txt:西村俊一 構成:編集部
Vaxis ATOM 500 SDIとは?
VANLINKS株式会社よりVaxis社のワイヤレス映像伝送システム「ATOM 500 SDI」の販売が始まった。価格は税別59,800円であり、国内ですでに販売されている他社製品と価格的にも性能的にも同じような内容に見えるが、実際には遅延や画質、利用可能な距離、利用環境(屋内外)、安定性や同時に使用可能なセット数など、細かい部分での違いがあり、利用する目的によって最適な製品を選ぶ必要がある。
実は本稿の後半で筆者がこの製品に一番期待している複数セットの同時使用についても紹介するので、そのような利用を検討されている方にも参考になればと思う。では早速ATOM 500 SDIは他社と比べてどのような特徴があるのか見ていくことにしよう。
Vaxis ATOM 500 SDIは、トランスミッター(送信機)に入力された映像信号をワイヤレスでレシーバー(受信機)に伝送できる映像伝送システムである。カメラとモニター間をワイヤレスで接続できるため、ケーブルの制約を受けずに自由なモニタリング環境を構築することが可能だ。
例えば写真や映像収録の現場では、カメラマンが撮影している内容を外部モニターに映し、ディレクターやスタッフなどカメラマン以外も同時にモニタリングして作業を進めていくことが多い。もちろんカメラからケーブルを引き回すことも可能ではあるものの、ジンバルを用いたりカメラマンが動き回ることの多い撮影、カメラとスタッフの距離が離れてたり演出上ケーブルを引き回すことが困難な場合、本稿で紹介するATOM 500 SDIのようなワイヤレス映像伝送システムが必要不可欠となる(図01)。
本体とその仕様について
ワイヤレス伝送システムと聞くと、ニョキニョキとアンテナが突き出たちょっと大袈裟なものを思い浮かべるが、ATOM 500 SDIは本体にアンテナを内蔵しているにもかかわらずコンパクトで凹凸がないシンプルなデザインなので小型のカメラでも違和感なく取り付けることができる。フロントには各種の情報や設定メニューを表示するためのOLEDディスプレイがあり、その下に3つの操作ボタンが並んでいる。左右が「方向」ボタン、中央が「メニュー/決定」ボタンとなる(図02)。
本体の左側には電源スイッチと1/4のネジ穴(図03)。右側にはUSB/DC電源入力端子と(レシーバーでは)HDMIとSDIの出力端子、(トランスミッターでは)HDMIとSDIの入力端子が並ぶ(図04)。パッケージにはトランスミッター、レシーバーの他に取扱説明書、USB Type A to Cケーブル、カメラマウントアダプターが同梱される(図05)。
基本仕様とSDI/HDMIの入出力時に対応する映像信号フォーマットを表にまとめた。対応している映像信号フォーマットは重要なので、導入する際には皆さんの利用環境で問題ないかの確認を忘れずに(表1)。
TX(送信機) | RX(受信機) | |
入出力 | 入力:HDMI/SDI | 出力:HDMI/SDI |
電源 | NP-F970などのSONY Lシリーズバッテリー/USB Type-C | NP-F970などのSONY Lシリーズバッテリー/USB Type-C |
HDMI入力信号フォーマット | 720p@50/60 1280 x 1024@60 1080i@50/60 1080p@24/25/30/50/60 |
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HDMI出力信号フォーマット | 720p@50/60 1280 x 1024@60 1080i@50/60 1080p@24/25/30/50/60 |
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SDI入力信号フォーマット | 720@50/60 1080i@50/59.94/60 1080p@23.98/24/25/29.97/30/50/59.94/60 1080PSF23.98/24/25/29.97/30 |
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SDI出力信号フォーマット | 720@50/60 1080i@50/59.94/60 1080p@23.98/24/25/29.97/30/50/59.94/60 1080PSF23.98/24/25/29.97/30 |
