Blackmagic Design社は2023年2月24日に、ライブプロダクションスイッチャー「ATEM Television Studio HD8」シリーズとスタジオカメラ「Blackmagic Studio Camera 6K Pro」を発表した。
例によって唐突な製品発表であったが、事前にライブスイッチャーとスタジオカメラのアップデートという概要は伝えられていたので、高い注目を浴びていた。
Blackmagic Design社スイッチャーの過去と現在
Blackmagic Design社のスイッチャーといえば、本体とコントロールパネル(ハードとソフトウェア共に)がセパレートになっており、一体型スイッチャーといえば、「V-800 HD」や「V-1 HD」といったRoland社の「Vシリーズ」、そしてパナソニック社の「AW-HS50」といった機器が主流だった。
しかし、2017年には初のコントロールパネル一体型スイッチャー「ATEM Television Studio Pro HD」を発表。1年後には4Kに対応した「ATEM Television Studio Pro 4K」、そして、2019年にはコントロールパネル一体型スイッチャーとしては最小かつ低価格の「ATEM Mini」シリーズを発表した。
Blackmagic Design社のスイッチャーは、本体は比較的安価で購入できても、コントロールパネルには手を出しづらかったというユーザーもいたことだろう。しかし、そんなユーザーの欲求不満を満たすが如く、矢継ぎ早での一体型製品の発表には驚きを禁じ得なかった。
今後は一体型が主流としてシフトしていくのかと思いきや、セパレート型(便宜上の表記だが)の「ATEM Constellation(以下:Constellation)」シリーズの充実も図っており、小規模から大規模かつ、多種多様な現場でのニーズに応えていくという、Blackmagic Design社の方針が伺える。
全乗せ、増し増しスイッチャー「ATEM Television Studio HD8」
そんな一体型スイッチャーの一つの到達点とも言えるのが、今回紹介するATEM Television Studio HD8だ。
一見するとコントロールパネルの「Advanced Panel」シリーズに似たデザインだが、よく見ると細部は大きく異なっている。大きさを比較しても「ATEM 1 M/E Advanced Panel」より幾分か大きい(仕事仲間のオペレーターが、一目見た印象は「デカイ!」の一言だった)。
しかし、本機の機能を探っていくと、逆によく現状のサイズにまとめたなという感想を抱く。
背面を見ると、本機の設計コンセプトが色濃く分かることだろう。基本的な映像の入出力は8系統であり、すべてSDI端子で構成されており、HDMI入力を廃した点は、Constellationシリーズを踏襲する形になっている(系統数が製品名の「HD8」にかかっている部分だろう)。
ちなみに、旧型のATEM Television Studio Pro HDはHDMI入力が4系統、SDI入力が4系統という、「ATEM Television Studio HD」の構成を踏襲した形になっているので、直近の姉妹機(?)と合わせるのは、ある種しきたりのようだ。
と言っても、背面構成をすべてConstellationシリーズと共通にしているわけではなく、オーディオ入力はXLRとRCA端子に加えて、MADIも採用。逆に1/4インチジャックはオミットされている。マルチビュー出力はSDIだけではなくHDMI出力も採用(この仕様は地味にありがたい)。さらにAux出力も2系統配備されている。
そして、過去の2台になく、本機に搭載されているのが、USB-C端子とイーサネット端子。USB-Cは外付けSSDを接続することで収録が可能。イーサネットはインターネット接続を行うことで、単体での配信が可能になっている。
この部分をみると「ATEM Mini Pro」シリーズの構成をも取り入れている。考えようによってはATEM Miniシリーズの最上位機種とも言える。
旧型ATEM Television Studio Pro HDとConstellationの良いところを引き継ぎつつ、それまでのスイッチャーの概念を打ち破る挑戦的なATEM Miniの設計思想も取り入れるという、いわば集大成とも言える製品だろう。
より物理的かつ体感的になったコントロールパネル
コントロールパネルに注目していこうと思う。先述した通り、一見するとAdvanced Panelと同じボタン構成に見えるが、一際目を引くのが、おびただしいコントロールノブと横長のLCD画面だろう。
オーディオミキシングはPC上の「ATEM Software Control」を開く必要があり、マウスやトラックパッドでの操作に苦手意識や、やりにくさを感じていたユーザーもいることだろう。本機ではハードウェアパネル上にて調節ができ、より物理的かつ体感的に操作することが可能になった。
また、「Blackmagic Studio Camera」シリーズを使用していれば、モードを切り替えることで、カメラコントロール機能もパネル上で行うことができる。
パネル上でのオーディオ&カメラコントロールは旧型のATEM Television Studio Pro HDにおいても可能だったが、本機から専用LCD画面が追加されたことによって、より視覚的に操作しやすくなった。
現場によってワークスペースが確保できず、ノートPCを展開することができない場合や、いちいちPC画面に向かわずに済むので、パネルから手が離せない場合には重宝する。
そしてもう一つ特徴的なのが「AUX選択ボタン」(公式原文ママ)の存在だ。先述したが、本機には独立したAUX出力が2系統配備されている。
