中判ミラーレスというアドバンテージ
センサーサイズの大きさによって深度の物理的な表現力が変化するという勝手な考えに取り憑かれてしまっていて、どうしても35mmではもの足りなくなってしまったのが数年前。無理してハッセルブラッドHシステムを購入、時代がミラーレス化に移行していくにつれハッセルブラッドもX1Dをリリース。しかし初代X1Dは動作も遅く筆者は購入にはいたらなかった。
2代目にあたるX1D IIは劇的に処理速度が向上、無視できずに購入してそれからというものスナップ写真も中判で撮影している。
ハッセルブラッドを選択したのは中判というセンサーサイズだけではなくレンズシャッターという設計思想も大きな理由のひとつだった。レンズシャッターのおかげでストロボ使用時にシャッタースピードが全域で使えてしまうというのは、撮影の真っ最中に突発的に表現したい何かが発生してしまったときに非常に柔軟に対応できる要素である。
日常的にH6DとX1D IIを自由に選べる状態だが、仕事もプライベートも8割をX1D IIで済ませている自分がいる。H6Dは大きなトラックを運転しているようで、いちいち指差し確認しながらの作業が必要だが、X1D IIはキレイなクーペで大体のことはすっとこなしてしまう。H6Dに比べていろいろなものが現代的で使いやすくコンパクトなのがX1D IIの素性である。電子ファインダーなんてどうせ老眼なんだからカメラまかせで拘る必要のない部分だし、小さいボディは筋力がおちた初老の筆者にはありがたい要素でもある。
本題に入る前に簡単な比較表を作ってみた。
X2D | X1D II | |
センサー | 裏面照射型CMOS 1億画素 | CMOS 5000万画素 |
ダイナミックレンジ | 15ストップ | 14ストップ |
画素数 | 1億画素(11656×8742) | 5000万画素(8272×6200) |
ISO | 64-25600 | 100-25600 |
色深度 | 16bit | 16bit |
フォーカス | PD(位相差)AF, CD(コントラスト)AF | CD(コントラスト)AF |
手ブレ補正 | 5軸7段ボディ内手ぶれ補正 | ― |
記録媒体 | 内蔵SSD 1TB, CFexpressタイプB | UHS-II対応SDカード2スロット |
ビューファインダー | 576万ピクセル 倍率:1.0倍 |
369万ピクセル 倍率:0.87倍 |
背面ディスプレイ | 3.6インチTFT 236万ピクセル 2段階(40°/70°)チルト |
3.6インチTFT 236万ピクセル チルトなし |
AFポイント数 | 294 | 117 |
サイズ | 148.5×106×74.5mm 790g | 148×97×70mm 650g |
接続 | USB-C 3.1 Gen2 Wi-Fi 802.11ax Bluetooth |
USB-C 3.0 Wi-Fi 802.11ac Bluetooth GPS |
動画撮影 | なし | 最大2.7K 29.97fps |
触り心地と外観の変化
握った瞬間にX1D IIとまったく違うサイズに驚かされる。特にグリップ形状が変わったのとボディの厚みが増したせいでワンサイズ上のカメラを持っているようだ。でも140gの増量の重たさはあまり感じない。大きくなっても握り心地が良好なのはさすがハッセルブラッドである。いままでHシステム数種類、Xシステム2代、907Xと触れてきたが握り心地の悪いハッセルブラッドカメラには出会ったことがない。もちろんクラシカルなVシリーズも同様である。
ボタン、ノブの位置はX1D、X1D IIと同じ配置で全く迷うことはないが撮影モードを選択するノブは廃止されてX2Dではサブモニターになった。このディスプレイにはISO、絞り、ホワイトバランスモード、シャッタースピードなどが表示される。もちろん背面ディスプレイにはより詳しい情報が表示される。すごく便利に感じたのがカメラの電源を入れた瞬間にバッテリーの残量が表示されること。
右手の親指に位置するダイヤルはプッシュできるようになりビューファインダーの内の画像が拡大できるようになった。カメラ上部にはX1D II、X2DともにM/AF切り替えボタン、ISO/WBのボタンがあるが、ボディが大きくなったX2Dのほうが届きやすい場所にあるのは配慮の行き届いた進化と言える。
X1DでのM/AFボタンは長押しでビューファインダーを覗きながらAFポイントをノブで縦横に移動することができた。X2Dではこの機能はなくなりビューファインダーを覗きながらノブでフォーカスポイントを移動したいときはカメラ前面にあるAFモードボタンと呼ばれるボタンを長押しする。もちろんファインダーを覗いている状態でもライブビューでタッチ操作でAFポイントを移動することができる。