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重量 | 170グラム | 170グラム |
サイズ(W/D/H) | 113 x 63.5 x 20mm | |
周波数帯 | 5GHz | |
信号出力 | 17dbm | |
転送遅延 | 80ms | |
受信感度 | -80dbm |
ATOM 500 SDIの特徴は以下の通りだ。
- 13チャンネルに対応し、信号強度が強く他の機器から影響を受けにくいチャンネルを自動的に選択してトランスミッターとレシーバーのペアリングを行うため、安定した品質で運用することができる。もちろん手動で任意のチャンネルに変更することも可能。
- 遅延優先の「LATENCY」、画質優先の「IMAGE」の2種類の伝送モードがあり、利用環境に応じて設定することができる。データレートは12Mbps、5GHzの周波数帯を利用することで最⼤1080P60(HDMI)、1080PsF30(SDI)画質の映像信号を遅延優先では80~90ミリ秒、画質優先では130ミリ秒程度という低遅延かつ高品質で伝送することができる。
(注意)5GHzの周波数帯は日本国内の電波法の定めにより、屋内での使用に限られる。 - トランスミッター、レシーバーともにSDIとHDMI端子を備えているため、いずれの形式でも利用することができる。トランスミッターに入力された信号をそのままレシーバーから出力するため信号フォーマットの変換はできないが、HDMIをSDI、SDIをHDMIに変換して出力することは可能。
- アンテナを本体に内蔵しているため非常にコンパクトではあるもののトランスミッターとレシーバーを最大で150mまで離しても利用可能だ。
- iOS専用アプリ「Vaxis Vision」をインストールすることで、iPhoneやiPadなど最大4台までのデバイスで映像のモニタリングやカメラのフォーカスや輝度などを確認することができる(図06)。※Android専用アプリは3月ごろのリリース予定とのこと
- OLEDディスプレイを備え、接続状況や詳細な設定も内容を確認しながら行える。
- 本体の温度上昇を抑えて安定した運用ができる風量調節ができるファンを内蔵する。
- 電源としてSONYのF型リチャージャブルバッテリーや同梱のUSBケーブルを利用した外部からの給電に対応している。
セットアップはとても簡単
利用方法ならびにセットアップは驚くほど簡単だ。カメラの映像出力をトランスミッターのSDIあるいはHDMIに接続し、レシーバーのSDIあるいはHDMI出力をモニターなどに接続。次に(あるいは予め)トランスミッター、レシーバー双方の電源を入れるだけで自動的に13チャンネルの中から最適なチャンネルを選んでペアリングを行い起動完了となる。
この状態でトランスミッター、レシーバーの双方に同じチャンネル番号が表示されていればカメラからの映像がモニターに表示されるはずだ。その他、それぞれのディスプレイには信号強度、入力信号情報、温度、ファンの動作モード、チャンネル、バッテリーなどの電源の状態が表示される。
この時点で問題なく使えているようであれば、メニューでの詳細設定は特に必要ないだろう。頻繁に利用する可能性のある機能についてはディスプレイの下に並んでいるボタンを利用して素早く設定できるようになっているのはありがたい。左右が「方向」ボタン、中央が「メニュー/決定」ボタンとなる(図07)。
ファンの動作モードは「AUTO、LOW、HIGH、OFF」の4種類用意されており、カメラに取り付けられたマイクがその音を拾ってしまうような場合はOFFにするなど使用環境に応じて最適なモードで運用することができる。とはいえファンをOFFにしてしまうと本体の温度がかなり高くなるため、ディスプレイ上の本体温度を確認しつつ撮影休止中などはHIGHで強制的に冷却する必要はあるだろう。モードの変更は、左側の「方向」ボタンを3秒ほど長押しすると「FAN」の表示が点滅するので、左右の「方向」ボタンを押して目的のモードを選択するという流れだ。
チャンネルを手動で変更するには?
