「F1/エフワン」の没入感を可能にした特注カメラの秘密

映画「トップガン マーヴェリック」で監督を務めたジョセフ・コシンスキーと、ブラッド・ピットが主演する映画「F1/エフワン」が現在注目されている。この作品において映像業界で特に話題となっているのは、オスカー受賞経験を持つ撮影監督クラウディオ・ミランダ氏が、Appleオリジナル映画「F1/エフワン」の撮影でソニーと共同開発したプロトタイプカメラを使用した点である。このカメラは、映画制作における技術革新の一例として認識されている。

撮影監督クラウディオ・ミランダ氏
映画「F1/エフワン」のレースシーン撮影に使われたプロトタイプカメラ

この6KカメラはF1レーストラックでの高速撮影に特化して設計され、過酷な環境下でも映画品質の映像記録を可能にした。この特注カメラは、「F1/エフワン」の映像表現に大きく寄与している。

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映画「F1/エフワン」はすべて実写で撮影され、その映像はスピード感、躍動感、そして迫力をリアルに表現している。F1レースは振動や砂、石の飛散に加え、高速走行と減速による重力加速度といった過酷な環境下で行われる。このカメラは、時速200キロメートル以上で走行する実際のF1カーに搭載され、撮影が敢行された。

映画「F1/エフワン」イントロダクション

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「F1/エフワン」LAスクリーニング開催。コシンスキー監督らが語る撮影秘話

2025年6月27日、映画「F1/エフワン」の公開に際し、アメリカ・ロサンゼルスのチャイニーズ・シアターにおいて、ソニーの現地法人ソニー・エレクトロニクス社主催によるスクリーニングイベントが開催された。まずはそのイベントの様子から紹介しよう。

スクリーニングイベントがロサンゼルスのTCL・チャイニーズ・シアターで開催された

このイベントの主要な招待客は、ASC(American Society of Cinematography)のメンバーやその関係者、撮影監督、レンタルハウス関係者など900名ほどが参加した。

映画上映後、ジョー・コシンスキー監督、撮影監督のクラウディオ・ミランダ氏(オンライン参加)、そしてファーストカメラアシスタントのダン・ミン氏が登壇し、質疑応答セッションが実施された。

監督のジョー・コシンスキー氏(写真左)とファーストカメラアシスタントのダン・ミン氏(写真右)
会場に設置されたプロトタイプカメラと遠隔回転システム
会場でクリエイターと対話するCinema Line事業部門長 高橋暢達氏

アフターパーティーはASCクラブハウスにて開催された。会場では、映画「F1/エフワン」の撮影に用いられたプロトタイプカメラが展示され、リモート操作によるカメラヘッドの回転が可能だった。来場者は、このカメラを間近で観察し、実際にリモート操作を体験することができた。ソニーのエンジニアも同席し、来場者の質問に対応するほか、クリエイターの意見を傾聴した。

Cinema Line事業部門長 高橋氏(左)とプロトタイプカメラの開発エンジニアの西氏(中左)、森岡氏(右)、ファーストカメラアシスタントのダン・ミン氏(中右)の記念撮影

超小型シネマカメラ誕生秘話

今回のカメラ開発は、撮影現場からの具体的な要望に応える形で、ソニーの技術とエンジニアのサポートによって実現された。

ハリウッドをはじめとする世界のトップコンテンツ制作において、ソニー製カメラのシェアが拡大している。例えば、映画「トップガン マーヴェリック」では、VENICEエクステンションシステムが活用され、臨場感あふれる映像が実現された。同作の監督と撮影監督が再びタッグを組み制作された映画「F1/エフワン」では、さらに過酷な環境と高速撮影、そしてより小型のカメラが求められた。

ソニーは、多様化するコンテンツ市場に対応するため、ニューコンテンツクリエーション事業部(NCC事業部)を発足した。この事業部は、Cinema Line、XR、バーチャルプロダクション、ソニーPCLの4部門で構成され、技術開発を通じてクリエイターの期待を超えることを目指している。共通の目標のもと、入力装置の幅を広げ、多様なコンテンツ制作を支援する方針である。

