アナモフィックレンズ…。映画を撮る者にとって非常に気になるレンズである。ただ今までは価格が非常に高いというイメージが強く、レンタルでさえ手を出せないと感じていた。
何がそれほどまでにも思わせるのかといえば、圧倒的にワイドな画が撮れるからである。そして好みにはなるのだが、フレアの入り方が横一線に広がるのはすぐにアナモフィックだと理解させる。個人的にはSFっぽくてヒューマンドラマには似つかわしくないと思っていたが、実際に使ってみるとその考えも変わってしまうほどのインパクトがあった。
と、アナモフィックへの思いを持ちながら編集部から送られてきた箱の小ささに驚いてしまう。 前回のDZOFilmのレンズの時には箱の大きさに驚いたが、今度は逆だ。宅急便の60サイズに収まるであろう箱の中に、DZOFilmの時と同じ4本のレンズが入っていたのだから。
そしてデモ機なので使用された物が送られてくると思っていたのだが、まったくの新品が送られてきて、開封の儀を行えることに気持ちが少し高まる。今までたくさんのレンズを見てきたが、箱を開けるとビニールパッキンされていることに驚いた。プチプチに包まれている等はよくあるが、このスタイルは初めてで、これだと少し使って未使用品で買取に持ち込む輩には厳しいであろう(笑)。
そして手にしてのファーストインプレッションは「小さい」である。アナモフィックという先入観によりある程度の大きさを勝手にイメージしていたが、RFスチールレンズよりも小さいし、とにかく細身である。「これで超広角で撮れるのか?」と戸惑う。ただ質感は金属の感触と重さがあり、これは悪くはない。
四角いレンズ径
さて、気になるレンズの一つであったため、特徴であるレンズ口を確認するとやはり四角い。一目瞭然、「アナモフィックだな」と認識させられる形状である。これはSIRUIのアピールポイントなのかもしれない。他メーカーのものはレンズ口は普通の丸で、内側に仕掛けをしている物が多い。なのでSIRUIの「アナモフィックだよ」という主張なのかもしれない。
リングギアが付けられない
もう一つ気になった点はシネマレンズに付いているべきレンズギアがないことだ。いわゆるスチルレンズと同じ仕様である。しかしどういう訳か、35mmのレンズにだけ後付け用のギア(フォーカスとアイリス)が付属しており、他の3本には付いていない。もしかしたら35mmは後発での新製品なので付属させるようにしたのかもしれない。これはスチルレンズをフォローフォーカスでコントロールする時に必要になるが、このレンズのベースはスチルなのだろうと推測してしまう。
またこれは今後改良をお願いしたいところだが、付属のギアがはめられないのである。20分くらい格闘したが、どうやってもギアの方が小さく、片側が浮いてしまい押し込めない。付属の説明書にも付け方が載っていないので、検索してみるが出てこない。これに関してはとうとう付けられずじまいで諦めた。シネマレンズのカテゴリならば、せめてフォーカスギアだけは付けてもらえると良いかと。というのも、このサイズであればDJI RS 3 Pro(以下:RS 3 Pro)とDJI LiDARレンジファインダー(RS)の組み合わせでもレンズの重さの負担が軽いので、ジンバル撮影の可能性が広がる。ギアがあれば使えるレンズのリストインするのは確実である。後述するが、それほどまでに映りが良いからである。
KOMODOとの相性
このシリーズはRFマウントが用意されている。これは個人的には非常にポイントが高く、筆者の愛用機のRED KOMODO(以下:KOMODO)に直接取り付けられる。半歩前のめりに。そしてKOMODO側でもプロジェクトのフォーマット設定でアナモフィック1.3Xが用意されており、ソフトウェア側で後処理の展開が不要になるところは嬉しいものだ。ただ厳密に言うと、1.3Xと1.33Xの違いはあるのだが、実際の画で確認している範囲では違和感はない。
ただどうしても厳密に展開したいということであれば、編集ソフト側で横を0.03倍分伸ばせば良いだろう。ここで注意したいのは、KOMODO側でアナモフィックのフォーマットを選択すると6Kになることだ。筆者の場合、ドキュメンタリーを撮影している時はデータの使用量を抑えるために4Kで撮影している。広島の原爆ドキュメンタリー映画での撮影で24TBのデータ量になったことから、データのコントロールにはシビアになっている。ただ4Kだと画角が当然狭くなるので、アナモフィックの醍醐味を撮影するには6Kのみの設定は理解できる。ただデータは大きくなるので、使い方もここぞという時になってしまう。
またSuper35センサーはFull-Frameセンサーに比べクロップされるので、大体1.25Xの倍率になるので、24mmが30mmの画角になってしまう。これは結構痛い状況となっている。なにしろ画作りで超広角を好んでいるので、より広くの表現が制約されてしまう。そこで0.71倍になるスピードブースターを使ってみたりしたが、スピードブースターはどうやら24mm以上のレンズでないとフォーカスが効かないようである。
