「M4 iPad Pro 13」(2024)がやってきた
この度、編集部からの提案により、「M4 iPad Pro 13」をレビューする機会をいただいた。その内容をお伝えしたい。いつものように普通なことは他のレビューに任せて、なるべく映像制作目線でのレビューをお届けしたい。内容は少し尖った内容になる(iPad Proが尖っているからそうなる)ので一般的な使用用途なら、沢山あるIT系情報サイトを見ることをおすすめする。そちらの方が丁寧だ。
以前の記事(「DaVinci Resolve for iPad」登場。その真価とは?)に書いた通り、私はiPad愛好家だ。現在の愛機はM1 iPad Pro 12.9。これに乗り換えてからメインのマシンがMacBook ProからiPadに変わった(Macを使わないわけではない)。この視点からの要素も含めたい。
ハードウェアを見る
比較となるM1 iPadのスペックを併記する。最新のiPadと比較するのはなんだが、比較基準になるだろう。
デザイン
まず、デザインをみよう。一見して、まぁ、薄くなって軽くなったという感じだ。そっけないが、元々iPadは良い意味で単なる板だ。変な話、その存在をなくすことがiPadのゴールであると思っている。参考として数値情報を記載する。ちなみにM1 iPad Pro 12.9とM2 iPad Pro 12.9は同じ数値になる。
薄くなった分、スペースが有効に使えていいのだが、普通、剛性に関して不安が出るが、「感じ」だけで言えば、問題はない。これに関しては実際に試すことはできないので、「感じ」だけになるが…デザイン性の話はその手に任せよう。この記事の読者には、もっと実用的な部分を見せていこう。
SoC
いきなりの「順番飛ばし」でこれまでのM2からM4へ躍進したiPad Proだが、制作者にとってどうだろう?
M4のスペックをM1と比較する感じで書いた。実際はバス速度などの違いもあるがわかりやすい部分を抜き出した。
表を見てわかるが、少しニッチな視点で語ると、Apple社はM2から「Media Engine」をアピールしたが、実はH.264とHEVCの同様な機能は、M1にも搭載されていた。そのため、近年の一般的なカメラ素材(H.264/HEVC)はM1でも快適に動作するために、ネットに溢れる「あまり変わらない」といった声になる。
さて、動画制作者として気になるのは、それ以外についた、ProResのエンコード、ProRes/ProRes RAW、AV1のデコード機能か。
AV1デコーダー
AV1の仕様に関しては政治的な部分も見え隠れするが、制作側としてのAV1のニーズはパッとしない感じなので(これからはわからないが)エンコード機能がないことは大きな問題ではないだろう。
デコードの実際のところを見る(4K60P/10bit)と、確かに動画の再生は安定したものになったが、この機能の最大の狙いは、きっとそこではなく、デコード時の高い処理コストによる電力消費を抑えたかったことであろう。
先に書いた通り、AV1自体はパッとしないがその静止画版とも言えるAVIFは今後普及の可能性は高い。きっとWebページでもたくさん利用されることになるだろう。その時にもこの機能はメリットになるだろう。
モニタ
「モニタ」と表記するのは、一体となっているiPadにいうのは違和感もあるが、iPad Proにとって重要なパートであることは確かなので、クローズアップしたい。
タンデムOLED vs IPSテクノロジー搭載ミニLEDバックライト
OLEDの魅力としては、広い視野角が挙げられる。実際にIPSのM1とOLEDのモニタを並べてみた。写真では伝わりにくいが色彩変化の少なさを含め、M4の方がはっきり見える。ただ、IPSのモニタも実用範囲として悪くはない。
Blooming問題
これはM1/M2 iPad Proで問題視されていたもので、輝度の高い個所で、Bloomingと呼ばれるボンヤリと光の霧が纒うような現象が起きていた。これはローカルデミングを使ったLEDバックライトの特性とも言える症状だ。
