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SAMYANGから画期的なパンケーキ型オールドレンズシリーズ「Remaster Slim」が登場した。

1980年台から2000年くらいまでに登場した高級コンパクト・フィルムカメラの銘レンズをソニーのフルサイズ・ミラーレスカメラ用に再設計したもので、オールドレンズの味を最大限に引き出し、最新のミラーレスカメラで快適に使えるようになっている。

スペック等はメーカーサイトではすでに発表されており、当サイトでも一報しているので、そちらもご参照いただきたい。

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シンプルなレンズ構成がもたらす「素晴らしいボケ味」「シャープな画質」。動画でも、もちろんOK

Remaster Slimの特長は、光学モジュール(レンズ群+絞り)とAFモジュールを分離し、光学モジュールのみを交換できることだ。AFモジュールに収まるレンズ群であれば、様々なレンズ構成の光学モジュールを取り替えて撮影できる。今回発売されるのは3つの光学モジュールと1つのAFモジュールがセットになったもので、21mm F3.5、28mm F2.5、 32mm F2.8である。今後も続々と光学モジュール単体が発売される予定だ。

スチル・動画の両方に対応しており、実際に筆者も動画で使っているが、問題なく作品が作れている。

光学ユニットは非常に小さく、ファミレスなどに置いてあるコーヒー用のクリームの容器ほどしかない。重量はレンズごとに違うが10g前後しかない。この中に6群6枚、6群7枚の高性能レンズが収められているのだから驚かされる。レンズ構成こそオールドレンズを再現しているのだが、現代の高機能レンズを使うことで画質とサイズを極限まで最適化しているのだ。正式には公表されていないが3600万画素カメラにも対応とのことで8K動画でも問題なく使える。

さて、AFモジュールと光学モジュールを分離することのメリットは多く、小型軽量化はもちろんのこと、光学モジュールだけを買い足せばよいので、比較的低価格でレンズを増やすことができる。今回発売になるセットはAFモジュール1個、レンズ3本で実勢価格が6万5千円程度になる。今後も、光学モジュール単体では2万~3万円程度になるのではないかと予測できる(著者の推測)。

とにかく使いやすくて高画質。これだけあれば写真・動画ライフは満足

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21mm F3.5を開放で撮影。非常にシャープで歪みも感じさせない
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28mm F.3.5 開放※画像をクリックして拡大
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32mm F2.8 開放
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21mm F.3.5 開放
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28mm F.3.5 開放
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32mm F2.8 開放
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さて、気になる画質や使い勝手を解説しよう。

今回の3本の光学モジュールだが、1980年代の高級コンパクト・フィルムカメラのレンズを再現(Remaster)しているとのこと。ちなみに1980年代~2000年(ニコンD1Xの発売時期)には、各メーカーから高級コンパクト・フィルムカメラが登場し、プロもセカンドカメラとして第一線で使ってきた。当時のレンズは小型ながら一眼レフ用カメラレンズに匹敵する画質を備えていたのだ。

SAMYANGからは、どのカメラのレンズを再現したかは正式に公表されていないが、想像するに、高画質で一世を風靡したリコーのGRや、面白い写真が撮れることで一躍有名になったLOMOがベースにしたコシナCXなどが思い当たる。

当時のレンズは、ピント調節にレンズ全群繰り出し方式を採用しており、現代のレンズが失ってしまった、自然なボケ味や絞り込むと画質が変化してゆくという写真本来の面白さがあった。現代のレンズはどの絞り値でもほぼ変化がないことを高性能と位置付けているが、それを実現するため、および、AFの高速化のためにレンズ内にフォーカス群という可動するレンズを置くようになった。それで失われたのが「味」や「ボケ味」である。

実際に使うと、パンケーキレンズということもあって、持ち運びは非常に楽だ。筆者はZV-E1を愛用しているが、ボディーキャップ代わりに28mm F3.5を着けっぱなしだ。フレアが少なくシャープなレンズで、どんな場面でも対応してくれる。そして交換レンズは小さなカプセルに入っており、1つ10g前後と、喫茶店に置いてあるガムシロップの容器ほどの大きさだ。