ここで大きく進化を感じるのがAFポイントの数である。117のAFポイントがあるX1D IIではカクカクという印象であったのが、AFポイントが294あるX2DはスルスルとAFポイントを移動できる感覚になった。処理速度の向上もAFポイント移動のスムーズ感に貢献しているように思える。
位相差とコントラストの二通りから選べるようになったAFの精度は良好で逆光時などでもX1D IIに比べて追従性が向上したように思えた。しかし日本のカメラのような瞳を追いかけるような賢い機能は一切期待してはいけない。
バッテリーはX1Dと共通で、もちろんチャージャーも同じものが利用できる。
メニューとユーザーインターフェイス
ハッセルブラッドすべてのモデルと同様、とにかくメニューがわかりやすい。何がどこにあるかを迷うことなく初めてでもすぐに見つけられる。なぜ日本のカメラメーカーが真似できないのか不思議でならない。X1Dにはなかった横スワイプも加わって設定画面へのアクセスは簡単だ。
Apple iOSやmacOSと同じように、ボタンを触って機械が反応するときの感覚も素晴らしい。X2Dを握った瞬間からなにか高揚感を感じるし違和感もまったくない。触ったときの感触、実はこれもユーザーインターフェイスの一部であると認めざるをえない。
写真を撮ってみる
X1D II、X2D、H6D-100cを外へ持ち出して比べてみた。
モデル撮影
まずはオフカメラストロボでモデル撮影を行った。夕陽を背にしていたのでX1DやH6D-100cではAFが決まるまで若干苦戦する場面もあったがX2Dではそんなこともなく、どの部分でもビシっとピントがあっていた。空のディテールも肌のディテールもどのモデルも非常に良好であるが、ハッセルで写真を撮影するとどうしてもローキー気味で現像したくなるのはなぜだろうか?
ただしH6D-100cは近似のレンズが手元になかったのでHシステム初代50mm「HC 3,5/50」を使用した。参考程度に見ていただきたい。
X1D II、X2Dの使用感に違いはあまりないが、X2Dはとにかくなんでも速い。起動も速ければ、AFも速い。画像の書き込みの内部のSSDにアクセスするのでめっぽう速い。モデル撮影でこのスピード感は大きなベネフィットである。
筆者だけの印象かもしれないが、XシステムはXの印象、HシステムはHの印象になった気がする。これは使ったレンズとセンサーサイズに起因することかもしれない。拡大してみるとあきらかにH6DとHC 3,5/50の組み合わせのほうが、X2DとXCD 2,5/55よりディテールが甘い。でも背景の海と被写体との相関関係はHのほうがより深く見える。良いとか悪いとかではなくXのほうがなにか非常にデジタルな冷ややかな印象がある。
拡大してみるとこのようにX2Dのシャープさが際立っている。意外なのが解像度半分のX1D IIの健闘ぶりだ。X2Dに比べ半額より少し高くて解像度が半分のX1D IIでもここまで撮影できる。当たり前だが十分仕事でも使えるレベルである。
今回はオフカメラストロボで撮影したが実はストロボがなくても、15ストップへ進化したダイナミックレンジ、16ビット処理のおかげで編集次第で結構なんとかなってしまう。次の写真はAdobe Camera Rawのハイライトとシャドウで明部を下げ暗部を上げた。
物撮り
長年愛用している機械式の時計をHC 4/120mm Iを使って撮影してみた。X2DはXHレンズアダプターを使った。センサーサイズに違いがあるので当然撮影できるサイズも異なる。左がH6D、右がX2Dだ。カメラの値段を考えるとX2Dで十分と考えてしまう。
細部を見ればみるほどX2Dの健闘ぶりが半端ない。
もうまったく両者とも同じレベルである。
と現像作業をしていて気づいてしまった事実が。X2D、H6Dともに1億画素とざっと説明されることが多いが厳密なピクセル数はというと、
- X2D:11656×8742
- H6D:11600×8700
なんとセンサーサイズの小さいX2Dのほうが画素数が多い…。
風景
カメラを持ち出して日常の風景も撮影してみた。
ISO 800、シャッタースピードはなんと1/15である。まったく手ブレがない。5軸7段ボディ内手ぶれ補正の手ブレ補正機構は効果抜群である。
もうひとつ触れておきたいのはX1D IIでは14ストップであったダイナミックレンジが15ストップになったこと。露出オーバーになった部分や極端に暗い部分にもより多くの情報が残されている。さらに1チャンネル16ビットで撮影されているのでPhotoshopでなんとかなる感が半端ではない。
下の写真はAdobe Camera Rawで開いた初期状態のものだ。よくありがちな空に露出が合っているものの白飛び気味で影になっている部分はちょっと暗すぎる。
Adobe Camera Rawの設定画面でハイライトを落としてシャドウを上げるだけで極端に明るい部分と暗い部分のディテールが可視化されて一挙にドラマチックになる。
15ストップのダイナミックレンジはH6Dと同等である。