使用者の中でもこの問題にピンとこない方もいるかもしれない。この現象はHDR程の輝度範囲で起こるもので、触れる機会がない方の方が多いと思う。そのため、あまり認識されなかったのだと思う。またそんなにシビアに取り上げる問題ではないと思う。これはM4 iPad ProのタンデムOLEDディスプレイでは解消されている。
リファレンスモード
「リファレンスモード」は、M1/M2 iPad Proから続く機能ではあるが、理解の難易度が若干高いためか、ほとんど紹介されていない。しかし、個人的なiPad Proの強い魅力はこのリファレンスモードだ。
モニタでの表示をスタンダードな色域やEOTFに切り替えるものである。同様なアプローチはPCにおいてはICCプロファイルを使った方法が主流だが、この方法はあくまでも目的の色域のエミュレーションだ。それに対してモニタの表示色域自体を変えるのがリファレンスモードだ。
同名の機能は同社のMacBook Pro / Studio Display / ProXDR Displayにも搭載されているが、iPad OSのものは、それらのものが任意にその設定を選ぶものに対し、アプリ側でコントロールされる(ただしスタンダードな規格)もののようで、結果的により良い視聴環境が提供される(iPadOSのものは公式にもあまり情報がなく、内容は筆者独自の検証の結果である。なので不明な部分も多い)。
また同機能はmacOS(リファレンスモードに対応したシリコンMac)での「Sidecar」でも利用でき、Macでの制作時にも活用できる。ただし、情報量が少ないことや、ある程度のカラーマネジメントの知識が必要で、ややこしいのも事実だ。
DaVinci Resolveでの使用が良い例なので、後ほどそれらを見てみよう。リファレンスモードはM2 iPad Proまでは12.9インチモデルのみだったが、M4 iPad Proからは11インチモデルも対応した。
Nano-textureガラス
お貸し出しいただいたiPad Proは、Nano-textureガラス仕様であった。表面のコーティングで光を散乱し映り込みを抑えるものだ。
たしかにコーティングによる光の散乱で、反射を抑え、通常の使用における画面内容においてはとても好印象だった。ただ、いかにも「コーティングしてます」という存在感は、個人的に苦手なので、個人導入の場合は選択しないだろう。
「Neural Engine」&ハードウェアアクセラレーテッドレイトレーシング
「Neural Engine」については、実際の検証で見てみよう。ハードウェアアクセラレーテッドレイトレーシングをはじめとする3D関連は、私は3D関連に明るくないので、下手に書いても薄っぺらいので控える。
そのほか
ベンチマークソフトの数値は、掲載してもなかなか実感は湧かないだろうし、経験則の少ないiPadなら尚更だ。なのでそこはその他のサイトに任せる。この記事ではこの後掲載の実働パフォーマンスで性能を実感していただきたい。
実際のパフォーマンス
それでは実際にアプリを使っての状況を見てみよう。比較のためにM1 iPad Proのデータも併記しておく。あと、私のいつものテストのようにテスト内容は、条件をアプリごとに散らしている。これは一辺倒に結果をあげるとテストの目的が薄れる可能性があるからだ。今回はあくまで「M4 iPad Proの機能」の確認だ。
結果はRAMの要因の要素もあるかもしれないことに注意したい(使用した、M4 iPad Proのモデルは16GB、M1 iPad Proモデルは8GB)。
Final Cut Pro for iPad(以下:iFCP)
Apple謹製のアプリとあって、最もiPadの性能を活かせることが期待されるアプリだが、いかがだろうか?原稿を書いてる時点では、同時に発表されたVer.2が出ていない状況なので、とりあえず既存のVer.1.3で試した。
ProResエンジン
実は今回のテストで、一番予想外であったのはこのテスト結果だった。そもそもProResに「時間がかかる」という発想がなかったからだ。同コーデックは元々処理スループットを意識した設計思想だったのだが、近年の4K世代には破綻してきたか(まぁ20年ほど前の技術だし)。そこでProResエンジンが生きてきたようだ。
単純なデコード/エンコードテストをしたかったので、4K60P ProResLTの6つのストリーム(デコード)から1つの4K60P ProRes LTストリームに書きだす(エンコード)テストをした。その結果がこれだ。
