TBSテレビとWOWOWが共同開発し、「2024年日本民間放送連盟賞」技術部門 最優秀受賞、「第1回 Tech Direction Awards」デジタルサービス部門 SILVER受賞という華々しい受賞歴を誇る「Live Multi Studio」。業界注目のこのテクノロジーは、果たしてトップクリエイターたちにどのように映るのだろうか?
ONE MEDIAの明石ガクト氏、AR三兄弟の川田十夢氏が、プロのクリエイター視点からその真価をジャッジしたイベント「アフター6テックナイト #1」の様子をお届けする。
ビースティ・ボーイズの実験的なミュージックビデオ「撮られっぱなし天国」、徳川埋蔵金、村上龍「希望の国のエクソダス」の小説を引き合いにlトップクリエイターはどのようにテレビ局が開発したテクノロジーに対してアイディア出しをしたのだろうか?
低遅延映像配信の新技術
TBSが開発したLive Multi Studio(LMS)は、従来の放送の枠を超え、視聴者参加型のコンテンツ制作を可能にする新しいソリューションだ。この技術により、スマートフォンやPCを駆使して、映像を0.1秒以下の低遅延・高品質で届け、映像や音声だけでなく制御信号も双方向で伝送することが可能となり、放送業界の未来を変える力を秘めている。
TBSテレビの未来技術設計部に所属するLMS開発者の藤本剛氏はLMSの利用シーンとしてスポーツ中継を挙げる。
藤本氏:
スポーツ中継では、権利元が「決勝だけ放送すれば良い」としていた時代がありましたが、最近では「準決勝や予選などもすべて映像化してほしい」という要求が増えてきました。これに応えるために、より多くの映像を制作したいというニーズが高まっています。これまで、専用回線や高価な放送機器を使っていましたが、パソコンとインターネットを活用すれば、もっと効率的に映像を配信できるのではないかという考えのもと、LMSを開発しました。
インターネットとパソコンを使うことの利点は、リモートでできるという点です。これにより、現地に技術スタッフが行かずとも映像配信可能になり、放送業界における労働環境の多様化が進み、ソフトウェアを使ったシステムならば機能のアップデートが可能になるというメリットもあります。
藤本氏が語るにように、従来、放送には高価な専用機器が必要で、制作に時間と手間がかかったが、LMSはインターネットとパソコンを活用することで、リモートでの映像収録・配信を可能にする。これにより、テレビ業界の労働環境が大きく変わり、番組制作の効率化や柔軟なコンテンツ展開が進むことが期待される。詳細は過去のPRONEWSインタビューもチェックしてほしい。
川田十夢と明石ガクトが語る映像未来
LMSが持つポテンシャルをどのようにクリエイターたちは活かすのか? 新しいメディア体験を創造するアイデアがいくつか提案された。まずは、川田十夢氏が持ってきたアイディアの「ビースティ・ボーイズ 撮られっぱなし天国」が会場で流される。
川田氏:
僕がLMSの活用で参考になると思うのは「ビースティ・ボーイズ 撮られっぱなし天国」です。ファンにカメラを渡して、観客が自由に撮影した映像をそのままミュージックビデオとして使うという実験を約20年前に行ったものです。今ではスマートフォンで誰でも撮影できるようになっていますが、まだそれが当たり前ではなかった時代に、50台のハンディーカムをファンに渡して撮影させたんです。カメラが民主化されたファンはどういう目線でビースティ・ボーイズを撮影するのか?
