いただくよりも、有償レンタルで使って頂く場合が多いです。
弊社の8Kシステムは、レンズ、カメラ、ディスプレイ、プロジェクターとして、高品位のラインナップを揃えており、入力から出力までのトータルの画作りをきちんと実現できるのが特徴です。8Kのトップエンドで最高のクオリティを実現しつつ、その最新トレンドや技術をC500やC300にもフィードバックしてきております。
執行役員 副統括部門長の大川原裕人氏
――EOS C300 Mark IIIはDGOセンサー搭載が目玉ですが、こちらのセンサーの特徴を聞かせてください。
大川原氏:DGOはデュアルゲインアウトプットの略です。1つの画素出力に対して異なるゲインの出力が可能で、低ノイズ・高ダイナミックレンジの映像を生成します。明るい部分は飽和優先アンプの画像を使い、暗い部分はノイズの少ないノイズ優先アンプで撮影した画像を用い、良質で幅広い諧調を表現します。
複数の画像を組み合わせて、ダイナミックレンジを拡張するという技術は以前からありましたが、今回はそのアプローチを発展させて、プロ機材としての高画質化と高諧調性を、最小システム規模で実現すべく、検討して参りました。
異なる時間で撮影された、露光条件の異なる複数枚の画像を合成すると、合成された画はダイナミックレンジが増えますが、動くものに対してはエッジがぼやけ、動画として使えないという問題がありました。そこで、昔に技術開発していた複数のゲインで同時刻撮影を行う方法を再考してみました。
それと合わせて、システム的にもパッケージ的にもコンパクトにすること、同時にAF機能が実現できること、を達成目標としてきました。結果、新開発の4Kスーパー35mmDGOセンサー内に、デュアルピクセルCMOS AF技術とDGO技術とを押し込んだ事が、最大の特徴となっています。
左がEOS C500 Mark II 5.9Kフルサイズセンサー、右がEOS C300 Mark III 4Kスーパー35mmセンサー
――どのような仕様を実現していますか?
大川原氏:1つが4K120Pのハイスピード対応です。4K Cinema RAW Lightを120PまでAFで撮れます。もう1つはダイナミックレンジです。C300 Mark IIに比べると約1.5段拡張されます。C300 Mark IIは15stop相当だったところが、EOS C300 Mark IIIでは16+stopになります。
弊社はこれまでHDRについて長く取り組んでおり、上側は4000nitsの階調表現を実現できています。ですので、EOS C300 Mark IIIでは暗部側の階調表現に注力しました。Canon Log 2やHDRのPQ、HLGのガンマのカーブは、暗部が相当に急峻です。これに対し、暗部付近へのデータ割付最適化とノイズ低減とで、階調性を滑らかにしています。
三代目となったC300 Mark IIIのロゴマーク
――暗部の階調性が滑らかということは、ポストプロダクションでもメリットがあると考えてよいですか?
大川原氏:EOS C300 Mark IIIは、暗部のノイズがより少なく、自然に撮影ができます。これまでのカメラでは、少し露出を落として撮影をして、ポスプロの段階で少し増感させるということがよく行われていました。しかし、その際に当然ノイズも増感してしまいますし、なんらかのリダクション処理を必要とする場合もあります。
そのリダクション処理も、色のノイズまで乗ってしまうと除去は難しくなります。そういったポスプロでの作業の自由度向上や時間短縮の場面に貢献できるのではないかと考えています。
――DGOセンサーは35mmフルサイズの実現化は可能でしょうか?また、各社のカメラでデュアルISOの採用が増えていますが、DGOセンサーは技術的にディアルISOも兼ねていると考えてもいい技術なのでしょうか?
