260604_Report_Sennheiser_00g0m1KrNc

2026年5月20日、浅草橋ヒューリックホールにて、ゼンハイザージャパン主宰の「プロフェッショナルワイヤレス・イノベーション 2026」が開催された。同社プロフェッショナル向けワイヤレスオーディオの最新技術が学べて、実際にテストできる希少な機会に、多くのプロが足を運んだ。定員120席の会場はほぼ満席で、ゼンハイザーに対する厚い信頼と期待を物語る。

260604_Report_Sennheiser_01UGlQASgt
冒頭で挨拶する ゼンハイザージャパン株式会社 プロオーディオ セールスダイレクター 山本和聖氏

今回紹介された製品は、「EW-DX 1.2GHz対応モデル」、「SoundBase」、「SPECTERA」の3つだ。これらの製品を中心に、その開発背景や技術的特徴をご紹介したい。

次世代デジタルワイヤレスシステム、「EW-DX」に新モデル登場

現在ゼンハイザーにはナローバンド用ワイヤレスシステムとして、フラッグシップの「Digital 6000」、ミドルレンジの「EW-DX」、小規模システムの「EW-D」がある。これまでEW-DXはホワイトスペース帯を利用するモデルだけだったが、今回は新たに1.2GHz帯を利用するモデルが登場した。

260604_Report_Sennheiser_02nAlG6vNM
ゼンハイザーのナローバンド現行ラインアップ

EW-DXは、ワイヤレスマイクシステムとしては最高水準となる134dBのダイナミックレンジ、1.9msecの低遅延といった特徴を持つ。しかし何といっても最大のポイントは、マルチチャンネル運用時の干渉波を抑制する、独自の等間隔配置にある。これにより、複雑な周波数計算も不要になる。

260604_Report_Sennheiser_03gpgOtywY
複数のマイクを使うと、干渉波の管理が課題となる

その運用チャンネル数は、スタンダードモードでなんと最大32。帯域を圧縮するLDモードでは、最大63となる。1.2GHzのフル帯域が利用できる想定での数値だが、ライブイベントや大規模スタジオ収録でこのチャンネル数は実に心強いはずだ。

260604_Report_Sennheiser_04V3DJy8hR
等間隔にチャンネルを配置し、32波を実現
260604_Report_Sennheiser_05tBmkln5e
さらにLDモードでは63波

ステージには、すでにEW-DXホワイトスペース帯モデルを導入している株式会社WOWOWで、スタジオの部分更新プロジェクトを指揮した技術センター設備プロダクトユニット チーフエンジニアの栗原里実氏が登壇。実際に複数の競合製品と実運用を想定した厳密な比較検証を行った結果、「費用対効果」、「音質バランス」、「運用性」でEW-DXが最適という結果に至ったという。

260604_Report_Sennheiser_06b4U0VIWJ
EW-DXの導入経緯を語る、株式会社WOWOWの栗原里実氏

さらに将来、中継用機材を更新する際は、スタジオ機材と操作性や見た目を統一するため、同じEW-DXシリーズの1.2GHz帯モデルを導入を検討している。また中継用途では、必要なチャンネル数だけを持ち運べるポータビリティが重要であり、ゼンハイザー公式の「おかもち」(ポータブルケース)の登場に期待していると述べた。

260604_Report_Sennheiser_07hpIQnXbw
ハーフラックモデルを3台詰め込んだ通称「おかもち」と栗原氏

さて実際の製品構成を見てみよう。まず受信機としては、ハーフラック2chと、1Uラック4chの2モデルがある。

ハーフラックモデルはアナログ出力モデルのほか、Dante拡張用オプションが追加されたモデルも用意されている。アンテナは入力のみで、分配する際にはスプリッターが必要となる。

260604_Report_Sennheiser_08QbG7HFPv
EW-DX ハーフラックモデル

一方、1Uラックモデルはアナログ出力のほか、Dante出力も標準搭載。またアンテナはRFアウト搭載で、最大4ユニット(16ch)をスプリッター無しでカスケード接続可能となっている。

