ネット中継の課題

人が多く集まるイベントはダメだ、ということで、無観客のままネット中継へとシフトするイベントが増えている。筆者の知り合いのカメラマンも中止や延期はあるものの、スポーツを始めとする様々なイベントのネット中継で、そこそこ忙しい日々を送っているようだ。

現在ネット中継用のシステムは、予算や実施規模に応じてフレキシブルに組み上げられるだけのバリエーションが揃ってきた感がある。カメラはもちろん、スイッチャーも廉価ながら多入力のものが数多くリリースされ、マルチソースによるイベント中継もリーズナブルに実施できるようになった。

しかしその中で、テレビ中継に比べると圧倒的に欠けていたピースがある。それが「スローリプレイ装置」だ。野球やサッカーなど、テレビ向けスポーツ中継には欠かせないスローリプレイだが、ネット中継においてはバジェットに見合う手頃な機器が存在せず、唯一それが「欠けたピース」だった。

そんな折に登場したのが、ローランドの「P-20HD」だ。昨年11月のInterBEE2020開催直前に発表されたビデオ・インスタント・リプレイヤーで、発売は2021年春とされていた。そしていよいよ本日より発売が開始される。この記事をご覧になられているなら、もう買えるというわけだ。

いよいよ発売開始となったローランド「P-20HD」

今回はいち早く動作実機をお借りすることができた。スポーツやe-スポーツのライブ中継には欠かせないスローリプレイ装置だが、P-20HDがどんな使い勝手なのか、レポートしてみたい。

わかりやすい操作体系

これまでローランドは数多くの映像製品をリリースしてきているが、いわゆる「スローリプレイ装置」というジャンルは初めて手掛けることになる。しかしながら、リプレイ機というか映像のポン出し機というのは、かなり早くから製品化していた。いやむしろ今につながるローランドのマルチフォーマット対応映像機器は、2007年のマルチフォーマット・ビデオプレゼンター「PR-1000HD」が源流と言える。動画、静止画など何でも取り込んで、ポン出しやループ再生、自動再生などができる装置だった。

今に繋がる映像製品の源流とも言える「PR-1000HD」

実は、スロー再生機は、テレビ放送では歴史の長いジャンルである。今につながるスロー再生によるリプレイは、おそらくは1980年代にソニーが1インチVTRで無段階スロー再生を実現したあたりからスタートしたものだろう。ハイスピードカメラと組み合わせて3倍速で録画するスタイルは、すでにアナログ時代から存在した。

その後カメラもレコーダもデジタル化し、現在はハイスピードカメラとメモリーレコーダ/プレーヤーの組み合わせで、別途コントローラがあるというスタイルが一般的であるが、システムで導入すると数百万から数千万円クラスとなる。また操作にはトレーニングが必要で、多くの現場では専門のオペレータが操作している。

一方P-20HDは、本体のみで動作するスタンドアロンのメモリーレコーダ/プレーヤー/コントローラとなっており、市場想定価格は40万円前後となっている。多くのシステムがハイスピードカメラとの組み合わせで「スーパースロー」を実現するのに対し、P-20HDは最大フルHD/59.94pの映像を入力ソースとして、スロー再生を行う。

本体と操作パネルが一体のボディ
入出力はHDMIに統一
入出力はHDMIに統一
※画像はクリックすると拡大します

映像の記録と再生にはSDカードを使用するので、電源断時に記録内容が消えてしまったり、バックアップが必要になることもない。現場ごとにSDカードを入れ替えて、設定ごとに交換することもできる。H.264の10Mbps記録で、64GBのSDカード1枚で約11.5時間の記録・再生が可能と、かなりリーズナブルだ。

本体手前にSDカードスロットがある

まずは簡単に操作概要だけ説明しよう。左上のRECボタンを押すと、録画がスタートする。内蔵ディスプレイ上には、左側に今入力されている映像、右側にメモリー側の追っかけ再生映像が表示される。コントローラ部のジョグ・シャトルを使ってリプレイしたいシーンを探し、IN・OUTを設定すると、その範囲がクリップリストに登録される。もちろんこの間も並行して録画は続いている。

RECボタンを押すとレコーディング開始
画面左側がライブ映像、右側が追っかけ再生映像
ポイントが探しやすいジョグ・シャトルダイヤル

追っかけ再生からゆっくり探す時間がない忙しいスポーツでは、「LIVE IN」ボタンを点灯させた状態で「MAKE CLIP」ボタンを押すと、押した時点の7秒前に遡った地点をIN点として、クリップを登録してくれる。遡る秒数はユーザーが自由に変更できる。

展開が早いスポーツで便利な「MAKE CLIP」ボタン

登録されたクリップは、左側の8つのパッドを押せば、瞬時に頭出しされる。PLAYボタンを押してリプレイを再生、左側のスピードレバーでスロースピードをコントロールする。基本操作はこれだけである。

登録したクリップはパッドで瞬時に呼び出し

もっとも気になるのは、スピードレバーのレスポンスだろう。デフォルトでは一番下がスピードゼロ、一番上で100%再生となる。レバー横のSPEED RANGEボタンを押すと逆再生となり、一番下がゼロ、一番上がマイナス100%再生となる。

再生スピードをコントロールするスピードレバー

スピードの可変はなめらかで、内部的には段階があるのかもしれないが、再生画像を見る限りでは段階は見て取れない。一番下がストップモーションだが、底位置に少し遊びがあるので、一番下までバシンバシンレバーを付き当てなくても、ここぞというところで止めやすい。なお停止状態か、超スローながら実は動いている状態かの境目は、停止状態を外れた瞬間にポーズボタンと再生ボタンの点灯が入れ替わるので、目安になる。

