小規模制作から大規模クラウドプロダクションまで

Creative Solution Showcase 2026では、ソニーのソフトウェアベースのライブプロダクションスイッチャー「M2L-X」を中心としたライブ制作ソリューションが展示されていた。

今回の展示で注目したいのは、単にソフトウェアスイッチャーの新機能を紹介するだけでなく、小規模なスポーツ中継から、複数のシステムを連携させる大規模なクラウドプロダクションまで、異なる制作規模を一つのソフトウェア基盤でカバーしようとしていた点である。

展示の柱となっていたのは、2026年8月のリリースを予定する「M2L-X バージョン2.0」、新たな低遅延プロトコル「MXL」を活用した参考展示、そしてソニー傘下のNevionが展開するソフトウェアベースのメディア処理プラットフォーム「MOXELA」である。今回の展示では、SRTとMXLを接続するソフトウェアゲートウェイとして紹介された。

会場では、比較的コンパクトな構成でライブ制作を完結させるシステムと、大規模な制作環境を想定したシステムが並べて紹介されていた。ソフトウェア化によって専用ハードウェアの持ち込みやシステム構築の負担を抑えるだけでなく、制作規模や用途に応じて柔軟にシステムを組み替える方向性が見えてくる展示だった。

リプレイ機能を追加した「M2L-X バージョン2.0」

「M2L-X バージョン2.0」の大きなアップデートが、リプレイ機能の追加である。

これまで、ライブ中継でスローリプレイを実現するには、スイッチャーとは別に専用のリプレイサーバーなどを用意する必要があった。新バージョンでは、M2L-Xの画面上で映像をさかのぼり、再生位置や速度を調整して、スロー映像として送り出すことが可能になる。

展示デモでは、入力された映像をさかのぼり、再生速度を調整してスロー再生する操作が紹介されていた。簡易的なリプレイ運用を想定した機能ではあるが、比較的シンプルなスポーツ中継であれば、M2L-X上でスイッチングからリプレイまでを一体的に扱える。

専用のスローサーバーを外部に用意せず、ソフトウェアスイッチャー内でリプレイ操作を完結できることは、システムの小型化や運用負担の軽減につながる。特に、限られた人員と予算で中継を行う現場では、現実的な選択肢になりそうだ。

担当者は、高校野球の地方予選など、開催時期が限られる小規模スポーツ中継も、M2L-Xの用途として想定していると説明した。こうした中継では、コストや運用人員の制約から、専用リプレイシステムを導入することが難しいケースもある。

M2L-Xはライセンス形式で提供されており、必要な時期に必要な期間だけ利用する運用も想定されている。スイッチング、リプレイ、オーディオミキシングを一つのソフトウェアにまとめることで、小規模なスポーツ中継でも、これまでより充実したライブ制作を実現できる可能性がある。

汎用GPU搭載PCにもインストール可能

M2L-Xはクラウド上で動作させるだけでなく、必要な仕様を満たすGPU搭載の汎用PCへインストールして使用することもできる。

会場では、いわゆるゲーミングPCを利用した構成が展示されていた。現場へ持ち込みやすいPCにM2L-Xをインストールすることで、クラウド環境を用意せずに、オンプレミスでソフトウェアスイッチャーを運用できる。

現場のネットワーク状況や制作内容によっては、すべてをクラウド上で処理することが最適とは限らない。持ち込み可能なPCで動かせることは、高校野球の地方予選をはじめとする小規模なスポーツ中継など、機材構成を簡素化したい現場にとって大きな意味を持つ。

操作にはGUIだけでなく、Stream Deckを利用した映像切り替えにも対応する。Stream Deckによる操作自体は従来から可能だったが、汎用PCと組み合わせることで、画面上のGUIだけに頼らず、物理ボタンを使ったコンパクトな操作環境を構築できる。

映像入力についても、従来のようにカメラのSDI信号をエンコーダーでSRTへ変換する構成に加え、カメラから直接SRTを出力する方法が紹介されていた。無線伝送に対応するカメラを利用すれば、映像ケーブルや外部エンコーダーの使用を抑え、よりシンプルな中継システムを構築できる。

ハードウェアを完全に排除するのではなく、必要な操作デバイスやカメラとソフトウェアを柔軟に組み合わせる。M2L-Xの展示からは、そうした実用的なソフトウェアプロダクションの方向性が見えてきた。

オーディオ機能も強化

M2L-X バージョン2.0では、オーディオ機能も拡張される。

従来は、画面上のGUIを使って音量を調整する操作が中心だった。新バージョンでは、サードパーティー製のコントロールサーフェスとの連携に対応し、画面上のフェーダーと物理フェーダーを連動させることが可能になる。

映像へ入力された音声とカメラマイクなどをミキシングする際、マウスで小さなフェーダーを一つずつ操作するよりも、物理フェーダーを使った方が素早く細かな調整を行いやすい。特に、ライブ中継中に複数の音声を扱う場合、操作性の違いは大きい。

さらに、従来の音声ミックスに加えて、イコライザーやディレイといった機能も追加される。簡易的なライブ制作で必要となる基本的な音声処理を、M2L-X内で行えるようになる。

スイッチング、リプレイ、オーディオミキシングを一つのソフトウェアへ集約する今回のアップデートは、M2L-Xを単なる映像スイッチャーではなく、小規模なライブプロダクションを成立させる統合制作システムへ近づけるものといえる。

大規模制作を想定したMXL連携

小規模ライブ制作向けの展示に対し、隣のコーナーでは、複数のソフトウェアシステムを連携させる大規模制作向けの参考展示が行われていた。

ここで中心となっていたのが、新しいメディア転送プロトコル「MXL」である。

MXLは「Media eXchange Layer」の略で、EBUのDynamic Media Facility参照アーキテクチャを構成するオープンソースの仕組みである。ソニーだけが利用する独自技術ではなく、異なるソフトウェア間で映像や音声、メタデータを相互運用することを目指している。