もしも自動的に選択されたチャンネルが不安定であると感じた場合、あるいはATOM 500 SDIを複数セット利用した際にチャンネルが重複してしまった場合などは手動で任意のチャンネルに変更することができる。チャンネル変更を行う際にはメニューからSCANを実行して「Best」側に表示されたチャンネルの中から選んで設定するのが安全だ(図08)。
チャンネル変更はトランスミッター側だけで行うことができ、レシーバーはペアリング中のトランスミッターのチャンネルが変更されると自動的に同じチャンネルに切り替わるようになっている。操作はトランスミッターの右側の「方向」ボタンを一回押し、ディスプレイ上のチャンネルが点滅していることを確認した上で左右の「方向」ボタンを押して希望する番号まで送り、中央の「メニュー/決定」ボタンを押して確定という流れだ。トランスミッター側で変更したチャンネルが即座にレシーバーにも反映されるので、それぞれの機器で設定を変更する必要がないのは便利である。
Vaxis Vsionアプリを使ってみよう
「Vaxis Vision」アプリを利用すればiPhoneやiPadなどのiOSデバイスで映像を確認したり、受信電波強度、ピーキングによるフォーカスやゼブラパターンによる輝度の確認、表示されるイメージの調整、セキュリティボックス(セーフティーゾーン)やセンターマーク、グレースケール表示を行うことができる。さらに4倍までの部分拡大、そしてiOSデバイス内に静止画や動画として保存することも可能となっている(図10、図11、図12)。
トランスミッターに直接Wi-Fiで接続するため、別途Wi-Fiルータなどのネットワーク機器を利用する必要はない。接続方法は2通り。「Vaxis Vision」アプリを開き「Connect to Device」をタップして機器に設定されたSSIDとパスワードを入力する方法。そして最も簡単で確実なのが機器の右の方向ボタンを3秒ほど長押しして表示されるQRコードを「Scan QRCode」ボタンをタップして表示される読取画面で行う方法である。トランスミッターのWi-Fiに接続してよいかの許可が求められるので「接続」ボタンをタップするだけだ(図13、図14)。
「Vaxis Vision」はApp Storeから無料でダウンロードできるが、基本的にiPhone用のアプリなのでiPadで全画面表示にすると拡大モードでの表示となり画像が荒くなる。ぜひともiPadの画面サイズに合わせたアプリも用意して欲しいところだ。また、アプリ接続はわりと途切れやすく再接続が必要な場面もあった。こちらはぜひとも改善していただきたい。
ちなみに同時に接続できるデバイス数は、レシーバーx1+iOSデバイスx3、またはiOSデバイスx4のいずれかの構成で最大4台までとなっている。
画質について
画質については同種の他社製品と比較したことがないので断言できないが、低遅延優先の「LATENCY」であっても筆者の利用環境においてはなんら問題ない画質であった。しかも恥ずかしながら画質優先の「IMAGE」との画質の差を見分けることができなかった。
スペック通りの低遅延かを検証する
メーカーでは「LATENCY」はH.264エンコード処理で遅延が80~90ミリ秒程度、「IMAGE」はH.265エンコード処理で遅延が130ミリ秒程度」との公開情報があるので、筆者も含めて実際どうなのか?皆さんも気になっていることと思う。というわけで、「LATENCY」と「IMAGE」、そしてそれぞれWi-Fiで接続したiPadも含めた遅延テストを行ってみた。
計測環境は、iPad上のストップウォッチをJVC GY-HM600で撮影し、液晶モニターに表示されているカウントとATOM 500 SDIを経由してモニターに表示されているカウント、そしてVaxis Visionアプリを使ってトランスミッターにWi-Fiで接続しているiPad上でのカウントからそれぞれの遅延値を算出した(図15)。
使用するビデオカメラやHDMI、SDI接続によっても多少の違いがでるのはご了承いただくとして、それぞれ10回計測してみたが平均すると公称値とほぼ同じような結果となった。もちろん伝送距離や会場などの環境、機材構成によっても変るはずなので、この表の結果はあくまでも参考として検討いただければと思う(表2)。
LATENCYの場合 | IMAGEの場合 | |||
SDI | HDMI | SDI | HDMI | |
モニター(レシーバー経由) | 130 | 90 | 100 | 200 |
140 | 90 | 120 | 100 | |
90 | 90 | 80 | 140 | |
80 | 100 | 180 | 130 | |
40 | 70 | 200 | 110 | |
100 | 110 | 120 | 130 | |
140 | 100 | 180 | 110 | |
50 | 80 | 160 | 140 | |
80 | 90 | 170 | 100 | |
80 | 110 | 80 | 90 | |