260604_Report_Sennheiser_09ENV8qm8k
EW-DX 1Uモデル

送信機側は、ハンドヘルドマイク、ボディパック、テーブルトップ送信機の3タイプを用意。

ハンドヘルドは、縦型スライドスイッチ付きモデルと、スイッチなしモデルの2タイプ。

ボディパックは3.5mmもしくはLEMOコネクタで運用可能。ミュートスイッチは音声ミュート、電波ミュート、機能なしの3タイプがプログラム可能。またE-inkディスプレイを搭載しているため、電源OFF時でも情報が確認できる。例えば出演者名を表示するなどしておけば、装着間違いを防ぐことができる。

260604_Report_Sennheiser_10GIMMg0B8
ハンドヘルドとボディパック

テーブルトップ送信機は、XLR 3ピンまたは5ピンのグースネックマイクを取り付けて使用するタイプ。同じくプログラム可能なミュートスイッチを備え、CHG 2Wによるワイヤレス充電が可能で、連続使用時間は最大11時間となっている。

260604_Report_Sennheiser_11X8eJy1FN
テーブルトップ送信機

メーカーの垣根を越えて動作するワイヤレスシステム管理プラットフォーム、「SoundBase」

続いて紹介されたのは、ワイヤレスシステムの周波数管理を行うクラウドサービス「SoundBase」だ。これは米国企業Show Code Corporationが開発したサービスで、2024年にゼンハイザーが出資し、同社製品との連携強化を進めている。

260604_Report_Sennheiser_12isPP1YVL
Show Code 「SoundBase」のコーディネーションページ

SoundBaseとは、イベント・コンサートホールの電波状況をスキャンし、世界の主要メーカーのワイヤレスシステムの周波数割り当てを自動化、一元的に管理するサービスだ。メーカーや機種ごとに異なるツールを使う非効率を解消し、ワークフローを一つに統合するソリューションである。

260604_Report_Sennheiser_13CNiRt6PR
主要メーカーのシステムはほとんど対応

加えてクラウドネイティブなので、ローカルPCの性能に依存しない高速な演算を実現、チーム内でのリアルタイムな情報共有が可能になる。またスキャンデータを共有することで、別のユーザーが同じ場所を利用する際に参照できるなど、周波数プランニングの効率化にも繋がっている。

今回のイベントでは、PA会社dcq. 代表の西脇史朗氏が登壇し、実際の利用者の立場からSoundBaseのメリットを語った。

260604_Report_Sennheiser_14J7JlTgj7
実際にSoundBaseを運用中の dcq. 代表 西脇史朗氏

同社では2024年初頭より、ツアーで本格的な運用を開始したが、セッションを共有するだけで、ステージ担当者が常に最新のプランを確認できるようになったという。ツアーで毎回プランを更新しても、担当者はそのセッションを見るだけで最新情報にアクセスできる。またスマートフォンのブラウザからでも確認できるのも便利だという。

「ステージ担当者も最初は『これなんですか?』という反応だったんですけど、使い始めるともうPDFどこにありますかと聞かれることはなくなりますし。これまでみんな多分資料をDropboxとかGoogleドライブで共有していると思うんですけど、共有のミスで『実は更新できてませんでした』もないですし、確実に『これが今回のプランだよ』ってそこで見れるっていうのが良かったですね」と西脇氏。

260604_Report_Sennheiser_15Eet1sgIu
ファイル共有ではなく、全員がクラウドのプランデータを直接見るスタイル

問題があったとしても、全ての情報をタイムラインで追跡でき、後から何が起きたかを確認できる。最近ではブラウザでのモニタリング機能も追加され、Wi-Fi環境があれば、スマートフォンやタブレットからもバッテリー残量やRF強度が確認できるようになった。実際に受信機を黒布で隠して直接見られない現場で、SoundBaseのモニタリング機能を使って遠隔監視を行ったところ、メーターの動きが驚くほど滑らかで、まったく問題なく運用できたという。