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手前は喫茶店などに置いてあるガムシロップの容器。奥が光学ユニットとそれを収納しているカプセルだ
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Remaster Slimは、全群繰り出しAFを採用しているため、往年の銘レンズの特長を生かしつつ、デジタルセンサーでもフィルム写真と同様な画質をもたらすことに成功していると言える。また、動画で使うこともできる。AFモジュールはステッピングモーターを採用しているため、盛大にAF駆動音が出るのだが、今や無線ラベリアマイクやソニーのノイズキャンセル・デジタルマイク(ECM-M1など)を使うことが増えており、AF駆動音のデメリットは避けることも可能だ。

事実、筆者は、この点についてはまったく気にしておらず、映画の撮影にも導入する計画を立てている。

さて、実際に撮影してみると、どのレンズも非常にシャープで解像力が高いことに驚かされる。筆者自身、フィルムカメラのコンタックスT2(1990年発売)を未だに愛用しているが、畳ほどに引き伸ばしても解像感を失わない高画質さが気に入っている。その描写力に匹敵するのが、今回のレンズたちだ。

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32mm F2.8 開放。背景ボケが非常に美しく、ピント面は非常にシャープ
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一方、当時のレンズらしく、心地よいフレア(ゴースト)も楽しめる。現代のレンズはフレアやゴーストを極限まで減らす設計になっており、写真表現としては「味」を失っている。Remaster Slimは当時のレンズと同様に、フレアを生かした撮影を楽しめる。もちろん、当時のレンズと同様にフレア量はレンズフードや絞り値によってコントロールすることが可能だ。

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試作品28mm F2.8 ノンコートレンズ。オールドレンズらしい描写が楽しめる。今回発売される32mm F3.5も同様なフレアが出る
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驚かされるのは背景ボケの美しさだ。今回の3本のレンズは超広角~広角なので背景ボケを楽しむには被写体が近くにある時に限られてくるが、作例のように自撮りの距離であれば十分なボケ量を楽しめる。前述したが、現代レンズは開放からの描写力やAF速度を上げるためにレンズ構成が複雑になり、ボケが犠牲になっている。

背景ボケまで味付けを行うと、ソニーのGMレンズ級の価格になってしまう。背景の美しさだけで言えば、この小さなレンズが数十万円のGMレンズに負けないと言える(筆者の私見)ので、コスパの高さは驚くべきものだと思う。

さて、筆者はオールドレンズの面白さを味わいたくて、フォクトレンダーなどのMFレンズを使うこともあるのだが、やはりAFでないことのストレスは大きい。このRemaster Slimはオールドレンズの味わいをAFと高度なAEで扱えるし、動画でAFを使い続けるという撮影も可能だ。特にYouTubeのような自撮りではAFが必須となるのだが、オールドレンズで自撮りできるメリットは非常に大きい。

21mm F3.5は歪みがなく扱いやすい

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21mm F3.5 開放
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各レンズの特長を探ろう。まず、21mm F3.5だが、超広角レンズでありながら歪みがほとんど感じられず、非常に扱いやすい。アクションカムと同等の画角となるわけだが、さすがフルサイズレンズだけあって、アクションカムやスマホカメラでは表現できないボケ感を作ることができる。開放からシャープで、非常に発色がいい。SAMYANGのレンズ全般に言えることだが、コーディングの性能が高く、特にアジアの多湿な空気の中でいい感じの見栄えがする発色だ。

絞りはF3.5と控えめだが、その分だけ設計に無理がないので、周辺まで解像力が高く維持されている。もちろん、フレアも出るが控えめでコントロールしやすい。

このレンズで自撮りするのも、非常に楽しかった。自然に背景がボケて、それでいて自撮りに十分な画角を持っている。最短撮影距離も15cm(MF時)と料理のアップでも難なくこなす。今回の3つのレンズのうちで撮影倍率が最も大きい(0.23倍)。

