マイクやタイムコード機器のDeity社から、画期的なレコーダーが登場した。
「Deity PR-2 Pcket Recorder」(以下:PR-2)は32bitフロート(モノラル録音のみ)と24bitリニア・ステレオの録音機能を備えた小型のTC同期搭載のレコーダーだ。単三電池2本で最大30時間(同社のリチウム乾電池の場合)の連続録音が可能である。
TC入出力および録音可能な超小型
PR-2は、手のひらにすっぽり入ってしまうサイズのレコーダーだ。モノラル録音時には32bitフロート、(残念だが)ステレオ録音では24bitリニアとなる。つまり、タイムテレオ・セーフティーコードシンクロができるレコーダーだ。
同社のタイムコード機器と同期が可能で、カメラやミキサー、配信機器と接続して使うこともできる。また、TCのイン・アウト機能も備えているので、他の機器とはJAMシンクも可能なので、事実上、多くの映像機器や配信機器でTC同期ができるようになる。
と、このように書くと、ZOOMのF6やF8の小型版、もしくはF2にTC機能が搭載されたように思われるかもしれない。ところが、このPR-2は、これまでのレコーダーとは全く違う概念の製品である。
【搭載されている機能】
- モノラル・ステレオレコーダー(プラグインパワー付き音声入力MIC/LINE&MIC/LINE出力)
- タイムコードジェネレーター(TC出力・LTCと標準TC)
- 有線・無線(Bluetooth:専用アプリ)のTC同期と、JAMシンク(TC入力・LTCと標準TC)
- マイクパススルー(後述)
1つ1つ見ていこう。
まず、レコーダーだが、これは普通のレコーダーと同等だと思っていただきたい。高機能なので、32bitフロート録音はモノラルモードの時だけ使える。マイク端子はステレオ入力対応だが、普通のラベリアマイクを挿せば、モノラルで録音できる。また、ステレオマイクを挿してステレオモードにすれば、ステレオ録音が可能だ。一般的なラベリアマイクか、バイノーラル(イヤホン)マイクなども使えるということだ。
特筆すべきは、モノラル時は当然のことながら、ステレオモードでは左右を別々にゲイン調整することもできることだ。実は、このサイズのレコーダーの場合、左右のゲインを個別に調整できるものは少ない。PR-2は別々にゲイン調整できるため、ステレオマイクの左右調整も可能だし、無線のデジタル式マイクを繋いだときに、2つのマイクの音量を個別に設定することができる。
次にTC機能だが、プロが必要とする基本的な機能は全て搭載されている。TC入力を持っていないカメラなどには音声TC、つまりLTCを出力できる。この場合、マイクからの通常音声はLチャンネル、LTCを右チャンネルに出力してくれるので、スレート録音(現場の音をカメラに入れる)ができるわけだ。
具体的には、PR-2の出力端子(ステレオジャック)とカメラのマイク端子をステレオケーブルで繋ぐだけだ。
業務用カメラやレコーダーでTC入力がある場合には、通常TC信号を出すことも可能だ。また、ソニーのFX3やFX30では、コントロール端子(TC入力として使える)にTCを送る変換ケーブルが用意されていて、誤差のないTC運用も可能だ。
一方、他の機器から出力されたTCに同期させることも可能だ。この場合、マイク端子がTC入力に使われるのだが、マイク端子から入れたLTC(音声TC)でPR-2をJAM同期することになる。つまり、外部機器からのTCをPR-2で同期して、TCケーブルを切り離す。JAM同期とは、TC機器の内部TCジェネレーターの時計を合わせる機能のことで、一度同期させれば、ケーブルを抜いてもそのまま時計が進み続ける。
JAM同期はよく使われるケーブルレスなTC同期の手段であり、TC入力機能があるカメラやレコーダーへPR-2からTCを出力して、カメラやレコーダーをJAM同期させることも可能なわけだ。 経験則だが、通常の撮影ではJAM同期でTCがずれることはないが、映画のように電源の入り切りが多い現場では、JAM同期でTCがズレることもある。できれば有線接続のままがいいと思う。
マイクパススルーが画期的だ
録音機能のないスイッチャーや無線マイクでバックアップに活用
さて、TC同期については、「PR-2は一般的なTC機器と同じ」と考えてもらうことにして、このPR-2の画期的な機能を解説したい。それが「マイクパススルー」だ。
PR-2のマイク端子と出力端子の間にトグルスイッチ(物理スイッチ)がある。これを左へ倒すと、出力端子には、内部の出力用アンプが繋がって、ヘッドホンやカメラに音声が出力される。つまり、普通のレコーダーの音声出力と同じだ。
一方、右へ倒すと、マイクパススルーになる。これはマイク端子と出力端子がそのまま繋がるモードだ。これが画期的で、つまり、マイクと音響機器の間にPR-2を挟むことができるのだ。例えば、テレビ放送では定番の無線マイクであるソニーのUWPシリーズは録音機能が搭載されていないが、これに録音機能を付加できる。UWPは、マイク端子のピン配置が特殊で、普通のマイク端子に挿しても音が出てこない。しかし、PR-2のマイクスルーなら、送信機とマイクの間にPR-2を挟んでも、送信機からは単なるマイクとして見えていることになる。マイク自体も、送信機から電源が来るし、音は通常通りに送信機へ送ればいい。
そして、凄いのは、PR-2はマイクからの音声だけ拾い出して録音してしまうのだ。もちろん、TC情報が録音ファイル(PR-2に挿したmicroSDに記録)に付加される。