無料版でも、特定メーカー1社分ならモニタリングが可能だ。アップデートも頻繁に行われ、継続的に機能向上している。

SoundBaseは、機材の良さだけではカバーしきれない、ワークフローの複雑化の問題を解決するソリューションだと言える。

多チャンネル運用の未来を拓く「SPECTERA」に隠された技術

この日最後に紹介されたのが、世界初のWMAS双方向マルチチャンネル伝送ワイヤレスシステム、「SPECTERA」だ。

近年、チケット売上高を基準としたライブイベント市場規模は、2019年の6,295億円に対し、2025年には推定8,100億円へと約2割増加している。加えてワイヤレスマイクの運用に関する連絡件数は、同期間で3割増加しており、市場規模の伸びを上回っている。

260604_Report_Sennheiser_16fwABOiaw
ライブイベント拡大以上に、ワイヤレス運用件数が増加

この原因は、1つの公演で使用されるワイヤレスチャンネル数の増加だ。例えば10人組のパフォーマンスグループの場合、ハンドマイク、ヘッドセット、インイヤーモニター(IEM)を合わせると、合計で30チャンネル以上が必要となり、周波数計算、ラッキング、運搬コストといった運用負荷が大幅に増大している。

これらの課題を解決するために、ゼンハイザーはWMAS技術を核とした新システム「SPECTERA」を開発した。2013年に技術開発がスタートし、10年以上の歳月を経て2024年9月に製品化されたという、労作である。

260604_Report_Sennheiser_17g61bDxlX
2013年に技術開発がスタート

まず SPECTERA の基本技術となる WMAS(Wireless Multichannel Audio System)について説明しよう。従来のワイヤレスシステム(ナローバンド伝送)は、狭い帯域の1チャンネルで一方向の信号を伝送する。これがたくさん立つので、運用管理の負担が大きくなるわけだ。

これに対しWMASは、日本のテレビ放送1チャンネル分に相当する6MHz幅の帯域をまとめて使用し、マイク、インイヤーモニター(IEM)、コントロール信号を双方向で同時に伝送する。限られた周波数帯域内で、従来方式よりもはるかに多くのチャンネルを効率的に運用できる技術だ。

260604_Report_Sennheiser_18h0rlEOQw
WMASは6MHzの帯域をまとめて使用する

まとめて電波帯域を使用するとなぜこんなことができるのか。その秘密は、複数の技術の組み合わせにある。

1つ目のTDMA (Time Division Multiple Access)は、時間軸を微細な「タイムスロット」に分割し、各スロットに異なるオーディオ信号を割り当てる技術だ。これにより、単一の電波で複数の音声チャンネルを同時に伝送する。またこの時、何の信号も発しない「サイレントスロット」を設ける。つまり「黙って耳を澄ます」瞬間を作ることで、動作中の他の電波や干渉を検知する。

2つ目のTDD(Time Division Duplex)は、TDMAで分割されたタイムスロットを、送信(マイク)用と受信(IEM)用に割り振る技術。これにより、同一周波数帯での双方向音声伝送を可能にしている。

3つ目がOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)だ。これは6MHzの広帯域の電波を、多数の狭帯域な「サブキャリア」の集合体として扱う技術である。これにより、特定の周波数で発生する干渉や減衰(フェージング)の影響を受けにくくし、受信安定性が格段に向上する。これにより、最小1台のアンテナで動作可能になる。

260604_Report_Sennheiser_19Djk0JYoe
WMASを支える3つの技術

では実際にWMAS技術を用いたSPECTERAでは、何チャンネルの送受信が可能なのだろうか。それは現場で求められる音質や遅延、Mono/Stereoの違い、あるいは伝送範囲といった条件によって使用モードが変わってくる。