28mm F3.5は万能レンズ

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28mm F3.5 開放。高級レンズと呼ぶに相応しい、良好なピントと背景ボケだ。溶けすぎず、年輪ボケもない
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今回発売になるレンズはすべて広角ということで使い分けに悩んだのも事実なのだが、実際に使うと28mm F3.5と後述する32mm F2.8は全く違う用途のレンズだとわかる。

この28mm F3.5は、フレアや逆光時のコントラスト低下が比較的抑えられており、風景から街中スナップ、人物撮影などで非常に使いやすかった。旅などで景色を忠実に記録したいときなど、このレンズのシャープさが威力を発揮するだろう。

つまり、常用レンズとして28mm F3.5を着けっぱなしにしていれば、あらゆる場面で満足ゆく写真・動画が撮れるだろう。

32mm F2.8はジャジャ馬でアーティスティック

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32mm F2.8 開放。上品なフレアが出る。フードや絞りを上げることでフレアは小さくなっていき、F4以上ではほぼ出ない
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32mm F2.8 開放。レンズへ光源の光がダイレクトに当たらなければ、非常に良好なコントラストになる
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今回のレンズのうちで、この32mmF2.8は最も面白い。レンズに光源からの光がダイレクトに入ると盛大にフレアが出る。虹色の輝く光輪を構図や絞りでコントロールして、アート作品を作ることができる。もちろん、絞ればフレアは低下してシャープでクリアになってゆく。32mmという焦点距離も面白く、一歩寄ればポートレートにも使える。ボケ味も非常に良好で、嫌なタマネギ状の年輪ボケもないし、フリンジも非常に少なく気にならない。

今回の光学ユニットの中ではもっとも軽く8.4gしかない。つまり、レンズ構成が最もシンプル(6群6枚)、つまり、もっともオールドレンズの特長を有しているということだ。とにかく、まずはこのレンズのじゃじゃ馬ぶりを楽しんでいただきたいと思う。

交換式光学モジュール&AFモジュールがもたらす「超小型」「超軽量」「リーズナブルな価格」

AFモジュールの特長も解説したい。重量はわずか58.1gで厚みは19mm(レンズは飛び出さない)。AF駆動はパワー重視のステッピングモーターで、前述したが盛大に駆動音が出る。AF速度や応答性は十分にあり、スポーツなどの本当にシビアなAF速度に対応しているとは言わないが、一般的な撮影では十分以上の性能がある。AF時の最短撮影距離よりもMF時はさらに寄ることができる。

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28mm F3.5 開放。最短距離の撮影はMFでかなり寄れる
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鏡筒横にはAF/MFの切り替えボタンのみが配されている。シンプルな操作でフォーカスモードを切り替えられる。フィルターは49mm径がAFモジュールの光学ユニットを保持する内側のマウント(マグネット&ロック式)に配されていて、ユニットごと前後する。つまり、どのレンズを使ってもフィルターは同じものを使えるわけだ。

AFモジュールと光学モジュールは電気接点で制御され、絞りは自動的に動作する。オートで使ってもいいし、マニュアルで絞り値を自由にコントロールすることが可能だ。

今回発売されるのはソニーEマウントだ。他社マウントに関しても計画はあるとのことだがライセンス問題などがあるとのこと。同社からは富士Xマウントレンズも発売されていることから、他社マウントの登場も期待したい。ただ、スチル用途に限られるかもしれないが、サードパーティー製のマウントアダプターを介してニコンなどでも使えるようだ。

今後、9~10本程度のレンズがラインナップされる。その中には標準レンズも!

Remater SlimはAFモジュールをベースに、今後も様々な光学ユニットのラインナップが計画されているとのことだ。現在は広角系のみが発売されるわけだが、どのようなラインナップが用意されるのであろうか?

