ニコンの子会社であるNikon Inc.は、アメリカ航空宇宙局(NASA)とスペース・アクト協定を締結し、有人月面探査「アルテミス計画」で使用される手持ち型ユニバーサル月面カメラ(HULC)の開発を支援すると発表した。
フルサイズ/FXフォーマットミラーレスカメラ「ニコン Z 9」(2021年12月発売)は、「ニコン Z シリーズ」のフラッグシップモデル。NASAは宇宙ミッションに適応できる改良を加えた「Z 9」を、アルテミス計画の第3段階となる有人月面着陸ミッション「アルテミスIII」において、月で活動する乗組員によって使用されることになる。
アルテミス計画は人類にとって壮大かつ重要なプログラムで、長期的な科学観点での月面研究と探査の基盤を確立するために乗組員を月に送り、最終的には火星への旅を可能にすることを目指している。人類が初めて宇宙に進出して以来、カメラは宇宙での旅の記録や研究、撮影に使用されてきた。今回締結されたスペース・アクト協定は、NASAとの協業により、ニコンの最先端のフルサイズミラーレスカメラが月の環境に耐えうることを確認し、ミッション中の写真と動画撮影のための効率的で最適なプラットフォームを開発することを目的としている。
「アルテミスIII」は、2026年9月にオリオン宇宙船を搭載したNASAのSLS(スペース・ローンチ・システム)ロケットの打ち上げが予定されており、1972年以来初めて人類が月面に着陸することになるほか、史上初めて女性宇宙飛行士が月面を歩くという歴史的なミッションを担っている。30日間のこのミッションでは、乗組員はオリオン宇宙船で月軌道に入った後、2人の宇宙飛行士が月面着陸船(スペースXのスターシップ・ヒューマン・ランディング・システム)で月面に降り立つ。約7日間をかけて月面でさまざまな調査を実施した後、オリオン宇宙船に戻り、他の乗組員と合流して地球に戻る。
月用に改良されるカメラについて
月の環境は過酷な無重力空間であり、カメラを使用するには技術的・工学的な課題が多くあるという。例えば、月面温度は-120°Cから75°Cまで大きく変化するほか、宇宙放射線が絶えず降り注ぐことでカメラのすべての電気系統がダメージを受ける可能性がある。ニコンはNASAと密接に連携し、膨大な宇宙放射線に耐えられるよう、カメラ内のさまざまな回路と制御シーケンスを再設計するなど、過酷な環境下で使用する際の信頼性を最大限に高めるソリューションを開発している。また、地球から約383,000キロメートル離れた月でもカメラが動作可能な状態を維持できるよう、さまざまなテストやシミュレーションを実施し、熱真空試験のサポートも行う。
さらに、月面歩行中や宇宙空間にいる時など、船外活動でもカメラを使用する必要があるため、乗組員が宇宙服の分厚い手袋を着用していてもカメラを快適かつ簡単に操作できるように、NASAはシャッターレリーズ、画像再生、静止画と動画のモード切り替えなどの操作性を備えた「Z 9」用のカスタムグリップを開発している。このグリップは10ピンターミナル用ケーブルで「Z 9」と接続し、専用のカスタムファームウェアを用いて使用される。
また、船外活動中にカメラボディーやレンズ、ハウジングを保護するため、現在、国際宇宙ステーション(ISS)で宇宙飛行士が船外活動中に使用しているものと同様の特別な熱保護カバーをNASAが製作している。「Z 9」に加えてNIKKOR Zレンズもミッションに使用されるため、使用される予定のレンズも月の過酷な環境に耐えられるように改良が加えられる。
ISSの乗組員が使用するカメラと同様に、ファームウェアも特別にカスタマイズされる。これには再設計された電気回路への対応や、乗組員や機材が常に浴びる宇宙放射線を考慮した、ノイズリダクションの適用範囲を高速シャッターにも拡張する対応などが含まれる。さらに、保護カバーに包まれた状態での使用の最適化を図り、ファイル名の付与ルールや初期設定、操作性にかかわる変更を行っている。また、宇宙飛行士のワークフローを簡素化し、宇宙から地球に画像を送信する際の効率を高めるとともに消費電力を削減するため、カメラ内のFTP通信制御にも変更を加えている。そのほかにも、シャッターシールドの最適化やHDR機能の強化、メニュー項目の初期設定の変更などが含まれている。
ニコンとNASAが共に刻んできた歴史
ニコンのカメラは、NASAや宇宙機関で幅広く使用されており、最近では2024年1月に宇宙ミッション用に特別な改良を加えていない「Z 9」が、ISSに送られた。50年以上前のアポロ15号のミッション以来、ニコンのカメラとレンズはNASAのさまざまなミッションやスペースシャトルでの宇宙探査に使用されてきた。1999年にはフィルム一眼レフカメラ「ニコン F5」(1996年10月発売)とNIKKORレンズがISSで使用開始し、以後ニコンのカメラとレンズは、科学研究、メンテナンス、そして宇宙飛行士による地球や天空、さらにその先の象徴的な画像の撮影をサポートしてきたという。
ニコンは、今後もユーザーが求める製品・サービスの開発・提供を通して、映像表現の可能性をさらに拡げることを目指し、映像文化の発展に貢献していくとしている。