平均(ミリ秒) | 93 | 93 | 131 | 125 |
iPad(トランスミッターにWiFi接続) | 80 | 100 | ||
80 | 80 | |||
90 | 110 | |||
80 | 110 | |||
80 | 110 | |||
110 | 100 | |||
100 | 120 | |||
110 | 120 | |||
110 | 100 | |||
80 | 120 | |||
平均(ミリ秒) | 92 | 107 |
ワイヤレス映像伝送システム5セットを現場で試す
さて、筆者としてはここからがやっと本題だ。
筆者は音楽ライブ、セミナー/カンファレンス、対談などのライブ配信や収録を主な業務としており、小規模なものから大掛かりな内容や会場に至るまで全ての作業を一人で担当することが多い。当然ながらカメラごとに担当がいないため、複数のカメラを使用する場合などライブ配信ではいうに及ばす、収録であっても手元で全てのカメラの画角がずれていないか?フォーカスはあっているか?など筆者自身が全ての絵を常にモニタリングする必要があり、スイッチャーに接続してスイッチャー側のマルチビューを利用して確認できるような環境で作業している。
そこでいつも面倒に感じるのがカメラからスイッチャーまでのケーブルの敷設作業である。例えばちょっとした大きさのライブハウスなどではステージ上、ステージ直下、フロア両サイド、客席後方などさまざまな場所に設置したカメラからケーブルを引くことになる。直線的に最短で引ければ簡単なことかもしれないが、実際には観客が誤って足を引っ掛けて事故に遭わぬよう、そして踏まれたりドアの開閉、機材の移動などによってケーブルが損傷しないよう、会場の天井や壁、フロアの端、また出入り口などを迂回させて細心の注意を払って敷設する必要がある。
仮にステージからスイッチャーまでの直線距離が30mだとしても、実際に必要となるケーブルは最低でも倍以上の長さ(この場合は60m)が必要になる(カメラの位置にもよるが)。大まかに言ってこの60mのケーブル×カメラ台数分をあらゆる事故が起きぬように壁や天井伝いに這わせた上で丁寧に養生するなど気を使って敷設しなければならず、それだけでもかなり面倒で時間のかかる作業となるわけだ。また、当日になって出演者のセットが変更になったり、出演者が別位置からのアングルに変更して欲しいとの要望がでることもあり、当然それに伴ってケーブルも敷設し直さなければならいという事態も発生する。
ライブ会場では搬入、設置、リハーサル、本番という流れの中で(特に小規模のライブハウスでは)搬入からリハまでに十分な時間を取れないことが多いため、ケーブルの敷設に時間をとり過ぎてリハーサルに間に合わないという事態にもなりかねず、会場下見の際に準備に時間がかかりそうと判断した場合には他のスタッフよりもかなり早い入り時間を許可しもらうようにしているほどだ。
というわけで、このケーブルの敷設作業をなんとか軽減することができないか?と常々考えていた。当然、ワイヤレス映像伝送システムを導入すれば解決するのでは?という考えに至ったものの、いざ導入を検討すると2つの問題がでてきた。
問題その1
ワイヤレスはケーブル接続に比べ必ず信号の遅延が大きい。例えば1台のカメラのみに使用した場合、そのカメラからの映像だけタイミングがずれてしまい、特にリアルタイムでのライブ配信ではそのカメラに切り替えた時だけ絵と音が合わない、いわゆるリップシングがズレたものになってしまう。
この問題を解決するには最低でも同時に使用しているカメラ台数分のワイヤレス映像伝送システムを導入し、すべてワイヤレス化するしかないが、それなりに予算も必要となる。
問題その2
最低でもカメラ4台分、つまり4セットが同一の会場で同時に使えるワイヤレス映像伝送システムを導入しようと製品を物色したところ、メーカーのWebサイトにも同時に使用できるセット数の記述が見つからず国内の大手販売店、さらには海外のメーカーに問い合わせたところ、皆さんがよく利用しているメーカーのもので、しかも上位機種であっても(メーカーにもよるが)最大3セットまでが限度との回答があった。2~3セット…である。これではワイヤレスへの全面移行が叶わない。
知人の話ではメーカーが混在した環境ではあるものの4セット使用したことがあるとのことだったが、それなりに大きな買い物になるのため失敗は許されず、メーカーからの回答に従い導入を諦めることにした。
そんな最中、Vaxis ATOM 500 SDIという新しいワイヤレス映像伝送システムが発売されるというニュースを知った。広く使われている他社製品でさえ対応していないのだから、とダメ元で国内の代理店であるVANLINKSに確認したところ、なんと「メーカー実験では5セット同時使用までは問題なく利用できることが確認できています」という回答が来たのである。もちろんその回答をそのまま信じることができず再度確認を入れたところ正しい情報であることがわかった(図16)。
本当に5セットの同時使用は可能なのか?