10月14日、SAMYANG本社からプロダクトマネージャーのLee JI HOON氏が来日し、筆者のYouTubeチャンネルのコア登録者を集めて、実物を手に取って撮影していただく内覧会が行われ、今後の展開が解説された。

それによると、今後9~10本程度のレンズモジュールを出すとのこと。今回は広角レンズばかりであったが、もう少し長いレンズはどうかという問いに対して、明るい標準レンズを出すことが決まっているとのことだ。光学モジュールのサイズに制限されることから、おそらく50mm前後が最長になるだろう。口径比で計算すると焦点距離50mmに対して光学モジュールの口径が1cm強であるから、頑張ればF2.8(口径比で1/4)くらいは実現できそうだ。期待したい。

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また、周辺機器の展開も紹介された。試作品ではあるが、マグネットマウントになっているレンズだけを入れる収納ボックスや、AFモジュールの着せ替えスキンシールが会場で紹介された
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さらに、Remaster Slimの商品展開の可能性の1つとして、28mm F2.8 ノンコートレンズの試作品も紹介された。発売される3つのレンズとは違うレンズ構成である。

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28mm F2.8 ノンコートレンズの試作品 開放
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28mm F2.8 ノンコートレンズの試作品 F4
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28mm F2.8 ノンコートレンズの試作品 F5.6

開発者に今後の展開も聞いた

以下、来日した開発者のLee氏へのインタビューの内容となる。

プロダクトマネージャーのLee JI HOON氏。V-AFシリーズの開発者でもある。

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Q:このようなコンセプトのレンズ群を発売することになった理由は何でしょうか。

HOON氏:

私たちは、時代を超えた価値を発掘し、それを新たに解釈することで、マニアにインスピレーションを与えるレンズを作りたいと考えました。今回発売したRemaster Slimには、かつての伝説的なP&Sフィルムカメラへのオマージュが込められています。

インスピレーションを受けたコンパクト・フィルムカメラは、「いつでもどこでも自由に」というコンセプトを持っています。このコンセプトを現代的に再解釈し、写真を撮る体験を提供したいと考えました。その過程で、かつては欠陥とされていた光学系の特徴をそのまま活かし、フィルムのような仕上がりを実現するレンズを作ることになりました。これは、シャープで速いだけを追求してきた従来のステレオタイプな価値とは異なり、撮影の楽しさや表現の自由に焦点を当てた製品です。

今回発売された製品群では、アナログ的なフィルムカメラの感性を再現するために、特に背景のボケとグロー効果に注力しました。ちなみに、「グロー」とは、ドイツのカメラブランドのユーザーがオールドレンズの特徴を説明する際によく使う用語で、この効果が写真に柔らかく暖かい印象を与えます。

このようなアナログ感性は、言葉で説明するよりも実際にレンズを使っていただくことで、より直感的に感じていただけると思います。私たちのレンズを通じて、撮影の楽しさと新しい感性を体験していただければ幸いです。

まとめ

今回、映画制作者やブライダル系のビデオグラファーにこのレンズを触っていただいたのだが、概ね大好評だった。特にオールドレンズの味を残したまま、現代レンズのピントの良さを持ち、オールドレンズの欠点では周辺の甘さを排除している点に注目が集まった。アナログの良さと最新のレンズ設計の融合がこれほどまで効果があるとは目から鱗だと言わざるを得ない。

開発者によると、「ユーザーから再現してほしいオールドレンズのリクエストをいただき、開発をしていきたい」とのことで、今後が期待できる。

筆者としては、例えばライカのエルマー50mm F2.8、コンタックスT2の35mm F2.8 Sonnarなどをリクエストしてみた。

また、大口径レンズの需要も大きいことから、パンケーキではないひとまわり大きなAFモジュールを作り、F1.4クラスの光学モジュールへの期待も開発者に伝えている。

いずれにせよ、AFモジュールと光学モジュールを別に開発できるわけだから、開発・生産コストが下げられ、数多くのレンズラインナップを期待できることは事実だ。そういう意味でもSAMYANGを応援したい。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。