Vol.171 「ZOOM_F3」レビュー。映像録音の概念を塗り替える超小型のプロ仕様32bitフロートレコーダー[OnGoing Re:View]

コンビニのおにぎりよりも小さい!映画の現場でも使えるプロ仕様のZOOM F3

おむすびサイズにファンタム対応XLR入力を2つ搭載したプロ仕様レコーダーだ

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2チャンネル入力の32bitフロートレコーダー。わずか242gのF3は、プロの要求する機能や音質を備えている

非常に画期的なレコーダーが登場した。ZOOM社から発売になったF3は、同社が得意とするプロ仕様の32bitフロートレコーディングの超小型レコーダーだ。ファンタム電源対応のXLR入力端子を2つ備え、単3乾電池2本で動作する。

重量はわずか242g(電池込み)で、サイズは75.0mm(W)×77.3mm(D)×47.8mm(H)、コンビニのおにぎりを一回り小さくした程度の大きさである。32bitフロートでデュアルADコンバーターを搭載したレコーダーがZOOM社以外からも発売されているが、このF3は圧倒的にコンパクトであり、同社では3世代目の32bitフロート製品ともあって、使い勝手や音量の調整方法など、とにかく現場のニーズに最大に応えてくれる画期的製品だと、筆者は思う。

外観は、同社のF6(6チャンネルのフィールドレコーダー)と同じデザインコンセプトで、強固な金属フレームに囲まれた頑丈な本体と、明るい場所でも見やすいモノクロの2インチ程度のバックライト付きLCDモニターを搭載する。

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入力はこのXLRのみだが、ファンタム電源が使えるプロ仕様。マイクレベルからラインレベルまで柔軟に対応する。プラグインパワー対応の入力はないので、そういったマイクを使う際には、RØDE VXLR Proなどの変換アダプタを使うと良い。

入力は前述のファンタム電源(+24V/+48V)対応のXLRが2つ、出力は3.5mmステレオジャックからのLine出力で、出力ゲインを柔軟に調整可能なのでカメラのマイク入力へも接続可能な上、カメラ側のボリューム調整を行うための基準信号も出せる。その他、3.5mmヘッドホン出力、USBパワー(外部電源)対応のUSB-Cポートを備える。 記録はmicroSDカードで、microSDHC規格対応カード(4GB~32GB)とmicroSDXC規格対応カード(64GB~1TB)に対応している。

ハイレゾ対応の32bitフロート録音。最大192kHzサンプリングを搭載、ステレオ録音にも対応

録音フォーマットは、44.1/48/ 88.2/96/192kHz、32-bit Float mono/stereoとなっており、ハイレゾレベルの分解能となっている。また、パソコンとの接続では、2022年2月現在は開発中となっているが3月には32bitフロートに対応したオーディオインターフェースドライバが提供される予定になっている(旧来の16bit/24bitでのオーディオインターフェース接続は発売時点でも可能)。

録音ファイル形式はWAVだけだ。が、SDカードの価格が下がった現在では音質劣化のあるMP3などの圧縮フォーマットは必要ないし、32bitフロートを収納するフォーマットとしてはWAVとなるのは当然だ。

2chあるXLR入力は、それぞれ独立したモノラル音声ファイルとして記録することができる他、ステレオ音声として左右に振り分けるステレオ録音も可能だ。その場合、左右の音声レベルは、もちろん別々に調整可能。

異次元の使いやすさ。シンプルなボタン操作ゆえ、慣れるとモニターを見ずに録音できる

さて、実際に使ってみた印象を紹介しよう。 まず、持った瞬間に小さくて軽いと感じる。ネットなどの画像は、実物よりも大きく見える気がする。その一方で、小さく軽いからといってもチープさなどなく、非常に高級感と頑丈さからくる安心感がある。使われている素材や塗装は同社のF6と同じだろう。

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主要ボタンはモニターパネルの下に4つと、左側にはメニューと再生・停止ボタン。非常によく考えられたUIで、慣れると目視しなくても操作できてしまう