展示では、2つのM2L-X環境を用意し、その間をMXLで低遅延に接続するデモが行われていた。一方のシステムでワイプ映像や出演者の映像を操作し、もう一方で背景映像やCGなどを切り替えることで、複数列のスイッチャー操作によって処理を分担する制作環境を再現していた。

一つのスイッチャーへすべての処理を集中させるのではなく、複数のソフトウェアリソースを分担させながら、低遅延で連携させる。これにより、放送局で一般的に行われている複数列のスイッチャー運用に近い制作を、ソフトウェア上で構築することを目指している。

MXL対応は、2026年8月に予定されているM2L-X バージョン2.0の正式機能とは別の位置付けである。今回の展示は研究開発段階の参考出展であり、MXLをどのような用途で活用できるのか、来場者から意見を聞きながら検討することも目的としていた。

ソフトウェア制作の課題だった遅延を短縮

ソフトウェア化されたライブ制作で大きな課題となるのが遅延である。

映像をソフトウェア間で受け渡すたびに処理時間が積み重なると、最終的にはカメラ映像と操作画面との間に無視できない時間差が生まれる。映像を見ながら瞬時に判断するライブ制作では、このわずかな遅れが操作性へ直接影響する。

展示では、MXLで受け渡した映像とSRTで受け渡した映像を並べ、同じ被写体が画面内を移動する際の位置の違いを比較していた。静止画では分かりにくいが、動く電車やバイクを見ると、その遅延差は視覚的にも明確だった。

MXLが目指しているのは、伝送経路全体の遅延を完全になくすことではない。ネットワークを介した伝送そのものには一定の時間が必要となる。一方、ソフトウェアシステム間で映像を受け渡す際の遅延を小さくすることで、制作システム全体の遅延を短縮できる。

これにより、オペレーターは映像の変化に対して、よりリアルタイムに近い感覚で操作できるようになる。クラウドやソフトウェアベースの制作環境を、従来のハードウェアシステムに近い操作感へ近づける点が、MXLを導入する大きな狙いである。

SRTとMXLをつなぐソフトウェアゲートウェイ「MOXELA」

MXLを実際の制作システムへ導入する際に重要となるのが、既存の伝送方式との接続である。

現在のリモートプロダクションやクラウド制作では、SRTなどのプロトコルが利用されている。既存のSRT環境とMXL環境を併用するためには、両者を接続する仕組みが必要になる。

その役割を担うものとして展示されたのが、ソニー傘下のNevionが展開するソフトウェアゲートウェイ「MOXELA」である。

    テキスト
※画像をクリックして拡大

MOXELAは、SRTで入力されたメディアストリームをMXLへ変換する。また、入力したSRTストリームを複数の送信先へ分配するなど、ソフトウェア上のルーターに近い役割も担う。

MXLによる低遅延連携を実現するためには、その入口と出口で異なるプロトコルを変換し、必要なシステムへ映像を届けなければならない。MOXELAは、その変換と分配を担う中核的なソフトウェアとして位置付けられていた。

クラウド専用ではなく、オンプレミス環境にも対応する。SMPTE ST 2110、NDI、MXLなどをサポートし、放送局内のIPシステムとクラウド上のソフトウェア環境を結ぶプラットフォームとしての役割も想定されている。

既設のST 2110環境を生かしながら、クラウドやソフトウェアを段階的に取り入れたい放送局にとって、こうしたゲートウェイの存在は重要になる。既存設備をすべて置き換えるのではなく、異なる環境の間をつなぐことで移行を支援するという考え方である。

ソフトウェア化を現場の操作感へ近づける

今回の展示を通じて感じたのは、ソニーが目指しているのは単なる「クラウド化」や「ソフトウェア化」ではないということだ。

小規模な制作環境では、M2L-Xへリプレイとオーディオ機能を追加し、汎用PCとStream Deck、SRT対応カメラを組み合わせることで、少ない機材と人員でもライブ制作を成立させる。

一方、大規模な環境では、MXLによって複数のソフトウェアリソースを低遅延で連携させ、NevionのMOXELAによって既存のSRTや将来のST 2110環境との接続を図る。

両者に共通するのは、ソフトウェアを導入すること自体を目的とするのではなく、実際の制作現場で使える操作性や遅延、システム構成へ落とし込もうとしている点である。

放送局の大規模中継と、高校野球の地方予選のような小規模中継では、必要なシステムも予算も大きく異なる。しかし、M2L-Xを中心に利用する機能と期間、実行環境を選べるようになれば、一つのソフトウェア基盤を用途に応じて拡張していくことができる。

ハードウェア中心だったライブ制作は、クラウドとオンプレミス、専用機と汎用PCを組み合わせる段階へ進みつつある。Creative Solution Showcase 2026で示されたM2L-X、MXL、MOXELAの組み合わせは、その変化を実際の制作環境へ落とし込むための提案だった。

まだ研究開発段階の技術も含まれており、MXLをどのような用途で生かすのかは、ソニー自身も現場の声を聞きながら模索している。一方で、小規模制作を支えるM2L-X バージョン2.0と、将来の大規模分散制作を見据えたMXL対応を同時に示した点に、ソニーのソフトウェアライブプロダクションに対する姿勢が表れていた。

映像を切り替えるスイッチャーという「点」から、入力、リプレイ、音声、伝送、クラウド、オンプレミスをつなぐ制作基盤へ。ライブ制作のソフトウェア化が、機能の置き換えからシステム全体の再構築へ進み始めている。