また再生中にSPEED RANGEボタンを押すと、順再生とリバース再生が入れ替わる。大事なポイントを行きつ戻りつ再生、といったトリッププレイも簡単だ。

リプレイだけじゃない、多彩な機能

次にオペレーションの全体像について見ておこう。

IN・OUTを指定するとクリップリストに登録されることは先に述べたとおりだが、このクリップリストは1ページに8クリップ、64ページまで使える。基本的にはこのクリップリストは、編集ツールでいうところの「BIN」のようなところで、そこから直接画が出せると考えればいいだろう。

一方で番組の最後に、ダイジェスト的に名シーンをつなげて出すという演出もありうる。この時は、クリップリストの何ページの何番を使うとか覚えていられないので、クリップリストとは別の「パレット」というページに、使いたいクリップを集めておける。このパレットも1ページにつき8クリップで構成され、合計8ページまで持てる。

クリップリストとパレットの関係

パレットは、編集ツールでいえばタイムラインのようなものだ。AUTOPLAYブロックのPLAYLISTボタンを押すと、パレットに登録した順番でクリップが自動再生される。そうなるとパレット上のクリップの並び替え機能なども欲しいところだが、今のところその機能は実装されていないようだ。今後のアップデートに期待したいところである。

PLAYLISTボタンでクリップの連続再生も可能

さて、P-20HDが送出できるのは、映像クリップだけではない。USBメモリ経由でPNGまたはBMPの静止画を転送すれば、静止画のポン出しもできる。アルファチャンネル付きのPNGであれば、入力映像またはクリップ映像の上にキーイングしてオーバーレイできる。例えばリプレイ映像の右上に「Replay」といったテロップを載せることも可能だ。

アルファチャンネル付きテロップも載せられる

加えてオーディオのポン出しもできる。これもUSB経由でWAVファイルを取り込めば、ボタン一つでジングルの送出も可能だ。スローだしが不要な現場でも、P-20HDがあれば複数の機材を1台にまとめることができる。また静止画は、出すときにフェード、ワイプ、スライドといったトランジションが使えるので、簡易キーヤーとしても利用できる。

オーディオのポン出しにも対応

柔軟なシステム対応

色々な使い方が考えられるP-20HDだが、システム的にどう組みこめばいいのだろうか。

最もシンプルな方法は、スイッチャーの後段にDSK的にぶら下げるスタイルだ。PGM出力をスルーで出しておき、リプレイを出すときにはOUTPUTのREPLAYボタンでクリップ送出に切り替える。ここではカットチェンジだけでなく、ミックスやワイプでの転換もできる。リプレイクリップだけでなくテロップも出せるので、本当にDSKとしても使用可能だ。

簡易システムではスイッチャーの後ろにP-20HDを配置

4入力スイッチャーを使う場合など比較的小規模なシステムで、P-20HDのトランジション機能も活用したい際にはこの組み込み方になるだろう。ただし、P-20HDで録画する映像はPGMをそのまま録る事になるので、OAで出していないソース、例えば裏カメラの映像をスローだしすることはできない。

スイッチャーの入出力に余裕がある場合は、スイッチャーのAUX出力を入力し、P-20HDの出力をどこかのクロスポイントに戻すという、組み込み型のシステムがいいだろう。この場合はP-20HDへ送り込むソースはAUX列から自由に選べるので、OA映像で出していないカメラの映像もスロー出しすることができる。P-20HDは常にリプレイ映像でスタンバイしておき、切り替えはスイッチャー上で行うことになる。

AUX出力を使って映像ソースの一部として組み込む

さらにP-20HDにはPinPやSPLITといった2ソース同時の表示機能もあるので、スイッチャーにキーヤーが1つ増えるような効果も得られる。さらにこの場合は、PinPやSPLITで分けた映像をまるごとスロー再生できるという事になる。

さらなる進化が期待できる

P-20HDは、レコーダ、バリアブルスピード再生プレイヤー、テロッパー、キーヤー、音声効果出力、簡易M/E列といった機能を1台に凝縮した機器だ。もちろん目玉はリプレイ時のスロー再生なのだが、ベースにビデオプレゼンターやスイッチャーで培った技術があるので、多くの機能が有機的に織り込まれている。その機能をどう組み合わせ、またどう切り出して使うかによって、多くの用途に使える映像・音声周辺機器となっている。

これまでライブ配信では、記録系の機器は将来の再放送やメディア化などに備えたバックアップでしかなく、映像演出にはまったく貢献してこなかったわけだが、P-20HDのように記録・再生が同時にできる機器が1台あるだけで、話が全然変わってくる。ネット中継がテレビ中継に負けていた最後の1ピースが、これで埋まったと言っていいだろう。

今後のバージョンアップで追加される機能としては、

  • RS-232/LANによる制御
  • 外部フットスイッチによる制御
  • 動画ファイルのエクスポート機能
  • ペンタブレットと接続して線や文字などを映像の上に書き込める機能

が予定されている。動画ファイルのエクスポートが実現すれば、バックアップレコーダの代わりとしても使えるだろうし、ペンタブレットでアノテーションができれば、解説者が画面上に矢印を書き込んで流れを示すといった、テレビ中継並みの演出も可能になる。

スローだしの有無に限らずとも、スイッチャー/ミキサーの機能拡張に使える、ありそうでなかった1台だ。今後のライブ中継現場には、必須の1台となるだろう。



WRITER PROFILE

小寺信良

小寺信良

18年間テレビ番組制作者を務めたのち、文筆家として独立。映像機器なら家電から放送機器まで、幅広い執筆・評論活動を行う。