操作ボタンはモニター手前の4つのボタンを主に使う。この配置と機能が絶妙で、通常の操作は1~2回のボタン操作だけでできてしまう。撮影現場で使ってみたが、とにかくシンプルな操作で最適な設定を作れるのがありがたかった。具体的なことは次の基本操作の説明の後にするが、簡単に言えば、単純な操作を覚えてしまうと、モニターを見ることなく操作ができる。そのくらい、インターフェースがよく考えられている。忙しい映画の現場でも、非常に役に立ちつつ、事故(録音の失敗)の起きない仕様だと評価できる。

さらに、これらの操作ボタンのレスポンスが非常に良いのが特徴だ。忙しい現場でもストレスなく操作ができた。

失敗のない32bitフロート録音。3世代目の商品として使いやすさも充実

さて、32bitフロートについて簡単に解説しておこう。32bitフロート録音は、同社が3年前に発売したF6が最初で、一昨年前の年末に発売されたF2、そしてこのF3と3世代目となる。

32bitフロート録音とは、人間の耳で聞き取れる音量の幅(約24bit分の幅)を残りの7bit+1bitで拡張する技術で、実質的にはほぼ無限大の音量の幅(エリア)を記録するフォーマットだ。この広い音の格納エリアを使って、マイクからの信号をそのまま記録することができる。 もう少し具体的にいうと、これまでの24bitもしくは16bitリニア録音(カメラなどの普通の録音機能)では、マイクからの音をマイクアンプで上げ下げして、24bitの幅に最適化する必要があった。言い換えると、小さすぎる音は大きくして録音、大きすぎる音は小さくして録音する必要がある。これを怠ると、小さな音を大きくしたときにはサーという音が混じってしまったり、大きな音は割れてしまう。

しかし、32bitフロートは、この事前の調整はしなくても音を劣化させずに記録可能だ。ただし、ZOOM社では、最高の音質を記録するために、非常に小さな音のための専用アンプとデジタル回路(A/Dコンバータ)、通常の音のための専用アンプとデジタル回路を用意したデュアルA/Dコンバータを使うことで、プロの現場の要求にかなう録音を可能にしている。

理論上、32bitフロート録音はマイクボリュームの調整をする必要がなく、マイクからの音を極小の音から巨大な音まで丸ごと録音可能だ。 だが、これはカメラRAWと同じように、そのままでは聞きにくい。そこで編集時に音を整える作業が必要だ(ただしRAW現像ほど難しくはない)。 しかし、この点についてF3は画期的な機能を搭載して、編集時の手間が最小限になった。

波形表示で、誰でも簡単に最適なボリューム調整が可能になった

F3が画期的なのは、いわゆるレベルメーターを廃し、ビデオ編集で見られる音声波形グラフを搭載したことだ。マイクからの音がリアルタイムに波形で表示され、簡単なボタン操作で波形の大きさ(高さ)を変えられる。波形の大きさを変えると、それがそのまま録音ボリュームになり、記録されるファイルを編集アプリに入れれば、タイムライン上などに、F3のモニターで見ていたのと同じ波形の高さになるということだ。

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波形(波高)を見ながらレベルの最適化ができる。非常に簡単だ。操作は波形の下にある2つずつのボタン(4個並んだボタンの左右2個ずつ)を押すだけだ。ヘッドホンボリュームに連動しているので、画面を見ていなくても調整可能だ。

この波形によるボリューム調整は非常にわかりやすい。レベルメーターによる音量調整はプロでも難しく、経験が必要になる。ところが、この波形モニターは、誰でも簡単にレベル調整が可能だ。ただし、F3レベル調整は11段階のステップなので、ボリュームのような微調整はできない。実際には1倍、2倍、4倍、8倍と倍々に音を調整するのだが、音の世界では6dB単位の調整をしていることになる。

ちなみに、ゼンハイザーのMKH416を繋いだ場合、このマイクの感度がおよそ-36dBで、F3の波形倍率を32倍にすると、ちょうど良くなる。個人的には波形表示を倍数だけではなくdB表示も搭載してくれるとわかりやすいと思う。