今回の「F1/エフワン」特注カメラは、NCC事業部のCinema Line部門が主導したプロジェクトである。Cinema Line部門は、ソニーの技術力とトップクリエイターとの協業により、これまでにない映像表現を追求している。クリエイターからのフィードバックは、VENICEからFX2に至るCinema Lineカメラにも反映され、映像制作の可能性を広げている。

今回のプロトタイプカメラは、FX6と同等の映像表現力を持ちながら、カメラ部を本体と分離し、延長ケーブルで設置できる点が特徴である。小型軽量化により狭い場所への設置が可能となり、さらに遠隔操作にも対応する。時速140マイル(約225キロメートル)を超えるスピードで走行するF1カーの車内にも複数台設置され、撮影が行われた。

映画「F1/エフワン」で使用された特注カメラの開発は、映画「トップガン マーヴェリック」での取り組みに端を発する。当時、VENICEエクステンションシステムを使用し、VENICE本体を複数台戦闘機のコックピット内に設置し、実写撮影が行われた。

当時の監督と撮影監督の組み合わせは、ジョセフ・コシンスキーとクラウディオ・ミランダであった。その後、2022年11月に開催されたCamerimage国際映画祭のイベントにおいて、ミランダ氏から「センサーオンスティック」(棒の先にセンサーを付けたもの)、すなわち超小型で映画を撮影できるカメラの要望がソニーへ伝えられた。

この要望を受けて4ヶ月後の2023年3月には最初のプロトタイプが完成し、ミランダ氏とファーストカメラアシスタントのダン・ミン氏からのフィードバックを得た。さらにその2ヶ月後、要望から半年後には最終的なプロトタイプが監督のもとへ届けられた。その後、世界各国で「F1/エフワン」の撮影が実施され、今週の映画公開へと至っている。

このカメラは、パンチルト機構とフォーカスプラーを含め、ミランダ氏によって「Carmen」と名付けられている。この「Carmen」の開発で得られた知見は、今年発表されたVENICEエクステンションシステムMiniにも活かされている。具体的には、ドロップインNDフィルターなど、様々な点で技術的なつながりが見られる。

今回のプロトタイプカメラの開発期間は明言されていないが、VENICEエクステンションシステムMiniの開発期間と一部重複していることは事実である。このプロトタイプカメラの開発で得られた知見は、VENICEエクステンションシステムMiniの開発に貢献し、クリエイターの声を製品に反映させるというソニーの姿勢を示すものとなった。

ソニーが開発した超小型プロトタイプカメラの全貌

今回の映画「F1/エフワン」では、ソニーが開発した「映画「F1/エフワン」向けプロトタイプカメラ」が使用されている。このカメラは、FX6と同等の映像表現力を持ち、カメラブロックを本体から分離し、延長ケーブルで接続できる設計となっている。

今回開発されたカメラのブロックは、既存のFX6と比較して小型化されており、狭い場所への設置を可能にしている。また、FR7の技術が応用され、遠隔操作が可能となった。本カメラの開発は、撮影監督ミランダ氏の芸術的なビジョンと、ソニーの技術力、そしてエンジニアたちの情熱が融合した結果である。

今回の映画「F1/エフワン」の撮影で用いられたプロトタイプカメラは、これまで公開されてきたヘッド部分だけでなく、本体を含めた全貌が明らかになった。カメラヘッドはコンパクトなサイズで、そこから伸びるケーブルが本体に接続されている。

「F1/エフワン」の過酷な撮影環境を物語るのが、撮影後のカメラヘッドの状態である。新品時には鮮明であったソニーのロゴが、砂や石の飛散によりほぼ判別できないほど摩耗していた。

新品の外装(左)と撮影後の外装(右)
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ヘッド部分は、ソニーEマウントの直径(約65mm)とほぼ変わらない大きさで小型化が実現されている。ケーブルはVENICEエクステンションシステムMiniとは異なり、サイドから伸びる設計である。

以下の比較画像は、左からVENICEエクステンションシステム2、VENICEエクステンションシステムMini、そして今回のプロトタイプカメラである。ソニーEマウントのサイズに合わせると、プロトタイプカメラは横方向にケーブル分の長さがあるものの、縦方向では大幅な小型化が図られていることがわかる。

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実機を手に取ると、その軽量性も顕著であった。具体的な重量は公表されていないが、過酷な環境に耐えうる耐久性を持ちながらも、その軽さが際立っていた。