ここまで幅広くディテールを保持しつつ16ビットの1億画素画像ともなると安心感のカタマリである。とりあえずニュートラルな写真を撮影してAdobe Camera RawやPhotoshopで幅広い編集を楽しむ。まさしく現代フォトグラフィのベストなソリューションのひとつといえる。
X2Dの使い心地
処理速度
とにかくすべてが速い印象だった。起動などはX1D IIとX2Dを並べて同時に起動してみたが倍は速くなっている。何かを撮影したいと思ったらすぐに起動できる、これはカメラという道具には必要な要素である。AFも速いし、書き込みも速い。処理速度に関してはさすが3世代目という感じである。
発熱
X1D IIでは何回か度を越した発熱を経験している。海外の情報などを見ると発熱は放熱機能のひとつであるので問題ないという記事を見かけたが、その発熱は不安になるほどで、そのうち発火するのではないかというレベルだった。X2Dでも同様の心配をしていたが心配無用であった。X2Dを長時間使っていても若干熱くはなったもののX1D IIのような発熱は起きなかった。
EVF
EVFは倍の解像度になったそうだ。でもやはりEVF、筆者的に鵜呑みにできないのも事実。好みの問題レベルになったと思うが、やはり光学ファインダーのほうが優位であると思う。
とは言いつつもX1D IIに比べて解像度が上がったX2DのEVFは生理的に受け付けないというレベルではない。筆者は老眼が進んでいて正直バックモニターでのフォーカス調節は難しい。どうしてもファインダーを覗いて撮影したい。そんな筆者でもストレスなしに撮影することができた。視野100%、倍率1倍という仕様が大きく貢献しているように思う。さらに右手親指ノブを押すとEVFに表示されている画像を拡大することができる。こんな離れ業は光学ファインダーにできない機能で、もうEVFのほうが便利だなと思ってしまう瞬間でもある。
ところで、どんなカメラにも視度調節ノブがついていてユーザーの視力に合わせてファインダーを調節することができる。でもX2Dにそのノブはなく視度調節までもメニューから視度調節の項目を選択して、カメラ側のノブで調節する。
ストレージ
CFexpress Type Bメモリーカードという全く馴染みのないメモリーカード採用という設計になっていて手元にカードがなく少し焦ったが、1TBのSSDが内蔵ということでカードなしで撮影を行った。内蔵SSDというのはコロンブスの卵的発想である。内蔵で1TBもあるのであればメモリーカードは必要ない。スタジオならテザリング撮影できるし、ロケでも1TB使い切るには相当な気合が必要である。SSDがフルになってしまったらUSB-Cでカメラとラップトップを接続してファイルをコピーしてしまえばいい。
1億画素という保険
1億画素というのはHシリーズの特権であったが、ついにXシリーズもX2Dで1億画素、これは革命でしかない。Hに比べたらセンサーサイズもボディサイズも弟分。それでも1億画素。さらに裏面照射型CMOSというセンサータイプもX2Dで撮影できる写真のすばらしさに大きく貢献している。いままで困難とされていた裏面照射型CMOSの製造に何か革命があったのか…。H5Dですら一般的な表面照射型CMOSである。
もうひとつH6Dと比較して気づいたのがピクセル数。
- X2D:11656×8742
- H6D:11600×8700
そう、微妙にX2Dのほうが画素数が多いのだ…。
同時にリリースされた新しいレンズ
今回は55mmと38mmをお借りすることになった。今回お借りすることのできなかった90mmはサイズ的にポートレイトにカンペキな気がするだけに少し残念ではあるが、55mmあたりは普段使いができる広めのプライムレンズかもしれない。ふたつとも非常に軽くて取り回しがしやすい。55mmでポートレイトを行ったが非常にキレの良いレンズで、そのシャープさにちょっとデジタルな味わいを感じた。
38mmで撮影した小道だが注目したいのは空と葉が交差する部分。
フリンジも少ない非常に実直な写りである。
X1D II 50Cで新しく発売されたレンズを利用するには最新のファームウェアにアップデートする必要がある。この新しいシリーズ、なんと絞りをレンズ側のリングでも指定することができる。実際にレンズリングで絞りを調節するという行為は長いことしていなかったが、こんなにも直感的であったのか!と改めて気づいてしまった。さらに絞りリングは別の機能にマッピングすることが可能で、たとえばISO設定にも使うことが可能だ。
外観のデザインはクラシカルになった。個人的に特別好みではないけど上部に大きく焦点距離が表記されているのは好感度!老眼の筆者にとって小さな文字で書かれているよりよっぽどわかりやすい。エンボスの中に白インクで印刷されているのも視認性が高くて大変良い!全部これにしてほしいくらいだ。
細かい話しだがレンズキャップもアップデートされていて、メタル製になり高級な仕上がりになっている。イイ!