いくらメーカーから提供された情報とはいえ、どれほど安定して運用できるかも未知数なのでいきなり5セットをライブ配信で使用するのはリスクが高いと思っていたが、ちょうどマルチカメラで収録のみを担当する現場があった。収録は各々のカメラで行って編集担当者に渡すので、モニタリング用途のATOM 500 SDIが同時に5台使えない、あるいは不安定になって接続が途切れるようなことがあっても業務には全く支障が出ることがない。今回の現場はまさに実用テストとしては最適な環境というわけだ。
場所は篠田元一(作曲家、編曲家、キーボーディスト、ピアニスト)さんが運営するモトミュージックのスタジオ(現在新しいスタジオを建設中)。内容はゲストに篠田さんの弟子でもあり大活躍中の宇都圭輝(キーボーディスト)さんを迎え、篠田さんの著書で本書にお世話になっているミュージシャンも多い「実践コード・ワーク」シリーズの動画コンテンツの撮影である(図17)。
筆者側の機材構成はビデオカメラ(JVC GY-HM600シリーズとCanon XA25)のSDI出力をATOM 500 SDIのトランスミッターに入力し、レシーバーからのHDMI出力をスイッチャー(Roland V-8HD)に入力した(図18)。
結果はリハーサルを含めて6時間程度運用したが、一度だけ特定のトランスミッターからの信号が途切れる現象が発生した。その後、トランスミッター同士の距離が10cmも離さずに設置したため干渉が起きたのでは?と思いそれらの間隔を広くしたところ、それ以後途切れることなく安定して運用することができた。メーカーの方からも距離が近いと干渉することがあるので、問題が起きた場合は機器の間隔を空けるようにとの注意があったので、こちらの設置ミスによるものであった。
スタジオは5m四方程度の広さであったが、5セットの同時使用で問題なく運用できた。ライブハウスやホールなど、より広いスペースであれば余裕を持って設置できるので干渉も受けにくくなるのではないだろうか。というわけで、メーカーからの回答通りという結果になった。
セットごとの遅延の違いはあるのか?
収録では後から編集でどのようにでも調整できるが、ライブ配信での使用を前提に考えた場合、セットごとに大きな遅延のばらつきがあると使い物にならない。もちろん、ケーブル接続であっても使用するカメラ機材やHDMI、SDIによる接続方法など様々な要素が相まり100%遅延なくタイミングが揃うということはないが、そのばらつきの幅が大きいとスイッチングのタイミングやカメラごとのリップシングのズレ幅が変わり(特に音楽ものでは)なんとも気持ちの悪い映像になってしまうからである。
そこでカメラ4台を同一機種で揃え、4つのHDMI入力端子を備え、それらを同時に表示できるモニターを利用して遅延のばらつきがどの程度あるかを検証してみることにした。結果、ほぼ同じタイミングで送られてくることがわかった(図19)。これなら安心して使えそうだ。
スイッチャーに接続し、ミキサー経由の音声と合わせた時の遅延検証
ライブ配信は一発勝負だ。それは編集ものと違い機材の不具合や調整ミスがそのまま視聴者に流れてしまうからである。カメラの画質や音声に関しては気を使っていても、映像と音声のリップシンク調整が疎かになっている番組を見かけることが多い。
リップシンクの調整は機材や接続方法にも関わってくるため、それぞれ調整を行うポイントが異なる。例えば筆者の場合はミキサーからの音声もスイッチャーに入力し、最終的にHDMIやSDI信号にエンベデッドして配信機器に渡す方法が基本だ。その場合、スイッチャー側の音声入力で遅延量を設定し、映像とのタイミングあわせを行なっている。
具体的にはスイッチャーを経由したPGM出力をレコーダーで録画し、そのファイルをFinal Cut Proなどの動画編集ソフトで開く。次に映像と音声を切り離し、音声トラックを映像と一致するところまで1フレームずつずらしていく。そこでずらしたフレーム数が設定する値となる。
今回の検証環境はカメラ(JVC GY-HM600)の1080i59.94の出力をHDMIでトランスミッターに入力し、レシーバーのHDMI出力をスイッチャー(Roland V-8HD)に入力。音声はダイナミックマイク(Behringer XM8500)をミキサー(Behringer X1204USB)に入力し、その出力をスイッチャーに入力。スイッチャーのPGM出力をHDMIでレコーダー(Blackmagic Video Assist 7” 12G HDR)に入力し、SSDに録画するという流れで行った。