今回のプロトタイプカメラは、VENICEエクステンションシステムと同様にドロップイン式のNDフィルターを採用している。フィルター上部に記載された「クリア」の文字は、NDフィルターの濃度を示している。このドロップイン方式のNDフィルターは、3月に発表されたVENICEエクステンションシステムMiniの開発にもその知見が活かされている。

VENICEエクステンションシステムMiniのドロップイン方式NDフィルター

この特注カメラは、センサー以外の主要部分は本体に集約されている。SDI入力端子も一部確認できる。このカメラは、まさに映画「F1/エフワン」の撮影のために開発されたものであり、現時点では販売予定については回答できないとのことである。

撮影性能はFX6とほぼ同等であり、記録フォーマットやフレームレートもFX6と同等の仕様を持つ。

映画のメイキング映像では、カメラが回転するシステムも確認できるが、その部分のロゴにはパナビジョン社のものが確認されている。ソニーは今回のカメラ本体の開発を担当した。カメラのパン操作が可能なシステムや、映像モニタリングを可能にする無線システム技術などは、複数の企業が協力し、共創の結果として実現されたものである。

今回開発された特注カメラは、既存のFX6を置き換えるものではなく、完全に新規設計されたものである。描画性能はFX6と同等レベルを保持している。

プロトタイプカメラ開発エンジニア インタビュー

ソニー技術センター機構設計部門(メカ開発)の西駿次郎氏は、映画「F1/エフワン」向けプロトタイプカメラの開発エンジニアである。同氏へのインタビューから、開発全般、堅牢性、加速度、印象的なトラブルについての知見が得られた。

開発全般についてはいかがでしたか?

クラウディオ・ミランダ氏からの挑戦的(Challenging)な要望に対し、ソニーは彼の期待を超えることを目標に開発を進めました。8週間での設計から4ヶ月での試作、そして最終納品までを6ヶ月という短期間で実現しています。

開発においては、Cinema Lineで培ったシネマクオリティのルック(色調など)と操作性を備えつつ、F1カーの車体という限られたスペースに収める必要がありました。また、レーストラックのスピードや衝撃に耐えられる耐久性を持たせることも大きな課題でした。滑らかなトラックであっても、縁石に乗り上げる際には強い振動が発生し、カメラを損傷する可能性のあるデブリ(破片)が舞い上がることがあります。実際に、飛び石でレンズプロテクターが破損する場面も確認されています。

このプロジェクトは、通常の商品開発と並行して進められました。可能な限り小型に設計をまとめ、堅牢性と小型化のバランスを取るため、0.05mm単位での精密な調整が行われています。

ドライバーが運転する様子を真正面から撮影するため、ハンドルの裏側、F1マシンのドライバー保護用バンパーであるHALOの支柱近傍にもカメラを取り付けたいという要望がありました。これを受け、撮影用マシンのHALO形状に合わせてカメラの背面形状を調整するなど、撮影チームと密接に連携しながら形状を設計しました。

さらに、ドロップインNDフィルターを新規開発しました。この技術は、2025年3月に発表されたVENICEエクステンションシステムMiniにも活用されています。

ソニーにはボトムアップの文化が根付いており、エンジニアが日頃から温めているアイデアが多く存在します。今回のようにクリエイターからの声があった際に、それらのアイデアを迅速に具現化することができました。

堅牢性について、どのようなことについて苦労されましたか?

使うネジ1本から通常よりも太いものを選定したり、ドロップイン方式のNDフィルターを強固に固定できるようにしたりするなど、各所に強度剛性を向上する手法を取り入れました。基本的に業務用カメラはどの機種も高い堅牢性が求められるため、従来に近い設計で十分な堅牢性を持ち合わせたカメラを提供することができました。

加速度についてはいかがだったでしょうか?

実際の撮影でかかるよりも遥かに強いGを掛け、性能や設計に問題ないことを確認しました。

最後に、トラブルについてお話しいただけることがありましたらお願いいたします。

テスト撮影時、空冷ファンの排気口から走行中の強力な風が逆入し、ファンが停止してしまうトラブルが発生したことがありました。現場にあるものだけでトラブルに対応するため、撮影機材のテープで風の流れを工夫して防ぎ、撮影を続行しました。現場に帯同し、シルバーストンサーキット等のピットで不測の事態に対応しました。