Tokina Cinema ATX 11-20mmでは絞りを絞り切ってもフォーカスを合わせられないという事態に遭遇した。これには参っていた。11mmでもFull-Frame換算で18mmが最広角なので、寂しい限りであった。筆者の手持ちレンズだと14mmにさえならない。おのずとアナモフィックへの想いは強くなっていたのだ。そこで今回のSIRUIのテストには非常に興味と期待を持っていた。早速、現在撮影している映画「-25℃ simple life」でも使ってみようと旭川のロケに持ち込んでみた。
コンパクトな筐体から想像を超える
装着した感じはレンズが非常にコンパクトなので、見た目は頼りない感じが正直なファーストインプレッションである。ただRS 3 Proに取り付けるには良さそうである。その見た目の頼りなさを見事に覆してくれたのが、画の良さである。
1.33Xでもこんなにも広い範囲で撮れるのかと驚きでしかない。そして超広角レンズにつきもののレンズ収差もかなり抑えられている。女性二人が映っているショットの左にあるポールがほぼ曲がっていない。この超広角なら間違いなく湾曲し、上方に向かって内側に傾斜するだろう。それが見事と言っていいほど抑えられている。これには正直驚いた。メーカーの説明で「光学歪みを最小限に抑え、画質を損なうことなく2.4:1のワイドフレーム比のシネマスクリーン映像が出力」との言葉があるが、大体は誇大的な感じで捉えられ筆者も期待値は並程度だったが、良い意味で裏切ってくれた。
またご覧の通り、グレーディングなしの状態でもこれほどまでに発色が良いのも期待を超えてきた。特に赤、オレンジがしっかりと出ながらも、空の青色も肉眼に近いし、変に黄色が強くならずに青がちゃんと出ている。モニター越しに見ている時にすでに「おお、これはいいじゃん!」と声を出してしまうほどの驚きだった。
S35でケラレが出る
ただKOMODOは16:9ではなく17:9なので、Super35センサー用レンズにも関わらず、24mm、35mmではケラレが発生している。しかも35mmの方が激しく出ているのはなぜだろうか?16:9のセンサーであればこのケラレは出ないのかもしれない。出たとしても、ワイド方向に少し犠牲は出るが、クロップしてしまう方法もある。参考までにオリジナル状態とケラレ部分をクロップした画を比べてみて、許容の範囲であれば使えるレンズである。
画角の換算もこのような感じになる。
レンズの焦点距離→Super35換算→アナモフィックの順に換算で表記すると、24mm→30mm→23mm、35mm→44mm→33mm、50mm→62mm→47mm、75mm→94mm→71mmとなる。
つまりSuper35センサーでもFull-Frameセンサー以上のワイドが手に入れられるわけである。
レンズの選択は価格ではない
今回のSIRUI「PRO CINEMA アナモフィック 1.33X 4レンズセット」には相当驚かされたと同時に、本気でラインナップに加えたいと思っている。一つネックなのが、フォーカスギアが装備されたシネマレンズではないことだ。ここを改善されれば、この価格でアナモフィックレンズが手に入れられることは脅威でしかない。まあ、ギア問題がなくてもすでに脅威なのだが。
また何度も書くようだが、高いレンズが良い画になることは当たり前である。金額と比例してグレードダウンしていくのは一理あるが、そうでもないことがこのところ実証されている。特にこのレンズで筆者の価値観は「金額ではない」という方向に振り切ったかもしれない。それはバットマンで使われたアナモフィックレンズ「Helios 44-2 58mm F2」もその一例だ。ハリウッド大作でわざわざ指名で使われたこのレンズは、10万円にも満たないのだから。自分の好みに撮れるかが一番の決め手になるのが、良いレンズ選びなのかもしれない。
松本和巳(mkdsgn)|プロフィール
東京と北海道旭川市をベースに、社会派映画、ドキュメンタリー映画を中心とした映画制作を行っている。監督から撮影まで行い、ワンオペレーションでの可能性も追求している。昨年8月に長崎の原爆被爆者の証言ドキュメンタリー映画を劇場公開。本年4月8日から子どもの居場所を取り上げた「旅のはじまり」がシネ•リーブル池袋をはじめテアトル系で公開される。夏には長崎被爆者の証言ドキュメンタリー映画第二弾、広島の原爆被爆者の証言ドキュメンタリー映画も公開される。テアトルシネマグループと一緒に「SDGsシェアプロジェクト」も立ち上げ、先ずは「知ってもらう」をテーマに社会課題の映画化を行っていく。その第一弾が「旅のはじまり」であり、今後毎年数本を公開していく。
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