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Hasselblad X2Dの発売をきっかけに、中判のミラーレス機を富士フイルムからHasselbladへと移行したわけだが、それ以前には富士フイルムのGFXマウントのみならず、XマウントでもSpeedmasterを所有していた遍歴がある。
ちなみに、XマウントのSpeedmasterについてはLマウントに移行した今でも所有しているお気に入りの一本だ。
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フォトグラファーとしてのキャリアで意図せず蓄積することになったSpeedmasterに対する経験値。Xマウントの35mm F0.95を愛用するがゆえに高まった期待値だが、GFXマウントの65mm F1.4には「あと一歩」と感じさせるポイントがあった。それが今回の80mm F1.6でどれほど解消されているか、大きな期待を込めて試してみた。
35mm F0.95(Xマウント)
ポートレートではAPS-Cマウントとは思えないほどのボケ味に加え、個性的で強烈なフレアを演出した。
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モデル:nonu (2020年撮影 ボディは富士フイルムX-T3)
65mm F1.4(GFXマウント)
中判らしい立体感を出す描写性能は見事だが、開放でのボケのクセや撮影中もう一歩踏み込みたい時に「寄れない」と感じる場面が度々あり惜しみつつも手放すことになった。
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モデル:konatsu (2020年撮影 ボディは富士フイルム GFX 50R)
ファーストインプレッション
Speedmaster 80mm F1.6を手にした時にまず感じたのは重厚感だ。手元のレンズを第二世代の軽量化されたXCDレンズに買い替えたこともあってか、金属製の外観からも伝わる量感は、筐体の中でファーストライトを待ち続けているであろうレンズ群への期待を高めた。
レンズのパッケージも、これまで同様に必要以上と感じるほど豪勢な仕様になっている。
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早速ボディにマウントしてみると、とてもよい。非常によい。両手でホールドしつつ、小刻みに握り込んでみる。とにかく描写性能重視で設計されたのだろうか、明らかにフロントヘビーな重量バランスではあるが期待がさらに高まった。
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フォーカスリングの適度な重みと滑らかさは、マニュアルフォーカスに慣れたユーザーには心地よいことだろう。ボディとの見た目の相性も抜群。
ねじ込み式の金属製のフードはよくあるような反対向きにつけることができない仕様なのでかさばるのが残念だが、所有欲を満たすには十分と言える。
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実写
言葉よりも先にHasselbladとの掛け合わせから生まれる描写力を、まずみていただきたい。
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1枚目のスナップでもうすっかりこのレンズの描写力の虜になった。GFXでSpeedmaster 65mm F1.4を使用した時の描写を彷彿とさせつつも、開放にもかかわらずピントピークのキレも良くはっきりと確認できる。そこへ、80mmならではの奥行きが加わり実に味わい深い描写だ。
2枚目は色づく前のイチョウの大樹だが、細かい葉が幾重にも重なり合う姿を緻密に描きつつ、しっかりと奥行きも感じられる。立体的に迫る姿に威厳すら感じるだろう。
3枚目、4枚目は少し絞った上でモノトーンにすることでシルエットやディテールに重きを置いてみた。これまでのSpeedmasterではレンズを向けることのなかった被写体と構図であり、ボケ重視のポートレートやスナップ以外の用途にもしっかりと対応してくれるレンズに仕上がっていることがわかった。
さらに近接撮影が0.5mからになったことで、テーブルフォトにも柔軟に対応してくれる。
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絞り値毎の描写の変化
各レンズについて、絞り値ごとの写りの変化を記録した。絞り開放から先はF2.8 / F5.6 / F8に設定している。
Speedmaster 80mm F1.6
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XCD 2,5/90V
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XCD 2,5/90Vの方が、周辺減光が強いのは面白い。
Hasselblad XCD 2,5/90Vとの比較
純正の90Vは初代の90mm F3.2から軽量化が進んでおり、劇的に運用しやすくなった。特にクライアントワークやテンポ感のある撮影を求める用途や現場では中判とは思えない軽快な撮影体験を提供してくれる。
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※XCD 2,5/90Vでの作例(ストロボ発光あり) モデル:須田スミレ
対するSpeedmaster 80mm F1.6は、被写体とじっくり向き合い自分のペースで時間をかけながら被写体と向き合う撮影体験を可能にする。
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※Speedmaster 80mm F1.6での作例(自然光のみ)
マニュアルフォーカスでピントを追い込んでいく中でしか味わえない撮影の魅力が存在することを再確認できる体験だ。
ここでいくつか具体的な数値をあげながら両者を比較しておくので参考にしていただきたい。
- 価格差 :
Speedmaster 80mm F1.6 : 税込109,800円
XCD 2,5/90V : 税込671,000円 - 最短撮影距離 :
Speedmaster 80mm F1.6 : 0.5m
XCD 2,5/90V : 0.67m - 重量 :
Speedmaster 80mm F1.6 : 1,825g
XCD 2,5/90V : 1,489g
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※特に重さに関しては数値以上に手にした時のバランスが違う。純正の組み合わせではバランスよく両手の中に収まるのに対し、Speedmasterでは左手でしっかりホールドしながらピントリングまでも回す必要がある。
決定的なマイナス点
もちろん、このレンズにもいくつか注意点が存在する。
フロントヘビーなウェイトバランスは、特に長時間の撮影で負担を感じやすいだろう。マウントのかたつきも気になる人には煩わしいに違いない。
電子シャッターでの使用ではローリングシャッター現象が顕著で、ストロボ撮影との相性も良いとは言えない。この点については、撮影において致命的とも言えるわけで、具体的に用途を限定することになる。
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では、その限定された用途以外においてはどうかと聞かれれば、ためらいなく最高であると評したい。
動きの少ない被写体に対するスナップやポートレートにおいては素晴らしい描写をみせてくれる。
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最短撮影距離で撮影を試みた時には十分すぎるほどに寄ることもでき、体感としては数値以上だ。
嬉しい誤算だったのは、苦手かもしれないと思った暗所やローライト環境下においても開放から安定した色彩描写が得られたことだ。絞り開放F1.6の明るさと合わせて撮影の自由度があがるだろう。
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総合評価
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2,5/90Vをはじめ、第二世代に入ったXCDレンズがどれも非常に優れた性能を誇る中、その端正でクセのないクリアな描写にどこか物足りなさを感じていたのも事実。
Speedmaster 80mm F1.6は、本当は埋めたいはずの渇望する欲求に対して、独自性と描写力を提供してくれる一本だった。
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稚拙ながらもあえて言葉にするなら、クリアでクリーンな純正レンズに対して、こくのあるまろやかな深みと言える。
このSpeedmaster 80mm F1.6は、Hasselblad X2Dを所有する静かに淡々と理性的な狩りをつづける猛者どもに、写欲という本能を呼び覚ます危険な存在なのかもしれない。
「このレンズでしか狩れない獲物は確かに存在した」
手にした誰もがそう口にすることを、わたしは決して疑わない。
宮下直樹(TERMINAL81 FILM)|プロフィール
フリーランスのフォトグラファー・シネマトグラファー
写真・映像、ドキュメンタリーから空撮まで。
視覚表現の垣根を超えた小さな物語を縦横無尽に紡ぐ。
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Instagram:https://www.instagram.com/naoki_mi/
WRITER PROFILE
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