予想外に大きな差が出た。ProResエンジンの効果か?RAMの要因もあるかもしれない。いずれにせよ素晴らしい。
ただ、注意したいのはテストのような状況が生まれるか?ということだ。ProResでのカメラ収録素材というとかなり限られてくる。今回使用したデータもわざわざ変換して用意した素材だ。自身の状況を考えて参考にされたい。
ProRes RAWエンジン
4K/60P(59.94)のProResRAW素材をV-Log / HLG HDRで使いチェックした。M4 iPad ProにはProRes RAWに対応したメディアエンジンが搭載されているが、M1 iPadにはそれがない。
その差もあってか、差は歴然で、M1 iPadでは1ストリームも再生がおぼつかなかったが(品質を「パフォーマンス」にすればM1もOK)、M4 iPadでは品質を高品質な「品質」にしても、iFCP最大の4ストリームでも大丈夫だった。まぁ、こんなリッチなデータをこんな風に使うことはそうないと思うが。
DaVinci Resolve for iPad(iDR)
「無償で使える高性能ビデオ編集ソフト」として、PCではスタンダードになったDaVinci Resolveだが、同ソフトにはiPad OS版もある。
DaVinci Resolveの本領は「カラーページ」だ。iPad Proでのカラーページの使用はとても魅力的で、iPad Proとの相性も良いと思う。先日発売された「DaVinci Resolve Micro Color Panel」と組み合わせれば最高だ。
リファレンスモード
色を扱うなら、正確に色が見えてないと意味がない。iPad Proはその要求を満たしてくれる。iPad ProはM1 12.9から「リファレンスモード」が搭載されている。開発者ドキュメントを見ると、リファレンスモードへの対応はアプリ側の対応も必要なようだ。iDRもこれに対応しているようだ。編集しているカラースペースに合わせて表示色域が変わる。結果、快適で正確な環境を提供してくれる。
マジックマスク(AI)
iDRには「マジックマスク」機能が装備されている。これはAI機能を使って、指定した内容を判別して、マスクしてくれる機能だ。ここでは2倍の差が出た。Neural Engineの差か?
しかし、正直なところNeural Engineが使われているかはわからない。これは前回の記事(「MacBook Pro 16 M2 Max」を映像編集の視点からレビュー)にも書いた通り、AI関係に関しては、各社とも独自のエンジンを用意しており、ブラックボックス状態なため何(CPU/GPU/NPU)を使って処理されているかわからないからだ。
macOSの場合はターミナルから強引にNeural Engineの使用度合いがわかったが、iPadではわかる方法がなかったので不明だ。
その他
M4 iPad Proは、Sidecarを利用して、Mac版のDaVinci Resolveのクリーンフィード機能から出力される内容を表示し、リファレンスモニタとしての使用が可能だ。
リファレンスモードで表示される内容は素晴らしい。かなり良い精度だと思う。「ビデオ出力先のモニタしか信じない」というのは過去の話だ。
ただし、重ねるようだがこの環境は、M4 iPad Proだけでは成り立たない。リファレンスモードを持ったシリコンMac(MBP 14/16など)をリファレンスモードで運用している環境が必要だ。注意したい。
Photomator
同ソフトは「Mac App of the Year 2023」に輝いたMac版のソフト「Photomator」のiPad版だ。
同社のソフトは積極的にApple社の技術を取り入れている印象が強い。例えばML(機械学習)やHDR Photoだ。
HDR Photo
HDR Photoは、明るさの情報量を既存のsRGB / DisplaP3の枠に収めず、もっと豊かなダイナミックスに対応している形態だ。記録には各種フォーマットが対応している。