ビースティ・ボーイズの三人を撮らずに、踏んじゃったガムの映像を撮っていたり、そういう個人的なものも入っちゃっているんですよね。これって何か今の感じを内包していて。僕はテクノロジーでできることのギャップというものは、このときに行われたことと近いなと思っているんです。
明石氏:
このビースティ・ボーイズのミュージックビデオは私も覚えてますが、miniDVが普及し始めた2000年代前半だったと記憶しています。確かランダムに選ばれたファンが50人、ライブを撮って良いという企画でした。
今だとファンの目線で見た風景、会場がどのように盛り上がっているかというのを追体験することが可能になっていますが、当時は完パケのコンサート映像しかない中でめちゃめちゃ斬新でしたね。視点のマルチ化を突き詰めやすいプロダクトがLMSだからこそ、このようなビースティ・ボーイズのようなクリエイティブができるんじゃないか、ということですよね。
川田氏:
もう若い人はテレビの番組を長い時間見ていること自体がわかんないんです。それに対して、LMSの仕組みを使ってやってほしいのは、例えば、自分の世代のようなテレビ世代のタイム感を持っている人に、実況してもらうことにより何が行われているのか?を教えること、など。LMSが安定した仕組みだからできることですよね。
また、通りすがりのインフルエンサーにLMSアプリの入ったスマホを持たせて、厳格な生中継に潜入してもらって、放送にのせちゃうぐらいのことをやる。ビースティ・ボーイズの衝撃と同じことを今やろうとするならば、カメラマンがインフルエンサーになるぐらいのことをやるといいと思うのです。
明石氏:
今流行っている動画のフォーマットとして、解説動画やリアクション動画があるんですよね。何か映像を見ながらリアクションするだけの動画が流行っていますが、これが放送に乗ったらかなり革命的になると思います。面白いですよね。
次に、LMSがもたらす草の根メディア革命に注目する。明石氏が持ってきた「浜松修学舎vs静清 1set 春の高校バレー静岡県予選2025」が会場で流される。
LMSを使った新しいメディアの可能性
明石氏:
これこそがLMSを使った新しいメディアの可能性だと思っていて。もしTBSや他のテレビ局に採用されて、うまくいったらお金くださいね(笑)。さて、この映像はバレーボールの予選を観客席から撮影しているYouTube動画です。これをアップしているのは、浜松在住のバレーボールファンの方で、県内で行われた試合しか投稿されていません。
テレビ局が渾身の思いでアップしたコンテンツが、YouTubeで1万回以上も再生されることは珍しいですが、このバレーボールの定点カメラの動画は投稿から約3週間で1万回2000回もの再生数になっているんです。すごいですよね。
僕が好きな作家、村上龍の「希望の国のエクソダス」という小説があるんです。この小説はSFプロトタイピング的な側面もあり、これから起きるべきことがすでに小説の中に現れているのです。仮想通貨も予言されたりしています。さて、この小説の中で、全国の中学生がある日、一斉に不登校になり、メディアを作り始める話が描かれています。
この小説の中で描かれる「ナマムギ通信」というメディア(掲示板)を使い、miniDVカメラが普及し始めた時代に、全国の高校生や中学生が地元のテレビ局も入らないようなスポーツの試合を全部録画して、それを配信するというビジネスモデルでめちゃめちゃ儲かるという描写がありました。まさに今のLMSを使って実現できる世界だと思います。
先ほどもTBS藤本さんがLMSの紹介で強調されていましたがテレビ局の技術部の方は、極力現地に行きたくないという(笑)。であれば、みんなにスマートフォンを持っていろんなところに行ってもらい、例えば、応援している高校生やそのマネージャー、スタッフたちが4カメぐらいで試合を撮影し、それをリアルタイムで配信する。
これが実現すれば、親や他の学校の生徒たちがその試合を見られるようになり、遠くの場所にいる人たちも手軽にスポーツイベントを視聴できるようになります。
しかも、こういった草の根のスポーツやアマチュアスポーツにおいても、この技術が使えるという点が重要です。例えば、全国大会のような大規模な大会があっても、家庭で応援する親がわざわざ会場に行かなくても、スマホ一つで全ての試合を見られる。これがLMSによって実現できるんです。
視聴者が特派員になる
明石氏の話を聞き、川田氏は「視聴者が特派員になる仕組み」も考えられると続ける。このことによりテレビと視聴者の距離が近くなるのではないか、と。
川田氏:
誰もがLMSと繋がり、映像を流せる「視聴者が特派員になる仕組み」もここから考えられそうです。例えば、スマートフォンを持っている視聴者が、どこかで発生した出来事やイベントを撮影して、それをLMSを通じて、リアルタイムでテレビ局に送信することができる仕組みです。
この「LMS特派員」が重要なのは、現地に行かなくても、どこからでも情報を提供できることです。普通の視聴者でも、LMSを使うことで、例えば自分の街のイベント、スポーツ、日常的な出来事などを撮影し、それを番組内でリアルタイムで共有できるようになるんです。
こうして視聴者と番組制作が一体となって、新しい形のコンテンツが生まれそうですよね。渡すものは特派員としての腕章だけでいいと思うのです。
LMSを活用する街中宝探しの可能性
LMSが視聴者参加型のコンテンツ制作だけではなく、新たなインタラクティブコンテンツの可能性も示唆する。川田氏はかつて彼が作ったAR宝探しが活用できるのではないか、と語る。
©川田十夢
川田氏:
実は、宝探しをやりたくて、TBS番組の「徳川埋蔵金」にあやかって、AR技術で宝を隠せるシステムを作るというアイデアがあるんです。実際、仕組みを作って「電脳のメリークリスマス」というイベントを開催し、街中をスキャンできる機能を開発しました。ある場所にPayPayの電子マネー5,000円を隠して、視聴者がそれを探し出すというものです。
視聴者は参加しながら、自分のカメラで撮影し、その映像が生中継されます。これを全国規模でやったら面白いなと思っています。六本木の交差点なんかで、街をスキャンして歩きながら、反応している場所を見つけたら、画面をタップするだけで進行できるんです。
これをクリスマスにやったことがあって、参加者がたくさんいました。反応する場所があると、すぐにその地点をタップして進行でき、参加者は5,000円をもらえるという仕組みです。このやり方が面白いのは、スマホだけで完結する放送が可能になる点です。
©川田十夢
明石氏:
このアイデアを活かすのは、実況動画だと思います。いろんな方向から放送とつながる技術を使って、視聴者参加型の番組を作れるんじゃないかなと思っています。放送作家だった鈴木おさむさんがテレビ番組の一番の傑作は「ミイラの開封」番組であるとおっしゃったのも分かります。
埋蔵金も同じロジックで、何が起きるか分からない「生の時間」を観ていることがみんなを惹きつけるポイントです。結局、何かが見つかるまで、みんながその瞬間をずっと見ていたいという、視聴者がその時間に没入するようなコンテンツが求められているのだと思います。
川田氏:
「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」で最初に家庭用テレビで放送された映像を捉えたもの、あれが原点で、そのニュアンスが、LMSで実現できるんだと思います。しかも、もっとミニマムな形で、日々のミリ単位の出来事を流していくような形です。ネットフリックスのような配信の世界では、無限にアーカイブが溜まっていくのが強いですよね。
他方、テレビの強みって何なのかというと、やっぱり僕は「ライブ」の強みだと思っていて、生の強みじゃないかなと。
奇しくも、今の動画業界はライブブームですよね。ライブ配信が流行っていて、TikTokもそうだし、Twitchのようなゲーム配信の世界やVTuberの世界も全部ライブです。確かに、そちらの価値が今注目されていますが、テレビのライブの強みをどう引き上げていくか、そういったところに向き合うことで、すごく価値があるんじゃないかと思ってます。
放送業界に革命をもたらす可能性を秘めた新しい技術
LMS(Live Multi Studio)は、放送業界に革命をもたらす可能性を秘めた新しい技術であり、視聴者参加型のコンテンツ制作を可能にするツールであることがディスカッションを通して浮き彫りになった。
川田氏と明石氏が示したアイデアは、従来の放送の枠を超えるものであり、視聴者がクリエイターとして参加できる未来の放送形態を描いている。
視聴者特派員、何が起きるか分からない「生の時間」を見続ける番組の可能性は、放送業界の新たなスタンダードとなる可能性を秘めている。
藤本氏は最後に「テレビの強みは『ライブ技術』があるので、ぜひこのLMSを活かして、AR三兄弟に弟子入りさせてもらいたい」と発言した。
今後、テクノロジーを活用した新たなソリューションを生み出すこととともに、業界の枠を超えて人材の交流を行うことも、放送メディアの進化に不可欠であることを感じさせる。新たな人材交流やクリエイターとの協力は、放送メディアの未来をさらに広げる鍵となるだろう。