手を叩いた映像とその音が一致するところまで音声トラックをずらしていくと9フレームでタイミングが合うことがわかった(図20)。そのフレーム数をスイッチャーの音声入力のディレイ値として設定すればよい(図21)。もちろん大まかなフレーム数ではなく秒単位で設定すればより正確なタイミング調整を行うこともできる。映像にしても音声にしても、間に様々な機器を介することでその伝達速度が変わるため、現場ごとの使用環境によって調整する必要がある。もちろん録画して確認せず、手などを叩いてもらいその絵と音を確認しながらスイッチャー側のディレイ値をリアルタイムで合わせていくのもアリだ。
セットごとにほとんど遅延差がないこともあり、他のセットからの映像も設定したディレイ値でタイミングのズレが起きず、ケーブル接続と同様の環境となった。まさに目指していたワイヤレスのマルチカメラ環境が実現したのである。ちなみに、ライブ会場などで音声をPAから受け取る場合、カメラをケーブルで接続していても2〜3フレームのディレイ値を設定している。
5セットを利用してカメラマンにワイヤレスでマルチビューを返す利用方
もしも4台までのカメラでそれぞれにカメラマンが担当するような場合、スイッチャー側で現在どのカメラの画が使われているか確認できることが望ましい。例えば自分のカメラの画が使われていることが確認できれば、その間、不用意にカメラを動かすのを避けることができるし、他のカメラマンと被らない画を捉えることもできる。通常はそれぞれのカメラに小型のモニターをセットし、ケーブルを使って接続すことが多いのだが、そこでマルチビュー出力をトランスミッターを利用してワイヤレスで飛ばし、カメラマンの所有のiOSデバイスで受信することでまったくケーブルを敷設することなくカメラ映像の送信とモニタリング環境ができあがるというわけだ。この場合は最大5セットまでの制限により、4セットはカメラ、1セットはスイッチャーからのマルチビューという構成になる(図22)。
複数セットで運用する場合の注意点
今回の記事では撮影のことあって間隔を無視して並べているが、実際の現場では安定して運用するためにも下記の点に注意した方がよいだろう。
・1セットを起動しペアリングが完了した後、次のセットを起動する。これにより混信せずに最適なチャンネル割り当てを行うことができる。
・電波干渉を避けるためにもトランスミッター間、またレシーバー間は一定の間隔を空ける。メーカーが推奨するのはそれぞれ1m間隔となっている。
まとめ
筆者自身が導入を検討していたジャンルの機材だったこともあり、いろいろと具体的に検証してみたがいかがだっただろうか?
もっと様々な現場での(実際の)使用例を紹介したかったのだが、製品をお預かりしている最中、緊急事態宣言が発令されてしまい試してみたかったイベントやライブが自粛中止となってしまったのが残念でならない。
本製品よりももっと低遅延、高画質、高機能の製品はあるかもしれないが、メーカーの言葉通り同一会場内で5セットが利用可能と回答している機種はATOM 500 SDIだけである。筆者のように複数セットが必要な場合は本製品一択というわけだ。
結局、筆者は4セット購入してしまった。今後ライブ配信においても時間をとって検証した上でATOM 500 SDIを本格的に導入しようと考えているので、本当の評価はこれからということになる。
いずれにしてもワイヤレス機器はそれぞれの使用環境において評価が大きく分かれるので、導入を検討されている方はとりあえず機材をレンタルし、自身の現場で確認してみることを強くお勧めする。そこで問題なく使用できたなら、他に選択肢のない有用な機材となることだろう。
最後に
購入して2週間使用してみたところ、Blackmagic Design社のATEM Miniシリーズで使用する際に問題があることがわかった。ATEM MiniのInput 1、Mini ExtremeのInput 1、2が対応している映像信号のカラースペースはRGBなのだが、ATOM 500 SDIのHDMIから出力されるカラースペースがYCbCr444であったため、正しい色で表示することができなかったのである。
どうしてもATEM Miniシリーズで使用したい場合はATOM 500 SDIの受信機からSDIで出力し、SDIからHDMIに変換するコンバーター(例えばBlackmagic Design社のMicro Converter)を介して出力されたHDMIを利用するとよいだろう。
一応メーカーにはカラースペースの指定ができるようにとの要望を出しているので、ファームウエアのバージョンアップによる対応に期待したいところだ。
西村俊一|プロフィール
有限会社ファクトリー代表。主に音楽ライブ、トーク番組、セミナーなどのライブストリーミングや収録、制作を行なっている。主な担当番組には、音楽クリエーターの皆さんをゲストに迎え月に一度ニコニコ生放送とYouTubeで配信しているJASRACの広報番組「THE JASRAC SHOW!」がある。