大川原氏:DGOセンサーの35mmフルサイズ化は技術的に可能です。次の新規センサーをフルフレームにするのも、或いはもっと小型化にするのも可能です。
また、これまでのCINEMA EOS SYSTEMは、どのISOを使ってもそれに最適なセンサー制御のチューニングがなれた状態で、ノイズと感度のバランスが最適化された形として設計してきています。そしてDGOセンサーでは、複数のアンプを合わせて使うことができます。他社はデュアルISOですが、DGOセンサーは連続的に使えます。言うなれば、マルチISOという表現もできます。個人的には、オートISOと出来る技術であると思っております。
普通は撮影シーンが暗いので、高ISO側に設定して撮影をする。またはノイズが気になるので低ISO側にして照明を焚く等、そういう設定をすることが撮る側としてのノウハウとして必要だったと思います。それが基準ISOのまま普通に撮っていただいて問題ありません。
小布施氏:他社のデュアルISOに対して、DGOというセンサーを使うことで2つのカーブを1本ですべてまかなえるのはメリットだと思います。DGOでは、どのISO設定にしても、ノイズもダイナミックレンジも最適な画像が出力されます。お客様には、撮影シーンの明るさに応じてベースのISOを切り替える煩わしさというのをまったく感じずに、自然な状態で撮影に集中していただけると考えております。
シネマカメラ開発担当の小布施武範氏
――EOS C300 Mark IIIを他社競合機種と比較した場合のアピールポイントを教えて下さい。
大川原氏:繰り返しになりますが、4K120Pを内部記録のCinema RAW Lightで撮れます。しかも、4Kの120Pスロー撮影でもAFが可能です。ダイナミックレンジのストップ数が一段程度、他社に比べ高くなっています。また、EOS C500 Mark IIではH.264のIntra-Frameだけサポートしましたが、EOS C300 Mark IIIでは発売時期がずれたこともありまして、Long GOPもサポートしています。これは、EOS C500 Mark IIにもファームアップでフィードバックをかけていく予定です。
小布施氏:EOS C300 Mark IIIはルックや色の合わせ込みでもこだわっています。DGOにはノイズを抑えた新しい技術が入っていますが、CINEMA EOS SYSTEM同士でカラーのルックは共通です。他のCINEMA EOS SYSTEMと画を並べることができるのもポイントです。
また、オートフォーカスを使った撮影の場面が増えてきており、デュアルピクセルCMOS AFのご評価いただいていております。その際に、AFの合い方がまったく同じ挙動では困るというご意見を頂くことがあり、AFスピードやAFレスポンスのカスタマイズもEOS C500 Mark IIからチューニング機能として搭載しております。イメージしているピントのインフォーカス、デフォーカスをカスタマイズすることが可能です。
岡村氏:EOS C500 Mark IIですでに実現していますが、ユーザーによるレンズマウント交換ができます。お客様自身でオプションのPLマウントキット「PM-V1」やEFシネマロックマウントキット「CM-V1」を用意することで、使いたいレンズに対応できます。あとは重量も特徴です。同クラスの他社製品よりも軽量ですね。
また、EOS C300 Mark IIIとEOS C500 Mark IIの外観は、ほぼ同じです。C500 Mark IIを使っていただいたお客様にはEOS C300 Mark IIIはすぐに使っていただけます。そこは、共通項なのですが、やはりセンサーが大きく違う点は商品の個性になります。
ですので、お客様が、どういうものを撮りたいとか。どういう表現をしたいのかに合わせて、C500 Mark IIとC300 Mark III、それぞれ選んでお使いいただいて、作品を撮っていただけたらと思っています。
シネマカメラ開発担当の岡村哲氏
EFシネマロックマウントキット「CM-V1」(左)とPLマウントキット「PM-V1」のマウントキットが用意されており、容易にマウントを交換できるようになっている
妹尾氏:EOS C300 Mark IIIやEOS C500 Mark IIには手ブレ補正機構が搭載されており、EFレンズだけでなく、非対応レンズ装着時にも5軸手ブレ補正が可能な、電子IS機能となっております。また、Cinema RAW Lightをスロー&ファーストでAFを適用できるのも特徴です。
また、外装に「スロー&ファーストモーション記録」ボタンや「スロー&ファーストモーション記録フレームレート」ボタンを装備し、ワンプッシュでスローファーストを設定して撮影できるのも特徴です。
シネマカメラの商品企画を担当した妹尾勇氏
C500 Mark IIやC300 Mark IIIには「スロー&ファーストモーション記録」ボタンや「スロー&ファーストモーション記録フレームレート」ボタンを装備
――最後に、C300 Mark IIIやCINEMA EOS SYSTEMは今後どのような現場で活用されると想定しますか?
大川原氏:初代C300のスタート時は映画業界参入を目的として、ハリウッドのある程度予算のあるプロジェクトで活用して頂くようにご用意させていただきました。例えば、マニュアルフォーカスかつチームで撮影を行う映画スタイルから、ワンマンで機動力を生かしての撮影スタイルまで、幅広い撮影スタイルに対応できるカメラを目指していました。実際には、小型且つオールインワンで使えるCINEMA EOS SYSTEMは、予算的にはある程度限られた撮影現場でお使いいただく機会が多かったです。
特に最近では、ドキュメンタリーの撮影でCINEMA EOS SYSTEMが使われている率が高まっています。2020年1月に行われたサンダンス映画祭ではノミネートされた作品のカメラの多数がキヤノン製で、世界映画ドキュメンタリー特別審査員賞を受賞したRadu Ciorniciuc監督の「ACASĂ-MY HOME」はEOS C300 / C100 Mark IIを使って撮影されました。映画撮影だけでなく、ドキュメンタリーの場面でも、C300 Mark III を含めたCINEMA EOS SYSTEMが益々活躍してくれることを、望んでおります。
妹尾氏:ドキュメンタリーの世界では、コンパクトな筐体であることで評価を頂いています。ドキュンタリー撮影はある被写体に密着して撮ることが多く、その最にコンパクトでハンドリングの良さ、オートフォーカス搭載は重要です。あとはハンドルを省いて、どんな場面でもさっと出して撮影できるところでも、評価をいただいています。その結果、サンダンス映画祭やアカデミー賞で賞をいただくようなドキュメンタリー撮影に選ばれています。キヤノンの機材で撮影した作品リストがありますので、参照していただければと思います。
簡単に脱着可能な高性能ドライブユニットを標準搭載して、テレビ放送、映画制作と用途に合わせて両方に使用可能なCINE-SERVOシリーズに「CN10×25 IAS」シリーズ登場
左から、副統括部門長の大川原裕人氏、部長の中川英法氏、副部長の飯島邦明氏
――CINE-SERVOシリーズに「CN10×25 IAS」シリーズが登場しました。CINE-SERVOとはどのようなシリーズなのでしょうか?