そして、もちろんだが、どの倍率にしてあっても、32bitフロートゆえに音割れの心配がないので、急な大声でも、全く壊れることのない音が記録できる。つまり、大きすぎる波形、小さすぎる波形であっても、編集時にゲインを上げ下げすることで劣化のないマイクからのそのままの音が得られる。 また、仮にヘッドホンなどで聞いていなくても、4秒分の波形が表示されているので、マイクを触ってしまったりというノイズの有無を判定するのも簡単だ。これは現場では非常にありがたい。

外部との連携機能も充実。リミッターはもちろん、遅延機能も搭載

F3の出力は前述のように3.5mmステレオジャックからの2ch(モノもしくはステレオ)となっている。出力レベルはマイクレベルからラインレベルまで非常に細かく調整可能だ。また、出力リミッターを搭載しているので、カメラ等の録音機器が対応不能な大きな音も、リミッターによって音の劣化を最小限にとどめてくれる。 また、配信などに必要とされる音声の遅延出力も搭載されている。

このように、レコーダーとして優秀なだけでなく、外部機器との連携も考えられており、非常に使い勝手が良いと評価できる。

画期的な小ささが、現場の取り回しを一新してくれる。

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ゼンハイザーMKH416やMKE600など直径19mmのマイクならF3に直付けすることが可能。※XLR端子へのマイク直挿しは推奨されていません。個人の責任範囲内で

これまで、映像の録音で外部レコーダーを使う場合、どうしてもレコーダーの大きさがネックになっていた。F6も非常に小さいのだが、それでも首から下げて使うとかなり疲労する。特に一日中立ったり座ったりを繰り返す映画の世界では、とにかく小さくて軽いことが求められる。

そういう意味では、F3は非常に画期的で、メーカーサイトでも活用事例として、マイクブームに縛り付けて使っているが、この使い方は非常に楽だ。 筆者はゼンハイザーの816という80cm近い長さのショットガンマイクを使うことがあるのだが、こう言ったマイクを使う場合、レコーダーの大きさだけでなくケーブルの取り回しも非常に厄介だ、ところがF3だと20cm程度のXLRケーブルでマイクとF3を繋いで、F3をマイクのショックマウントグリップに縛り付けてしまっている。つまり、マイクとレコーダーがほぼ一体になり、異次元の使いやすさをもたらしてくれた。

一方の小ささのデメリットとしては、電池の負担が大きいことが挙げられる。単3電池2本で動作するのはありがたいし、最大で8時間程度も動いてくれるのは立派だ。ただし、この8時間というのはファンタム電源OFFでヘッドホンを繋がない場合だ。ファンタム電源ONでヘッドホンを繋ぐと、2時間くらいの持続時間になる(メーカー公称はアルカリ約2時間、ニッケル水素で約3時間、リチウムで約7.5時間)。2つあるチャンネル(トラック)はオンオフ可能で、使わないチャンネルをオフにすれば、持続時間が伸びる。通常のインタビューなどでは十分な時間だといえるが、さらに長時間の運用を行うならモバイルバッテリーのUSB給電を使えばいいだろう。

Bluetooth接続はスマホ連動かタイムコードシンクロかの択一

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別売りのBluetoothユニットを使えば、スマホから設定や操作が可能になる。また、プロの現場で重宝するタイムコードシンクロにも対応(別途UltraSync Blueなどのホストユニットが必要)。

別売りのBluetoothユニットBTA-1を使うと、スマホからの設定や操作を行う専用アプリF3 Controlが利用できる。非常に便利なアプリで、操作も簡単だ。ファイル名の変更などはF3本体でも可能だが、文字入力はスマホアプリの方が断然楽だ。設定変更も大きな画面であるスマホアプリの方が見やすいだろう。

一方、プロの現場で必要とされるタイムコードによる同期機能も搭載されている。ただし、別売りとなるTimecode Sytems社のUltraSync Blue(Bluetooth経由のタイムコード同期ユニット)か、Atomos社のモニターNinja VにAtomxSyncがないと同期できない。上記のいずれかがあれば、同社のF2-BT、F6とも同期が可能だし、さらに音声タイムコードに対応したUltraSync Oneを使えば、カメラともタイムコードシンクロが可能になる。

実際の使っている様子、タイムコードシンクロについては筆者のYouTubeチャンネル「桜風涼のシネマ研究所」を参照していただくと理解しやすいだろう。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。