これまでAUXへ出力するソースを選択するには、パネル上部のシステムコントロールの設定を変えるか、「ATEM Software Control」上で行うしかなかった。一応、旧型のATEM Television Studio Pro HDでもパネル上でのAUXの操作はできるが、使用するボタン領域が併用のため、誤操作のリスクもあった。
今回新しく独立して配置された「選択ボタン」では、使用するAUXの番号を決定後、1~8チャンネル、プレビュー、プログラム、マルチビューの中からソース選択をショートカットで行えるようになった。
そして、この2系統のAUX出力と「選択ボタン」の存在は、例えばイベント現場にて、配信画面とは異なるスクリーン映像や大型モニター映像を送出する場合や、カメラマン返しにマルチビュー画面を送りたい場合、追加で機器を挟まずに本機単体で、瞬時に行えることを意味する。いわば、1台で2度美味しいスイッチャーというわけだ。
シリーズ最上位機種「Blackmagic Studio Camera 6K Pro」
今回はご厚意でBlackmagic Studio Camera 6K Proもお貸しいただくことができた。Blackmagic Studio Cameraは名前の通り、スタジオ放送&配信に特化したカメラである。
7インチのビューアーとタリーランプ、トークバック機能という、放送局で見られるスタジオカメラの機能を凝縮かつ低価格に抑えたシリーズである。2014年に初代が発表された当初は、その独特なデザインと清々しい程の極振りの機能に、誰もが度肝を抜いたことだと思う。本機はそのシリーズの最新型になる。
Blackmagic Studio Cameraシリーズの最大の特徴は、「ATEM」シリーズとの連携機能にある。
先述したが、今回取り扱っているATEM Television Studio HD8を含む、対応したATEMシリーズであれば、SDI接続(スイッチャーのSDI OUTからカメラ側のSDI INに入力)することで、絞りやシャッタースピード、ホワイトバランスといったカメラコントロールをスイッチャー側にて行うことができる。
Blackmagic Design社のライブプロダクションシステムは同社のスイッチャーとカメラの両者がいてこそ、100%完成するということなのだろう。
またBlackmagic Studio Camera 6K Proから追加された独自の機能として、単体配信が挙げられる。
LANを繋いでインターネット接続を行い、メニュー画面にて配信プラットフォームを選択、ストリームキーを打ち込み、ONAIRボタンを押すことで簡単にライブ配信が行える。まるでATEM Mini Proがカメラに内蔵されたイメージだ。
使ってみての感想
例によって弊社のスタジオ配信と音楽ライブ番組の案件があったため、両機材を早速投入してみた(スタジオ配信では筆者、音楽ライブ番組配信では仕事仲間のオペレーターがスイッチングを担当した)。
一番感嘆したのは、やはりカメラコントロール機能である。
筆者の現場では主にソニーの「PXW-FS7」を使用しており、機種が違えば(同じメーカーといえど)、いくら設定を合わせても色調が合わないのが常であり、殊更マルチカメラを用いた現場において、毎回やきもきするのがパターンになっている。
しかしBlackmagic Studio Camera 6K Proは、他社製にありがちな、複雑な配置の設定画面を操作することなく、コントロールパネル上で色調やコントラストを、直感的に調整(同社のDavinch ResolveのUIに近い)することで、ソニー製のカメラとトーンを合わせることができた。
今回は1台だけだったが、すべてを「Studio Camera」で統一することができれば、さらなる真価を発揮することだろう。
ATEM Television Studio HD8、気になる点は…
贅沢な要望かもしれないが、Advanced Panelにあったジョイスティックが本機にあれば言うことなしという感じだった。もちろん、コントロールノブでの操作が可能だが、PinPやSuperSourceの画面サイズや位置設定の際は、直感的な操作がやりやすかったりする。
また、仕事仲間のオペレーターにも操作感を聞いたところ、下記の意見が来た。
- ボタンマッピング設定の際にコントロールノブを回してソース選択の切り替えをしたところ、以前はソース選択の最後までいくと止まったのに、本機より周回するようになった
- 「AUX選択ボタン」は確かに便利
- 旧型ではできなかった、クロスポイントの変更が可能になった
まとめ
細かい気になる点を提示したが、40万円前後で、ここまでの機能を盛り込んだスイッチャーは他にないように思える。
現場の声を聞いて反映させたアップグレードと、必要ないと思ったらオミットしていく割り切った設計思想には、ユーザー誰しもが共感を覚えるだろう。月並みな言い方だが、これ1台あれば安心と言える。
例によってBlackmagic Design社は少し時間を置いて上位互換版を発表する。旧型も1年後には4K対応のATEM Television Studio Pro 4kを発表した。
本機も恐らくは…楽しみにしておこうと思う。
海老名芳明|プロフィール
アサカヤデジタルポート代表取締役。
企業VPから政治家関係映像、ロケDVD、MV、イベントムービーといった、守備範囲の広い映像制作を担当。2019年より配信スタジオ「アサカヤ要町スタジオ」を運営。トーク番組や音楽ライブ番組、イベントやウェブセミナーといった配信案件の技術協力を担当。趣味はフィルム撮影(スチールから8mm、16mmなど)。