UWPだけでなく、Hollyland LARK M2などの汎用マイクでも同様に録音可能だ。また、PR-2の電源が切れていても接続したマイクや音響機器(カメラ)へは影響しないので、まさに理想的な音声バックアップ機器だと言える。
筆者は、配信用のスイッチャーで上記のM2やDJI Mic2を使う場合に、マイク個別の音をバックするのにPR-2が活躍している。配信システムで使う場合には、これもマイクスルーモードにして、例えばM2の受信機の出力とPR-2のマイク端子に入れて、PR-2の出力をスイッチャーへ繋げている。この場合、M2はステレオ出力で2個のマイクの音が出てくるわけだが、PR-2をステレオモードにして、マイクパススルーで録音しながらスイッチャーへ音を送っている。
やや特殊な録音設定
使い方がわかれば用途は数多い
さて、実際に使ってみると、これまでのレコーダーとは全く違うので、筆者は壊れていると思ってメーカーに問い合わせた程だ。その辺りを解説しよう。
まず、出力端子だが、とにかく独自すぎて戸惑う。モノラルモードの場合には普通のレコーダーと同じだ。ところがステレオモードで通常出力モード(非マイクパススルー)では、ヘッドホンへは左右がミックスされたモノラル音声となる。もちろん、録音は左右別々のステレオで記録されるが、録音状態を聞くためにヘッドホンを繋いでもステレオでは聞こえないのだ。そのため、バイノーラルマイクを使って録音しても、録音時には左右がミックスされたモノラルになる。
ところが、再生モードにすると、ファイルに記録されたとおりのステレオ音声になる。つまり、録音時は強制モノラル試聴、再生時にはステレオとなる。
また、ソニーの定番モニターヘッドホンDSR-CD900STを繋ぐと右側の音が聞こえない(筆者だけかもしれない)。おそらく、接続した機器のインピーダンス(音響的な抵抗値)を計測して、出力のモードがTC出力になったのかもしれない(不明)。
なぜ、このような仕様になっているかは不明だが、高機能なために、搭載されている音声プロセッサ(DSP)のパワーを音声再生に注力させずに、TCなどのコントロールへ振り分けているのだろうと思われる。これはモノラル時にだけ32bitフロートが使えるのと同じ原因だと思われる。DSPに多くの仕事をやらせると電力が多く使われるので、それを避ける目的があるのだろうと推測する。
筆者のようにアンビエント(環境音)の録音には、モノラル出力ではちょっと物足りないが、実際にステレオマイクやバイノーラルマイクを繋いで手軽な環境音のレコーディングには問題なく使えている。いずれにせよ、サイズと驚異的なバッテリーの持ちはとてもありがたいと思う。
スマホ連携で遠隔操作&音の観測も可能
さて、PR-2の最大の魅力はスマホからの遠隔操作だ。同社のTCアプリ「Sidus Audio」で、各種設定の変更、レベル確認(レベルメーター表示)、録音のオンオフ、TC同期、TC設定が行える。
素晴らしいのは、スマホでレコーディングされる音を聴くことができることだ。映画などでは衣擦れなどを注意が必要になるため、録音中の音の観測は必要不可欠になるわけだが、PR-2はBluetooth経由で音が聞こえる。
さらに、複数台のPR-2を使う場合には、ボタンひとつで全部のPR-2を同時に録音オンオフができる。つまり、人数分のPR-2を使えば、例えばインタビューでは個々の声をそれぞれ録音することができるし、録音のオンオフも可能だし、音を確認しながらでも運用できるのだ。その場合、もちろんTC同期されているので編集時に音を並べるのも簡単である。高価なミキサー付きレコーダーを使うことなく、ワンマンで複数人のインタビューや演技を録画できるというわけだ。
USB接続でオーディオインターフェースにもなる
高性能なラベリアマイクも付属している
USB端子を備えているのだが、これは電源供給にも使えるし、パソコンと接続すればオーディオインターフェースにもなる。PR-2のマイク端子は5Vのプラグインパワーを使えるので、市場にあるほとんどのコンデンサーマイクが使えることになる。実際にオーディオインターフェースとして使っているが、PR-2の電源もUSB-Cから供給したまま使える。Macの場合には挿すだけで認識される標準のUSBオーディオなので簡単だ。Windowsの場合にはメーカーが用意しているドライバーを使えばいい。
また、PR-2にはラベリアマイクも付属しており、これも非常に良いマイクだ。マイク先端は非常に細く、防水仕様とのこと。映画などでマイクを隠さなければならない場合にとても便利だ。音質は、このクラスのマイクとしては上々。若干、高音が強めなので、人の声をとるにも、ちょうどいいと評価できる。
別売りに、ラベリアマイクが2個繋がったステレオマイクが用意されている。長いケーブルが付いており、多様な使い方ができる。例えば2人のインタビューで活躍しそうだ。映画では人にマイクを使える以外に、机の上にある物の影にマイクを忍ばせること(置きマイク)もよくやるのだが、そういうときにも使いやすい。
まとめ
TC機能を使うかどうかは別にして、小さなレコーダーと考えた場合、PR-2は高機能かつバッテリー長持ちと、非常に使い勝手がいい。ローカットフィルターも搭載されているので、屋外での使用でも安心だ。簡易防水にもなっているので、アクションカムと併用するときにも役立つだろう。
いずれにせよ、筆者は番組、配信、映画など様々な録音をやっているが、PR-2があれば、これまで困っていたことが、かなり解消できた。PR-2は、こうやって使え、というよりも工夫次第で様々な使い方ができる多機能レコーダーだと言える。