中川氏:CINE-SERVOシリーズは、大判センサー搭載のカメラ用に開発しているズームレンズです。特に、ドライブユニットと称するズーム・フォーカス・アイリスのサーボ機構を搭載していることが特徴です。大判センサーを生かした画作りでかつ、サーボ機能と機動性を兼ね備え、シネマから放送制作用まで幅広く使っていただけるレンズの位置づけがCINE-SERVOシリーズになります。
広角25mmから10倍ズームレンズを実現したCN10×25 IAS。発売は2020年7月予定。価格はオープン
放送用スタイルのドライブユニットを搭載。取り外すことでシネマスタイルとしても使用可能
――スーパー35mmでありながら、フルサイズ対応というのはユニークです。どのようにしてスーパー35mmとフルサイズの両方に対応しているのでしょうか?
中川氏:放送用レンズで長い実績のある、内蔵エクステンダー機構に発想を得たアイディアです。標準はスーパー35mmで、内蔵1.5×エクステンダーを使用することでイメージサイズが拡大し、35mmフルサイズセンサーのカメラにも対応します。
大川原氏:EOS C500 Mark IIと組み合わせて使う際にはエクステンダーをオンにすることでフルサイズをカバーできます。1.5×エクステンダーを使用した際、ワイド端からテレ端まで焦点距離は1.5倍になります。
レンズ開発担当の中川英法氏
――これまでのシネマズームレンズは大きくて重量もありましたが、CN10×25 IASはなぜ小型化を実現できたのでしょうか?
中川氏:弊社のシネ用TOP END ZOOMの10倍ズームレンズ「CN-E30-300mm T2.95-3.7 L」は、シネマ用レンズとして市場で高い評価を頂いておりますが、重量約5.8kgの大型のレンズでした。CINE-SERVOシリーズのコンセプトとして「担げる望遠10倍を実現する」という狙いのもと開発を行ないました。
また、担げるサイズのレンズとしてはズームレンジを標準域を挟む方が格段に使い勝手が向上します。そのため、CN10×25 IASシリーズでは、ワイド端を30mmから25mmで設計しました。
小型化を実現できた理由は、弊社は放送用レンズも手掛けていますので、CN-E30-300mm T2.95-3.7 Lの2012年発売から数年が経ち、材料・設計・製造技術を進化させ、それらを惜しみなく盛り込んだ光学設計と機構設計で、3㎏台の重量を実現しました。T値は2.95と「CN-E30-300mm T2.95-3.7 L」と同等です。
テレ端開放のT値も3.95とほぼ同等と、光学仕様面も含めたバランスも考慮しながら小型軽量を実現した機種になります。CN-E30-300mm T2.95-3.7 Lも発売から8年が経過した今でも光学性能の高さについて高い評価を頂いていますが、CN10×25 IASシリーズもそれにたがわず、小型ながら同等の性能を有しています。
――最後に、シネマズームといえば、富士フイルムやAngenieuxが有名ですが他社製品との違いや、どのような場面で活用が期待されるか教えてください。
飯島氏:他社は基本的にズームレンズをラインナップしていますが、キヤノンの場合はプライムレンズとズームレンズの両方をラインナップしています。お客様の作画意図に応じ、単焦点レンズとズームレンズで、暖色系の色に統一できていて、統一された色見で様々なコンビネーションのレンズを提供でき、それらを1つの作品の中でシームレスに使っていただけるというところが強みかなと思います。
また、CINE-SERVOシリーズには、7倍のCN7×17 KASシリーズと20倍のCN20×50 IASシリーズがあります。CN7×17 KASシリーズを2014年に発売しまして、かなり長い間、お客様に使っていただいているレンズです。その2本の中間域がないのか?というご要望を以前から頂いておりました。
CN10×25 IASシリーズが登場することで、ようやくそのご要望にお応えすることができ、どれを使っていただいても、お客さんの撮りたい画が撮れるようになります。ラインアップの間を埋めるCN10×25 IASシリーズを、お客様にいち早く使っていただきたいなと思っています。
レンズの商品企画を担当した飯島邦明氏