結論
似て非なるX1D IIとX2D、一応は後継機ということで見た目が似ている両者だが、触れば触るほど別物であるということがハッキリしてくる。これは完全にニュータイプのカメラである!H6D-100Cと同じ画素数の写真を撮れるというのは紛れもない事実で、そんなカメラが100万そこそこで手に入ってしまう。AFポイントはたくさんあるし、連写までできて気軽に持ち歩けるサイズ、さらに起動が爆速。撮影した写真の品質を見ると映像撮影機能とGPSが省略されているということなんてふっとんでしまう。
筆者はレギュラーのビバリーヒルズ映画祭の撮影には毎年H6D-100cを持ち込んでいた。残念ながらコロナのお陰で2019年から映画祭が開催されていないが、2019年はX1D IIを使う予定でいた。突発的に手持ちで撮影しなければならないシチュエーションが多い映画祭の仕事ではH6D-100cは不向きなのだ。これがX2Dであったら完璧である。光量の少ない現場、予測のつかない人の動き、それでも映画祭のオフィシャル写真なのである程度の品質は求められる。さらにオフの時間にLAやハリウッドのスナップ写真も同じカメラで撮影できてしまう…。
今回のはただのアップデートではなく、写真を撮影するという行為をアップデートするものであったと思う。X2DはX1D IIの後継というよりは全く新しいハッセルからの提案なのである。この2機種は別物でハッセルブラッドのウェブサイトを見るとX1D IIがまだ現行機種として掲載されているのが何よりの証拠である。仮に世代交代でX1D IIがなくなってしまうとせっかく身近になっていたハッセルブラッドがまた遠のいてしまう印象にもなる。
X1D IIとX2Dを比べるのは全くの無意味であるが、それではH6Dではどうか?
これは本当に悩ましい問題で、費用対効果も考慮しなければならない仕事として考えたらほとんどのケースでX2Dに軍配があがると思う。筆者が考えるX2Dではできないレアなケースとはズバリ、スタジオでのモデル撮影である。
それは人物を画像というものに残す行為には、撮る側にも撮られる側にも、その行為の中になにか生理的な感覚が介入してくる。たとえばシャッター音や振動、カメラが作り出す雰囲気。撮影者とカメラの会話密度がHの方が圧倒的に高いように思え、人物を撮影するときは被写体になる人物、撮影者、カメラの3者で組み立てていきやすいということなのだと思う。X2Dはそういった意味で完全に無味無臭なのである。
たとえば荷物も載らないポルシェ911とスペックはランボルギーニにも迫るアウディRS6どちらが正しいですか?という問いに似ていて、もちろん答えはどちらも正しい。911とRS6ではクルマとの対話方法や密度が異なる。ドライバーが求める重要ポイントも異なる。H6DとX2Dはちょうどそんな関係のように思えた。
単純にH6Dを否定したくないだけでちょっと苦しい結論になってしまったが、X2Dは間違いなくネクストレベルで超オススメなハッセルブラッドカメラであることには変わりない。圧倒的に欲しいカメラだ…。
撮影協力
- モデル:のあ
- Inastagram ID:@noa_0.s
- タベルナバレーナ:https://tavernabalena.com/
新田みのる
株式会社ジェットセット代表。グラフィックデザイン・フォトグラフィー・モーショングラフィックを主な業務として広告、テレビ番組、Webサイトなどの創作を30年ほど続けている。
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