260604_Report_Sennheiser_20xGIDWWBh
SPECTERAで設定できるモード一覧

ステージでは実際に、Raw Low Latency/Live Link Density/Max Link Densityの3モードに切り替えて音質や遅延を確認できるデモが行われた。

260604_Report_Sennheiser_21MyF5g1r3
SPECTERAの3モードをテストするプロオーディオ テクニカルアプリケーションエンジニアの藤井宏幸氏

筆者が聞いた限り、Raw Low LatencyからLive Link Densityぐらいまでは、音質も遅延もほとんど違いがわからなかった。実際に演奏や歌などライブパフォーマンスする当事者からすれば、違いがあるのかもしれない。Max Link Densityとなると、音質はともかく遅延に関しては、生声とPA音でズレがあるのが聞こえてきた。

製品としてのSPECTERAは、ベースステーションと言われる1Uの送受信装置が中心となる。4系統のアンテナポートを持ち、リダンダント対応Dante出力を標準装備。ただしオプションとして2系統のオプションスロットを持ち、MADIのオプチカルまたはコアキシャルのポートも増設可能だ。

260604_Report_Sennheiser_22fMCLhPkp
入出力を司るベースステーション

ボディパックは、1台でワイヤレスマイクとIEMを送受信できる。これまで送受信で2つ必要だったボディパックが1つで済むようになるのは、パフォーマーからも喜ばれるだろう。会場ではエド・シーランの「The Loop」ツアーで使用されている様子が紹介された。

260604_Report_Sennheiser_23GMpchtAT
1台でオーディオ送受信可能な専用ボディパック
260604_Report_Sennheiser_24qkfsFx7t
エド・シーランの「The Loop」ツアーでもSPECTERAが使用された

アンテナはベースステーションからLANケーブル(CAT5e以上)で接続し、PoE給電で動作する。これにより、ロス計算やアンテナブースターは不要となる。逆にTDMA方式の厳密な時間同期のため、ベースステーションとアンテナはダイレクトに接続する必要があり、途中にネットワークスイッチを挟むことはできない。

260604_Report_Sennheiser_25wckXlJay
アンテナまでCATケーブルで直接する

このWMAS技術は、ヨーロッパを中心に北米・南米など53カ国で認可が広がっているところだが、残念ながら日本はまだ認可されていない。会場のデモは、特別に許可申請して使用可能となったものだ。

技術認可の見込みについては、「特定ラジオマイク現状報告」と題して登壇した一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構の甲田乃次氏が、「広帯域多チャンネル音声システム(WMAS)」の早期実現を目指して制度化の取り組みが進められていることを報告。認可の正確な時期は未定となる。

260604_Report_Sennheiser_26oyoqXYKv
一般社団法人 特定ラジオマイク運用調整機構の甲田乃次氏

日本におけるWMASの活用について、甲田氏からは「単にWMAS導入だけでは十分ではないのです。やはり建築側でもホール等で電磁シールドフィルムなどの新素材を入れるなどの工夫をしてもらって、プロオーディオとして世界で最も周波数資源をうまく使っているのは日本だと、そう言われるようになってほしいですね」とのコメントをいただいた。

マルチチャンネル・ワイヤレスシステムの世界が一気に変わる

今回のイベントは、ライブイベントやスタジオワークにおけるマルチオーディオ伝送の大きなイノベーションを感じることができた。

まず国内外で人気の高い「EW-DX」が1.2GHz帯対応となり、従来のホワイトスペース以外での多チャンネル伝送が可能になった。また従来型のナローバンドワイヤレスシステムにおいても、「SoundBase」で周波数管理を行えば、多くのワークフローに関わる問題が解決できる。さらにWMAS技術を採用した「SPECTERA」では、今以上に効率的な多チャンネル運用の未来が一気に近づいた。

プロオーディオの世界で最先端を走るゼンハイザーがもたらすイノベーションは、ワイヤレス伝送の世界を次のステップに押し上げる。ぜひこれらの製品にご注目いただきたい。