実は、ある程度、過去(iPhone12以降?)のiPhoneで撮影した写真はHDR化できる情報も記録されており、HDR Photoとして生まれ変わらせることができる。この際の利用されるHDRの方法は「ゲインマップ」とも呼ばれる方法が使用される。
Photomatorはこれに対応しており、M4 iPad ProはHDRでそれを表示する。
AVIF
先に書いた通り、AVIFはAV1の静止画版だ。AV1デコードエンジンが作用している可能性があるので、テストした。テスト内容は100枚のAVIFを開いて(デコード)、JPEGで保存するバッチ処理の所要時間だ。
3倍近い結果が出た。このテストはRAMの影響も大きいだろう。そのほかのOSの挙動を含めてAV1デコードエンジンは多分AVIFにも作用していそうだ。
その他
注意したいのは、Photomatorはレタッチアプリであって、デザインアプリではないことだ。テキストを打つことなどもできない。タイトル作成には利用できない。
Magic Keyboard for iPad Pro 13(2024)とApple Pencil Pro
そのほかのオプションも送っていただいたので同時にチェックした。
Magic Keyboard
Magic Keyboardは先代を使用していないので、比較的な感想はわからない。その目線で感じるのはデザインやキーの感触的には、MacBook Proにかなり似ている。
これまでの同社のキーボードにはなかったファンクションキー(のようなもの)が付き、これまで以上にショートカットに触れる可能性が増えるように思えたが、実際のところ追加されたキーはファンクションキー(F~)の役割というよりメディアキーの役割が優先されており、他のキーボードの場合はファンクションキーとしての利用には「Fn」キーを組み合わせることで利用できたが、Magic Keyboardにはこれがない。特にmacOSのように設定もない(私が知らないだけかもしれない)。注意したい。
Apple Pncil Pro
正直なところ、私は絵を描かないので、そういった評価はできないが、コントローラーとしての魅力に触れたい。
コントロールとしては「スクイーズ」「触感フィードバック」「ホバー」「ダブルタップ」となる。
これらへの対応は、アプリ側に対応も必要なわけで、現段階ではまだ早計だった。かろうじてFCPのライブ描画でのスクイーズでのメニューに対応していたが(「ホバー」は以前から)、可能性を感じるものではあったがこれからか。
まとめ
総評として、人を選ぶ製品だなと感じる。名前の通り「Pro」向けな製品だ。通常用途では性能が発揮できない、「M2で充分だ」となる。そしてその結果がネットでの多くの反応だと思う。
「M4 iPad Proらしい機能」は尖りすぎてる。メディアエンジンの内容も、リファレンスモードも。使う人を選ぶ、ただ使える人には強力な力になる製品だと思う。
ここまで、ご覧いただくことでM4 iPad Proが魅力的に思えたなら幸いだ。おそらく、知らなかった魅力もあっただろう。これらを含めてM4 iPad Proが素晴らしいことは間違いない。「リファレンスモード」は、動画制作者はもちろん、静止画を扱う写真家には使わない理由はないと思う。
ただ…高い…単純に金額が高い。これはどの情報源でもネガティブ評価となると思うが、高い。今回使用したモデルだと50万円近くになり、同じ2TBを積んだM3 ProのMacBook Pro 14が見えてくる。こればっかりは円安の影響が大きく、どうしようもないことだが。
一方で、私自身も先に書いた通りどうしてでもiPadをMacBook Proと比較しがちだが、この考え方を改める必要があると思う。私が軸足をiPadに変えたように、iPadを囲む状況は以前に比べ変わってきている。感覚的な話ではあるが、
「相変わらずできることはPCの方が多い、ただできることならiPadの方が時間を含め手っ取り早い」
という感じか。その「できること」も増えつつある。さらに「PCではできないこと」も増えつつある。iPadはiPadなのである。PCのかわりにと考えない方がいい。そういった視点で再評価されたい。あと「タブレットの色は当てにならない」という言葉も、とくにiPad Proでは考えを変えた方が良い。
最後に、ここまでお読みいただいて、感謝申し上げます。